「清浄なる魔王」
例え通常武器では闇の者を滅ぼすことは出来なくとも、
さすがに大口径の機関銃が雨霰と降り注いだら、
物理法則に乗っ取って、身体の肉が持っていかれる。
文字通り、身を削がれ、穴だらけになって、
フォンヌがしゅうしゅうと、再生していくその間に、
俺は瑞恵を戒めから解き放す。
そして、ヘリからは二つの影が飛びだし、
俺と瑞恵の前方に降り立つ。
この学校も、美女ばっかりで、
いい加減俺の美的感覚が飽和状態になりつつあるが、
御多分に漏れず、その二人もド級の美女であった。
一人は、瑞恵と同じメイド姿、
瑞恵と同じく双剣を持ち、
もう一人は、漆黒のボディスーツで身体を包んでいる。
俺のナイフや、瑞恵の剣と同じく、
そのスーツには銀色の『授かりし言葉』が刻んである。
魔女のバトルスタイルと言えばいいのか、
やはり手には瑞恵と同じような剣が握られている。
瑞恵が、その二人を見て驚愕の声を上げる。
「深夏先輩に‥‥‥パルミラ?」
「正解」
俺は超一流の二人の後ろで守られながら踏ん反り返る。
「形勢逆転さ、シェリアースさんよ、『超一流のメイド』桑野深夏と、『魔術師ウォーレンの秘蔵っ子』パルミラ・ベルナージ、あと俺と瑞恵も含めた、4人を相手に出来るかい?」
憤怒の表情で俺達を睨むシェリアース、
「悪いが、負けを認めて退いてくれないか?、そうすれば俺達は手を出さない」
ちら、とシェリアースは床に倒れているフォンヌの方を見る。
「姉‥‥‥‥さ‥‥たす‥‥‥‥」
「彼女も連れて帰って良いぜ、『白き雷』を『銀の法術剣』で体内に届かせたから、永きにわたり後遺症が残るだろうがな」
シェリアースは、のろのろと、フォンヌの方に歩み寄り、
ゆっくりと、フォンヌを抱き起こす。
「姉様‥‥‥‥‥」
「ごめんなさい、フォンヌ」
シェリアースは、優しくフォンヌを抱きしめ‥‥‥‥
「貴方の命、私に頂戴」
と、言った。
「‥‥‥なっ!」
「まさか!」
フォンヌの首筋に、シェリアースの牙が突き立てられた。
「あ‥‥‥ああ‥‥姉様‥‥‥そんな‥‥‥」
みるみるうちに、ミイラと化していくフォンヌ。
そして‥‥‥‥‥
ごとり、と干からびたフォンヌの躰が、床に落ちた。
ざあっ、とフォンヌの躰が、灰と化す。
ゆらり、と立ち上がるシェリアース、
口の端についた赤黒い線を、袖で拭う。
闇の住人の血も、同族に命ごと吸われる時は赤くなるのか‥‥‥‥
いや、そんな事を考えている場合じゃねえ、
「てめえ‥‥‥魔族の禁忌まで犯しやがったな‥‥‥」
にいっ、と笑うシェリアース、
その眼は、既に狂気に彩られている。
ぼごっ、
シェリアースの背中が膨れ上がり、
ばしゃっ、と服と肉がはぜた、
はぜたそこからは、太い肉の触手が無数に生え出してくる。
ばきっ、ばりばりばり、
触手の一部は根のように屋上の床に潜り込み、
一部は、シェリアースの躰を包み込み、
一部は俺達に襲いかかる。
深夏も、パルミラも、瑞恵も、俺も、
前に掲げた剣とナイフでそれを受ける、
「雷よ!」
剣に通す略式魔術で、
ばしゃっ、という音と供に、触手は灰と化すが、
「だーめだ、とても追いつかねえ」
触手はなおも増え続け、巨大な肉の樹と変わりつつある。
シェリアースは、触手で編んだ巨大な幹に顔だけ出して飲み込まれてしまっている。
「あはははははははははっ、人間はみんな、死んじゃえばいいのよっ!!!」
「ありゃあ、既に正気を失ってるな」
「何なのよ!、あれは!」
瑞恵が俺に向かって叫ぶ。
まあ、俺が説明するよりも、彼女が尊敬する深夏先輩に言ってもらったほうがいいか。
「魔族の禁忌、『同族喰い』をやって、魔族の再生力を暴走させたのよ」
「せ、先輩‥‥‥‥」
「このままでは、この辺り一体、あの肉の塊に飲み込まれる事になるわ」
