「ガール・ミーツ・ボーイ」
夜の11時---
住宅地、小さな路地裏を、彼女は走っていた。
走る女子高生、
走るセーラー服。
走る美少女‥‥‥‥
普通なら、誰かストーカーに追いかけられて‥‥‥と思うかも知れない。
ストーカーの10人や20人いてもおかしくない容姿をしている。
しかし、彼女の走るスピードは、異常であった。
時速にして72キロ‥‥‥‥‥
100メートルを5秒で走り切るスピードだ。
しかも、既に1キロ近くその速度のまま走り続けている。
彼女は追われて、走っていた。
さっき肩に受けた銃弾は、既に体外に排出され、傷口ももう塞がろうとしている。
ひとっ飛びで、軽く屋根の上に飛び乗り、
音もなく屋根を走る。
ばすっ!、ばすっ!、ばすっ!、
サイレンサーの音が鳴り響く。
一発が、彼女の頬を掠める。
振り向きざまに、彼女は棒手裏剣を投げる。
「ぎゃっ!」
「ぐえっ!」
闇に聞こえる男の声。
暫く走って、建物の陰に隠れて止まる。
しばしの沈黙‥‥‥‥‥‥
「まいたか‥‥‥‥‥」
ほっとした様子で彼女がつぶやく、
だが‥‥‥‥‥
びしゅっ!
反応が遅れた!!、
肩口を斬られた、
「ぐっ!」
短剣を構えて、掠めた陰に向かう。
そこには、全身黒ずくめのボディスーツを着た人影が立っている。
顔にも黒覆面をつけている。
その手には、長大な日本刀。
「お願い‥‥‥もう見逃して!!」
彼女は黒スーツに言う。
「もう私は組織の人形として生きていくのは嫌、普通の人間として生きていきたいの!!」
そういいながら、黒スーツに剣を走らせていく。
ひょうっ!
飛来する、棒手裏剣を彼女は短剣で弾く、
その動きで発生する隙に--
ばしゃっ!
両肩、両大腿から血が噴き出す。
「くうっ!」
どさ、と尻餅をついて、動けなくなる。
「人形が、何を言う」
冷たい黒スーツの言葉、
「バイオドールに詰め込まれた『浮遊霊』にその権利はない、自由になりたいなら、その身体を組織に返せ、それは組織の所有物だ」
静かに近づいて来る黒スーツ。
「普通の人間が、これ程に走れるか?、普通の人間が、これ程簡単に傷を塞ぐか?、我らの仲間をも惑わすその容姿も、‥‥‥全てはその『人形』の性能だ。」
黒スーツの言葉に、唇を噛む彼女。
「いくら傷が直ぐ塞がっても‥‥‥無くなった血は補充できまい、何か食べて休息でも取らない限りはな‥‥‥」
「それが‥‥‥狙いか‥‥‥」
「一旦首を刎ねて殺してしまえば貴様は消える‥‥‥もう一度首を繋ぎ直して生き返らせれば、元通りの魂の無い人形に戻る、新たに別の浮遊霊を身体に詰めて、組織に従順な人形を新たに作り直す‥‥‥‥」
ゆっくりと、黒スーツは日本刀を振り上げ‥‥‥
「きゃっ!」
背後から、ざっどどっ、という音がした。
「誰だ!」
黒スーツが振り返る。
そこに立っているのは、
横の家の庭の茂みに向かって何事かを叫ぼうとしている瑞恵の姿であった。
茂みには、鬼太が笑いながら瑞恵に手を振っている。
「見られたか‥‥‥」
黒スーツは、棒手裏剣を取り出す、
彼の組織の掟だ。
見たものは、民間人だろうと殺す。
ひゅっ!、
ギン!
「!」
「!」
黒スーツも、女も、目を見張る。
瑞恵は、銀の剣で飛んできた棒手裏剣を軽く弾き飛ばした。
「貴様‥‥‥素人ではないな?」
「‥‥‥もう、最初からそのつもりだったのね」
鬼太に向けるむくれっ顔、
首を返して、黒スーツを見る。
「む‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
瑞恵の鋭い目に、圧倒される黒スーツ。
(‥‥‥人形に構っている余裕はない、下手をすると、こちらがやられる‥‥‥‥‥‥‥)
彼は、この仕事について初めて---
本気の構えを取った。
『戦う女子高生』は、ふらつきながら、逃げていた。
黒スーツが謎の女と戦っている隙に、その場を脱出していた。
失った血液を補う為に、どこかで食べものを手に入れる必要がある。
そして、眠る場所も必要だ。
よろけて、横の塀に倒れかかる。
この家の家族も、きっと幸せに暮らしているに違いない。
羨ましさと、寂しさ、
‥‥‥一般人に、迷惑をかけるわけには行かない。
よろよろと、もたれた塀から身を話す。
早く、少しでもやつらのいる場所から‥‥‥‥
ガチャン、
その家の玄関の鍵が開いた。
家から、外に出てくる一人の少年がいた。
彼女は、少年の顔を見てしまった。
その少年の顔は、彼女の知っている、ある人物の顔に、似すぎていた。
彼女の魂が、この身体に『詰め込まれる』はるか以前、
まだ、普通の人間として、生きていた時‥‥‥
さんざん我がままを言って困らせ、
一緒に暮らし、ずっと甘えていた家族に‥‥‥
「お‥‥兄‥‥ちゃん‥‥‥」
「あ‥‥‥あの‥‥‥どうしたんですか?」
少年が言葉を発したその時--
がばっ!、
いきなり彼女は少年に抱きついた。
「うわっ、とと‥‥‥」
「助けて‥‥‥恐い人に追いかけられて‥‥どれだけ追いかけてくるし‥‥もう道も判らなくて‥‥‥どうしたらいいか‥‥‥」
