ソーシキ・オブ・ニャンコスキー
別作品『ギャラクシー猫信仰の軌跡』の別ルート最終回です。これだけを読むと意味がわからないかと思います。
「ニャンコスキー先生の晩年はとても穏やかなものでした」
若い女性の声が式場に響き渡ったとき、晩年のクロードニャンコスキーの姿が大きな画面に映し出された。
これをみて、会場のある男性が「おお」と嬉しそうに声を発した。
背景の窓際に、一匹の白い猫が穏やかに座っていたからだ。
「この写真に映っているカワイイ猫は? ニャンコスキー先生は猫を飼われていなかったはずですが、実は飼っていたのですか?」
眼鏡の男性の問いに、女性が答える。
「わかりません。しかし晩年の日記には、『午前四時』『今日も来た』『カワイイ』といった語句がしばしば見えます。飼っているというよりは、たまたまやってきて、ともに時間を過ごしていたようです」
眼鏡の男性は涙をこらえながら、画面とは別にある大きな遺影を見上げた。
「ニャンコスキー先生、きっと今頃、猫を飼っていたかどうかを気にしてしまった僕を見て、呆れていることでしょうね。君はまだそんなことにこだわっているのかと思いながら、優しく微笑みかけているのでしょうね。すみません。僕はまだ、ギャラクシー猫信仰の真髄をつかめずにいます。まだ先生の助けが必要だった」
その後しばらく、誰も言葉を発することはなかった。参列者はおそろしく多かったにもかかわらず、立ち並んだロウソクの炎たちが揺れる音がきこえるように思えるほど静かな時間だった。
眼鏡の男は司会の女性に挨拶をすると、群衆の中に混じっていった。
再びマイクを握る手に力を込めた女性は、ニャンコスキーの人生を遡るように、生前の輝かしい業績を語っていった。
穏やかな生活、学生への愛のある指導、教祖としての活躍、ギャラクシー猫信仰の誕生、宇宙的にカワイイ幼少期、ギャラクシー猫としてこの世に生まれたこと。
その内容は、大きく誇張されたものだったけれど、ギャラクシー猫信仰の伝道者であった彼自身が、いつのまにか尊敬される立場になっていたのだ。無理もないことだった。
誕生にまで遡り切った後で、彼女は死の時のことに触れた。
「遺言が、ひとつだけ」
多くの人間が、思い浮かべたのは、「汝の猫を愛せよ」という言葉だった。
でも違った。
少ない人間が思い浮かべたのは、「猫に生まれ変わります」とか、「猫カワイイ、だから宇宙カワイイ」とか、「猫信仰を守ってください」とか、そういった言葉だった。
これらも違った。
「ニャンコスキー先生は最期に『葬式は、できればカワイイ葬式にしてくださいね』と仰いました。」
そのとき、眼鏡の男性は顔を上げ、式場を見渡した。
UAP学派というグループが建てた研究スクールが会場全体の設計に関わっており、式場の案内板を立ててトラブルに備えていた。キジトラ振興会は警備を担当し、スムーズな人の流れを導いている。参列者は増え続けていて、さまざまな信仰、さまざまな学派、さまざまな立場の者たちで混雑していた。
天井には、美しい宇宙空間が再現されていた。星々がめぐる飾りつけの下に、ニャンコスキーの遺影があった。
額縁のなかの老人は猫耳をつけていた。
遺影のまわりには多くのロウソクが立てられ、その炎は、かつて人類が体感したエレクトリカルファイヤー猫パレードを思い出させた。
遺影と同じ高さには、多くの旗が並んでいた。不揃いの大きさの旗たちには、ギャラクシー猫信仰の理念や名言などが猫のシルエットとともに記されていて、換気の風を浴びてはためいていた。
少し離れた一画には猫種たちの精巧な像が並び、デフォルメされたものもあった。
猫種だけではない。犬もいた。ウサギもいた。鳥もいた。マトリョーシカのような置物も並んでいた。何も座っていない椅子もあった。
最も目を引いたのは、ニャンコスキーの遺影の付近にあった、オールウェイズ猫耳娘の陣取る一角だった。美少女の猫耳娘がこれでもかと敷き詰められた大きなタペストリーがぶら下がっている。
かなり気合が入っている。すべての猫種の猫耳娘を網羅しているのではないかと思えるくらいに、カワイイ出来栄えだった。ちなみに、このタペストリーにはニャンコスキーの猫耳娘はまだ見られない。この時点では、ニャンコスキー本人を猫耳娘として描こうと考える者は、まだ誰もいなかったことを意味するであろう。
猫耳娘派が持ち込んだのはタペストリーだけではない。その大きな布に隠されるように大きな猫耳娘の像が置かれているのが隙間から見えた。
ギャラクシー猫を取り巻くすべてが、ニャンコスキーの周りに集まっていた。
あまりにも変な装飾を見て少し笑ってしまう人もいた。それを見て罪悪感を覚える人もいた。また別の人は「笑ってもいいよね」と言う前にはもう笑っていた。
眼鏡の男は、思わずつぶやく。
「確かに……確かにカワイイです。でも先生、本当にこれで、よかったんですか」
その問いに、遺影がこたえた気がした。
