表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/7

第一章『ざ、すとーむいず、かみんぐ』

 「こういう場合って、男物のワイシャツとかを着せて尺の余った袖とか、裾から見える太股に欲情するのがこの時代のセオリーとインプットされてるですよ?」

 「そんな時代ねえから」


 俺は角つきの少女を俺のアパートにかくまって女物の服を与えてやった。


 「しかし、こう、おあつらえ向きに女物の服があるなんておかしいですよ。しかも体型ぴったり。ひょっとして自宅に幼女をかくまってる変態やろーだったりしますか?」

 「文句があんなら警察に保護してもらえよ。俺は困らンぞ」

 「ひどいっ!おにちくしょうですか昭彦は!こーけんりょくと接触した場合、カバーリング部隊が私を回収してその場で分解措置をとられるですよ!ばらんばらんにされちゃうです」


 警察に行けと言ったところ、この調子で本気で泣くもんだから、始末に負えない。

 かといって、真っ裸のまま外に放っておくわけにもいかず、しょうがなく部屋までつれてきてやった。

 服まで貸してやったのにこいつは


 「ひょっとして、これ、昭彦が特殊な趣味に使ったものとかじゃないですよね?ふりふりとかついて妙に可愛いですよ?」


 という始末である。


 「ちげーよ。そんな趣味ねえから。古いっちゃ古いが新古品だ。訳あって預かってんだわ」

 「そういう趣味のお友達がいる、と」

 「そのあたりの説明すると長くなるから……文句あんならマッパで外に放り出すぞ?」

 「わー!わー!嘘です嘘です!趣味は人それぞれです!たとえ昭彦が使用したものでも貸していただければマッパより……うーん、まだマッパの方がいいかも」

 「じゃあ、返せよ」

 「嘘です嘘です!」


 きゅいんきゅいんとモーターを鳴らしながら首を振る。

 俺は大きくため息をつくと、冷蔵庫の中から梅干しのパックを出すと、昨日炊いたご飯を茶碗に盛る。

 ポットのお湯をそそいで、その上に梅干しを乗っけると食べ始めた。


 「うわ、ひもじ!おおよそ育ちざかりの健康男児の食生活とは思えないくらい、質素ですよ」

 「うるせーよ。別にどうだっていいだろう」


 かっかっ、と箸が湯漬けをかっこむ音が響く。


 「だって、昭彦の部屋、どーみても平成の一般的高校生の部屋とかけ離れてるですよ」


 少女が俺の部屋を見回して言う。


 「キッチン付き六畳一間、トイレ風呂一体型とか昭和の苦学生の部屋じゃないですか」

 「押入だってあるじゃねえか」

 「押入のある無しで変わらないですよ。それに、地デジの時代にリモコンの無いダイヤル式テレビに、DVDじゃなくてビデオデッキ、それに黒電話ですよ黒電話。携帯電話くらい持つべきです」

 「いらねーよ。銭こかかるしそんな余裕ねーから」

 「あの、偉大なるワークスの祖先ともいえる小型端末をこの時代に生きてるのに触れてないとか、まったくもって信じられないですよ!」

 「俺、機械とか大嫌いなんだ」

 ずるずると湯漬けをすすりながら、俺は答える。

 「それはさべつですー!私たちターミーネッタだって素体は人間ベースの有機生命体からの構築だから完全な機械じゃないんですぅう。機械が嫌いとか物を知らないバカのいいがかりなんですぅう……あ痛っ!だから殴られると痛いんですぅ……」

 「俺がいつお前を嫌いだとか言ったよ」

 「え?そんな…好きだとか急に言われても困るです……私は昭彦を殺すために未来から……あ痛っ!」

 「やっぱ嫌いでいいわ」

 「どっちですか!基本、〇と一で判断するですから好きなら好きと、嫌いなら嫌いとはっきり言えよこのウジ虫やろう!」

 「嫌いだって言ったじゃねえか」

 「……面と向かって言われると、少しへこむです」

 「メンタル弱ぇなぁ」


 くだらないやりとりをしてる間に飯を食い終わり、俺は茶碗にポットのお湯を注ぎ、それをずるずるとすする。


 「で、どーすんだこれから」

 「とりあえず、事態を飲み込めてない昭彦にかわいそうだから説明してやろうと……ごめんなさい。ほんとごめんなさい。お願いですから掲げたお茶碗のお湯をぶっかけるようなことだけはホント勘弁願います。生体パーツ焼けると修復ホント大変なんです」


 俺はしぶしぶ茶碗をちゃぶ台の上に戻す。


 「卑屈だな。まあ、そりゃどうでもいいとして、言いたくなかったんじゃねえのかよ」

 「言うべきではなかったのですが、私の状況がそうでもなくなってきたので、判断がつかないところが正直なところです」

 「わかんねえよ。理解できるようにしゃべれ」

 「んーと、ですね。私、未来に帰れなくなったですよ」

 「はぁ?」


 少女は少し困ったような表情で話しはじめる。


 「本来は最適化状態で昭彦を抹殺して帰還する予定だったんですけど、無力化されたことで、私の基礎人格、つまり、今の私の人格が起動したです」

 「だから、わかるように……」

 「ハイパーモードが終わった状態ですよ。あとは汎用性の高いノーマルモードで適宜、よろしくやってくれということです」

 「それが何で未来に帰れないんだよ」

 「だって、まだ、目標達成してにゃいですもん」

 「俺を殺すって奴か?」

 「ですです」

 「……んー、でも、そういう場合って記憶とか消して一度、未来に戻ってもっと強いの送るとか、そんな措置とらねえの?一応、お前さんだって警察とかに捕まったらヤバいのはロボットだからだろう?」

 「本来はそうなるです。が、しかし、そこは私がターミーネッタシリーズの試作品でかつ高性能だから基礎人格でも十分に環境に適応判断を下し、単独任務を遂行できるとの上位次元演算機構管理者メイリア……わかりやすくいえばマザーコンピューターが判断したからです」

 「そうかぁ?使えねーから廃棄処分されたんじゃねえのか?」

 「そんなことねーから!私優秀ですしー?昭彦の抹殺くらい、簡単ですからー?」


 うっざいなあ、こいつ。


 「そうか、頑張れよ。応援してるからな」

 「殺される人間に応援されるとかへこむです」

 「……それもそうだな」

 「納得すんなよ!」


 少女が俺を殴ろうとするが、角を押さえられて手が届かない。


 「で?それと説明してくれることのつながりがわからんのだが」


 おおよそ捨てられたことに対しての当てこすりじゃないかとは思うが、一応、聞いてみる。

 少女は頬を膨らませて目をそらす。


 「……いちおー、お洋服もくれたし、助けてくれたから」

 「お前、可愛いな?」

 「可愛いとか言うな!昭彦は私に殺されるですよ!その自覚をもっと持つべきですよ!それに、自分が未来に与える影響というのをちょっとは考えるです!」


 言われてみて、しばし考えてみる。


 「んー、俺、あんまし大きなことしそうにないと思うんだけどなあ」

 「この時代の十代の人間は、人前ではそう口にしながら自分だけは違うという意識を持ってるという事前情報があるです」

 「嫌な事前情報だぬ。が、しかし、あながち外れてもいねえわな」

 「お?認めるですか?じゃあ、やっぱり昭彦もソウルユニオンから来た十三番目の死神として世界存亡の戦いに巻き込まれるとか考えてるですか?」

 「そう考えるのは中学二年生までだと追加で記憶しとけ。そうじゃなくて、まあ、俺ンとこの貧乏が他とは違って特別かなぁとは思うくらいだ」


 少女はあたりを見回して尋ねる。


 「そういえば、ご両親がいないですね」

 「両親は居なくなったよ」

 「えと、なんか、すごい聞きづらいことを聞いたですか?」

 「ガキの頃の話だからな。別段、なんとも思っちゃいねえよ。もそっと言えば、俺みたいなのはこの日本にも割と多くいるし、そん中でも俺はまだ幸せな方だったと言えるしな?」

