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死神スプレー☆

 違和感は休日の夕食時、唐突にやってきた。

 父、母、妹を交えての平凡な食卓にて、何時もに比べて随分と食欲がないなと思いつつ、皿の上でぐったりとしているアジのフライに箸を伸ばしたら、急に妹の花奏カナデが、まるで授業で当てられた女子高生のように起立したのである。

「やっと分かった!」

 そして彼女は手をパチっと合わせ、世界の真相にでも気付いたかのように目を輝かせてこういった。

「私、お兄ちゃんが足りないのかも!」

 恐るべき事態。お兄ちゃんたる俺を前にして、お兄ちゃんが足りないのかもと実妹に言われた。しかしそこで親父は嘆かずに、大きなハラを揺すって笑う。

「はっはっは。できることならパパもカナデに協力してあげたいんだけど、難しいお願いだなぁ。仮に今からハッスルしたところで弟か妹しか花奏にプレゼントできないしな」

 まるで俺など存在しないかのような発言、エグいぜ親父。それにしても年頃の娘に向けてストライクな発言である。それを受けてしかし、起立した妹はハっと我に返った様子になり、ちょっと恥ずかしそうに着席。

「あ、別にないものねだりをするつもりはないんだけどさ。なんていうかその、物足りなさ? みたいなの感じて」

 どんどん小さくなるような感じで、そのようなことを言った。俺が何か物足りないということか。

「あらあら、花奏が寂しがるなんて意外ね」

 とは我らのマザー。

「カナデはしっかりしてるから、お母さんそういうのとは無縁だと思ってたわ」

「んんん、寂しいとかじゃなくて、なんか……しっくり来ないの」

 長い黒髪を小指で掻きながら、ギクシャクと話す妹。すると親父はカナデの方を見て

「しっくり来ないって?」

「うん。うまく言えないんだけど、その、何ていうのかな。ノブのない扉っていうか、枕のないベッドっていうか、鐙のない馬っていうか、そんな感じ。物足りないっていうより、むしろ違和感? あはは。やっぱりうまく言えてないかも」

 たぶんうまく言えてないね花奏ちゃん。

 ともあれ少し自己主張してみようか。

「あのー、一応ここで花奏の兄をしております海人っていいます」

 ……。

 三人のコンボに対して自虐的なディフェンスで応じるも、反応なし。まるで空気な海人君。

「なんか、ごめん。おかしなこと言って。……はぁ」

 妹の吐いた溜息がいつになくシリアスだったので、俺は摘まんだままにしたアジフライを一度ご飯の上におき、今日一日の反省会を開いてみる。

 もしかしてあれか。

 寝惚けた頭を冷やそうと洗面所でバシャバシャやって、顔を拭って何かファンシーだなと思ったら(カナデ)のブラだった午前九時か。

 もしかしてあれか。

 俺からノックという概念が喪失してしまってうっかり(カナデ)の部屋に入り、昼飯できたぞー、ってやったらスカート履いてる最中だった午後一時か。

 もしかしてあれか。

 風呂上がり、股間を隠すべきタオルで頭をシャカシャカしながら脱衣所を出たら(カナデ)のと鉢合わせた午後六時か。

 どうしよう。思い当たる節が多過ぎて、ちょっと弁護出来ない。

 けれども。大概のことは笑って、笑って許せないことは殴って許してくれる(カナデ)の性格を考えるに、現状、度重なる兄の偶発的セクハラに耐えかねて、両親に陳情、それにより海人素無視計画が実行された、とは考えにくいのだが。

「ごめんなさい皆様。小生何か大罪をおかしたようですが、誠にいかんながら身に覚えがございません。どうかこの仕打ちに関する説明など頂けないでしょうか」

 平身低頭に問いかけてみるも、三人は目線さえ合わせてくれない。

 そのまま黙々と刻々と、俺を置き去りにして三人は箸を進めて行く。

 そして夕食は終った。

 食器をジャブジャブと豪快に洗っている母親の後姿。

 それをコマ送りのように時間感覚を消失して見ている俺。

 形容するならば呆然に違いなかった。


 部屋に戻ってベッドに腰を降ろす。

 ロダンの代表作のような姿勢で本気で一人反省会開始。

 反省(ふりかえる)


 花奏の部屋の前に立ち、意を決して扉をノックするも音沙汰無く、どうしたものかと思案していたら花奏登場。いや、なんか分からないけど悪かったよ、などと話し掛けるも完全完璧に無視。

 そのまま思い当たる限りを謝罪しつつ追尾しつつしてたら、トイレ到着。そしてそのままトイレに入る花奏。

 俺は扉の前で待機。

 デリカシーあるので耳は塞ぐ。

 妹が出てきたらさっきと同じ様に謝罪しつつ追尾しつつ、しかし完全完璧に無視。まるで先程の巻き戻し。

 取りつく島も無く、そのまま花奏は部屋に消えた。


「なんでこうなったし!?」


 俺は頭を抱えた。ロダン崩壊。

 以前にもっと酷い、偶発的とはいえ鬼畜の如き所業をやったことがあるのだが、その時でさえ肩関節亜脱臼の刑で許してくれた花奏ちゃん。あれは、そう。遡ること三日前。廊下に投げ出されていた親父の足に躓いて発生した不幸な事件だった。

 条件反射的に突き出した両手の先に、曲がり角から出て来た(カナデ)がキョトン。廊下の床につくはずの諸手が、奇跡のクッションを鷲掴みしていたのである。

 ようするにおっぱいつかんだ。

 肩を三回外され、三回嵌めてくれた。

 しかしまぁ、それも過去の話。両手一杯に胸を掴んでいた事を考慮すれば、かなりの温情判決と言えるだろう。きちんと整復までしてくれたのだから、寧ろ揉み得というー

「そんな考えだからこんな目にあっちまうんですかい?」

 馬鹿な考えを振り払うよう頭を振って、俺は横になった。

 寝返り。

 親父お袋の寝室の方にも伺おうと思ったが、花奏の弟妹作成現場に鉢合わせるなど万一にもあり得て欲しくないので。

 ……今日はもういいか。

 結局この仕打ちの意味は分からず終いだったけれど、明日の朝には元に戻っているに違いない。原因は少なくとも、何日も尾を引くようなものではないはず。

「まぁ骨の一二本ぐらい覚悟しますか」

 楽観的結論を下して、俺は布団に包まった。


-------


-------


「どうしてこうなった」

 授業中、わりかし大きな声で俺は嘆いた。


 海人素無視計画は昨日に引き続き本日も継続のようで、今朝。朝食の席で晴れやかに挨拶するも、反応なし。

 一応自分の分の朝食は用意されていたので、存在は許されているようである。

 事態の悪化を懸念し、俺は大人しく、何時もどおりサラダを頂いた。そもそも花奏が朝起こしに来てくれなかった時点で、ベッドの中で半ば覚悟していたのであるが。


「でもここまでは正直予想外だよな!」

 と、普段であれば一発退場ものの大声を授業中に出すも、先生も生徒達も鉄の意志で授業中を演出している。全員にノーベル賞をあげたい。いや、アカデミーか。

 バンバンバンバン!

