エピローグ『あいるびーばっく!』
感傷に浸る程、繊細じゃあない。
何でも割り切れる程、大人でもない。
だが、しかし、物事において大事なのは間という奴であって、それを間違えるととんでもない顰蹙を買うんだ。
そう、例えば、だ。
アルバイトにやんごとなき事情でもって遅刻した場合、決して、忙しい時に挨拶してはいけなかったり、夕食時に人の家にお邪魔しちゃいけないとか。
俺はそのっくらい理解してるモンだと思ったが、どうやら、こいつらはそこまで優秀ではなかったらしい。
青白い燐光が噴き上がり、どっかで見たことのあるカブトムシが宙を割って現れやがった。
「昭彦っ!私頑張ったんだかんね!この時代に戻って来るのに頑張ったんですからね!」
涙を流して訴えるカブトムシだが、俺はなんつーのか、たった今、別れたばかりであって、感動の再会を求められても正直、リアクションに困る。
満身創痍の幼女が涙ながらに俺を抱擁して震えているが、ぶっちゃけ扱いに困る。
「ただいま……ただいまぁぁ……」
ゆにこの背後では先を越された感を出しながら、羨ましそうに見ている志乃や、明らかに場の空気を読んで気まずい顔をしているほたてが居る。
俺の胸に顔をうずめて鼻を擦りつけているゆにこに本当は何かを言ってやった方がいいんだろうが、ぶっちゃけ、無理だ。
さっき、さよならしてから、戻ってくるまでの間、三十秒である。
俺の中のビジュアルとしてだぞ?
こう、悲壮な決意を固めてどばーっと戦車で出撃したはいいが、その後すぐに往復して戻ってきたようにしか見えないんだ。
「あー、そのー、なんだ」
「少し、背が伸びたんですよ?えへへ……」
涙ながらに笑うゆにこが不憫でならねえ。
だけど、俺もそうだけど、他の誰にもできねえと思うんだ。
物悲しそうな別れをした直後にまたその人と感動的な再会をするって。
「あきひこぉ……やっぱり、私が戻ってきて、迷惑だったですか?」
いつまでも何も言わない俺に対して、ゆにこがどこか不安そうに見ている。
「迷惑かどうかと聞かれれば、ものっそい迷惑なんだが……」
「ふぇ……」
「おめーらコンビニ行ってくる訳じゃねえんだから、もそっと、なんつーか間とか考えろよ!行ってきますから三十秒じゃあおかえりもクソもねえよ!何このレンジでチンするより早い行き帰り?こんなんじゃカップ麺だって作れねえよ!」
唯一、その空気に気がついてたほたてがやっぱりといった様子で溜息をつく。
「……だから、時間をずらしましょうって言ったのに」
「でも四年もの間、頑張ったですよ!」
「こちらのこの時間は四年経ってもかわらないんですよー?」
「だってだって!この時間は私にとっては昭彦から巣立った記念の時間なんです!この時間に戻ってくるために私たちは未来を完膚無きまでに壊してきたんじゃないですか!」
物騒なこと言ったぞコイツ?
「おう、聞こえたぞ!今、しっかり聞いたかんな!未来壊したってどういうこった!」
「未来の人達ってばみんなだらしないんですもん!だから、こう、昭彦が私にやったように尻を蹴飛ばしてたらみんな死んでったーというか、全滅しちゃったー的な様子で人類めつぼーさせてきたです!やっぱり、昭彦みたくガチッと筋が通ってない人間は生きてる価値がねーですよ!」
「ねーですよ!じゃねーだろが!それじゃ何?おめーが結局全人類滅ぼす原因だったって話じゃねえか!」
ゆにこはしばらく、考え込むように俯くと途端に思いついたように顔をあげる。
「よくよく考えたら昭彦が死んでないから未来に行っても人類滅亡するんだっ!」
「直接的な原因はおめーじゃねーか!」
大作が腹を抱えて笑い転げる。
「なんだーそりゃー!直接的な原因はゆにこちゃんかも知れないけど、ゆにこちゃんを鍛えたのが昭彦だから巡り巡って昭彦が生きてるから人類滅びましたってオチかよ!あーおっかしー!」
「そ、そうです!昭彦が生きてるから結局人類めつぼーしちゃったですよ!」
ゆにこが顔を真っ赤にしながら俺を指さすが釈然としねえ。
「おめーがやりすぎちゃったのが原因じゃねえか!そこ俺に責任かぶせんなよ!」
「だってだって!しょーがないじゃないですかっ!未来人ったら本当にだらしないんですもん!」
「その時代その時代で頑張るって言ってたじゃねーか!もっと頑張ってこいよ!このポンコツ糸ウンコっ!」
「でもでも!やっぱりこの時代で昭彦がどうにかなんないと結論ダメでしたってことですよ!だから、結論、手っ取り早くどばーって滅ぼしたほーがいーかなーって!むしろ同情できるよーな奴一人もいなかったですよ!私だって向こうでちょー頑張ったですよ!ちょっとは褒めてくれてもいいじゃにゃーですかっ!それを間が悪いとか早すぎるとかっ!全然ダメダメだとかっ!私だって昭彦に会いたくて会いたくていっしょーけんめーがんばったんですよっ!わぁぁあああん!」
半狂乱で訴えるゆにこがとうとう泣き出す。
俺は面倒くさくなって志乃やほたてに助け船を求めるが志乃は小さく溜息をつき、
「私は嫁だからな。旦那の不始末を影ながら片付けるのも仕事なのだが……こればかりは少々、無理だった。そもそも事象的なモノだからな?」
ほたてはどこか意地悪な顔で俺を見て、
「まあ、昭彦さんが殺されれば万事OKということで」
俺はげんなりとしながらゆにこを見下ろす。
「そ、そーいうことですっ!まー、その、あれです!しょ、しょーがないから!仕方なく!寛大な心を持ってですね!あ、あきひこが死ぬ直前まで一緒に居てあげて、最後に殺してあげるくらいのことで!ふ、不本意ですが手を打ってあげるから、覚悟するですよ!」
「一生つきまとう気か貴様っ!」
「ほ、本当は嫌なん……いや、嫌でもないんですけど……でも、嫌なんだけど!」
「どっちだよはっきりしねーなー!」
「……しゅき?」
「はぁ!?」
「こ、個人的なことはどーでもいいです!あきひこのため、しょーがないから面倒見て貰うですよっ!」
なんつーのかね。
見上げた空がどこまでも変わらなくて俺はいい加減うんざりする。
だけど、ま。
どうしょうもねえ現実ってのはどうしょうもねえままなのかなって思いながら。
悪くはねえけど、どこまでも疲れるってのはしんどいさ。
現実がつきつけてくる倦怠感をどっかりと載せて俺は溜息をつく。
「電車賃やるから帰れよ、ターミネッタ」
――ターミーネッタが、帰らない。
「たーみーねったのーりたーん!」