 「……どういうことですか?」

 「じっちゃんばっちゃんが引き取ってくれてな。まぁ、なんだ。施設に預けられたわけでもなくて、親族がいてくれてこうやって学校行かしてくれるだけでも幸せだって話だよ」

 「えーと、えーと、学歴社会的にOKという意味で?」

 「正解は愛情には恵まれてるってこった。だが、それもある。未だに学歴ってのを就職するのに問われるのは変わっちゃいねえしな」


 俺はいつの間にか自分の身上を語っていることに気がつき、眉をひそめる。


 「いや、そうじゃなくてよ。俺が殺されなきゃいけない理由についてだろ?このとおり、六畳間で苦学生してる俺が何の因果で未来のアホ型ロボットに殺されなきゃならんのだ。あれか?俺が将来、テロリストかなんかのリーダーで若い今のうちから殺しておけとか、そういった類か?」

 「自分で自分がそんな人物だと思いますか?」

 「違うのか」

 「映画の見すぎですよ。もっと、大変なことになるですよ」

 「あー、その、じゃー、日本が滅ぶとか?」

 「スケール小せえなあ、本当に若者ですか?日本なんてあと五十年もするうちに中国に征服されてなくなるですよ!」

 「そっちの方が大事件じゃねえか!」

 「当たり前ですよ!攻撃権を放棄した上で、旧共産圏の大国が周囲にある状態でありながら唯一の外交武器である経済力ですら他国に劣るこの国に未来があるとでも思ってる方がおかしいですよ。昭彦みたいなまあ、それでもなんとかなるだろー的思考のあんぽんたんが国のてっぺんから底辺まで支えてるとか、常識じゃ考えられないですよ。滅んで当たり前です」

 「そうなのかぁ」

 「そうなのかぁ、じゃないですよ。中国に占領されるときに民族粛正と称して日本人の大量虐殺が行われて九割が死滅するですよ。未来から来てこういうこと言うのもなんですけど、もそっと危機感持った方がいいですよ」

 「そっちの方が本当に大事件じゃねえか!」

 「たかだか、アホな国が一つ滅ぶくらいの小さな事じゃないですか。こんなのまだまだちっちゃなことですよ」

 「まだ酷い事態があんのかよ!」

 「当事者のくせになにをのんきな……ちなみに言っときますけど、中国もアメリカも結局のところ滅びますですよ。ここ百年前後の歴史の動きで覇権国のポジションがアメリカから中国に移行するんですが、あの、なんていいましたっけ?ただ破壊するだけ破壊した挙げ句放射能をまき散らす低コストだけが売りの無粋な兵器。日本じゃ禁止されてる……」

 「核兵器か?」

 「そうそう、持ち込みしてるくせに政治的立場上、禁止されているとかちゃんちゃらおかしいですよ」

 「おいおいおい、なんつーか問題あんじゃねえの?いろいろと」

 「ばっかじゃないの?日本がこの時代のこのポジションにありながら侵略されないのはそういった背景があるからですよ。それに、第一次大破壊で核兵器をぽんぽこ使いまくったのは生き残った日本民族が率先してやったことですよ!それで人類の九割九分が死滅したですよ!」

 「そっちの方が本当に本当に大問題じゃねえか!」

 「まあ、これも大した問題じゃないんですけどねー」

 「人類の九割九分が滅んでもたいしたこと無いとか申し上げましたよこの子」

 「結局、人類はそれでもしぶとく生き残るし、残った人類で産めや増やせやして、なんとか繁栄と衰退を繰り返すから結果的にゼロにならなければ問題ないです。環境に適応できなくなっても、私みたく体の半分を機械化して環境に適応できるし、まあ、それなりになんとかできるから多少の破壊だとかは種の教訓として受け入れられる範囲の痛みなんですよ」

 「はぁ、なんか、スケールでけえな」

 「ところが!」


 少女は俺の鼻先に角をつきつけて凄む。


 「昭彦がこのまま生きながらえることによって与える影響は、これをパーペキにゼロにしちゃうから困るんですよ」

 「なんで?」

 「昭彦自体は七十六歳でお風呂に入った際に心筋梗塞でくたばり、死後一ヶ月経ったぐろげちょな状況で発見される、まあ、ちょっとアレな孤独老人的な最後を迎えるんですが、それまでに接触した人間に与えた影響が波及的に広がって、これが将来、最終大破壊時に人類の残存数をゼロにしちゃうですよ」

 「よくわからんぞ」

 「バタフライ効果って言ってわかるですかなー?チョウチョの羽ばたきが起こした風が、巡り巡って地球の裏側で竜巻になるっていう」

 「つまり、なんだ。風が吹けば桶屋が儲かる、みたいなモンか?」

 「……言ってる意味がわからないですけど、多分、似たような意味だと思うです」


 なんだか、実感できない。

 俺は腕を組んでしばらく考え込んだ。


 「別に俺じゃなくても、その、なんだ、俺が影響だかを与えた奴とか、未来で直接なんかやった奴とかを抹殺すれば済む話じゃねえのか?」

 「ちょっと話は難しくなるんですけど、事象収斂性(じしょうしゅうれんせい)という現象が長期時代現象学にあって、ある一点において必ず発生する現象というのがあるですよ。たとえば、日本はどう頑張っても第二次世界大戦に敗北するし、人類や地球は誕生する。大小様々な事象が絡んで物事が動いているように見えて、本当はある事象を中心にその他の事象が動いているという原因があって結果がある、ではなく結果があるから原因がある、というのが本当のところでしたって理論です」

 「要するに?」

 「未来で人類がパーペキに滅ぶことと、昭彦が生きることは必然で、そのどちらかを回避するにはどちらかの現象を潰さないとならないですよ」

 「そいつぁ、ざっとどれくらい未来の話なんだ?」

 「そうですねー、一億とんで四年と三ヶ月くらい未来の話ですかね」

 「もういいじゃねえか、いい加減人間滅べよ」

 「ところがそうもいかないですよ」


 少女はちょっとばかり、言葉を探しながら続けた。


 「想像もつかないかと思うんですが、その時代になると人間は今の時代でもっとも意味が近い神様になるんですよ。無理に言語に落とせば全方位相多元同着概念という、そこにあってないようであっちゃうーみたいなとしか言いようがない存在です」

 「訳わからん」

 「話せばものっそい長くなるし、とても今の常識じゃ原始人が飛行機見るような物だから理解できないんですけど、まあ、すんごい乱暴に言えば二次元の中に自由に行き来できるとでも考えてください」

 「大きなお友達が喜びそうな未来だな」

 「まあ、そんな状態だから、ぶっちゃけた話、人類が住む地球がなくなっても人類っていう意識体は存在するんですよ。幽霊になっちゃうみたいな感じですかね」


 なんとなく話がぶっ飛んできて、理解が追いつかない。


 「そうして、幽霊体になって初めて、世界は人間の認識があって初めて成り立つ側面があるという発見があり、実は世界があって人間が居るんじゃなくて、人間が居て初めて世界があるということがわかっちゃったんです」