 と机を叩いた所で、視線一つ集らない。今朝から、否、昨夜アジフライを挟んだ時から、海人はずっとこの待遇なのである。

 家内だけでなく玄関を出てから学校の教室に至るまで、全く相手にしてもらえていない。

 海人素無視計画、まさかの屋外進出。

 登校中、車には低速で撥ねられそうになり、コンビニでは差し出したキシリトールガムを何時までも精算してもらえなかったり、駅では改札扉さえ閉まらなかったりした。

「ちょっとマジで意味分からないんですが……」

 途方に暮れた俺を置き去りにしたまままっすぐ進む授業。ひとまず着席し、平常通りに受講することにした。


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-------


 海人素無視計画改め海人素無視ゲーム。プレイオフが始まって早一週間が経過するも、この間ゲームエリア外に出たりノンプレイヤーに遭遇する事アタわず。

 適当に街をぶらついて、すれ違うあらゆる人にフレンドリーに話し掛けるも、総スルー。

 スーツ姿の客引きのお兄さん、その目をガン見しながら半時間もウロウロしてみたが、誘われる気配はなかった。いっそ店の中に突撃しようと思ってもみたが、へタレなので断念。

 ティッシュ配りのおネイサンも同様。

 路地裏でたむろしてる怖いお兄さん達や音程の怪しいアカベラを披露しているストリートミュージシャン達。メール全盛の今のご時世、理不尽なノルマを押し付けられたであろうハガキ売りのおじさん。年齢職種バラバラの彼らであるが、俺をスルーするという点で統率されている。

 彼らは即ち、海人素無視ゲームのプレイヤー達である。

 ならばその範囲(エリア)はと言えば、今のところ不明で、通学定期の許す範囲で色々と活動してみたのだが、皆様全く無反応。

 駅員さんどころか改札扉さえ反応なしなので、多分キセルも可能なのだが、良い意味でもへタレなので実行には移しておりません。

 と、今日もそんな感じで普段の活動領域をウロウロしていたら、銀髪のお姉さんが前からスタスタスタ。

 一昔前のゴシックバンドみたいな姿で、人波の中を縫う様に向かって来ている。

 一歩左へ。

 衝突回避のための予備動作。向こうからこちらは全く気にかけてもらえないので、俺が譲ってあげないと普通にぶつかってしまうのだ。

 因みに転倒してしまう勢いでぶつかっても、彼らは何事もなかったかのように行ってしまう。

 これは不本意ながら実験済で、一昨日。目があっただけで胸倉掴まれそうなお兄さんに対し、俺はその顔面に張り手を見舞ってしまったのである。

 別に喧嘩を売ったわけではなく、しょぼんと歩いていたら足を投げ出して座っていた浮浪者に躓き、手をつこうと伸ばしたのが――――バチーン。

 不意打ち全力だったのでお兄さんノックダウン。

 こちらがアワアワしているのとは、しかしお兄さんの態度は対照的で、舌打ち一つせず立ち上がり、何事もなく歩き始めたのである。

 気付かない?

 俺はその去りゆく背中をじーっと見守ってしまった。

 ここで人によっては、『ノーリスクで人を殴ったり蹴ったり◯◯したり××したりする権利を得た!』、という大変宜しくない衝動に目覚めてしまうかも知れないが、へタレな俺には縁のない話である。

「しかしまぁ、俺ってよく躓くよな。わざとらしいぐらいに」

 自嘲の溜息を、ハァと吐いた。

 がし――。

 と。

 手首が掴まれた。

「ウチを避けた、言うことは、ウチが見えとる言う事やなぁ」

 綺麗な白い手である。

「捕まえたでサボり魔~」

 そして関西弁である。

 目を向ければさっきの銀髪お姉さんが、にぃいっと八重歯を見せていた。すごい勝気でオテンバで、そしてサドっぽい笑みにゾクっとなる。ちなみにMではない。そんな俺の中では今、様々な思考が無尽に錯綜していた。

 代表例(ピックアップ)

 ようやくノンプレイヤーと遭遇か!?

 サボリマ!? 

 可愛い!

 Dカップか!?

 ていうかいきなり何!? 

 どちらさま!? 

 関西弁!? 

 美人!!

 Dカップか!?

 久しぶりに会話!

 Dカップか!?

 Dカップか!?

「どちら様でしょうか?」

 正解だ俺。よくやった。

 内心はともかく、傍目には冷静に尋ねたであろう俺に対し、彼女は後ろ手に何か持っていたらしいそれを突き出してきた。

「早速仕事やから。ウチ案内しいや」

 スプレー缶だった。


-------


-------

 

 自室に招いた銀髪の彼女に、まずは素性などを尋ねてみたら、端的にこう言われた。

「ウチ? 死神や」

 明快すぎて、もはや謎だった。

 けれどもそれに素直に頷いている俺がいるのは、この長く続いた一週間の違和感に対し、とある覚悟を決めていたからである。それは。

 ズバリ、俺は既に死んでいるのかもしれない。

 目の前に座る自称死神――見た目的に死神ちゃんでいいか――は人差し指を立てて語り始める。

「今アンタはこの世界にめっちゃ違和感を感じ取るはずや。そんでその違和感のせいで孤独感がハンパないはずや。そんでウチはそうなった理由を完璧に知っとるんやけど、まずは考えて推測してみ。そんでこれやと思うやつを言うてみ。当たりかハズレか教えたる。ああ、ウチが死神や、言うことは大ヒントや」

 そしてきちんと正座して、両手でお茶をズズズとすする死神ちゃん。

 俺は道中で渡されたスプレーのようなものを握りながらしばし考え、しかしすぐに中断する。まずは一人納得していた覚悟をぶつけてみる事にした。玉砕かもん。

「えっと、これ自分では言い辛いんですけどね。実はとっくの昔に、俺は事故か何かで死んで幽霊になってたんだけどそれに気付かないままフラフラしてて、最近それに薄々気付き始めたとか、ですか?」

「ハズレや」

 やった玉砕!

 死神ちゃんが俺にデコピーン――――いてーー!! と額を抑えていると

「この家の仏壇にアンタの遺影はあらへんやろ?」

 言われてみれば仰る通り。冷静さを失うと人間の注意力などこんなもんである。いや、俺だけか。

「それよりやな。この家でむっちゃ勘の鋭い子がおるんやけど、その子の言葉もヒントになるんちゃうか?」

 この家のこの四人家族で、子と呼ばれるのは俺か妹しかいない。つまり花奏の事を言っているのだろう。ふむ、さて。

「”お兄ちゃん足りないのかも”って言ってましたね。あ、まさか。実はとっくの昔に、俺はやっぱり事故か何かで死んでいて、幽霊になってたんだけどそれに気付かないままフラフラしてて、お兄ちゃんを欲しがっている妹の元にやってきて、そして俺は自らの記憶をこの家庭の兄であるかのように改竄―――いてーーー!!」

