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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第二章 契鬼伝説
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4

「そう言えば、兼人さんと凛さんって、どういう関係なんですか?」


 ぎこちなくなってしまった雰囲気を元に戻そうと考えたのか、乃亜が凛の傍に腰掛けつつ、尋ねた。


「えっ、どういう関係って……?」


「付き合ってるんですか?」


 乃亜がストレートに出ると、凛は顔を赤らめて、慌ててその顔の前で、苦笑しながら手を振った。


「そんな、違いますよ。私たちはただの幼馴染みっていうか……」


「幼馴染み?」


「ええ、昨日の夕食の後に言ったと思いますけど、私たちは同じ村の出身で、まあこんな田舎の村ですから、他に同年代の子供がたくさんいるわけじゃなし。自然と仲良くなって、それが今もまだ続いてるってだけで」


「でも、何かそれだけじゃないって感じしましたよ? 仲良さげでしたし」


 意地悪気な笑みを浮かべて、乃亜が凛に詰め寄る。こういう色恋沙汰の話が好きなのだろう。


「仲良さげに見えたか? 俺は揉めてるとこしか見てないけど」


 瀬堂が首を傾げると、乃亜はクスクスと嘲るように笑った。


「疎いですね、瀬堂センパイ。そんなんだからモテないんですよ。あれは仲がいいからこそです。じゃなきゃ、わざわざここに二人でお手伝いなんかやりに来ませんって。そうでしょ、凛さん?」


「ほらほら、そんな尋問みたいなことしたら凛さんが困るだろう? その辺で終わりにしておこうよ」


 英介が乃亜を止めに入った。ちぇっと彼女は小さく舌打ちして、物足りなさそうにしていたが、それ以上凛に訊きたてることはしなかった。

 逃れられた凛はほっと一安心と言った様子だ。しかし、乃亜にモテないと言われた瀬堂は傷ついたのか、肩を落としてしょげていた。

 俺は、またもそんなやり取りを遠目に傍観していた八逆の隣に座った。


「よう、楽しんでるか?」


「まあ、それなりに」


 という、当たり障りのない会話でワンクッション入れてから、本題を切り出した。


「お前さ、不入斗くんと知り合いなのか?」


 八逆は黙ったままだったが、顔は反応していた。目が泳いでいたのだ。


「いや、勘違いならいいんだけど、ここに来て最初に会った時に、何か妙な感じだったからさ。知ってるんじゃないかと思って」


「……目敏いですね、先輩は」


 八逆は溜息を吐いて、紙コップに注がれた茶を一口啜った。


「確かに、不入斗とは会ったことがあります。中学生くらいの時に。その時僕がテニス部に入ってたのは、先輩も知ってますよね?」


「ああ、聞いたことある」


「不入斗もその時テニスをやってて、僕たちは大会で当たることになったんです。と言っても、僕のほうが実力的には彼よりも上でした。盛ってるわけじゃないですよ。実際試合もストレートで勝つ寸前までいったんです」


「寸前ってことは……」


「そうです。結果としては、負けたんです」


「何かあったのか? その試合で」


「これでマッチポイントだっていうのに、僕は足を捻って、見動きが取れなくなったんです。そこに、不入斗の打ったショットが、こう……」


 八逆は左手を目に近づけるジェスチャーをした。そのボールが顔面に当たったということだ。


「硬球でしたけど、幸い、失明はしなかったし、出血もなかったので、試合は再開できました。ただ、何故か身体がうまく動かせなくなって……。まるで、他の誰かに身体を押さえつけられてるみたいな感じで……。無意識にビビってたんです。気付いたら逆転負けされてましたよ。はは、笑っちゃいますよね」


 八逆はクスクスと小さく笑った。自虐的であり卑屈な笑い。

 どう声をかけたらいいのかわからずにいたが、彼は先を話し出した。


「不入斗は試合の後、僕の調子がおかしいことに気付いて、心配しに来てくれました。でも、その時の僕は、とても大人な対応ができるような状態じゃなくて、完全にシカトしてましたけどね」


 八逆は遠くを見るような目をした。茶で口の中を潤し、更に続ける。


「それから、暫くは立ち直れませんでしたよ。でも両親や同じクラブの仲間に励まされて、何とかテニスは出来るようになりました。でも、公式戦と意識すると、どうしても足が竦んで、まともに動けなくなってしまうんです。あの時の事がフラッシュバックして……。なっさけないですよね、ホントに」


 コップを掴んだ手が震えていた。自分の精神力の弱さにやり場のない怒りや、悔しさを抱いているのだろうか。


「それで、真面目なテニスをするのは辞めました」


「そんな事が……。それで、わざわざうちみたいな、まともにテニスしないテニサーに?」


「まあ、そんな所です。昔話はこのくらいにしておきましょう」


 彼はすっくと立ち上がって、肉を取りに向かった。


 夜が辺りを侵食していた。暗闇は勢力を拡大し続けている。空には僅かに雲がかかっているようで、星が点々と輝いているのが見えるが、月は隠れてしまっていた。人里離れたこの別荘地は、周辺を森に囲まれ、明かりなどないに等しい。キャンプファイヤーの火だけが闇に抗うがの如く燃え盛り、俺たちを赤々と照らしていた。

 そして最後まで天司はその姿を見せることはなかった。しかし哀れなことに、もはや誰もそのことを気に懸けてなどいなかった。あれだけのことをしたと思われているのだから、当然と言えば当然のことである。

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