「ど、どうすれば良いんです?」
「あなた、防御結界を、私とパルミラ、そして鬼太に同時にかけ続ける事が出来る?」
「え?」
「今から難しい術をやるわ、こんな触手の暴れているところじゃ、タイミングを合わせるのが難しいのよ」
「わ、わかりました!」
さすが、彼女の言うことは素直に聞くな。
「白き盾よ!!」
一旦自分に、略式の防御結界を張る瑞恵、
そして、剣を目の前に交差させた状態で、
「星の精霊、大地の精霊、空気の精霊、海の精霊、白き光となりて我と我が友の盾を作り給え‥‥‥‥‥」
『言葉』を紡いでいく、
「星の七つ、大地の五つ、空気の十二、海の二十三、四十七の聖なる数の理よ、白き精霊の盾に宿りし、光る力にエーテルを分け与え給え」
術が発動した、
俺と深夏とパルミラの周りを、薄い白い光が包む。
襲いかかる触手は、触れる度に灰となって崩れる。
これなら行けそうだ、
「「原初の宇宙よ」」
「「星の神を内に宿らせし巨人よ」」
「「その足の一番下に宿りし、千の頭の龍の力を我等に貸し与え給え。」」
完璧に同じタイミングで『言葉』を紡いでいく俺達三人。
「「旧世界の灰、新世界の種となりし賢者の石の力」」
「「白き烏と黒き鳩の殺意ある交接として表わせし力」」
剣を構え、正三角形の形の陣を、シェリアースの周りに取る俺達、
剣に、光が宿る。
白と黒の光がくるくると回転している。
世界そのものを作りし大本の力、
そのほんの一部--
いや、その小さな『再現』と言えば良いのだろうか、
人間が、科学としての『宇宙の始まり』に近い状態を、テクノロジーによって研究室の中で再現するように、
これは、魔法使いが神話による霊的な『旧世界の終わりと新世界の始まり』に近い状態を、宇宙である神、『ヴァーストゥ・プルシャ』の力を借りて造り出す。
魔族だろうが神族だろうが、関係なく強烈なダメージを与える魔術だ。
術の完成と共に、光と暗がぐるぐると回る球体が、俺達の剣の先に現れる。
「「虚空の力よ!、等しく世界の全てに滅びと再生を与え給え!」」
俺達は、暴走するシェリアースの肉塊に飛び込み、
その幹に、
ドンッ!
同時に剣を突き立てる。
ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン
肉塊の周りに、光の柱が立つ、
学校は、真っ白の光に包まれ‥‥‥‥‥‥
俺は意識を失った。
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
どのくらいの時が経ったのだろうか?、
「今は、夜中の2時30分‥‥‥貴方が気を失って2時間よ」
そうか‥‥‥‥って何でパルミラが答えを返してくる?、
「貴方が眼を閉じていて、時計を見ていないから、これは自分で時計を見る行為と同じ‥‥‥‥貴方は今、魔力の使い過ぎで能力が低下していて、意識も混濁していて、自分の身体でさえコントロールが出来ない状態なの」
なるほど、お前の方はそんなにダメージはないのか。
そういや、直接話をするのは初めてになるのか?
「ええ、お私と話をするのは嫌い?」
いや、悪いな、毎度無理につきあわせちまって。
「馬鹿、自分が自分の為に動く事に何の抵抗を感じているというの?」
俺がいなかったら、変に縛られることもなかったはずだ。
「代わりに私の存在自体が無かったわ、私が私でいることが奇跡だと私は知っている、貴方が貴方でいるからよ」
変な事を聞くが、俺が落ちモノの女を求めてることに何か思うか?
「焼きもちを妬いたりするかってこと?、自分の事と同じなのよ、応援してるわ‥‥‥妬いたほうが、嬉しい?」
さあな。
「ああ‥‥‥もう少しで貴方の意識が戻るわ、残念だわ、もう少し話したかったのに‥‥‥」
なあ、話が出来るって事は俺に普通に意識があるのと違うか?