 デコピン二発目。

「どんだけ死にたいねん。アンタはここの家庭で育っとるし妹もおるし、記憶も問題ない。ハァ、日が暮れそうやから答え言うたるわ。アンタは死神見習いに選ばれたんや」

「死神見習い? は?」

 デコピン三発目。

 やばい、ちょっと額割れそう。

「めんどいから簡単にルール説明」

 どれだけ面倒臭がりなのだこの自称死神ちゃんは。

「ウチのもとで見習いとして何週間か仕事した後、本仕事をとりあえず三つ手伝ったらおしまい。質問は?」

「質問です」

「なんや」

「意味が分かりません。……デコピンまった! ちょっとでもほんと! マジでどういう意味ですか!? 最低限納得できるように説明して下さいよ!」

 しなった中指を指し出してくる女の子に対して、涙目になってみっともない俺だが、そんなこと構ってる余裕はない。やばいが額、いや、額がやばいのだ。

 死神ちゃんは舌打ちして手を引っ込め、胡坐をかき、頭をボリボリと掻いた。暴力回避成功。女々しい顔もしてみるものである。

「ほな一回しか言わんからよう聞きや? 質問もなしや。ええな?」

 いいえ。

 デコピン四発目。

「だーーーー!! まだ何も言ってないじゃないですか俺!」

「ナレーションに書いてあったわアホ。死神なめんな。……まずな、アンタは生きとる。元気一杯や。ただしアンタはこの世界から一切干渉されへん存在に格下げされとる。まぁ、下賤な死神の、しかもその見習いやからしゃーない思って諦めや。せやけど腐っても死んでも下賤でも神は神やからな。世界に干渉されんでも干渉することは出来るんよ、こっちから。簡単に言うと、向こうから何かされることはあらへんけど、こっちからは出来るわけや。これがアンタの置かれとる状況・境遇・状態・立場・位置・身分いうわけや。ここまでええか?」

 ええよな? と脅しのような目つきで尋ねられる。デコピン回避策として頷いた。

「ほんで、その状態から抜け出したかったら、まずは死神見習いとして仕事をこなすこと。それだけのことや」

 簡単やろ? とニッコリされた。確かに簡単に言われた。しかし。

「死神さんその、元に戻るっていうのはどういう意味ですか?」

「そのまんま。ここでカナデちゃんのお兄さんとして、高校生として、これまで通り普通に。今の記憶はルール上消さなあかんから、否が応でも元通りやな」

 願ったり叶ったりである。

「話がうますぎません?」

「信じる信じへんはアンタ次第。やらせるやらせへんはウチ次第」

 良かった! 俺の意思なんて関係ないんだね! と、そんな自虐みたいな突っ込みを脳内で入れるも、やはりこの展開は都合良すぎることに変わりない。けれど変わりなかったところで、疑ったりもしない。むしろすがりつく所存である。初対面の彼女に信じる価値があるかなんて問われればそんなもの、今の俺にはそれこそ、見つけて口を聞いてくれただけで充分というものである。

 ただ。

「ちなみにその仕事ってなんです?」

 ここで連想ゲーム。

 死神と仕事。

 さてなんだ?

「それは始めて見てのお楽しみや」

 死神ちゃんはウィンクした。


-------


-------


 食卓にて、家族そろって何時も通り夕食に済ませた後、俺は死神ちゃんの指示に従ってキッチンで待機していた。

 相変わらず父も母も妹も、全くコミュニケーション取ってくれませんが、俺の分の夕食もきちん並べられる不思議である。もちろんちゃんと美味しく頂いた。あまり食欲はなかったけれど。

「ほな早速見習いレベルの一番最初の仕事。C言語のハローワードみたいなやつやな」

 さて、手にはスプレー缶。これは死神ちゃんと出会ったときに渡されたものであるが、どうやらこれから使う模様。

「まずはそこに満遍なくや」

 と、死神ちゃんの指さす先には、今日も豪快に食器を洗っている母親の背中が。

「マザーに噴射ですか?」

「親不孝もんやなお前は。その左や」

 クイクイと指が曲げられたので、視線の誤差を修正する――洗い場の隣。そこには湯洗い・洗剤洗い・乾拭きの済んだピカピカの食器が、整然と積まれていた。

「あの、皿に噴きつけるんですか?」

「そうや。それで雑菌を死なすんや」

 雑菌を死なす――滅菌・殺菌の事か。どうやらこれは除菌スプレーの類のようである。

 死神の仕事と言うからもっと殺伐としたものを想像していたので、拍子抜けである。安堵とも言うか。

 しかしけれども、あれだけ入念に洗浄された食器に除菌処理など全く必要ないと思う。

 それに食べ物を乗せることを考えれば、あまり得体の知れないものを吹きかけるのは気持ちの良いものではな――――まさか。

 俺は死神ちゃんの方をおそるおそる。

「これ、実はすごい強毒性で、まさか家族の暗殺が目的――……なわけないですよね」

 りゅうりゅうとしなる死神ちゃんの中指。目には『そんな死にたいならアンタだけ』と書いてある。俺はいそいそとスプレー缶を手に洗い場へ近付き、積まれた皿に向けて撫でるようにシューっと。

「こんなもんで?」

 振り返って確認。

「ああ、ええで。それから次はその穴やな」

 死神ちゃんの指先は、今しがた母親が丹念に熱湯消毒した洗い場の排水溝を指している。やはり除菌なのだろうが、しかしやはり無駄に思えてならない。まぁ、言われた通りやりますけどね。早く元に戻りたいし。

 俺はカタカタとスプレー缶を振った。

 その後、この作業は母親の掃除の後をついてまわる様に行なわれた。

 床、トイレ、廊下、ベッド、畳み、浴室。

「ホンマに清潔やわ。働き者のオカンやな」

 その仕事ぶりに、死神ちゃんは感嘆していた。

 掃除が一段落したのだが、しかし母親は休まず居間で洗濯物を畳み始めた。こちらはただスプレーを噴きかけるだけで息切れしているのに、まだまだその小さな双肩からは活力が感じられる。母は強とは真である。

「あの、死神さん質問良いですか?」

「うい」

「これって何か意味あるんですか?」

「おおありや。これをせんとアンタ、世の中滅ぶで?」

 まさかの世界規模である。

 死神ちゃんはキッチンの椅子を引いて腰かけて、足を組んだ。スカートの中がチラ

 ――。

 黒!?

 蹴り。

「ぐぉおおおおお!!」

 鳩尾に爪先が刺さりました。

「面倒いから簡潔に一回だけ説明したるわ」

 悶えている俺を余所に解説を始める死神ちゃん@黒パン。

「何かを殺すのはアンタらに出来る事。何かを死なすのがウチらに出来る事や。以上。二度は言わへん」

 簡潔過ぎますね、ホント。

「じゃぁ二度は聞きませんので、その補足お願いします」

 痛みを知的好奇心に刷り返る高等テクニックとはこのことである。心頭滅却すればの逆ヴァージョン。

 死神ちゃんは人差し指を立てて解説ポーズ。

「せやな。核心から言うと、殺す事と死なす事は別もんや。殺しても死なんやつっておるやろ? 不死身の存在言うんかな。それがまさにその意味するところや」

「それって例えばゾンビとかヴァンパイヤですよね? そんなお伽噺は現代には通用しませんよ」

「そう。お伽噺は現代には通用せえへんな。死神の数と質が今は充分やから、確かに今はおらんな」

 充分に含みのある言い方である。

「過去にはいた訳ですか?」

「恥ずかしい話やけどな。ウチらの目を盗んで殺されても死なされんかった輩が細々とおったのは事実や。折角やからヴァンパイヤの話でもしよか。あれが人の血を吸わんと死ぬカラクリにあるのはな。ああすることで死神を騙しとったんよ。死なすべき対象を、自分から吸血相手にすり返る。そういう死神を欺く術やな。うちらがミサイルやとしたら、吸血行為はダミー生成。ミサイルはダミーにご誘導される。そういうカラクリやな」