 「わかっちゃったらしいけど、俺にはさっぱりわからん」

 「人間滅べば世界も滅ぶということです」

 「いいじゃねえか、人間滅んでるんだから世界がなくなったって」

 「その他にも居る可能性生命体までも死滅するから困るんですよ」

 「よくわからんなぁ」

 「そうですねえ……ちょっと待つですよ。今、記憶領域から適切なお話を探すです」


 少女はそういうと、じっと虚空を見つめた。

 甲高い空気の震える音がして、角が青白く光る。

 光った角からこぼれた粒子が虚空で四角い箱を作るとそれが実体を持った。


 「魔法みたいだな」

 「今の時代、魔法と呼ばれる現象も未来じゃ当たり前ですし、元々未来から来た概念ですからね。よっこらしょっと」


 少女はもぞもぞとスカートの中に手を突っ込んでケーブルを引っ張った。


 「糸ウンコみたいにケーブル出したな」

 「糸ウンコ言うな!有線のUSBケーブルとかこの時代でかつ、昭彦に合わせたですよ!……ところでプリンターのインクと紙ないですか?」

 「あるわけねーだろ、パソコンすらないのに」

 「じゃあ、ダイレクトに意識を繋いじゃうですよ」

 「は?」


 少女がケーブルを箱に繋ぐと、箱がメカニカルなナイフのような形状になった。

 下手な包丁よりでかい。


 「これを脳味噌に近い穴部分にぶすっとやるですよ」

 「きっちり死んで目的達成ってか」

 「おお!そうですね!気がつかなかった」

 「笑えねーよ。そんなもん刺したらどちらにせよ重傷じゃねえか」

 「未来の人間には記憶共有デバイスがあるから大丈夫なんですけど、この時代にはちょっと乱暴な手段を取るしかにゃーですよ。ちょっと精度は落ちますけど、尻に刺しますか」

 「やだぞ。糸ウンコでおまえと繋がれて、これが一生ウンの尽きとか」

 「糸ウンコ言うな!ターミーネッタに羞恥心が無いと思ったらおーまちがいだかんな!もーいーです!」


 少女は角に触れてするすると糸ウンコを仕舞う。


 「掃除機のケーブルみたいだな」

 「ゼンマイ機構の原始的な物品とエリートターミーネッタを一緒にしないでほしいです!」


 少女はもうどうでもよくなったようにため息をつくと簡単に話をまとめた。


 「簡単な話、未来の人間イコール神様が悪魔の軍団に負けて、地上の人間が悪魔に殺され尽くしました的な現象が未来で起こるですよ。未来には今の人間以外にも知的生命体はたくさん居るです。私みたいなターミーネッタもその知的生命体の一つに含まれるです」

 「ようは、おまえさんたちが生き延びるためか」


 そこまで言われてすとんと納得ができた。

 少女は言葉に詰まって黙り込んでしまう。

 じっと少女をみつめた後、俺は天井を見上げる。


 「まあ、しゃあねえわなあ」

 「へ?」

 「おめーさんみたいなちんまいのでも送り込まないとならないくらい未来も大変なんだろ。だから、俺を殺すうんぬんて話もしゃあねえかってことだよ」

 「じゃあ、殺されてくれるですか?」

 「それとこれとは話が別だ。風か蝶々かどっちにしても生きるのに必死だから、はいそうですかって殺されてたまるかよ」

 「うー、よくわかんないです」

 「殺しにくるなら殺しにこいよ。ただ、他人に迷惑かけるようなやり方はやめてくれ」

 「よーするに、昭彦の半径百キロメートル四方を蒸発させるようなことをするなってことですか?」

 「まあ、うん、そんなところだ」


 少女は合点のいかないような顔つきで、俺を見上げる。


 「……でも、私、一応未来のスペシャルメイドターミーネッタですよ?」

 「だから、なんだよ」

 「その気になればちょちょいのちょいで昭彦を四角に畳んでぽいしちゃいますよ?」

 「やればいいでか」


 いちいち確認を取る少女に俺はぞんざいに答える。


 「はぁ、じゃあ、ま、そうしますんで、よろしくお願いします」

 「殺される相手によろしくもなにもなあ……」

 「それもそうですね」

 「納得すんなよ」


 少女は困ったような顔つきで俺を見上げる。

 俺は俺で時計を見ると、だらだらと話し込んで時間が相当やばっちいことになってるのに気がつき、いそいそと学校へ行く支度を整えることにした。


 「ところで、おまえ、名前とかあんのか?」

 「作戦番号一九一です。単一目的用に調整された個体だからネームとかは無いんです。また、未来じゃ名前というのは偉くならないとつかないし、名前がその個体に与える影響が大きいから、ターミーネッタには名前が無いんです」

 「それじゃあ、面倒だろ。なんか名前ねえのか」

 「うー……ないものはないから困るですよ」


 俺は歯を磨きながら少女の困った顔を眺め、思いついたことを言ってみる。


 「カブトムシ三号とかどうだ?」

 「昆虫と一緒にすんな!」

 「森川くん三号」

 「三号好きだなー昭彦」

 「糸ウンコ」

 「しつけーよ!」


 いささか適当すぎたようだ。

 でも、気になるよなあの角。


 「ゆにことかどうだ?」

 「ユニコ、ですか?」


 少女はしばらく考え込む。

 カッシャカシャと頭の中から音を立ててしばらくしてから身をよじりだした。

 角が光ると少女の後ろにお花畑のイメージが広がる。


 「うふふー♪いいですねー♪ユニコーンの乙女ちっくな響きが私のイメージにぴったりですよぅ♪」

 「どちらかってーとガンダムだけどな」


 お花畑で一角獣と戯れる少女のイメージにブッピガンとビームが突き刺さって爆発していた。

 直立するガンダムの顔が、少女の顔に重なり吠える。


 「せっかくのきれいなイメージが台無しですよ!」

 「その角便利だなぁ」

 「ふん!ほめても無駄ですよ!このセンサーは次元を跳躍して可能性事象から各種兵装を転送したり、マザーと情報を共有したりできるです!最新型にのみ装着を許されたハイオーバーテックセンサーですよ!三界転位連結時には……」


 怒ってる割には嬉しそうにうんちくを語る。

 がしかし、いつまでも相手にしてられないので俺は話半分に聞き流しながら、玄関で靴をはく。


 「ちょっと昭彦!聞いてるですか!どこ行く気ですか!」

 「学校だよ。遅刻してるけど、いかにゃーなるめえ」

 「私に殺されるって話はどーなったですか!」

 「んなもん適当に機会見てやれよ。殺されることになったって学校はあるんだ。行ってくる」

 「あー!逃げる気です!私が怖いから逃げるつもりなんだろー!」

 「鍵は郵便受けにあるから、どっか行くなら締めていけよ。じゃあな、ゆにこ」

 「へ?ああ、私のことか……ゆにこ……ゆにこ……むふ、むふふ♪…って逃げるなー!」


 一人で騒いでるゆにこを置いて、俺はだいぶ遅れたが学校に行くことにした。





 「で?その子を血祭りに上げて皮を剥いで玄関先に吊して干した、と」


 級友に今朝の出来事をはなしたらこう返されたよ。


 「おまえの中で俺は女子供に対して容赦ねえのな。ほっぽらかして来たに決まってるだろう」

 「要するに、問題を先送りにしてきただけだろうに。その解決の妙案がないからこの天才、楠大作様にご助言願おうという話だな?」

 「細部は違うが、結論は合ってるな」


 子供みたいに目を輝かしながら常時落ちつきなく体のどこかを動かしている。動物みたいな奴だが、完璧超人のように頭がいい。

 それが、俺の数少ない友人の(くすのき)大作(だいさく)だ。


 「まあ、その気持ちわからんでもない。天才とはいつも頼られるものだからな?」


 自他ともに認める天才だが、こういう態度が他人の鼻につくから友達は少ない。

 本人に悪意はなく、体を大きくした幼稚園児だと思えばかわいく見えないこともないが、大多数の人はそう思ってはくれない。


 「しかし、ゆにこか。ネーミングセンス最悪だな。せめて、鉄腕アトムのウランちゃんもじってプルトンとか……言いづらいな、うむ、ガンダムに居ただろう、エルピープルって!それにしろ!」

