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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第二章 契鬼伝説
13/53

5

 夕食が済むと、キャンプファイヤーの火を囲んで、怪談話をすることになった。この後始める肝試しの前座である。

 各々、どこから仕入れたのか知らないが、十人十色なホラー話を語っていた。しかし、俺はあまりそうしたオカルトを信じる質ではない。霊的現象だと思う前に、まず何かしら人的な方法を考えてしまう。

 だが、順番に一人一つは話をしなければならないようだ。そんな面白い怪談など持っているわけがないので、適当なそれっぽい話を即興で作って話したのだが、すぐに英介に見破られた。

 しかし、話を持ち合わせていないのは俺だけではなかったようだ。

 氷水凛もまた、自分の番が来ると、


「私は、その、そういう話、あんまり詳しくないんですけど……」


 と弱腰になって、俯いてしまった。長い睫毛の影が眼窩に落とされる。


「う〜ん、別に怪談とかじゃなくてもさ、例えばほら、この辺りに伝わる伝説とか、民話とか、そういうの、何かない?」


 英介が彼女に助け舟を出すと、彼女は活路を見出したのか、顔を持ち上げた。僅かに表情から困惑の様相が消えたようである。


「……それなら、一つありますね」


「どんな話?」


 英介が訊き返すと、彼女は神妙な顔つきになって、その伝説とやらを話し始めた。


「契鬼伝説っていう、伝説ですよ。昔、この辺りに小さな寒村があって、幼い二人の姉妹が暮らしていたんです。二人は何をするにも一緒で、それは仲が良かったそうなんです。それで、ある日二人はこれからも仲良く居続けるために、お互いに絶対に嘘を吐いたりしない、という約束を立てたんです。

 しかし、時は流れて、二人も立派な女性になり、好きな人ができるようになりました。妹が好きになったのは、村の中でも男前だと言われる若者で、彼女はそれを姉に打ち明けました。そして姉はそれを応援すると妹に言ったんです。

 でも、妹はそれほど自信家ではなかった。それで、なかなか意中の彼に告白する勇気が出なかったんですね。彼女は只管に彼の跡を追うばかり。殆どまともに話すことさえも出来ずにいました。

 そしてある時、目を疑う光景を目の当たりにしてしまったんです」


 彼女は語り部として、十分な素質を持っているように思われた。彼女は息遣いや間の取り方、喋り方や仕草で、その情景を克明に、俺の頭の中に描いた。次第に、彼女の大きな瞳に吸い込まれ、周りの音が耳に入らなくなっていった。現実から隔絶されて、彼女の話の世界へと導かれていく。

 誰もが彼女の話に聴き入り、自然と前のめりになっていた。


「姉が、その若者と仲睦まじくしているところでした。そして、二人はそのまま彼の家に入り、夜更けになっても出てこなかったというんです。

 これには妹も我慢がなりませんでした。何せ、あれだけ信用していた姉に裏切られたんですからね。幼い頃から互いに嘘を吐かないという契りを交わして過ごしてきた彼女にとっては、その姉の行動はとてつもなく許しがたい行為だったんです。

 そして、彼女は行動に出てしまいました」


「行動って……まさか」


 察した乃亜が口許を覆う。

 凛は頷いて、先を続けた。


「はい、彼女は殺したんです。実の姉を。嫉妬や憎悪に狂い、我を忘れて……」


 それにしても、彼女のような端麗な顔立ちの人間がする神妙な表情は、とても画になるものだ。さながらB級ホラー映画の序盤のワンシーンのように思えた。伝説の話をしていると、その話に出てくる化け物が現れて、若者を次々と惨殺していくような、陳腐なストーリーのホラー映画。


「しかし、妹は姉を殺してもなお、収まりきらない怒りに身体を蝕まれ、遂には人ならざる者――鬼と化し、姉の死体を貪ったと言います。夜明けになると、姉の身体はすっかりなくなり、妹の姿もまた忽然と村から消えたそうです。後に残ったのは、無残に殺された姉の血溜まりだけでした。

 それから、この地方では約束を守らない人間は契鬼に襲われるという伝説が囁かれるようになったんです」


 話に一段落ついたようで、彼女はほっと溜息を吐いた。それでようやっと金縛りが解けたように、夕月が懐からタバコを取り出した。


「へえ、契鬼ねえ」


 彼はそのままそれを口に咥え、ライターで火をつけた。深く吸い込んだ煙を吐き出す。白煙が夜空に舞い散り、ニコチンの臭いが鼻についた。

 俺はあまりこの臭いが好きではない。思わず顔を顰めた。

 そのせいで、現実の世界へと引き戻されてしまった。炎の弾ける音が聞こえ、虫のさえずりが聞こえ、森のざわめきが聞こえるようになった。


「契鬼という名前の由来は、約束を意味する契りなんですけど、もう一つあるんですよ」


「何ですか、それは?」


 英介が訊き返した。


「千切る、のちぎりです。妹に殺された姉の死体は、バラバラに切り刻まれていたという話ですから。そんな所からも、この名前が来ているんですよ」


「そういえば……あれもこの辺りの事件じゃなかったっけ?」


 八逆が何かを思い出したようだ。


「あれって?」


「一家バラバラ殺人事件だよ。ニュースでやってたけど、長野とか言ってた気がするし」


「そう言えば、そんな風なニュースあったっけなあ」


 瀬堂が顎を押さえながら、宙を見つめて記憶の中からその情報を引っ張り出そうとしている。

 そうしてようやく思い出した彼は、


「確か、犯人はまだ捕まってないんだろ?」


 と八逆に向き直った。八逆はそこまでは覚えていないようで、さあ、と判然としない相槌を返した。


「それ、本当? ヤバくない?」


 乃亜が心配そうに辺りを見回す。殺人鬼の幻影でも探そうというのだろうか。


「もしかして、さっきのカラス、その殺人鬼の仕業とかだったり……」


「いやいや、山は広いし、ここまで辿り着けるかなあ。もし仮に犯人がこの辺にいたとしてもだよ? これだけ大人数の俺たちを襲ったりはしないだろ。分が悪すぎる。心配することはないって」


 俺は彼女を安心させようとそう言ったが、彼女は丸い大きな瞳を怯えさせて、身を縮めていた。


「さて、まさしく肝試しにはうってつけな雰囲気になってきたところだし、どうですか、一丁やりに行きますか?」


 俺たちは英介に促されて、瀬堂の用意した肝試しの会場へと向かった。

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