 アナクロなのかハイテクなのか良く分からない、妙な例えである。

「例えばですけど、無茶苦茶に身体が壊れても、死神の手にかからなければ死なないんですか?」

「それをアンタらはゾンビと呼んで恐れた訳やな」

 妙に納得させられた。

 死神ちゃんが排水溝をクイクイと親指差した。

「アンタのオカンは丁寧に殺菌した。菌を殺した。せやからルールに従ってウチらがその菌を死なせた。OK?」

 にぃい、と八重歯を向くように笑う死神ちゃん。

「OKです」

 デコピン。

 額を抱えて蹲る俺とは正反対に、起立して伸びをする死神ちゃん。

「ほなまぁ、今晩はこのぐらいで勘弁したるわ」

 マジで勘弁して下さい。

 じんじんと痛覚が自己主張する額を抑えつつ顔をあげると、死神ちゃんは既に廊下を折れてニ階への階段をトントントン。

 どちらかに向かいますかと追尾すれば、躊躇いなく俺の部屋の扉を開け、躊躇いなく中に入り、躊躇いなくベッドに入り、

「ほなおやすみ」

 躊躇いなく御休みなさいました。

 唖然の唖もなくスヤスヤスヤとした寝息に、俺ばかりが躊躇ってしまう。

 えっと、年頃の女の子が俺のベッドに寝ている。その現状だけで変な汗かきまくれる。予想外に可愛い寝顔に、さて、どうしよう?

 今晩は一階のソファーで寝ようかしら?

 ここに俺の人の良さと言うかヘタレ具合が露見する。例え死神であれ自室で女の子が寝ていたら、その床でさえ寝ようとしないのだ。

 ましてこれだけ快適な寝顔を見せられては、起こす気にもなれない。

 見つめるタイム。

 俺は頭を振って部屋を出た。

 と、まさかの、花奏が目の前仁王立ち。

 浴衣姿は風呂上がりの証。なのに殺気むんむんである。

 経験上、俺の事が見えていないのはもう分かっている。例え目線が合っていたとしても、交わっているのではなく透けていて、つまり偶然であると知っている。

 しかしそれでもこの表情には、たじろいでしまう。

「分かってる。分かってるんだけど、ん~」

 と、顔をズイと寄せられる。思わす右に一歩回避。

 妹は俺の部屋の扉を睨みつけている。

「分かってる。分かってるんだけどね。ここが廊下の壁だって分かってるんだけどね。でも扉のノブがある気がするの!」

 ええ、ございますよ花奏さん。

「そしてその先には私のお兄ちゃんがいたりして、机には学校のカバンが放ってあって、隣には私がいつも開けてるカーテンがあって、いかがわしい本はベッドの下と見せかけて実はクローゼットの一番下にあって、」

 よし、明日は死神ちゃんに妹の記憶に関して交渉しよう!

「まぁそこまでは良いのよね!」

 いいのか花奏。ぶっちゃけると義妹をテーマにした薄い本一杯ですよ。

「むしろそこまで及第点なのよね!」

 満点ってなんですか!?

「けれどそこから! なんか他人の女の匂いがするのが気になるどころか逆鱗にデコピンなのよね!」

 すげー! 確かにウチの妹は勘がめっちゃするどい子や! 俺思わず関西弁!

「ん~むむむ、やっぱり私おかしいのかな!?」

 と、大層不服そうな具合に、妹は両拳をグーにしてズカズカという感じに自分の寝室に引きあげて行った。

 ――ホっ。

 安堵の溜息を吐いて、俺も自室に引きあげた。

 死神ちゃんが寝返りしてたので再び出てきた。

 一階の押し入れから適当な毛布をひったくり、ソファでミノムシになる。

 明日からは一体、何が始まるんだろうかとかベタな事を考えつつ、冷える革張りと埃っぽい布に包まれて眠りに落ちた。


 翌日に連れてこられたのは家からほど近い見慣れた空き地。

 そこは俺の家を含めた御近所様の共同菜園となる予定地として、先月あたりに共同負担にて自治会に買い取られた場所であるが、どうやら今日から本格的な菜園化を進めて行く様子であった。空き地の中では軍手に麦わら・ジャージに首タオルという完全武装の奥様方が、後に植える野菜や果物がたっぷりと栄養を吸ってすくすく育つよう、ウンコ座りでせっせと草をむしっていた。

 昨日の事から察するに、あー、なんかもう今日の仕事ミッションが分かったかもしんない。という俺である。死神ちゃんはそんな俺の思考を見透かしたように大きく頷いたが、念の為に確認をしておく。

「あそこで毟られた草とかも死んでないってオチですか?」

 と、袋に詰められていく青臭い大量虐殺死体を指差せば

「そうや。殺されたけど生きとる。だから死なせなあかん。それに草だけやのうてそれに寄生しとった菌とか踏まれた虫とかもやな。ほな行って来い」

 突撃! とばかりにビシっと指を指す死神ちゃん。しかしながら俺は思う。

「あの、いちいち一つ一つ草にシュッシュとやらずにですね、この草むしりの作業が終わった後最後に袋の中へまとめてプシューっとやった方が効率的――」

 ば つ

「おおおおお……」

 ちょっと割れた。こればかりはちょっと割れた、額。

 両手で額抑えてうずくまって悶絶中な俺を、しかし死神ちゃんは追い打ちする様な半眼で見下ろし、

「お前、踏みつぶした蟻が2時間も3時間もピクピク動いたん見たことあるんか?」

「ないです。全く全然ないです」

 痛い。痛すぎる。

「せやろ。刈った草も早う死なさんかったらいつまでも青々しとるぞ?」

「で、でもですよ? 毟られた草とか落ち葉とかが仮に緑色だったとして、それはいったい誰にどんな迷惑かけるんですか? 生きてちゃダメなんですか?」

 もう一発もらう覚悟はないにしろそんな事を聞いてみたが、死神ちゃんはデコピン用中指を折りたたむのではなく人差し指を立てて解説モードに移行した。

「日本にな、健全な魂は健全な肉体に宿るって言葉あるやろ?」

 よくは知らないが、魂が肉体に宿るという感覚なら日本人ならだいたい分かる。肉体から霊魂が抜けだす幽体離脱とか、死んだ魂が彷徨って幽霊になるとか、そういう手のお話なら夏の夜には事欠かないから。

「あれ、逆やねん」

「逆?」

「そう。逆。魂が肉体に宿るんやのうて、肉体が魂に宿っとるんや。命が入れ物で身体が中身や。生き物はそれで成り立っとる。そんで新しい生き物が生まれる為には新しい入れ物になる命がいるんや。そのためには古い命は死なさなあかん」

「どうしてですか?」

「何でもそうやけど、限られた場所に物が存在できる数は限られとるやろ? 映画館の中に入れる客の数は無限やない。生き物も同じや。生き物の一生は映画館での映画鑑賞に似とる。見終わったら次の客の為に命っていう席を譲らなあかん。新しい生き物が生まれる為にはその数だけ命を死なさなあかんねん。せやからな」