だんだん、声が涙混じりになる。
今まで彼女を包んでいた緊張感は全て無くなってしまった。
もう立っていることだって無理、
力が全部抜けて、
少年に抱きついて泣くしか出来なくなった。
少年は、
「だ、誰かに追いかけられた?」
あわてて周りを見回す、
「と、通り魔?、痴漢?、ストーカー?‥‥‥とにかく家に入って‥‥」
恐怖で腰が抜けてしまった少女を助け起こし、肩を貸して家の中に入れる。
家のドアが、ばたん、と閉まる音がした。
三軒先の通りの角から、
その様子をじっと見ている鬼太と瑞恵、
「よし、誘導作戦成功だ」
「‥‥‥でも何であの家にたどり着けて、何であんなにタイミング良く彼が家から出てきたのかしら?」
「『赤い糸』で結ばれた者同士はな、ある程度は引き合うのさ、と言っても人によりけりで、場合によっては、1から10まで世話をしなきゃならん場合もあるがね」
二人の横には、口に猿轡をはめられ、ぐるぐるに簀巻きにされた黒スーツの男が転がっている。
ちなみに、彼の頭にはでっかいたんこぶがあった。
「さて、あとはこの男の始末だが‥‥‥‥」
「わたしの顔を見られてます」
「んーー、呪閻会の連中だから‥‥‥闇鮫に預けるか」
「闇鮫に?、いいんですか?」
「あのバイオドール、もしかすれば闇鮫関係かもしれんからな」
「バイオドール?」
「俺の口からはそっから先は話せない、知りたかったら綺羅星の本部から闇鮫に正式にコンタクト取って、そっちに聞いてくれ」
「あなたも結構微妙な立場なのね」
「‥‥‥まあな、俺は末端の人間だから」
俺は、男を肩に担ぐと、
今回の『落ちものハンター』のスタッフが待機している車に向かう。
男をワゴン車に押し込み、運転手に闇鮫家に運ぶように指示を出す。
車に乗り込むと、瑞恵が横に乗り込んできた。
「もう終わったぜ、久々野ん家の隣がお前のアジトだろ?」
「毒を喰わば‥‥‥です、闇鮫家までつきあいます」
「俺等みたいな末端の人間が行けるのは表の屋敷だけだぜ」
「かまいません」
ふむ、
俺は運転手に出してくれと頼む。
数十分後、どでかい敷地の、どでかい屋敷の前に停まっている車。
俺は黒スーツの男を、出迎えた闇鮫家の守役の連中に引き渡す。
きょろきょろと、辺りを見回している瑞恵。
「‥‥‥なにやってんだ?」
「い、いえ別に‥‥‥‥」
はは~ん、
「ひょっとしてお前、深夏が目当てだったのか?」
ぎくっ、とする瑞恵。
「あいつは『奥の屋敷』でお役目中さ、出迎えはいらないって言っといたからな」
「‥‥‥そうですか」
あからさまにがっくりしている。
ちっ、しょうがねえな、
パフォーマンスを一つ見せてやるか。
「じゃあ代わりにおみやげを持たせてやるよ」
「えっ?」
俺は、奥屋敷の方を向く、
暗い中、遙か遠くの空から、小さな何かが飛んでくる気配。
それは俺の直ぐ真上で、ぱかっと小さなオモチャのパラシュートを開くと、
ふわりと、おれの出した手の上に落ちてくる。
ちいさなバスケットだ。
俺はそれを受け取ると、開ける。
それを瑞恵に向ける、
「深夏特製のおやつだ、普段は闇鮫の当主の為に作ってる」
おれは一個取り出して、口に放り込む。
「もご‥‥‥あとは、久々野とお仲間で分けて食べな、」
何度食っても旨いが、なるべく食わないようにしとかないと、
間違いなく豚になっちまう。
だからあんまり要求したりはしないのだが、
急に要求しても大丈夫だとは‥‥‥‥
瑞恵はそれを受け取ると、
「‥‥‥‥すごい」
と感嘆の声を上げた。
「そんなにすごいのか?」
「はい‥‥‥素材も、分量も、焼きのタイミングも‥‥‥神の領域に達しています。それにバスケットを投げてよこした技倆も‥‥‥中身がまったく崩れていないなんて‥‥‥‥」
「はよ持って帰って他の奴等にも食わせてやんな、この菓子は早く食べないと劣化するタイプらしいぞ、せっかく憧れの深夏のとっておきのお手製、まずくするのはもったいなかろ?」
「は、はい!」
彼女は大急ぎで、門の直ぐ横に置いてある自転車の前籠におやつを乗せ、走って帰っていった。
それを見ながら、俺はこう呟いた。
「‥‥‥‥なんであいつの自転車がここにあるんだ?」
快速電車に乗った主人に追いつける謎の自転車。
しかも今回は瑞恵をトレースしたようにここに置いてあった。
う~ん‥‥‥‥‥‥‥
深夏のことはよくわかるが、他人のメイドの事はよくわからん。
まあいいか、
俺は、落ちものハンターのスタッフの車に乗って、家路につく。
走る車の窓から、俺は夜空を見上げる。
ああ、今夜はいい月だ。
昔は、月にはウサギがいて、餅をついているって言われていたが、
今の流行りは、金髪の美少女吸血鬼が月夜に踊るって事らしい、
残念ながら、そっちの『落ちもの』はまだ俺は関わっていないがね。
さあ、明日はちょっと落ちものハンターは休みだ。
普通の学園生活を満喫するか。
俺はスタッフに、少し眠るから、家についたら起こしてくれ、と言って、
軽く、しかし心地よい眠りについた。
おしまい。