「いいえ、貴方は自身の普段の意識レベルの高さを自覚していないのよ‥‥‥‥今の時点でさえ貴方は闇鮫の高位の人形使いと同じレベルなの」
なるほどな‥‥‥‥
「なる‥‥‥ど‥‥な」
自分の出した声で目が覚めた。
パルミラが俺に膝枕をしている。
向こうでは、瑞恵に深夏が手当をしている。
自分の防御をおろそかにして、俺達を守ったから、触手に右肩を浅く斬られた様だ。
「深夏先輩はどうしてここに?」
「私?、ご主人様に『ここで魔族退治を手伝ってこい』って命を受けたのよ」
「パルミラ‥‥‥‥さんとはどういう関係なんですか?」
「親友兼、魔術の師匠って所かしら、ちなみに体術は私が師匠よ」
「先輩のご主人様って‥‥‥‥」
「ここまで来たら予想がついたでしょ、闇鮫家の関係者よ」
憧れの先輩とお話が出来て御満悦の様子だ。
俺は、やれやれと、体を起こす。
「瑞恵、もうそろそろ撤収してくれ、俺はこれからまだやることが有るんでな」
「やること?」
「シェリアースを主のもとに返す」
えっ、と瑞恵が驚く、
「あれで、滅びたのではないの?」
「うんにゃ、あれ見てみな」
穴だらけになった屋上の床を指さす、
その中央に、黒い、小さな塊が落ちている。
解け崩れた肉塊、
右腕と、胸から上だけを残し、それがどろどろに解けている形。
ゼリーのようにぷるぷると、震えている。
「まだ‥‥‥生きているの?」
「ああ、だがもう驚異はない。」
「今なら滅ぼせるわ」
「無益な殺生はやめとこう、使役魔獣と違って、世界に魂を持って生まれた生き物だからな」
「過分なお心遣い、感謝いたします」
-------!!!!
全員が、ぎょっとして振り向いた。
俺はいいとしても、一流の三人が、
誰一人としてその声の主が近づいている気配に気がつかなかった。
振り向いて、そして、唖然とした。
そこにいるのは、一人の美しい青年であった。
銀色の髪はさらりと月光に流れ、青い瞳は慈愛に満ちあふれ、
にこにこと微笑を浮かべる相貌は、天使のそれにひけを取らない。
純白のスーツの着こなしは、こいつ以外が袖を通すのを服が拒否するだろうってほどだ。
「誰!」
剣を構えようとする瑞恵を、深夏が制し、
パルミラは、俺を庇って前に立つ。
「申し遅れました、私はそこの不肖のメイドの主で、ラフシェリアと申します」
‥‥‥‥‥魔族?
俺達全員が、唖然とした。
この男からは、魔族特有の黒いオーラのかけらもない、
フォンヌとシェリアースの二人ですら、
隠しきれない瘴気というか、闇の匂いがあった。
だが----
この男にはそれが無い。
清浄なオーラだ。
いや、正確には人間が清浄と感じるオーラ。
神々しくさえある。
「‥‥‥『王』クラスの魔族か」
「そのとおりです、やはり賢明な方ですね、貴方は」
「賢明?、どういうことなの?」
瑞恵の質問に、俺は答える。
「このクラスの魔族を相手にするには、俺達じゃ、圧倒的に力量が足りないってことさ」
ラフシェリアは、にっこりと笑う。
答えない肯定。
「だが、なんであんたみたいなのが、こんな所に出てくる?、それ自体が有り得ないはずだ」
優雅、優美、華麗、端麗、‥‥‥‥え~と他になんだ、
くそ、ボキャブラリーが貧困で他の言葉が出てこねえ!
とにかく、ラフシェリアは、
そんな表現が100あっても足りない美しさで、
ゆっくりとシェリアースの所に歩いていく。
美しい指先で、どろどろになったシェリアースを摘み上げる。
「ああ‥‥ご主人様‥‥‥」
「‥‥‥‥しゃべった‥‥‥‥」
まるで、神の起こした奇跡でも見ているようだった。
もはや、『辛うじて生きている』だけのシェリアースが、
それも、半ば陶然とした響きが交じった声を出したのだ。
しかし、彼からは笑顔が消えた。
「誰が、こんな事をしろと命じましたか?」
ぴく、と肉塊が、震える。
「ご、ご主人様‥‥‥‥」
「こんなことは、私は決して命じない、貴方は私の命に背いた事になるのです」
「そ、そんな‥‥‥‥‥‥‥」
悲鳴に近いシェリアースの声。
「罰は追って与えます、暫くは私への謁見を禁止します」
「お‥‥‥お許しください‥‥‥ご主人様‥‥‥後生です」
「もう一つ、今度人間に手を出したら‥‥‥‥」
ひっ、と肉塊が固く震える。
「あなたのことを、嫌いになります。」
ウ‥‥オオオオオオオオオン、
肉塊が震えている、
泣き出したのだ。
あんな一言で‥‥‥‥
この男が、仮にもマスタークラスの魔族を、『嫌い』の一言で泣かすとは‥‥‥‥‥
魔界の中で、彼がどういう存在なのか‥‥‥‥
「先に帰っていなさい」
ぴっ、と摘んでいた手を振ると、
一瞬のうちに消え去るシェリアース。
そして、ゆっくりとこちらを向き、
「今回のことは、私のあずかり知らないことでした、しかし、主としてはそんな行動を起こさせた責任が有ります、私の監督不行き届き、どうかお許しください」
‥‥‥あ、頭を下げやがった!
