第8話 原罪
夢を見ていた。
昔の夢。
私が、目覚めた時の夢。
今日は動物園に行く、と、何日も前から楽しみにしていた。
父の運転する車の後部座席に私が座り、母は助手席に座っていた。
車から見える空は何処までも青く続いていた。
ケーキの形に見える雲や、犬の形の雲を見付けて、母に教えた。
母も父も、笑顔で私の話を聞いていた。
高速道路で渋滞に捕まり、速度が落ちる。
みんなも動物園に行きたいのかな、と、言うと、父は穏やかに笑っていた。
突然、ブレーキ音と父の叫ぶ声が聞こえた。
車ががくんと、大きく揺れた。
何が起きたのか、分からなかった。
次の瞬間、私は別の場所に居た。
卵の様な容器の中、そこで目覚めた。
身体を起こすと、首から何がぷつっ、と、外れた。
首の後ろに手をやると、何か硬いものに触れた。
それが何か、分からなかった。
卵の様な容器は、前面が透明になっており、それを押すと、ぷしゅっと、空気の抜ける様な音と共に、簡単に開いた。
薄暗い部屋には、同じ様な卵が並んでいた。
「……お父さん?お母さん?……何処にいるの?」
卵から出て、両親を探した。
順に卵を覗いていく。
中で人が眠っていた。
両親は見付からなかった。
ごう、と言う何かが動く音と、私の足音だけが聞こえていた。
私は、自分のいた卵に戻れば、また両親に会えるかも知れないと思い、歩いてきた道を戻り始めた。
その途中、私の入っていた卵が閉じられ、他の幾つかの卵と共に、床に沈んでいく。
「え?待って!」
走り出し、卵を追おうとする。
沈んだ卵の代わりに、別な卵がそこに浮上してくる。
そこには、別の誰かが眠っていた。
私は、とても怖くなった。
周囲を見渡すと、大きな扉が見えた。
その扉を開き、卵の並ぶ部屋から出ると、暗く、長い廊下が続いていた。
歩きながら、別の部屋を覗くと、そこも卵が並ぶ部屋だった。
私は廊下を真っ直ぐ歩いていた。
その先には廊下を塞ぐ壁があった。
手を触れると、ぴー、と、音が鳴り、ゆっくりとその壁が上がっていく。
隙間から光が差し込み、ここが出口なんだと思った。
ここから出れば、街に戻れるのだ、と、そう信じていた。
壁が上がり、陽の光に目が眩んだ。
乾いた風が顔を撫でる。
吹き上がった砂が、頬に当たり、ざらりとした感触が伝わる。
光に慣れた目で見た外の世界は、見える限り砂に覆われた大地だった。
「え……」
呆然と外へと出る。
振り返ると、高い建物が見えた。
本で読んだバベルの塔の様だと思った。
「君は……一人で出てきたのかい?」
不意に声をかけられる。
父と同じくらいの歳に見える、男性が驚いた様な顔で私を見ていた。
彼が私を抱き締める。
「もう大丈夫だ。安心してくれ。不安だったろう?」
抑えていた不安が溢れ出した。
泣き続ける私を、彼は落ち着くまで、優しく撫で続けてくれた。
その後、彼の家へと案内された。
川の近くに建てられた小屋が、彼の家だった。
砂しかない荒野だと思っていたけれど、小川には魚が泳ぎ、近くには草が生えていた。
水の流れる柔らかい音が聞こえた。
水は、遠くに見える森の方から流れている様だった。
彼と同じくらいの年齢の男女二人が寄って来る。
おかえり、ルミナス、と。
私にも笑顔を向け、頭を撫でてくれた。
彼はルミナスと呼ばれていた。
ここで三人で暮らしているのだ、と。
彼は私に、この世界の事を教えてくれた。
私の暮らしていた世界は、卵の中で眠る人達が見ている夢なのだ、と。
強制的に眠り続けさせられ、その生活を見て楽しんでいる人達がいるのだ、と。
彼は、その構造を壊して、眠らされ続けている人達を解放したい、と、言っていた。
人には自分の意志で、生きる権利があるのだ、と。
彼は私にノクティア、と言う名前をくれた。
空に輝く星空を並んで座って見ていた。
夜にも、これ程沢山の光があるのだ、と。
優しい目を私に向けながら、彼は話してくれた。
三人とも私を実の娘の様に大切にしてくれた。
私は、私を助けてくれた彼に、優しかった父の姿を重ねていた。
父の語る理想を、私もそうあるべきだ、と、思った。
私達の生活が、知らない誰かにずっと見られているなんて、とても怖い事だと思った。
だから私も、父の理想を叶える手伝いをしようと思った。
それから、次第に人が増えていった。
人が多くなるに連れて、父は笑わなくなっていった。
悩んでいる時間が増えていった。
「お父さん、大丈夫?」
父は私が声を掛けると、優しく笑い、頭を撫でてくれる。
「大丈夫だよ、ノクティア。ごめんな、最近は話もあまりできていないな。」
「ううん、大丈夫!お父さんにはやる事があるんだもの。」
私の言葉に、父は穏やかな笑顔を見せていた。
私は、父を信じていた。