 「それがロリコン雑誌のタイトルだったって教えてくれたのはおまえだったろうに」


 大作は一人でげらげらと笑うと俺の肩をバンバンと叩いた。


 「しかし、おもしろいじゃないか!未来から来た幼女型殺戮ロボットがおまえのようなダメ人間を助けるんじゃなくて、殺しに来るとか傑作だな!未来って凄いな、人的資源の無駄すら排斥する機能的思考をもってるのか」

 「うるせえよ。ちょっとでも、心配してくれんじゃねえかと期待した俺がバカだった」

 「なんで俺がおまえを心配しなくちゃならん」

 「考えてもみろ!仕事中にそんなことになって見知らぬ幼女に家で服を与えて学校に遅刻しました、なんてどこの精神障害者の幻覚だ?俺、最近、疲れてんのかな……」

 「そういえば、そうだよな……おまえ、大丈夫か?病院行った方がいいぞ?」

 「おまえこそ病院に行けよ。言われるまで気がつかないおまえの方こそいろんな意味で大丈夫か知りてーよ」


 (くすのき)大作(だいさく)は決して非常識ではないが、物事を受け付ける度量というものが広い。


 「まー、いいじゃないか、当分、退屈はしないだろう」


 が、しかし優先されるのは自分にとって面白いかどうかが重要であるというのは付き合いはじめてから知った。


 「結論から言うぞ?おまえは、すでに全部背負う気でいるし、覚悟もできてる。ただ単に、それが自分でわからないからこの天才、(くすのき)大作(だいさく)様に申し奉ることで確認しているだけだ」

 「そう見えるのか?」

 「知っているか?人間って鏡見ないと自分の顔を見られないんだぞ?知ってるつもりでわからんのが自分の気持ちなんだ」


 大作は得意げに笑って胸を反らす。

 天才と自称するだけあって、物事を正しく捉えてかみ砕いてくれる。


 「そんなもんか」

 「そんなもんと割り切れるお前の方が凄いと思うがな。それより、お前が来ないおかげで志乃ちゃんがものっそい剣幕でやってきたぞ?」

 「あん?」

 「今日は珍しく、部活の朝練があるからお前を迎えに行かなかったらしいが、待てど暮らせどお前は来ないうえに連絡もよこさない。まあ、天才の俺は永峰が連絡をよこさないというのはそんな大したことない事ですぐにでもやってくると見抜いて説明してやったんだ。そしたら、なんて言ったと思う?」

 「なんぞ言ってたんよあいつ」

 「誰かに殺されてたらどうするときたもんだよ。本当に傑作だよな!」


 あながち間違っちゃいないが、大作は大笑いしている。

 教室のドアが乱暴に開くと、そこには見慣れた幼なじみが仁王立ちしていた。

 楠大作が言っていた()峰田(みねだ)志乃(しの)だ。


 「昭彦!無事だったかっ!」

 「寝過ごして遅刻しただけだ。無事もくそもねえだろうがや」

 「お前が寝過ごすものか!連絡もなく、嘘もつくのはお前が私に心配をかけたくないからだろう!それくらい見抜けないと思うなッ!」


 凛とした声で怒鳴られ、教室内の好奇の視線が集まる。

 美少年が女子のブレザーを着て立っているようにも見える。

 つり上がり気味の目尻は、怒りにさらにつり上がり、整った目鼻筋に怒気をはらんで俺をにらみ据える。

 背こそ小さいが、威圧的な雰囲気を放つそれは女子のものとは思えない。

 ただ、長い黒髪を結わえた髪飾りだけがどうにかこうにか女子と判別させてくれる。

 にこりとでも笑えば可愛いのだが、ガキの時分から笑ったところを見たことが少ない。

 それが、多峰田(たみねだ)志乃(しの)だ。

 クラスメートは慣れたもので皆は一様にして「またやってる」と自分たちのやっていたことに戻った。

 志乃は喧嘩を売る不良のような目付きでじろじろと俺の全身を睨みあげると鼻を鳴らした。


 「疲れこそ見えるが、目立った怪我はない。ところどころ擦りむいてるな?誰かと争ったはいいけど、その後に何か面倒なことにでも巻き込まれたのか?」

 「ほー、志乃ちゃんは流石だな。天才の俺でもそこまでは見抜けなかったぞ?まあ、無事ならいいんじゃね?」


 大作にからかわれ、ようやく自分が焦りすぎていたことに気がついた志乃が平静を取り戻す。

 相手の温度と思考を読んで、場を崩さずにこういう言い方ができる大作は天才と自称するだけ頭がいい。


 「まあ、なんだ。そのー」

 「ざっくばらんに言えば、未来から来た幼女型ロボットに殺されそうになったんだと」


 俺がどうやって説明しようか考えていたところ、横から口を出した大作が三秒で終わらせてしまった。


 「で?皮を剥いで玄関先に吊してきて遅刻したのか」

 「信じるのかよ。そして、お前の中でも俺は鬼畜生なのか。吊したりなんかしねーって……そういや吊したような………」

 「信じるもなにも……お前が大作に話したのであればおおよそは本当のところだろうし、命のやりとりになればお前ならそのくらいのことはするだろうな。でなければ、相手が集団だった場合、下手な手心を加えるより、そうして震え上がらせる方がかえって効果的だ」


 志乃は言い捨てて、頭を抱え顔をゆがめるとため息をついた。


 「そうじゃない方が厄介だ。まさか……」

 「そのまさかなことになってるぞ志乃ちゃん」


 志乃は難しい顔で俺の顔を見るとしばらくして、一人頷く。


 「ならば、仕方あるまい。私も覚悟を決めよう」


 一人合点している。


 「覚悟を決めるって、お前がなんで覚悟を決めるんだよ」

 「お前が覚悟を決めたのに、私がいつまでもうろたえている訳にはいくまい。任せろ、好きにするといい」


 志乃はそう俺に優しく(さと)すが、諭されるようなことをした覚えもない。


 「なーなーよ?ずっと思うんだが、志乃ちゃんと永峰が同じ漁師町出身で幼なじみだってのは聞いてたからわかるんだけど、お前らの関係って一体なんなの?恋人同士?」

 「「そんなわけあるかっ」」


 大作に異口同音にここまでは同じに答える。


 「腐れ縁に決まって……」

 「嫁に決まっている!」


 机をだん!と強くたたき、大きな声で志乃が叫んでいた。


 「私は昭彦に子供の時から惚れているからな」


 臆面もなくそう告げる志乃を見ると、子供の頃の嫌な思い出が脳裏をよぎる。


 「オメーからいじめられた記憶しかねえよ!」

 「子供の頃の話だろう。好意の裏返しだ」

 「嘘をつけよ。ガキの時分、フルチンに剥いて縄で縛って海に沈めたとか、漁協の冷凍庫の中に閉じこめて一晩放っておくとか好意の裏返しは実は殺意でしたとか冗談じゃすまされないことしてたじゃねえか」