いかん、落ち着け!
「‥‥‥そう言っていただくと、こちらも助かる、かたじけない」
「ちょっと!」
横で瑞恵が小突く。
「なんで貴方が返事をするのよ、こういうときはパルミラさんか、深夏先輩が‥‥‥‥」
さっ、と瑞恵の前に、深夏が手を出して制する。
「‥‥‥先輩?」
「これに限り、礼儀として、こうしなければならないの、」
「‥‥‥‥?」
訳が分からない、といった顔をする瑞恵。
しかし、おそらくこの男は、分かっている。
「これで、手打ちということにしていただけますか?」
「もちろん‥‥‥一つ思い出したのだが、聞いてもよろしいか?」
「ええ」
「魔界随一の穏健派であり一番の実力者で、人間に一番甘いって言われる『王』の一人がいると聞く。条約も、その『王』の介添えが無ければ締結は不可能だった、とも‥‥‥‥‥」
俺を見るラフシェリアの顔は、慈愛に満ちている。
「だのに条約には、あえて名を記さなかった『王』‥‥‥その王とは、貴方のことなのか?」
「‥‥‥‥私は、人間族が好きなだけですよ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
「それと、もう一つ、私がここに来たわけは‥‥‥貴方に会いたいと思っていたんですよ、黒鮫鬼太さん」
「?」
「私は堕天した神族です、穏健派は神族の血を引く者が殆どなのですが、魔族の中に飛び切りの代わり者がいましてね‥‥‥黒き血を持ちながら、人の味方をする女の子がね」
「‥‥‥‥‥リューニアか」
「ええ、とても元気で魅力的な娘で、プロポーズをしたのですが、断られました」
「‥‥‥ま、そうだろうな」
「そして、理由を聞きました。だから、貴方に会ってみたかった、そして確信しました‥‥‥私はちゃんとあの娘を愛しています、外見も、魔族も神族も、人間も関係ありません、私はあの娘の魂全てに魅かれているんです」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
俺は、複雑な顔になった。
瑞恵は横でまったく意味が分からなそうだが、
俺はすべて納得した。
「帰ったら、リューニアにそう言います、すべてをひっくるめて貴方を愛している、と。」
「なんて言っていいか分からないが‥‥‥その‥‥がんばってくれ」
ラフシェリアは、一礼すると、ゆっくりと、屋上から下に降りる階段の方へ去っていった。
それを見届けて、
俺と深夏、そしてパルミラは、へなへなと座り込む。
だは~~っ。
「ど、どうしたんです?、先輩?」
「‥‥‥‥‥あなた、わからなかったの?」
「‥‥‥は?」
「あれは、とんでもない存在よ、彼がもし軽くでも攻撃してきたら、私達がフルで防御結界を張っても、この地区一帯が消滅してたわ」
「‥‥‥‥‥うそ?」
「‥‥‥‥まったく、よく気力が保ったもんだ‥‥‥」
「‥‥‥私、もう行かなきゃ」
パルミラが、萎えた気力を振り絞って、よっこらと立ち上がる。
「私も‥‥‥明日、お屋敷の倉庫整理があるの」
続いて、深夏も。
「はいご苦労さん」
二人は屋上の端から、ひょいっと身を翻す。
「せ、せんぱ‥‥‥‥」
驚いて、二人が飛び降りた所に駆け寄る瑞恵。
そこから下を見て、眼を丸くしている。
校庭に止まっているヘリに向けて、平気で歩いていく二人の姿を見ているのだろう。
「瑞恵さん、あんたも帰る時間だぜ、ご主人様や仲間がお待ちだ。」
瑞恵は振り向き、怪訝な顔をしている。
「‥‥‥‥‥何してるの?」
「もう、完璧に限界なんで、このままここで寝る」
床の上に大の字に寝てる俺。
「いろいろ聞きたいことがあるんですけど」
「今はだ~め、ものすごく眠い、下手したら明日の授業もフケるかもしれない」
「そう、でもいいの?、こんなに壊れた校舎では登校してきたみんなは‥‥‥」
「あ~、それは大丈夫、この学校、ある仕掛けがしてあってね、明日になれば元に戻ってるよ」
「‥‥‥‥‥‥‥わかりました、では、明日」
そう言って、彼女は出ていった。
俺はそのまま、泥のように眠りについた。
‥‥‥‥‥‥‥‥明日は、身体じゅう筋肉痛だろうな。