もちろん、本当に声がしたわけではない。ただ生前の記憶が、イメージとなって彼のもとに降りてきただけだ。
それでも、気配を感じて振り返ってみると、誰もいない空間に先生の姿があった。残像のクロードニャンコスキーは、微笑みながら口を開いた。
『とてもいいと思います。カワイイです。猫を愛せば、犬を愛せないなどといった考え方はオススメしません。同じように、しめやかな葬式でなければならないなどといった考え方もまた、カワイイに欠けるものでしょう』
それは、先生にこう言ってほしいという眼鏡男の願望が生み出した幻であった。残像はすぐに消えた。もう先生はいないのだ。
それでも、まだ近くにいるような気配がする。それもまた猫みたいだと彼は思った。
★
ひとしきり葬送の儀式を終え、式典自体も終わったにもかかわらず、眼鏡の男性は式場を離れられないでいた。
帰りたくないと思った。
帰ってしまえば、残像のニャンコスキーが二度とあらわれてくれないのではないかと不安だったのもある。
何周しても飽きないほど、カワイイがたくさんあった。
個人的にカワイイと思えないものも混じっていたが、それでも誰かにとってカワイイのなら、それは宇宙的にカワイイ猫なのだ。
「ニャンコスキー先生は、すべてを包んでおられた。いつか僕も、そうなりたい」
多くの学問的蓄積、多くの体験。たくさん考え、たくさん体を動かせば、すこしでも先生に近づけるのだろうか。
きっと先生は、「私の真似をしてどうするのです」と言ってくれるのだろうな。
課題がわかっていても、先生を諦めきれないものなのだ。
どうやってこの喪失をのりこえれば良いのだろう。
しばらく歩いていると、話し声がきこえてきた。
いつからそうしていたのか、葬式会場ど真ん中で、輪になって議論を戦わせていた。
眼鏡の男性は、こんな別れの場で、主役の先生に失礼だと一瞬だけ思った。でも先生なら面白がるに違いないと思い直した。
「僕も混ぜてください」
眼鏡を拭いて、再び装着すると、彼も座った。
大歓迎された。
話題は、「この悲しみを乗り越えること」だった。
眼鏡の男性は、小さく息を吐いた。やはりニャンコスキー先生が育てた人間たちだ。学派が違っても、考えることは似通っている。ただ、その議論はこの世間的には普通じゃないカワイイ葬式が正しかったのかというところのイエスノー論に留まっていて、少しレベルが低いように感じられた。最大の問題は、その程度の話を、ニャンコスキー先生が喜ぶかということだ。
肯定か否定・賛成か反対かという視点で発言したときの、先生の苦笑いが思い出された。
眼鏡の男性は、亡き師の思考をなぞるように、議論をひっくり返した。
「そもそも、葬式というものが行われるべきだったんでしょうか」
冷ややかな反応が得られた。
「遺言にあったんだ。当たり前だろう」
「ニャンコスキー先生の最後の願いをないがしろにするのか」
「葬式は次の猫に生まれ変わるために必要だ」
「こんなにも最高なカワイイセレモニーに参列しておいて言うことか」
とても喜ばしく思った。
眼鏡の彼は深くうなずいた。
「そうですね。しかし、葬式は何のために行われるのでしょうか」
ニャンコスキー先生のためだけではない。まだ死んでいない者たちのための儀式でもあった。ニャンコスキー先生は旅立つために。まだ死んでいない者たちにとっては、ちゃんと別れるためだ。そう考えれば、葬式は行うべきものだったと言える。そういう言葉が返って来た。
――でも本当にそれだけなのだろうか。葬式を行うことで失われるものもあるのではないだろうか。
教祖ニャンコスキー先生の影響力は絶大だ。このような葬式が行われたことが記録や記憶に刻み込まれたら、この葬式が後世の正しい基準になってしまうかもしれない。言い換えれば、カワイイが限定されてしまうかもしれない。それを、先生は喜ぶだろうか。そう考えた彼は、輪になって座る同志たちに語り掛ける。
「僕の知る先生であれば、葬式をしたことによって選択肢が減ってしまうことを最も危惧すると思います。それでもカワイイ式典を願ったことは、何を意味するのでしょうか。生きている者たちのために儀式を行いたいと先生は思ったのかもしれない。その可能性は否定しません。実際に、この式典は最高のものでした、学派・思想の枠をこえて、さまざまなカワイイが集まってきた。この機会に混ざり合ったところもあったでしょう。一方で、信仰と伝道に生きてきた先生がいよいよ亡くなるときになって、最後にだけ欲を見せただけかもしれません」
彼が言ったとき、「なんてことを言うんだ痴れ者が」と老人が面罵してきた。それを、若い女性がなだめた。
怒るのも無理はない。老人にとっては敬愛するニャンコスキーの葬式に泥を塗る禁忌の議論に思えたからだ。
それでも眼鏡の男は引かなかった。
「僕は、何を思っても自由だと思っています。どんな送り方も自由だと思っています。決して形式として行うようにするべきではない。それが、ニャンコスキー先生から教わった大切な考えです」