 「浜辺で追いかけっことかもしたじゃないか」

 「近所のガキ連れて追いかけ回して干潮の浜辺にきっちり埋めただろうが。波が上がってきたとき死ぬかと思ったんだからな!」


 幼なじみなぞ、こんなものである。

 高校になってまで続く関係なぞここまで行けば腐れ縁以外のなにものでもない。


 「お前が私に最後になんと言ったか覚えているか?男は女に手をあげちゃならねえ。もう、これは嫁になるしかないだろう」

 「訳がわからねえよ」


 鼻息荒くまくしたてる志乃を見て俺はげんなりする。


 「で、永峰。そのゆにことか言う女の子、お前の命をつけねらってるんだろ?ほっぽらかして学校に来て大丈夫なのか?」

 「んー、大丈夫だろ。どこの学校に行ってるかまではわからんだろうし」

 「実はだな、俺も遅刻したんだ」

 「ほう」

 「珍しく志乃ちゃんが永峰のところに行かないらしいから、遅ればせながら様子を見てやろうとしたのだよ」

 「なんて友情。俺、優しさに泣きそうになるな。結婚しようぜ大作」

 「だろう?だが、お前は出かけたあとで家の鍵が開いたままになってて、角を生やしたゴスロリ少女が居てな?」

 「ふむ」

 「昭彦の行った先を教えてくれというから、口で説明するのが面倒だから二人でタクシーに乗って学校に来たという訳なんだよ」

 「離婚しようぜ大作」


 ずずん、と学校が揺れた。

 のろのろと窓から外を見てみると、校庭のど真ん中にゆにこが立っていた。


 「あきひこー!殺しに来たぞー!どこだー!」


 ゆにこが間延びした声で俺の名前を呼んでいた。

 その両腕にはゆにこの身長ほどもある物々しい機械の手甲がつけられていた。

 その足下のグラウンドの固土に亀裂が入り、めくれあがっている。

 クラスメートが物珍しそうに校庭を眺め口々に


 「なんだ、あれ」

 「新手の殴り込み?」

 「でも、ちっちゃくね?」

 「やーだー、なんか可愛いよ、どこの子ー?」


 と騒ぎ始める。

 こりゃまずいなと思った矢先、俺は教室を飛び出していた。

 校庭に出ると全校生徒が教室の窓から顔を出してゆにこを見ており、ゆにこがシャカシャカと音をたてながらその顔の一つ一つを見つめていた。


 「さーちあんどですとろいは基本です。こう、格闘仕様と思わせておいて顔を出したところをどがーんと……」


 その後ろに回り込むと、頭を力強くひっぱたく。


 「痛っ!いきなり背後から誰……わわわ!昭彦!いつのまに!」

 「いつのまにじゃねえよ。どーすんだ。グランドめちゃくちゃじゃねえか」

 「これが、ギガンティックアームの威力ですよ」

 「ほぉう」

 「量子消滅時に発生する熱量を力量に変換し、それを稼働エネルギーとしてアクチュエーターが回転運動を行う。周囲に張り巡らされた力量フィールドを通じ、十六億ジュールもの運動量を物理的に相手に叩きつけるその威力は七十キログラムほどの人間なら、一秒でこの時代の月まで行けるですよ。かなり大ざっぱな計算ですが。まあ、私の居た時代の兵器としては旧式も旧式でいいところなんですが、やっぱり爽快感があるですよ!」

 「そんなんで地球叩いたらなくなるだろうが」

 「パワーを出すだけなら、どんな機械でもできるです。ギガンティックアームのすごさはこの見た目に反して砂粒をより分けて掴む芸当もなんなくやれる汎用性の広さがウリなんですよ」


 両腕の手甲から延びる爪をわきわきと動かしながら得意げにゆにこは語る。


 「つまり!昭彦を肉片一つ残らずこっぱみじんにたたきつぶすにはもってこいの兵器なんです!さぁ昭彦!このギガンティックアームにつぶされてぺしゃんこになるです!がおー!」


 ゆにこが嬉々としながらギガンティックアームを振り上げる。

 俺の頭上で陽光を背にしたまがまがしいシルエットが甲高い音を立てて、まさに振りおろされようとしたときだ。


 「待て」


 俺とゆにこの間に志乃が割って入った。いつの間に来やがったんだ?


 「わ、わ、わ!」


 俺に振りおろそうとしていたギガンティックアームそらし、一緒に振り回されるようにしてゆにこが尻餅をつく。


 「そのギガンティックアームは本当に月まで一秒間でいけるのか?」


 志乃は淡々とゆにこに尋ねる。


 「嘘じゃないですよ!大気抵抗とかをさっぴいても一秒じゃお釣りが来るくらいです!」

 「なら、貸してみろ」

 「いいですよ?そのパワーにびっくりするといいです」


 ゆにこはきゅこん!と乾いた音を立て、肩口からギガンティックアームをはずす。

 志乃は抱えるようにして持ち上げて腕を通すと、ひとしきりわきわきと爪を動かしてゆにこの角をつまんで持ち上げた。


 「わ、わわ!あんた一体なにをするですか!」

 「私と昭彦のラブラブ学校生活を邪魔されたのだ。思いっきり月まで飛ばしてやろう」


 ぐるんぐるんとギガンティックアーム回し始める。

 当然捕まれたゆにこもぐるぐる回る訳でだ。


 「わうわうわう!バランサーが壊れる!壊れるです!耐圧一杯ででで……」


 志乃はそのまま力一杯ゆにこを投げあげた。


 「にぎゃああああああ!」


 大気を割る衝撃の輪をいくつも空に広げながらゆにこは昼間の月に向かって飛んでゆく。


 「ふむ」


 志乃はギガンティックアームをひとしきりにぎにぎと動かしてからおもむろにポーズを取る。


 「月に向かっておしおきよ?」

 「お前、それ言ってみたかっただけだろ?」





 そんなことがあった矢先の授業などには当然、身の入れようがなく、だらだらと放課後を迎える。

 部活動、というのは親の金で学校に行かせてもらって喰わせてもらって空いた時間を使ってやるもので、苦学生にはとんと無理な話である。

 奨学金制度を利用してもいいのだが、金を借りるということは返す必要があるわけで、他人に借りを作るくらいなら死んだ方がマシだというじーさんの方針で俺は学校から許可を貰ってアルバイトをしている。

 そんなだから、予習復習する暇も無く、勉学に打ち込みづらい環境でもある。


 「もとから勉強する気などないくせになにをいまさら」

 「じゃあ、天才大作君。なんで俺はこんな一生懸命働いて学費稼いでるんだよ。勉強するためだろうが」

 「フン、中途半端に勉強したところで成功できるわけでもないことを私も昭彦も知っている。正しくは長く続いた平和は盤石な制度を作り、その制度の席に座るべき人間が座っていく。彼らの努力は前の世代から決められていて、途中でルールに気がついた我々はもうすでに時遅し、勉強なんてかったるくてやってられるか」

