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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第二章 契鬼伝説
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2

「天司さんなら、さっき見かけましたよ。ね、大地」


 乃亜はすっかり定席となった椅子に座って、凛と不入斗が昼食を並べていくのを眺めながら、八逆に同意を求めた。

 その八逆は頷いたが、微妙で曖昧な返事を返す。


「あ、うん……。多分そうだと思うけど」


「タバコ吸ってたみたいだけど、私がおはようございますって声掛けたら、何にも言わないでどっか行っちゃって」


 その時のことを思い出したのか、乃亜はむすっとした顔になって、腕を組んだ。

 そこへ、さらに神経を逆撫でさせるように、夕月が憎まれ口を叩く。


「そりゃそうだろ。朝っぱらからそんなバカでかい声聞かされたらさ」


「何よ、その言いぐさ!」


 また二人のやり取りがヒートアップした。バスの中でのことと言い、この二人の仲はあまりよろしくないようだ。


「まあまあ、落ち着いて」


 そしてまた英介がそれを宥めに入る。もはやこれがお決まりの流れになりつつあった。


「それにしても、あいつが昼飯も抜くなんて、珍しいこともあるもんだ」


 落ち着いて席に腰を下ろした夕月が、顎をさすって朝食の時よりは少し訝しげにしている。


「天司さんの為にキッチンに朝食を残しておいたんですけど、綺麗になくなってましたから、多分まだお腹が空いてないんだと思いますよ」


 凛がグラスに飲み物を注ぎながら答えた。


「じゃあ、また俺たちだけで先に頂くとしますか」


 俺の言葉に、乃亜も賛同する。


「そうね、待ってても来るんだか来ないんだかわかんないし」


 そんなこんなで、天司を待つことなく、俺たちは昼食を食べることとなった。

 昼食後、ダイニングからぞろぞろと人が出ていくのだが、当然午後もやるべきことなどない俺は、また英介と瀬堂をパターゴルフに誘ってみた。しかし、二人とも他に用事があるというので、仕方なく一人でパットの練習をすることにした。

 だが、炎天下に一人で延々地味な練習をしていてもつまらない。

 すぐに飽きが来て、その辺をぶらぶらし出した。涼しげな湖を眺めに行ったり、川縁を下りながら、水切りなどをして、だらだらと贅沢に時間を潰して戻ってくると、不意に声を掛けられた。


「あ、いたいた。ちょっとこっち来てくれないか」


 英介だった。

 何事かと思いつつ、手招きする彼に導かれてメインコテージのリビングに入ると、天司以外の全員が揃っていた。


「今日は外でバーベキューするつもりだから、その準備もしないといけないんだ。それで、皆にも手伝ってもらいたいんだけど……」


「なにするんだ?」


「キャンプファイヤー作るんだよ。雰囲気が出ていいだろ?」


「何かいいですね。私こういうの初めてなんで、楽しみです」


 乃亜が心を踊らせている。爛々と目を輝かせ、日本人らしからぬ愛嬌たっぷりのジェスチャーで、まるで舞台女優のようにその感情を表していた。


「ったく面倒くさい事を……。俺は勘弁させてもらうぜ。せっかくの休みに肉体労働なんかしたくないんでね」


 夕月がくだらないとでも言うように、蔑んだ目を乃亜に、そして俺たちに向ける。そのまま彼は引き止める間もなく、早々とコテージを出ていった。

 せっかくの楽しい雰囲気を台無しにされ、頭にきたのだろう。乃亜は玄関に向かって、と言うより、既にいない夕月に向かって、大袈裟に舌を出してあっかんべえのポーズをしてみせた。


「もう、本当にやなヤツ! いちいち私に突っかかってくるんだから!」


「まあまあ、これだけいれば十分何とかなるし、怒る前にさっさと終わらせちゃおうよ」


 英介が乃亜を宥め、少し重苦しくなった空気が回復した。どうやら彼はこうした雰囲気を和ませる天性の才能を持っているらしい。この旅が始まってから、もう何度か崩壊しそうな雰囲気を持ち直させているのだから。

 

「悪い、今日の夕食の後に肝試しをやることになってるんだけど、それの準備をしないといけないから、俺もちょっと手伝えないや」


 瀬堂は掌を合わせてそう言って、申し訳なさそうにコテージを出ていく。

 結局、残りの俺たち六人で、キャンプファイヤーの櫓を立てることになった。

 その櫓は、外にある丸太でできたテーブルの傍に作るというので、俺たちは倉庫から材料を引っ張り出して、まずは片っ端からそこへ集めていった。

 これだけで、俺にとってはかなりの重労働だ。

 普段動かないせいで、貧弱な腕の筋肉の俺は、丸太一本抱えて歩くだけでふらふら状態だった。しかし、それは非力な八逆も同じなようで、自分一人情けない格好を晒さずに済んだ。

 女性陣のほうがよっぽど肉体労働に慣れているらしく、俺たちの無様な姿を横目に、軽々と丸太を運んでいく。

 材料を運び出して、切る工程に移ったのだが、ここでも俺の不器用さが発揮される。

 鋸で指を切るわ、なかなか切れずに見兼ねた乃亜が俺の代わりに切り始めるわと、全く酷い有様だった。これでは体裁も何もあったもんじゃない。

 下界に戻ったらジムにでも通って、日曜大工でもしようか、などと一瞬本気で考えた程だった。と言っても、直ぐに面倒くさくなって飽きるか忘れるのがオチなのだが。

 とまあそんなこんなで、日が徐々に傾いていく中、急ピッチで作業は進められていった。


 *


「ふう、これでやっと完成だ」


 英介が額の汗を拭いながら、ようやく形になったキャンプファイヤーの櫓を眺めた。六角形に並べられた木材が、俺の胸のあたりにまで積み上げられている。その内側には、焚き付けの細かい枝や古新聞を放り込んでおいた。