 死神ちゃんは俺が落としていたスプレー缶を拾い上げ

「うちらが一つの命を死なしそびれると、一つの命が生まれそびれるんや。覚えとき」

 それを差し出してきた。


 かなり労力がいる事を想定していたが、それを遥かに上回る重労働だった。

 毟ったそばから草に吹きかけて行くのはもちろんのこと、無造作に歩き回ることによって踏まれた虫にも噴きかけ、中途に死にかけてるものにはタイミングを見計らって噴きかけた。

「これは下半身だけ踏まれとるな。もう何分かは生きとるやろ。それまで待ち」

 死神ちゃんは両手を膝の上に置き、草むらの中で破けた腹から緑色の体液をこぼしつつ脚をヒクつかせているバッタを見ながら言った。

「なんか可哀想ですね。その、早く死なせてやった方が楽じゃないですか?」

 俺は毟られたばかりの草に噴きかけながら言えば

「勘違いしな。うちらの仕事は生き物を殺すことやない。殺された生き物を死なすことや」

 死神ちゃんはそう言って、その虫が動かなくなるまで見つめていた。

 昼から始まって終わったのは夕方。奥様方を仕切っていた恰幅の良いマダム町内会長は皆に集合をかけ、今日の労働を労いつつ来週も頑張りましょうと発破をかけ、拍手の内に草むしり大会を滞りなく終了した。

 俺はと言うと空き地の隅っこで、全身筋肉痛の身体を四つん這いにし、茜色の地面に自分の影を長く長く伸ばしていた。言ってみれば奥様方全員分の後始末をしたようなものだから、その労力とやらは推して知って欲しい。

「ふ、普段から少しは鍛えているつもりだったのに……か、身体動かない」

 もはや潤滑油の切れた錆びたロボット状態。身動き一つに筋肉がきしむ。

「よう頑張った。この分やと来週の頭には元に戻れるやろ」

 ――元の生活に、戻れる。

 彼女のその言葉に痛みも忘れてパっと顔をあげると、死神ちゃんはまるで天使の様な笑みを浮かべ、その手を差し伸べていた。

「……」

 本当にこうして見る分にはごく普通の、飛びきり可愛らしいだけのごく普通の女の子と変わりはないのだが。

「しかしDですか」

「何がや?」

「なんでもないです」

 その細い手を握り、人肌の温もりを感じながら立ち上がる。膝の土ぼこりを払った。

「昨日は菌で、今日は草、明日はどんな風な感じですかね?」

「当ててみ?」

 黄昏の逆光で死神ちゃんの表情はよく見えないけれど、少しだけトーンが低くなった様な気がした。それを元に、しばしの思案。

「ネズミとかそういう、小さな動物……ですか?」

 雑菌、虫、植物とくれば、次はそういう感じだろうか。俺にも人並みに猫や犬が可愛いと思う感性はあるので、正直そういう小動物の命をどうこうするのは気が退けるのだが。

「魚や」

 という、死神ちゃんの言ったことに少しだけ安堵した俺がいた。

 雑菌はそもそも殺して当たり前だと思っていたし、虫は蚊であれば掌で叩くしゴキブリであれば丸めた新聞紙で叩きにかかる。それ以外は別にどうこうしようとか思わないが、うっかり踏んでも正直『あ、踏んじゃった』ぐらいしか思わない。魚もまぁ、捌かれてるところを見ても特に心が痛んだりした記憶はない。普段から食ってるし、どちらかと言えば生き物と言うより食料と言う感覚の方が強いから。だからきっと、俺は安堵したのだ。

 それがもし

「もし、可愛い猫や可愛い犬やったらどうや?」

 俺の思考を見透かしたように、死神ちゃんが尋ねて来た。

「死なす事を躊躇らわへんか?」

 彼女は「ん?」と小首を傾げた。

 俺は……

「……ええ。いやですね」

 と正直に答えておいた。死神ちゃんが頷く。

「せやろな。せやけどそれは勘違いなんや」

 躊躇う事は勘違いだと言われた。それってつまり

「虫も植物も動物も、命は平等って意味ですか?」

 死神ちゃんは首を振った。横に。

「躊躇いなく虫を死なせられるのに、動物が死なせられんのはおかしい、とは言わへん。人間はそれで普通や。いや、生き物はみんなそう。自分に近いものほど愛着がわくからな。ペットは飼い主に似るっていうけどな、あれも逆で、飼い主は自分に似たものに愛着を持ってペットにするんや」

 それはまぁ、知らないけれど。

「なら勘違いって、何ですか?」

「うちらの仕事は殺す事やない。殺されたものを死なす事や。せやから殺す罪を背負うことはない。お前の気がすすまへんのはしゃーないけど、その一番のワケはお前があたかも生き物を殺してるように勘違いしとるからや。せやからお前は、殺された遺骸を供養してやる様な気持でおったらええねん」

 そう言って、死神ちゃんはクルリと背を向けた。

「お前が今日、スプレーをふった数だけ新しい命もまた生まれたんや」

 最後にそれだけを言って、空き地の出口へ歩き出した。俺はその影法師の後を、少し遅れて続いた。


 次の日のロケは高級料亭として名高いナスダ屋、そこで俺は今日一日、ねじり鉢巻きをした板前さんの横に侍る事になった。死神見習いか板前見習いか良く分からない位置取りである。

 水槽から網揚げされ、まな板の上で呆気なくも鮮やかに捌かれて寿司ネタになっていく魚達。それらに俺は、死神ちゃんの指示したタイミングでシュっとスプレーを噴きかけて行く。昨日の空き地に比べれば、労働自体は随分と楽である。

「少し聞きたいんだけど、世界に何人ぐらい死神っているんです?」

 何人と言う言い方が正しいかは分からないけれど、カタカタカタとスプレー缶を振りながら俺は尋ねた。彼女は真っ白な脂がたっぷりと乗ったトロを目で追跡しつつ、口の涎を何度も拭いながら言った。

「ものすごい仰山おるよ。で、持ち場と仕事量がそれぞれちゃんと決まっとって、これまでみんなきっちりこなしとるから世界の輪廻と転生の仕組みは正確に回っとるな」

 聞いたことのある言葉が出て来た。

「輪廻と転生の仕組みって、いわゆる輪廻転生ですか?」

「惜しいけど違うな。同じ生き物が何回も生まれ変わるっていうわけやないから、人生一度きりっていう言葉は正しいよ」

 ちょっと衝撃的な事実が死神より明らかにされた。生き物は生まれ変われない。

「じゃぁ輪廻と転生の仕組みってなんですか?」

 トロが酢飯の上に寝かされ、ハケで醤油が塗られ、最後は一息に客の口へ。

「簡単に言うと死ぬ数だけ生まれる、生まれる数だけ死ぬ言う事や。輪廻、つまり使いまわされとるのは命っていう入れ物だけで、身体っていう中身は別のもの。だから命は輪廻して転生するけど、生き物は別物やな。……そんで入れ物の命の量がこれまで変わったことは、今まで一度もあらへん、というより最初からずっと一杯一杯や」

 命が入れ物と言う感覚がどうにもしっくりこないし、イメージもできない。命に身体が宿る? 本当に逆じゃないのだろうか?