 「その割にはお前成績いいよな」

 「お前が飯を食うために今こうやって働いているわけで、俺の環境だとそれが学校の勉強だからな。どうせやるなら徹底的にやっているだけだ」

 「ほう、そうか。じゃあ、俺の仕事場でたむろすんのやめてくんねえだろうか」


 俺は給油伝票を確認しながらガソリンスタンドのロビーでタダのコーヒーをおかわりしている大作に毒を吐いた。

 ちゃっかりその隣に志乃もいる。


 「おう、志乃、お前も帰れ。仕事場でも迷惑かけられちゃたまったモンじゃねえよ」

 「失敬な。私がいつ昭彦に迷惑をかけた」

 「ついさっきそうだったじゃねえか!あいついなくなったせいでグラウンド整備大変だったんだぞ!」

 「授業がはじまるから放っておけばいいものを勝手にはじめたのは昭彦だろうに」


 そうですよ。勝手にはじめましたとも。

 だってしゃあねえだろうが。ゆにこが勝手に壊したものとはいえ、あいつは俺を殺しに来たんであって、そのゆにこ本人がぶっ飛んでどっかいなくなりやがった。

 それでも次の時間には体育があるわけで、じゃあ、グラウンドどーすんの?ってなったら誰かが元通りにしとく必要があるだろうに。

 そのおかげで腰が痛ぇよ。


 「しかし、珍妙な生き物だったな。羨ましいぞ昭彦」

 「その珍妙な生き物がこっちを見てるんだが」


 志乃が指さす先にその珍妙な生き物、ゆにこが居た。

 性懲りもなくやってきたそれは俺の姿を見るなりがなり始める。


 「昭彦ぉ!さっきはよくもやってくれたな!今度こそ血祭りにあげてやるー!」

 「なんぞ月から戻ってきたのか珍妙な生き物。邪魔だし危ないから帰れ」

 「生き物と一緒にするな!オーバーテクノロジーの粋をこらした最新型ターミネッタであるゆにこ様はそこいらの有機生命体のスペックでは到達できないほど、汎用性が高い高コスト機なんだぞ!その高コストっぷりをみせてやる!その建物ごとこの未来ミサイル、ホワイトホエールで――あ痛!」


 長すぎる前口上にうんざりしたからハタいた。


 「仕事の邪魔だからどけ。こっちは生活かかってんだから邪魔すんじゃねえよ」

 「こっちだって仕事ですよ!世界の命運がかかってるんだから大人しく死ね!ホワイトホエール発射よぉぉ……」

 「火気厳禁だからそれしまっとけ。ガソリンスタンドって爆発すると多分、なんだ、どがーんってなってびっちびちのぐろげちょになるぞ?」

 「あ、はい。ごめんです」


 自分で言ってて意味のわからない表現だったんだがな。

 納得してゆにこはいそいそとミサイルをスカートの中にしまってくれた。

 どう見てもスカートの中の体積よりでかそうなミサイルなのだが、しっかりとおさまったみたいだ。


 「じゃあ、かわりにバニシングカッターで……っと、どこしまったかな……あれー?」


 スカートの中に手をつっこんでもぞもぞしているゆにこの後ろから志乃がつかつかと歩み寄る。

 そして、その尻を力一杯蹴りあげた。


 「ぎゃいん!いきなりなにするですか!……うわ!?お前はさっきの……」

 「それより、小娘、月へは行ってきたのか?」

 「砂まみれのアメリカの旗があったから腹いせに引っこ抜いてきたですよ」


 スカートの中から、ひなびたアメリカ国旗を出すゆにこ。


 「お前、それ、たしか、結構大切なものなんじゃないかと思うんだが」

 「知らないですよ!帰ってくるの大変だったんですよ!宇宙の海を犬かきで泳いできたです!」


 ゆにこは旗に八つ当たりし、膝でまっ二つに折って捨てる。


 「犬かきで泳げるモンなのか?」

 「息継ぎできないんですよ!宇宙クロールとかまだ無理です」

 「宇宙バタフライとか宇宙平泳ぎとかもあんだろうか?」

 「未来のハイスペック機であるゆにこ様にかかればあと三万年くらいあれば余裕ですし!」


 丁度、暇をもてあましてた大作が猛り狂うゆにこに興味をしめし、髪の毛だとか角を触り始めた。

 それがいきなり鼻フックをする段階になってようやくゆにこも顔を歪める。


 「……ところで、朝方にも会ったこの人は昭彦の友達ですか?」

 「数時間ぶりだな珍妙な生き物。次からは天才、楠大作様と呼べ。昭彦とはしょうがなく友達をしてやってる。しっかし、なんだな。触った感じ角の生えた人間とそうかわらんな」

 「生体パーツの硬度は柔軟な人間を基本として模倣されてるですよ。組成時に重複組成を同着空間で繰り返すことで強度とか疲弊率とかは人間とは比べものに……どこ触るツモリですかっ!」


 大作の手が下半身に延びてきたところでゆにこが慌てて身をよじった。


 「いあ、股のところに毛が生えてるかどうか」

 「軽く犯罪ですよ!」

 「うーむ。ロボットでもだめなのか?」

 ゆにこはしばらく大作をきゅいんきゅいん音を鳴らしながら観察する。

 「ロボットいうな!自律思考もできない奉仕用機械工具とネイション派生の機械生命体のわた……楠大作?……楠、大作……おおおおお!」

 「なんだやぶからぼうに大きな声なぞ出しおってからに」


 ゆにこのセンサーというか、目が大きく見開かれて大作を捕らえていた。

 ぱくぱくと口を動かし、人間のように驚いてみせると次には一気にまくしたてた。


 「楠大作。後世に名を残す大天才ですよ!高位次元連結理論の基礎、円禅概念認知機構、網目式三界燃転換システムとか後世にも使われることになる画期的な発明をした人で、私の基礎システムにもその理論、機構が使われている人類史上最高の天才ですよ!」


 俺は訝しげに大作を見る。


 「本当かぁ?確かに頭はいいけど人格的に問題あるだろう?とても成功しそうに見えないんだが」

 「史実には残ってないですが、昭彦が楠大作を成功させるためにいろいろ手を尽くして頑張った記録があるですよ。つまり、昭彦は大作氏の踏み台となって散ったわけですよ」

 「よかったな昭彦。この天才が世に出る肥やしになれるそうだ」

 「大作、俺友達やめるわー……ん?」


 俺はそこで一つの可能性に気がつく。


 「おう、ゆにこ」

 「うい?」

 「もし俺がお前に殺された場合、天才楠大作は世に出られずその更衣時連ケツ事件のヒ素とか、塩膳肺炎認知銀行やらアミノ式サンハイ捻腸転で死んでル?とか、お前の中にあるなんか重要なモンが作られないからお前も消えてまうんでねーのか?」

