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女神降臨Ⅱ  作者: 塔子
30/69

【30】


え?


エレナ?


ここに居るのは、アトレイシア。エレナの娘。


いくら二人は似ているからと言って、この人が間違えるなんて有り得るの?



「……――っ!」



言葉を発しようとした所でアトレイシアが片手を上げ、私の動きを止める。



「――ロイ…」



優しく囁くように、愛しさを込めてその名を口にするアトレイシア。


そして、深緋色の瞳を菫色の瞳に向ける。


ただ、見つめ合う。


なのに菫色の瞳の動きが少しおかしい?もしかして見えていない?


だからエレナじゃないと気付かない?


でも、どうして?


アトレイシアはエレナの振りなんてするの?



「さぁ、行こう」



再び、そう言ってロイは右手を差し出す。


アトレイシアは佇んだまま、瞳を伏せ、口元には僅かな笑み。


私は動けない。まるで、金縛りにでもあったかのように。


この場に居る誰もが動けない!動かない!


でも、私の視界の中に唯一動く影が一つ…。



―――!!!



何が起こったのか、頭の中で今見たばかりの映像が何度も何度も繰り返されている。


そう、あの影はエレナ。


そして、エレナはロイの頬を打つ。


驚きの表情で叫ぶのは大巫女の娘。



「ど、どうして?母上は神殿からは出てはならないはずっ!!」

「貴女の考えなど分からないとでも思って?」

「でも、大巫女を失う訳には…。それに、私は母上を…!」

「この母が、身代わりに貴女を行かせるなんて出来ないわ!」



エレナは母としての優しい顔を見せたかと思えば――。



「ロイのバカーっ!!」



白金の髪の男に、ここぞとばかりに――。



「わたくしとシアの区別も付かないなんて~!もう、大っ嫌い~!!」



アトレイシアも私の側に来たグリンダリアも、そして私も呆気に取られてしまった。


こんな時ですら、緊迫感の欠片も無いこの大巫女は。


口では怒ってみせても顔は少女のような微笑を浮かべて、ふわりとロイの首に両腕を回して抱き付く。



「連れて行って、ロイ。貴女とアルスが居ればどこだって構わない」

「――エ…レナ…」



微笑み合う二人。


この一瞬が、二人が待っていた最も幸せな時間なのかもしれない。


抱き締め合う二人の足元から炎が螺旋状に舞い上がる。


やがて赤き炎に包まれ、エレナとロイはその炎の中に消えてしまった。



そして、残るのは――『魔獣』。





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