 そんな風に首を傾げている俺の隣では、頭以外は骨だけになった鯛が何かのパフォーマンスらしく板前によって水槽に戻された。少し可哀そうだと思った。

「命の量がこれまで変わったことないって言いましたけれど、今わりと問題になってる人口爆発とかどうなんです? 命って毎年増えてないんですか?」

 例えば中国は人口が増えすぎて一人っ子政策など取っていたぐらいだし、医療技術全般の進歩によって世界の平均寿命もぐっと伸びたはずだ。死神ちゃんはチラっと流し眼。

「命は人間だけのものやないよ」

 人間だけのものではない。つまり……

「命は他の生き物と共有って言うか、分け合ってると言うか」

「そうや。命はだれに対しても平等や。人口爆発の一方、希少動物の絶滅危惧問題も年年増えとるんちゃうか? 環境開発に合わせてな。人間が増えたら増えた分だけ他の生き物が減る。それだけのことや」

 板前がアクリルで出来た水槽の角をトンと包丁の柄で叩くと、骨だけの魚は二三度水を波立たせた。拍手が起きる。死神ちゃんはまだスプレーを噴くな、の合図。

「じゃぁ、戦争とかで大勢の人が一気に死んだ時とかはどうなんですか? 戦場だと人に限らず植物も動物も短時間にやられると思うんですけど、その瞬間とかも命の量は減らず、トータルは変わらないんですか?」

「変わらへん」

 キッパリと言い切った。

「戦場で人一人が死んで放置されるとそれを糧に多くの虫や菌が湧き、植物は根を張る。その葉や枝を食む虫や鳥もやってくる。そんな風に、死んだ生き物の数は何か別の生き物が生まれて補われるよう世界はできとる。せやから命の数は常に一緒や」

「一気に大勢の人が死んだ瞬間もですか? その、ラグとかもないですか?」

 自分で言っておきながら妙だと思った。ラグ。

「ないな。まぁ、大体は微生物が一気に増えて補っとるな。せやからどこかで急激に生き物が増えたら、どこかで急激に生き物が減った思ったらええ。人間世界ではそういうの、生態系のバランスが崩れたって言い方を……ほら今や」

 死神ちゃんが話を中断し、魚に噴け、の合図。俺はスプレー缶を向ける。

 一寸の虫にも五分の魂。

 昔習ったそんな言葉を、口をパクパクとさせている魚を見ながら思い出した。


 自宅に戻る途中、菜園予定地の空き地のそばで、学校帰りの花奏が向かいからやってきた。俺はうっかりと声をかけそうになったが、今の自分では声が届かないことを思い出して唇を閉じた。彼女とすれ違う時、夕涼みの風に煽られた髪から懐かしい匂いがして、少し胸が痛んだ。心なしか花奏の肩が落ち込んでいるように見えたのも、少し手伝ったのだろう。

「ホンマに勘のええ子やな」

 死神ちゃんが妹の背中を見送りながら言った。

「勘だけじゃなくて頭も性格も、それに器量も良いですよ。……家事も料理も出来て、とても同じ兄妹とは思えないです」

 同じ親から出来て同じ家に育って同じご飯を食べても、こんなに差が出てしまう。そういうのを本当の個性って言うんだろうと、この場と関係ないことをなんとなく思った。

「おまえシスコンかいな?」

「いいえ、本当のことですよ。成績は優秀だし街を歩けば黒服とかチャラ男に声をかけられるし、料理も母親のレシピは全部カバーしてます。それに対して、俺は何も出来ませんからね。成績ボチボチ見た目はフツー、性格は平凡。本気で血のつながり疑ったことありますよ」

「おまえ、やっぱりシスコンやな」

 死神ちゃんがジト目で言った。

「まぁでも否定できないですね。俺は花奏が大好きですから」

 目に入れても痛くないという表現は、別に親が子を思う場合に限定するものではないと悟ったこともある。あれは去年の俺の誕生日に、『冷めてるから美味しくないけど、食べ物粗末にしたら許さないから』とツンツンしながら手作りアップルパイの乗ったお皿を差し出してくれたときのことだ。俺はあれ以上に美味しい経験をしたことはない。もちろん残さずに頂いた。そしてその時の花奏の笑顔はもちろん、それを指摘した時につねられた耳の痛みだって大好きだ。

 しかしそれは今はともかく、

「え、エライはっきり言い切るんやな」

 死神ちゃんはやや引き気味のようだった。

「当たり前じゃないですか。あれだけ出来た妹を嫌う兄なんて普通いませんよ? 客観的に見てどこに欠点があるんですか?」

 死神ちゃんは「フっ甘いな」とニヒルに言ってから人差し指を立てて解説モードに移行。

「兄とはいえ勝手に異性の部屋に入ってくるデリカシーのなさ。何か気に障る事があるとすぐに暴力に訴える幼稚っぽさ。プライベートな異性関係にも過度に干渉してくる所有欲や嫉妬深さ。天の邪鬼。それを差しおいて相手には素直さを要求する傲慢さともいうべき――」

「最初のは俺の部屋掃除だから問題どころか有難い。暴力もネチネチしてなくて一回ぽっきりなんてサバサバしてる。プライベートへの干渉も俺を心配してのことだから嬉しいし、嫉妬深いのも可愛いじゃないですか。天の邪鬼なとこなんてそれに輪をかけて愛くるし」

 ば つ び し

「……おおおおお」

 今度こそ割れた。間違いなく「びし」のとこで額が割れた。

「シスコンもそこまで来るとなんかイラっとくるわ~」

 死神ちゃんは笑顔だったけど、額には根のような青筋が立っていた。なんでそんなにイラっと来たのか俺には分からない。

「……だよ」

 という、消えかけた蝋燭みたいな声は、少し先で足を止めている妹の声だった。

「やっぱり変、なのかな……私の方が」

 これは誰にも聞かせるものではない彼女一人の独白だろうから、俺は耳を閉じているべきだったのかもしれない。

「私は生まれた時から一人で、ただ一人の長女で、お兄ちゃんなんてどこにもいなかった。それが本当で、だから皆の言う事が正しいの? 私はただ、本当に疲れているだけなの?」

 でも、それが出来なかったのは花奏が俺の事を話し始めたからって言うのもあるけれど、

「確かに保険証とか確認しても私一人だけだったし、馬鹿みたいに戸籍も調べて、頭では納得した。でも、じゃぁ私が今まで覚えて来た偏った料理って何の為だっけ?」

 誰に話しても取り合ってもらえないような、けれどそれでいて切実な事を話している花奏の言葉を、

「私あんな脂っぽいものばかりが好きじゃないよ? あんな質より量みたいなレシピ、食べられるような身体してないよ」

 誰か一人ぐらい聞いていてやってる奴がいて欲しいと、勝手に俺がそう願って願っているからだろう。

「……疲れてるからこうなった? そうじゃない。 こんなことになったから、私は疲れてるんだよ……」

 花奏の溜息が、夕暮れの静かな空気に溶けた。

「ばかだよ、ほんとに」

 最後にそう言って、彼女は再びトボトボと歩き始めた。その歩みはまるで縄に引かれて仕方なく進むロバの様な、そんな元気のない足取りだった。

「これだけ勘づかれる言う事は、お前は妹にめっちゃ好かれとるか、めっちゃ嫌われとるかのどっちかやろな」

 死神ちゃんが腕組みし、確信したように大きくうなずきながら言った。

「あれ。俺って、花奏に嫌われてる可能性とかあるんですか?」

 知らずに目頭を拭っていた。

「ずっと好かれてると思ってたんですけどね。ははは」

「なんや、お前エライ自信あるんやな。まさか妹に告白されたことでもあるんか?」

 チャカすように死神ちゃんは言った。

「それはないですけど、チャカして俺のこと好き? って聞くとだいたい「大好きに決まってるじゃないバカじゃないの? 今以上バカになって私困らせたらアゴ外すからね」って言われますよ」

