金剛
晩夜であった。
自分の体を枕にしてそっと目を閉じた。
すると暗がりの中に自分がぽつりとたっていてた。
目の前には女がいて、大輪の花を抱えていた。
「これ、どうぞ。」
女がそういうので、
「私は金剛だ。いらぬ。」
そういうと女は目を伏せて
「そうですか。」と呟いた。
そんな顔をするもんだから、困ってしまってつい問いかける。
「私は金剛だ。お前嫌なやつはいないか。誰でもこらしめてやるぞ。」
女はこういう。
「私は何があっても大丈夫ですから。金剛様がいてくれればそれでいいですから。」
すると返り討ちにあったように頬を赤らめて、
「私は金剛だ。お前などに興味なんてない。」
と言ったので、女は、
「そういうところが愛らしいです。」
なんていうからもう困ってしまう。
たしかにこの女は献身的だ。俺が不機嫌なときは、目の前に餅をおいてそそくさと帰るし、人が恋しくなったときは、都合よく来て、いつまでも話してくれる。花束の中身が白百合なのもなかなかだ。皆が求婚するのも当然だろう。そういう魅力がこの女にはある。
ずいぶんともう前の話だが、私を作った天神様がこういっていた。
「お前は、どこか魅力がある。どことなく人間のようだし、心は名前と反するほど、繊細で脆い。だからいずれお前のもとに、運命の女が来る。その時まで、じっと待っておれ。」
このどことなく引っ掛かる台詞が、私の頭に引っ掛かる。天神様のいっている言葉が本当なら、この女がそうだと言うのか。
「五度目の嵐のときが、結ばれる時だ。」
私がだからなんなのだと、天神様にいったときに返ってきた言葉だ。そうしてこう付け加えた。
「お前が手を引いてこの俺のところまで来い。地図はなくとも、これるはずだ。」
だから女にこういった。
「お前はこういったな。おれがいてくれればいいと。実は私はこの嵐に乗じて、この寺を抜けるつもりだ。だからもう会えなくなる。お前、俺について来るか?」
そういうと間髪入れずにこう言う。
「もちろんです。どこまででもついていきます。」
私は、この段から降りるために久しぶりに体を動かした。体はきしんで、関節は固い。だけどすぐ動けるようにはなった。女に合図してすぐに出発した。
不思議と道はわかっていた。
山を越え、川を渡って、もう天神様のいるところが見えていた。だがやはり生身の人間には無理があった。
「もうだめです…。」
「大丈夫か。」
このときにはもう遅かった。
女はみるみるうちに白くなっていき、まばゆい光を出した。恐る恐る目を開けるとそれは小さな花束になっていた。このときわかった。
この女が私の心だと。
そうすると私の体もじわじわと汗を吹き出して、だんだんきえていった。心だけが残っていた。
突然の夕立のように目を覚ますと、何百年もみた風景がそこにはあった。なんにも変わらないし、何もなかった。少し耳障りがしたので目を凝らすと、
6度目の嵐がもう来ていた。