 「私が何で構成されてると思ってるのか逆に知りたいですわ!そんなことないから死ね!昭彦が死んだら死んだで別の誰かが大作氏を立てるから安心して死にくされ!」


 ゆにこは憤り、俺を責め立てる。

 大作が尻馬に乗ってけらけらと笑う。


 「昭彦、おもしろそうだから弾け飛んで死んでみようぜ?」

 「おもしろそうだからって理由で殺されるとかマジないわー。逆にお前を俺が殺せば、こいつ居なくなるからいいんじゃね?」

 「はうっ!その方法があったですか!昭彦頭いいなお前!」


 ゆにこは思い切りたじろぎ、驚く。


 「大作、君のことは三秒間だけ忘れないから国道に飛び出してダンプに跳ねられて死に散らかしてくんねーか?」

 「何で人類のゴミの絞りッカスのお前の為に天才が死ななければならないんだ。昭彦こそ、俺は虎になるんだ!とか叫びながらライオンに喰い散らかされてみてくれよ」

 「俺、ライオンに勝っちゃうぜ?」

 「天才だってダンプに負けないんだぞ?」


 志乃が不機嫌そうに俺たちを交互に見る。


 「お前たちバカだろう。昭彦、お客さんが待ってるから早く仕事しろ。大作、昭彦の仕事の邪魔をするな。あと、小娘、目障りだから尻から火を噴いてどっか消えろ」

 「ひど!私だけ扱いひど!尻から火とかそんな機能ある訳ねーですよ!私をなんだと思ってるんですか!というより、さっきからこの人はなんで私にすごい攻撃的なんですか」


 そういえば、志乃はなぜかゆにこに対して不機嫌な顔をしている。


 「当たり前だ。旦那を殺すという話をされて憤らない嫁が居るか」

 「つまり、ジェラシーという奴ですか?」

 「昭彦がお前に殺されるわけがないだろう。逆に助けてやっているのだ、ありがたく思え。そうではなくて、だ。私が不機嫌なのはお前の着ている服だ」


 志乃は眉根に皺をよせ、力強くゆにこの胸元を指さす。


 「服、ですか?」

 「それは昭彦が私に誕生日の時に買ってくれた服なのだ!」

 「結論ジェラシーじゃにゃあですか!」


 ゆにこの必死の訴えにも志乃さんは動じません。


 「ちょっとお前、そこ座れ」

 「はぁ?」

 「座れと言っている」

 「あ、はい」


 素直に座るゆにこ。

 そのゆにこに志乃はとくとくと語り始めた。


 「いいか、私はこういう性格と外見だから人様から見ればいささか女らしさに欠ける。それについては自分でも承知していることだし、異論は無い。だが、それでも私は女であり、また、女としてありたいのだ。だが、私が自らそのような服飾の服を買いにゆけば、周知の目から女でありたいと思われていることが押し伺え、それは恥ずかしい思いをしなければならない。そこを察して昭彦は何も言わずに、誕生日だからと自らの生活も苦しいのに私に女らしい服を送り、あまつさえ私をおもんばかり自らの部屋に預かってくれているというのは……」

 「ひょっとしてのろけてるですか!」

 「それを昭彦がお前にやった事実が気に入らない!」

 「そして、私悪くないじゃないですか!」


 志乃は悔しそうに目の端に涙をためてゆにこを睨みつけていた。

 そうかー、ゆにこに対して不機嫌だったのってそういうことだったのかー。


 「なあ、永峰、それ本当か?」

 「いや。ガキの頃に別の女の子にあげようとした服を誕生日だって強奪してったコレクションだ。なんか、無理矢理俺ンとこに置かれてる」


 俺は大作に教えてやった。


 「昭彦は優しいからゆきずりの女の子が困っていれば服の一つや二つはあげるだろう。がしかし、なにも私の服をあげなくてもいいじゃないか!」

 「昭彦が悪いのに一方的に私が恨まれてるですよ!」

 「うるさい!もう一度月まで飛んでいけ!」

 「げふぅっ!」


 志乃は俺から給油ガンを奪うと、ゆにこの腹に蹴りをくれ、折れた体を抱えるとパンツをずりおろした。


 「あ、ちょ、なにするで……ひぁああ!」


 躊躇無く尻から給油ガンをつっこみ再度、給油を開始する。


 「ああん、もう、入らないですよぉぉ!お腹ぱんぱんですよぉ!あ、出る、出る、溢れ……おぇぇぇ」

 「うわ、ゲロでガソリン吐くとかはじめてみた」


 ごぽごぽと口からガソリンを吐き出し、ゆにこが目を回す。

 志乃はガソリンスタンドのマッチをおもむろに手に取ると、無表情のまま擦りはじめた。

 しけっているのだろうか、なかなか火がつかない。


 「あの、その、うぇっぷ。何をしようとしてらっしゃるのでしょうか」

 「気化したガソリンに火をつけるためのマッチを擦っている。なかなかつかないな?」

 「あの、それで何をするつもりなのでせうか?」

 「決まってるだろう。尻から火をつけて噴き飛ばしてやる」

 「ちょぉ!昭彦、助けて!助けて!爆発しちゃう!ちょぉ!」


 俺と大作はすでに走ってその場を逃げている。


 「あ、ついた」

 「みぎゃあああああ!」


 大爆発のあと、器用に尻と口から赤黒い炎を吐いて走り回るゆにこが、ネズミ花火のように地面をぐるぐる回る。

 そして、そのままガメラのように中に浮くと、ばぁん!と弾けて空に飛んでいった。

 黒い煙を引いて飛んでいくゆにこに一抹の哀れさを感じながら俺はつぶやいた。


 「給油代もらってねえのにどうしてくれんだよ」

 「お前も十分酷いな」





 バイトを終えて家につく頃には空は真っ暗になっている。

 アパートの前にはぼろぼろになったゆにこがピスピスと音を立てて、佇んでいた。


 「あ、きひこぉ……こんどこそ」

 「見るも哀れだな」


 志乃がその様子を見て哀れんだ。


 「ひぃああ!」


 ゆにこは俺の隣に居る志乃を見るや悲鳴を上げて電柱の裏に隠れる。


 「ど、どうしてその女が居るですか!」

 「嫁だからな」


 胸を張る志乃に俺は告げる。


 「特に用事が無いなら家に帰れよ」

 「用事ならあるとも」

 「何よ?」

 「愛を、育む」

 「帰れ」


 俺は志乃の頭を小突く。


 「まあ、冗談はこれくらいにして、私は帰る。そこの小娘」

 「なななな、なんですか!や、やるならてってーてきにやるですよ!ここここ、今度はまけないですよ!」

 「お前が私に勝てるものか。昭彦に手出ししたら血祭りに上げてやる」

 「ひぃぃ!」

 「死ぬより辛いからな、覚悟しろ」


 淡々と言い捨てただけなのだが、ゆにこにとっては呪詛のように聞こえたらしく、ガタガタと震えて縮こまってしまった。

 俺は大きく息を吐くと、ゆにこの角をつかんだ。


 「おう、いつまで震えてんだ?家、入るぞ」

 「ふぇ?」

 「ふぇ?じゃねえよ。もう、夜だぞ?お前、どこで寝るんだ?」

 「ターミーネッタは寝なくても死なないですよ?」

 「じゃあ、なんだ。夜の街をそのナリでうろうろすんのか?警察だって放っておかねえし、いろいろ問題あんだろ。ガキが夜中までほっつき歩くのはよろしくねえよ」

 「バカにすんな!形状年齢こそ低いけど、含有知識質でいけばこの時代の誰にも負けないですよ!」

 「じゃあ勝手に警察の世話ンなって、ペナ取られてばらんばらんにされちまえ」

 「しょうがないなぁ、昭彦が、そこまで言うなら家に入ってやってもいいです」

 「勝手にばらばらに散りくされ」


 俺は面倒になってゆにこをそのままにして家に入って鍵を閉める。


 「ああん!ごめんなさい!ごめんなさい!昭彦を殺すまでの間、面倒見て欲しいですよ!」

 「殺す相手に泣き入れて寝床頼むってのもなんだかなぁ…」


 半ベソでガンガンと扉を叩くゆにこを部屋の中に入れてやりながら俺はため息をついた。

 制服をハンガーにかけると鞄を部屋の隅にぶん投げてビニール袋をちゃぶ台の上に載せる。風呂に湯を入れながら、米を研ぎ、炊飯器に入れる。軽く箒で何も無い部屋を掃いてゴミ箱に埃を捨てると横になる。