 それを最後に聞くのはやめたけれど、もちろんそれはアゴが外されるからではない。何だか分かってる事を聞くみたいでバカバカしくなったのだ。まるで自宅の住所のように。

「……」

「あの、何ですかその生温か~い目は」

「いや、シスコンの兄にブラコンの妹って末恐ろしいな思て。おークワバラクワバラ」

 そして死神ちゃんは自宅の方に歩き始めた。その隣に並ぶようにして追いつき、足並みを揃える。

「今晩からはウチがソファーで寝るから、お前は前みたいにベッドで寝えや」

「え? 別に良いですよ。それにあそこってエアコンつけてる訳にはいかないしソファも冷たいからすごく寝辛いというか」

「それ以上にウチが寝辛いんよ」

「はい?」

 俺が頭にクエスチョンでも乗せてるような顔をしていたせいか、彼女は呆れたように笑った。

「お前が元に戻った時、ベッドから良く知らん匂いが漂ってたら変に思うやろ? 例えばイモウ」

「え? ああ死神さんの匂いですか? 別に良いですよ。フローラルで良い感じです」

 ピタっと、彼女が足を止めた。そして両方の肩をいからせて、両手はギュっと握り拳。顔は突然耳まで真っ赤で、目端には何故か玉の様な涙まで浮かべている。やばいやばいなんか地雷踏んだぞ死ぬ気で謝るぞ!

「すいません口が滑りましたどうか殺さないでください!」

 ボ ス

 入りました鮮やかなボディーブロー。対戦者海人両膝をついてのダウンです。お~っとこれは立ち上がれないぞ。あ~セコンドからタオル投入。TKOです。勝者、赤コーナーの死神ちゃ

「うちが、何するって……?」

 押し殺したような鼻声に、俺は痛みも忘れて顔をあげた。

「どいつもこいつも……仕事名乗っただけで死神様死神さんとか言うてなぁ……」

 彼女のうつむいた表情は、その長い前髪が垂れせいでよくは見えない。

「敬語使って!! おそるおそるしゃべって! 謙った態度してなぁ! ほんま腹立つわ!!」

 半ば叫ぶような声で激こうし、三白眼になるほど小さくなった瞳は明らかにキれていた。

 豹変と言っても良いその表情の変化に、俺の背筋が凍えた。

「怖いか!? 怖いか!? そりゃ怖いやろな! うちは死神やからな! 仕事は命を死なす事やからな! せやから容赦なく死なせてきたわ! これまで数えきれんだけの命を死なせてきたわ! 無慈悲に冷酷に冷徹に死なせてきたわ! どれだけ理不尽やっても! どれだけ若くても! どれだけ罪なくてもしくじることのう死なせてきたわ!」

 眉間に皺を寄せ、犬歯を剥いて獣のように吠えた。

「けどなぁ! うちはその数えきれん程死なせた命を一つも忘れたことあらへん! 雑菌一つ虫一匹猫の子一匹忘れてへん! みんな覚えとる! この手で死なせた命は数えきれんでもただの一つも忘れたことあられへん! 人間だってもちろんそうや!」

 激情の矛先が脇の電信柱に向けられ、彼女は踵をその灰色に打ちつけた。

「病院で緊急手術を受けてて! あと一歩、医者が及ばなかった男の子にもウチはスプレーをかけた!! 手術室の外では手を合わせて祈ってたお父さんお母さんがいるのも知ってた! プールで溺れて、救命措置が1秒遅れた女の子にもスプレーをかけた!! 救命士が必死に呼びかけてるその声をききながらかけたよ!! 保健所でドリーム室に入れられた犬猫にも一匹一匹かけて回った!! みんな鳴いてた! 泣いてた! 怖くて泣いてた! 苦しくて泣いてた! すぐ楽にしたらんと殺されるまで待ってた! でもそれが仕事やからしゃーない! それが使命やからしゃーない! 新しく生まれる命のためやからしゃーない!! せやからうちは命をたくさん死なせてきた! 死なせて来たよ! せやけどな!!」 

 電信柱から俺にその目が向けられた。

「ウチは死なした事はあっても殺した事は一回もあらへんわ!!」

 その目はもう獣ではなく、ただの泣きじゃくった女の子の目になっていた。ずるずると脱力したように尻もちをつき、両手を顔に当てて、彼女は悲痛な声を押し殺した。

「……なんで、それが、分からへんねん……! なんで、誰も分かってくれへんねん!」

 小さな肩を揺すり、誰にも聞いてもらえないその声を、痛々しいぐらい押し殺し、それでも嗚咽が漏れて来た。

「……」

 ごめん、とさえ言えなくなった。 

 彼女の言葉から推察するに、彼女が死神見習いをさせたのは俺が初めてではなく、過去に何度かあって、そのたびに見習いから彼女は怖がられたのだろう。忌避されたのだろう。それはまぁ、やっぱり無理はないと思う。生き物なら誰だって怖い。死神だもの。当たり前のことだ。そしてその当たり前ゆえ、彼女は誰からも当たり前のように怖がられ、ビクビクと接せられてきたのだろう。そして彼女は、それもまた当たり前だから仕方ないと、やはり当たり前のように受け入れて来た。誰よりもその事が分かっていたから。

 けれども少しずつ、自分の心にヒビをいれながら。

 時には人殺し扱いもされたかもしれない。命を死なす事と殺す事は違うと説明されたところで、なかなかその理解は難しい。俺にしてもそうだ。そして彼女も、その点重々分かっているだろうから、あるいは人殺しとか言われても甘んじて受け入れたり、あるいは何とか分かってもらおうと説明しようとしてきたのかもしれない。

 けれども少しずつ、自分の心にヒビをいれながら。

 そしてその蓄積されてきたヒビが、どんどん大きくなって亀裂になって、やがてガラスのように割れた。もちろんトドメのヒビは俺が入れたあの言葉だろう。

 ――殺さないでください。

 俺の言ったこの言葉、あまりに軽率すぎたようだった。というより、最低な事を言ったのかもしれない。彼女の心を、割ってしまったのだ。

「……」

 割れてしまったガラスが元の姿に戻らない事ぐらい、俺は知っている。破片を集めてくっつけても、元の形と輝きは戻らない。継ぎ接ぎのガラスはもろいし醜い。それに仮に戻ったところで、この仕事を続ける限り、また少しずつヒビが入り、また亀裂になって割れていくことだろう。