 正直俺は殆ど役に立ってはいないのだが、こうして出来上がったものを見ると、不思議と達成感が込み上げてくる。

 もうすっかり夕刻になっていて、空は不気味なほど綺麗な夕焼け色に染まっていた。ヒグラシのカナカナカナという鳴き声も森から聞こえてくる。しかし、まだ温度も湿度も呆れるほど高い。じっとりと汗が身体に纏わりついて気持ち悪かった。シャツの上半分の色が変わってしまうほどに汗をかいているのだから、まるで汗に包まれているかのようである。

 様子を見に来た瀬堂も、英介に倣って櫓を見ながら頷いている。


「なかなかいい感じに出来てるじゃないか」


 瀬堂は凛を見つけると、彼女に近づいて尋ねた。


「そうだ。肝試しに使うのに、懐中電灯とかあると助かるんですけど。家から持ってくるの忘れちゃって」


「懐中電灯なら、コテージの物置の中にあったと思います」


 凛は瀬堂を連れ立って、コテージの方に消えた。

 俺はというと、突然の催しに我慢ができなくなり、その後に続いてコテージに急いだ。

 用を足し終えて、ハンカチで手を吹きながら櫓のところに戻ってくると、凛と瀬堂も既に戻ってきていた。あれだけ文句を言っていた夕月も、いつの間にかやってきている。しかし、凛と瀬堂の手には何もない。二人とも、いや、その二人だけではなく、ほぼ全員が、何やら神妙そうな、困惑したような顔つきをしていた。


「どうかしたのか?」


「いや、それが……」


 瀬堂が言おうとしたが、凛がその先を奪った。


「懐中電灯が見当たらなかったんですよ。昨日チェックした時には、確かにあったはずなんですけど……」


 小首を傾げて、不可解そうに眉をひそめる凛。

 瀬堂は溜息を吐いて、夕月に向き直った。


「仕方ないな……。夕月、ちょっと調達に行ってくれないか?」


「はあ? なんで俺が?」


 中性的な整った美形が、あからさまに嫌そうな仏頂面に変貌する。

 それを瀬堂が収めようとした。


「俺はまだ肝試しの準備の続きをしなきゃいけないし、俺以外だと運転できるのお前しかいないだろ? 頼むよ」


 相変わらず夕月には平身低頭な瀬堂。しかしそこまで頼み込まれても、彼の顔は優れない。

 彼が承諾するよりも先に、凛がその間に割って入った。


「いえ、それには及びませんわ。ね?」


 彼女は不入斗の顔をちらと一瞥する。彼はその意味を察し、オーバーに肩を竦めてみせた。


「え? 今から? 蝋燭はあったんだろ。肝試しに使うんなら、そっちの方が雰囲気も出ていいじゃんか。わざわざ買いに行く必要ないでしょ」


 と、さらに不満を漏らす。

 しかし凛の方も譲らない。


「肝試しの為だけじゃなくて、もし万が一ここが停電なんてことになったら、蝋燭だけじゃ心許ないでしょ。あるに越したことはないんだからね」


 結局折れたのは不入斗の方だった。


「ったく、しょうがないな」


 それでもまだ納得行かないのか、後頭部をぼりぼり掻きながら、ぶつぶつと口の中で小言を呟いている。


「大丈夫ですか? マイクロバスですよ?」


 瀬堂が心配そうに尋ねたのだが、凛は少しも問題に思っていないようだ。


「ここに来るときに、軽自動車見たでしょう? あれ、彼のなんです。そっちを使いますわ。それに、この辺りは日が暮れると街灯もないし、山道で結構危ないですから、慣れている人が行ったほうが安心ですよ」


 などと言って、不入斗に行かせたいようである。そんな調子の凛に、不入斗も自分の頭上で事が進められるのは気に入らないらしく、


「勝手に決めんなよ」


 と突っかかるものの、


「ブツブツうるさいわねえ。仕事なんだから、仕方ないでしょ。ってか、早く行きなさいよ。間に合わなくなっちゃうでしょ」


 即座に一蹴され、重い尻も叩かれ、すごすごと引き下がる結果に終わった。


「ったく、いつもこれだ」


 両手を挙げて、向けるあてのない感情でもって空を切る。やがて観念した不入斗は、ポケットから車のキーを取り出しながら、吊り橋のほうへと向かった。

 彼の姿はすぐに木の影に隠れて見えなくなった。


「大丈夫なんですか? あれ」


 凛に尋ねてみたのだが、彼女は不入斗の幻影でも見るように、呆れた顔を吊り橋の方へと向けた。


「気にしないでください。いつもの事ですから」


 そこで瀬堂がポンと手を打った。


「まあ……とにかく、俺はまた肝試しの準備に取り掛かるよ」


 そうして、彼は森のほうへ消えた。

 時計を一瞥すると、午後六時半になろうとしているところだ。夕食まではまだ早いので、俺たちは一旦各々のコテージに戻って、午後八時まで自由時間という事になった。

 せっかくなのでシャワーを浴びてさっぱりしよう。

 そう考えていた。

 もう辺り一帯には夜の帳が下り始めていた。これが長い長い恐ろしい夜の始まりなのであった。

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