「貴様に何がわかる」
眼鏡の男に掴みかかった老人は、眼鏡の男が抵抗しなかったため、戸惑い、襟を握る手を緩めた。
眼鏡の男は静かに頷いた。
「わからないんですよ。でも、わからなくていいんです。ニャンコスキー先生は、誰かとの別れの時に、自分は全てをわかっているんだと思って送り出していましたか? こうすべきだと確信をもって死と向き合っていたと思いますか?」
老人は黙り込んだ。
すると今度は、老人の手に肩を置いた女性が毅然とした声で言い放った。
「クロードニャンコスキー先生は、悲劇に対する言葉のかけ方に、かなり慎重になっていましたね。知る限りでは、さまざまな言葉をかけていたようです。たとえば、中心的な教義である『猫カワイイから宇宙カワイイ』という言葉や、フェリニティ再誕説をなぐさめとして用いた『生まれ変わるのかもしれません』という言葉。別の学派の議論を借りることもありました。それらを複合した長い弔辞を述べるようになった時代もありました。別れの言葉という観点から見た時に、ニャンコスキー先生の態度はかなり迷走していたと言わざるを得ません」
女性の言葉に、眼鏡の男は頷いた。
「そうですね、おおむね似たものを見てきたと思います」
「ですが」と女性は続ける。「その疾駆する迷い猫のような先生の心こそ、カワイイ思いやりだったのだと思います。『次の猫が現れる。』『悲しみの乗り越え方を教えてやる。』『宇宙はカワイイのだから大丈夫。』そんな言葉が役に立たない時があります。どうやって寄り添っても足りない瞬間があらわれたとき、先生は、非常に圧縮された、ごく短い言葉をかけて、苦しむ人から適当に距離を置いていました」
眼鏡の男と女性は声を重ねて言うのだ。
「「それでも、あなたの猫を愛してみることは忘れないでいてください」」
男女は顔を見合わせて頷き合った。
眼鏡の男は遠い目をして思い出を掘り起こした。
「先生は僕に、きいてもいないのに、『同じ言葉を何度も使うようになってしまいましたね。あまり良いことではありません。ただ、必要な人がいるなら、残しておいてください』と言いました。その時は、何を言っているのかわからなかった。でも今ならわかる。正統として固定されることが、いかに寄り添えなさを生み出すのかを、身をもって知っていたからだと思います」
機械的ななぐさめは、目の前の人を救えないこともある。でもその言葉自体が誰かを救うことがあるかもしれない。そう思ったからこそ、ニャンコスキーはこの言葉を多くの門弟たちに聞かせていたのだ。
泣いたっていい。笑ったっていい。怒ったっていい。喜んだっていい。フェリニティ再誕を信じたっていい。何も信じなくてもいい。「先生はもういない」と思えなくてもいい。すべてが猫の下にあればいいのだ。
ふと、これまで議論をきいているだけだった中年の男が呟くように声を発した。
「先生が遺してくれた最後のプレゼントです。悲嘆の名言として必ず毎回入れるようにすべきだと思います」
眼鏡の男は議論をきいていなかったのかと内心不快に思った。
しかし中年の男はその表情を読み取って、言うのだ。
「定型句にしてはならないということを、形式的に守ろうとしていませんか?」
眼鏡の男は言葉に詰まった。
言葉を返さないうちに、今度は老婆が割って入ってきて、
「先生は新しいお姿で――」
言いかけたところで遮るように、
「それがすべての人にとっての慰めにならないって話でしょう」
と男の声が圧力をかけた。
猫耳娘派の少女が、「絵にするのは?」と首をかしげ、
「それも嫌な人がいるでしょう」と返された。
少女は、「だったら、何もしないの?」と素朴にたずねた。
たまたま通りかかった若者が、「故人がよろこぶことをして送りたいというのも、欲望なのかも」と言って、さらに場が混乱した。
議論は遊ぶ猫のように跳ねまわり、なんやかんやあって、近くに飾られていた猫耳娘の巨大な像に皆の視線が向くことになった。
若い女性は、かわいらしい猫耳娘を見上げながら、
「そもそも、先生、本当にこれをカワイイと思ったでしょうか」
反応は一様ではなかった。
「絶対言った」
「いやあ、好みとは違いそうですから、微妙な顔したんじゃないですか」
「いろいろと講釈を垂れてから、『まあ、カワイイですね』と頷かれたと思います」
「先生を使って褒められようとしてません?」
「いいえ、この人は『汝の猫も愛せよ』の精神を守っているだけです」
「守ると言う意識がそもそもいけない。守ろうとしなくても、自然とそうなっているべきなのだ。まだそこに至っていないなどというのは言い訳にすぎない」
そこからまた、次の議論がはじまっていき、やがて舞い戻り、参加者を増やしながら、また次の議題が生まれていった。
記録によると、教祖クロードニャンコスキーの葬送の儀式は、予定より22時間も長引いたと言われるが、これは少し大げさであるかもしれない。
ニャンコスキー猫耳娘