 そのたびに彼女は、こうしてまた泣き崩れてしまうのだろう。こうして誰にも聞いてもらえない声を、押し殺してしまうのだろう。

「……」

 ダメだそんなの。全然。

 だから、ヒビの入らないための何かを、用意しなくてはいけない。

 それは彼女のために? まさか。

 それは自分のためだ。

 片膝を立て、その上に手を置いて立ち上がる。情けない事にまだ吐き気がするけれど、そこは飲み込むようにして堪える。フラつかぬよう気を付けて、小さな肩を細かく震わせている彼女に歩み寄った。言葉を慎重に選ばなくては。

 えっと……まず、敬語はNGだな。

「悪かったよ」

 彼女の肩がビクっと震えた。俺は続ける。

「改めて自己紹介するけど、その、名前は吉野海人。苗字は大吉の吉に、野原の野。それで名前は大海の海に盗人の人……って」

 自分の名前紹介に盗人ってのも妙な例えかと自分に突っ込みを入れようとしたら

「イズミキョウカ」

 彼女が呟くように言った。

「い、泉の泉に、鏡に花でキョウカ。呼ぶときはキョウカって呼びや」

 ごにょごにょと言った。まぁ正直な話、妹以外の異性を呼び捨てにするのはかなり抵抗があるけれども、現状、ここで『泉さん』とか言うと何か修復できない様な溝を生んでしまう様な気がした。だから

「分かったよキョウカ」

 また、彼女の肩がピクリと震えた。

「俺の事もカイトで良いよ」

 彼女のそう言った。そして今度は朗らかに

「もしくはお兄ちゃんでもOK」

 と場を和ませようとすれば再び鋭いボディーブローが炸裂。

「カイトでええわ!」

 このときより彼女との溝はやや小さくなったが、鳩尾にはやや深く拳が突き刺さっていた。


「なぁ、どうしてもソファー行くのかよ」

 その日の夜の自室にて、キョウカは毛布を肩に抱いてまるでマントを纏った様な格好で頷いた。俺はベッドに腰掛けつつ続ける。

「だから、別に俺はお前の匂いとか気にしてないって言ってるだろ。あ、もしかして俺の方か? おかしいなぁ。部屋はよく換気してるしベッドも掛け布団もマメに天日干ししてるし、裸で寝る癖とかもないから俺の方も変な匂いもしないと思うけど」

「そんなんちゃうって」

「ん? じゃぁなんで?」

 キョウカが伏し目がちになった。そしてか細い声で彼女は話し始めた。

「あ、あんな。夜になるとな。夜になると……そこの、部屋の扉をノックしてくるんや」

「……」

 なんか、怖いな。でも

「えっと、誰が?」

 キョウカが目をあげた。

「カイトの妹や」

「花奏が?」

 ハァと、キョウカが溜息。

「よっぽどの事があらへん限り、お前が生活してる環境には誰も干渉できへんはずやねんけどなぁ。どんだけ勘鋭いねんあの子は」

「もしかしてなんかの素質あるレベルかそれ?」

「分からへんけどやな。こう、女の勘的には殺気に塗れとるで。あれ」

 夜にそんなものまといつつノックされたらそりゃ確かに寝辛いわな。

「それにベッドの下がどうとかジャンルが許容範囲とか良うわからんことをブツブツ」

「それは分かんなくていいぞキョウカ!!」

「な、なんや!?」

 唐突にその肩を掴んでガクガク揺すったせいか目を白黒させてるキョウカ。

「まさかとは思うが勝手に部屋の中詮索してないよなキョウカ!? な!?」

「ううう揺すんな揺すんな!! なんも見とらへん見とらへん!! お前のプライベートとかには興味あらへん!!」

 キョウカを解放し、安堵の溜息。よっぽど危機迫る表情だったのか、キョウカもなんか胸に手を当てて溜息を吐いていた。

「まぁ、そんなわけで、ウチはソファーいく」

 取り落とした毛布を再び肩に抱いて行く彼女なのだが

「でもさ、あそこってたまに不眠症の親父がフラフラやってくるときがあるからな」

「え」

「で、まぁ電気とかつけてドカっとソファーに腰下ろしてさ。本とか読み始めるんだわ。キョウカって寝たら朝までグッスリタイプ?」

 振り返り、コクンと彼女は頷いた。

「じゃぁ止めた方が良いな。中年太りの親父のヒッププレスを万一喰らったら、お前の細身じゃ軽く死ぬぞ」

「じゃぁ、じゃぁどうしたら良いんや? 言っとくけどウチもうあの殺意の波動を纏った花奏のノックには耐えられんぞ」

「人の妹を拳を極めし者みたいに言うな」

 しかし、そうだな。俺の寝室とソファー以外、キョウカが横になれる場所ってなかなか思い浮かばない。親父とお袋の寝室はハプニングに遭遇する可能性がなきにしもあらずだし、花奏の寝室では本末転倒。キッチンの床とか有り得ないし……。

「やっぱりここしかなくね?」

「絶対嫌や!」

 首をブンブン振るキョウカ。どんだけ怖いんだろうか、その時の花奏。

「ちなみに部屋侵入してくる可能性ある?」

「それは流石にないと思うんやけど……」

「なら良いんじゃない?」

「あかん」

「どうしても?」

「あかん」

 頑なだ。困った。しかしかといって、翌日キョウカがソファーでペタコンになっていたという展開もあまり見たくないので、やはりソファーで寝かせるわけにも

「カイトもここで寝ろ」

 やった!!

「ねぇよ!」

「なんで?」

 ブスっと頬を膨らませてるキョウカいやいやいや

「当たり前だろ常識で考えろ。年頃の男の部屋に年頃の女の子が同じ部屋で一晩を共に過ごすって……あれ、そう言えばキョウカっていま何歳なの?」

 ふってわいた疑問を思わず尋ねると、彼女はちょっと気まずそうに目を逸らした。

「何歳?」

「じ、ゴニョゴニョ」

 じゅう? 何歳だ?

「何歳?」

「1、160歳や!」

 ここに一つトリビアが生まれた。美少女死神の年齢は160歳。

「おい一桁無理あんだろキョウカ。お前16か?」

「な、なんか文句あるんか!? 16がどんな不吉な数字や言うんや!?」

 キっと見上げるように睨めつけてくる彼女。良く分からない居直りかただな。しかしなんだよ16歳といえば花奏と同い年でつまりはおれの一つ下じゃないか。……ふふふふ。16か。よし。高校時代の一歳差が如何に圧倒的な差かここで思い知らせてくれるわ。

 俺は彼女の鼻先に人差し指をツンと当て、それにキョトンとした彼女にやや威圧的な口調で

「お前は今日から俺をお兄ちゃんと――」

 キーン(これはすごく嫌な擬音を例えたものです。やや古風ではありますが今でも十分伝わるものかと思います)。

 おおおお、すらも呻けない状態にて股間で発生したビッグバンを抑えて蹲っていると、彼女は俺の目の前、つまりはベッドのすぐわきにゴロンと転がって毛布を頭まで被った。

「おいお前だから」

「ルールその1!」

 毛布がしゃべった。

「トイレ以外朝まで外出禁止! ルールその2! うちに髪一本触ったらカイトの股間を握り潰す!」

 やった!! こらナレーション!! 

「以上おしまい! おやすみなさい!」

 そうしてその日はお開きとなった。


どうも常日頃無一文です^^


ちょっと昔に書き捨てていたものを、なんとなく載せてみました^^

いつかリライトして、続編も書いてみたいお話です^^

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