 所在なさげにじっと俺の行動を見つめているゆにこがおもむろに口を開いた。


 「……妙に手慣れてるですね」

 「一年も一人暮らしすりゃーな。志乃に乗り込まれてエロ本の類、片っ端から燃やされりゃ嫌でも一人でなんでもするようになるって」

 「おお!健全な青少年らしくエロ本とか持ってるですか!?」

 「押入ん中にあるから、片づけとけよ?今日からお前、そこで寝るんだから」


 グリルにサンマを放り、大根を下ろしながら告げる。


 「ちょ!自分の性欲のはけ口の処理を可憐な美少女に頼むとかどういう神経……まさか、自分の趣味を把握させて私を性欲の処理道具に……」

 「何が悲しゅうて未来の動くダッチワイフを使うオナニーライフ送らないとならんのだ。お前なんかにちんちん入れたらギアで血だらけになるだろが」

 「ひどっ!ギアとか駆動系とも呼べない化石が私の股関節にあると思ってるとかすごい偏見ですよ!椎間板から大腿部にかけてのムーブラインは模倣された旧来の人間を上回る躍動性と稼働力を持ったドリーム仕様でドッキングしたら一発で昇天……」

 「てめえの恥部自慢してるんじゃねえよ」

 「恥部自慢って!そもそも最新鋭ターミーネッタとして生殖機能については人間に勝るとも劣らない機能があるということを……」

 「飯喰う前に股間の話すんなっつってんだバカ!ところでお前、魚とか食べれるのか?」

 「バカにすんな!骨がのどに引っかかって食べられないとか、この時代流行の偏食ゆとり児童と一緒にすんな!シーラカンスだって食べれるですよ!」

 「……もっと根本的なところで機械が普通の食い物食べられるかって話なんだがな」

 「生体パーツの維持のため、タンパク質やそれらを構成する生鮮食品の類も摂取できるです。だから、心配いらないですよ」

 「も?」

 「普段は稼働エネルギーを補給時にエネルギーを質量転換して磨耗部位の修繕修復に当ててるからいらないんだけど、こうして時代を超えて活動することもあるから、口から食べ物を摂取して質量をエネルギーに変えることもできるです。ターミーネッタの場合、活動する時代域が様々ですから汎用性に富む活動能力が求められるです」

 「まあ、よーするに好き嫌いは無いと」


 ゆにこは怪訝な顔つきで俺を見上げる。


 「なんですかぁ?まさか私を餌付けしようとでも思ってるですか?」

 「餌付けって……まあ、似たようなもんか」

 「今日はガソリン一杯飲まされたからお腹一杯ですよ!まだ胃もたれして胸がムカムカするです!お尻なんか熱くて痛いですし!」

 「まあ、うん、あれだけ火ぃ噴いてたら熱いし痛いだろうぬ」


 俺はテレビをつけて横になりながらため息をついた。

 地デジの時代、アナログテレビが映すのは砂嵐だが、古い映画のビデオなんかを垂れ流すことくらいはできるのだ。


 「あれだけ酷いことされてめげないお前もまたいじらしいな」

 「というか、あれだけ酷いことする女が嫁ってお前の人生がお先真っ暗ですよ。いっそあたしに殺された方が幸せなんじゃないかと思うです」

 「まさかロボットが人間の幸せを説くのか。さすが未来。だけど、俺はあいつにもっと酷い目に遭わされ続けて八年間だぞ?」

 「ハッ!ガソリン尻から入れられて火をつけられるより酷いことなんてあるわけないですよっ!もしあれ以上ひどかったら土下座で謝ってやるうえに敬語使ってやるですよ!」

 「チンコの皮はさみでチョン切られて飼ってたザリガニのエサにされた」

 「ごめんなさい、本当にごめんなさい。八年間耐えた昭彦さんマジぱねえッス」


 ガキの頃の話とはいえ、正直、シャレにならないことをされ続けてきた。


 「でもまあ、今ではこうして改心して誠心誠意尽くしてる訳で相思相愛なのだ。昭彦、下着は洗濯機の上に置いておくぞ?」

 「ひぃぃあああ!」

 「どっから入ってきやがった!」


 いきなり現れた志乃が玄関を示す。


 「お前の家の出入り口はそこしかあるまい……それより、昭彦。よもや私の昔のおちゃめないたずらを語っている訳ではあるまいな?若気の至りを話されるとなんだ……その、私も恥ずかしい」

 「いじらしい姿で可愛くおちゃめとか言ってるが、やってきたことは悪魔超人も真っ青な残虐非道の限りじゃねえか」

 「愛情の裏返しなのだ」

 「死ぬほど重すぎるでか!」


 志乃はビニール袋に入ったタッパをテーブルの上に広げる。


 「まあ、私も子供だったのだ。ほれ、叔母御からの差し入れだ。作ってしまったものを断るのも失敬な話だろうから遠慮なく食べるがいい」

 「なんだ、食べていかないのか」

 「今日のところは遠慮しておこう」


 いきなり現れて、そそくさと帰るあたりは志乃らしいといえば志乃らしい。

 ゆにこは怪訝な顔つきで俺に尋ねる。


 「……あきひこ?あの人とは幼なじみとか恋人とか、そんな関係ですか?」

 「おめーはちんちんの皮切った相手とよろしくやれんのか?幼なじみってくくればくくれるかもしんねーけど、とてもじゃねえけどよろしくやれるかっての」


 テーブルの上に志乃が広げていったタッパの蓋を開けながらそう言い切る。


 「……一方的な通い妻って奴ですか」

 「未来ってそんな湾曲的な語彙表現もできんだな。まぁ、甲斐甲斐しいっちゃ甲斐甲斐しいが……そったらことされても重いんだよ」


 タッパの中には手の込んだ煮物や卵焼き、ポテトサラダなどが詰まっている。

 塩を存分に効かせた味の濃い煮物を摘んで口に放ると、

懐かしい田舎の味がした。


 「喰えよ。毒は入ってない」

 「遅効性のものかもしれにゃあですよ?」

 「無い。言い切れる。つか、毒で死ぬのかお前?」

 「あいつなら殺しかねないです。つか、凄い自信で言い切りますですね」

 「ああ、根拠があるからな」


 俺は卵焼きをつまみながら続ける。


 「いっつもは、一緒に飯喰って洗い物してから帰るけど、今日はしなかった」

 「えーと、単なる気まぐれじゃないですかね。それとも、はんこーげんばに居て疑われるのを防ぐためとか」

 「おめーが今日からここで厄介になるから親交を深めるにゃあ邪魔だろうと思って帰ったんだよ」

 ゆにこは疑わしげな目で俺を見上げる。

 「なんだか好意的すぎるものの見方ですよ?」

 「好意的もなにも事実だからしゃあねえだろう。理由を言えば押しつけがましいし、だったら何も言わずに去った方がいい。よしんば俺やお前が気配りに気が付かなくても、自分が黙ってりゃ相手は恩に着て重く感じることもない。冗談が言えない分、そうやって不器用に振る舞うしかねえんだ」


 ゆにこは眉根に皺を寄せてうなる。こういう表情仕草は人間のそれと変わらない。


 「うー、それだとなんであたしを苛めたのか理解できないです!」

 「まぁ、そりゃあ、なぁ……」


 本当の理由は理解している。

 俺を殺せば、お前もタダじゃおかないという警告なのだ。

 がしかし、それを教えてしまえばゆにこは志乃を少なからず巻き込むということで、多分、俺を殺すことに躊躇してしまうだろう。

 そいつは、果たしてこいつのためにいいことなのだろうか?


 「まあ、お前はがんばって自分の目的を達成すりゃいいんじゃねえのか?」

 「目的の殺される張本人にそう言われると腹が立つですよ!」

 「それもそうだな」


 俺は昆布巻きに手を伸ばすとくっちゃくっちゃと音を立てながら噛みしめる。


 「ねえ、あきひこー」

 「んあ?」

 「そろそろサンマ焼こーじ?」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