【57】
アトレイシアの申し出は、よく分かる。
長雨が続けば河は氾濫し、下流の土地は雨水で流されてしまう。
既に、一部の低い土地では浸水してると言う。
今すぐにでも、この雨が止んでくれれば――本来なら、そんな自然の理なんてどうする事も出来ない。
でも、今、この国には私とシュカが居る。
そして、先日、女王陛下と多くの人達の前で力を使ったばかりだ。
診療所で怪我人を治して見せたのだから、その奇跡の力でこの国を救って欲しいと考えるのは理解出来る。
きっと、このワルターという男の人もその場に居たんだろう。
だから、何かと突っ掛かってくるんだ。
でも、別に出し惜しみをしてる訳でもない。
まだ力の使い方も、どんな風に使えるのかも分からないだけ。
アトレイシアは説明を終えると、もう一度同じ言葉を言う。
「コウ、お願い出来ませんか?」と。
「………」
私だって、出来るなら救ってあげたい。でも、答えに困る。
出来ます!なんて言って、もし出来なかったら。
ここに居る人達全員が私に視線を注ぐ。
何とも言えない空気が漂い始める。
また、あのワルターっていう男の人が口を開き掛けた時――。
「――コウが望めば良い」
とシュカが言葉を放つ。今まで自分は関係無いって態度だったのに。
しかも、後ろから私を抱くすくめて来る!!
「ちょ!ちょっと!!シュカ~~!!!」
恥ずかしい!!こんな所で!!
顔が赤面していくのが分かる!
唯一、背もたれがあるおかげで、密着は免れているけど。
「コウは望むだけ良い。後は我の力で――」
うわ~!うわ~!!耳元で囁く様に話さないで~~!!
吐息が耳に~~!!
「だが、コウが望まぬなら、我は知らぬ」
悪戯っぽい声色で、シュカは私を抱く腕に力を込める。
このシュカの行動に目の前の菫色の瞳を持つ少女はムっとした顔をするが、シュカの言葉には口元に少し皮肉な笑みを薄っすら浮かべている。
普段は喧嘩ばっかりの二人なのに、この時だけは同調するなんて。
シュカもシュカだ。
つまり、私の機嫌を損なうな!って事を言いたいんでしょう?
だからと言って、この場で抱き付かなくても!!
でも、これも全てパフォーマンスよね?
一応、契約者である私を立ててくれているんでしょう?
さすがにワルターも、もう何も言わなくなった。けど、顔は渋いままだけど。
「――情けなくなるわね」
と、アトレイシアは深緋色の瞳を伏せる。
「え?」
アトレイシアの声が聞き取れなくて、聞き返してしまう。
「いえ、こちらの事…」
この時、アトレイシアも私も心の中で同時に小さな溜め息を付いていた。




