第7話 数字
劇場の舞台に鎮座するスクリーンの光が消え、幕が下りる。
照明が緩やかに灯り始める。
場内が明るくなっても、まだ、沈黙が横たわっていた。
少しずつ、ざわざわと、波が広がる。
これまでで、最高の演目だった、と、話す声が聞こえた。
ぽつぽつと、称賛の声が上がり、拍手が自然と起きる。
誰かが始めた拍手は、周囲に広がり、盛大な拍手となった。
その、冷める様子を見せない熱狂は、しばらく続いた。
「報告致します。」
スーツ姿の女性が、落ち着いた所作で資料を卓上に映す。
「今回の演目、魔法少女の物語は、これまでの評価を遥かに上回っています。大成功と言えるでしょう。一方で、舞台維持装置ユニット内での死者数三万、目覚めた者が二万。目覚めた者の内、半数が施設内で自死。残りが外へと出ました。詳細は送付した資料をご確認ください。」
黒い革が張られた椅子に座り、机に投影された数値を見つめる、精悍な顔付きの男性が、ふう、と息を吐く。
「……目覚めた者が多過ぎるな。身体フィードバックの係数を上げる。一を超えても構わん。」
「畏まりました。」
投影していた資料を消し、礼をして女性が去って行く。
「……一万、か。告醒会から寄附を求められるな……。面倒な事だ。」
静かに目を閉じ、そのままの姿で考え込む。
その姿は、まるで彫刻であるかの様に見えた。
窓から差す光が、室内の調度品を照らしていた。
ノクティアの目が、かっと開く。
「ぐぅぁ、うっ……」
苦しみだし、寝台から転げ落ちる。
首に差されたジャックがぷつっ、と、音を立てて外れる。
白衣を着た女性が慌てて駆け寄る。
膝を付き、上半身を腕で支え、下を向いたまま荒い息を上げる。
駆け寄った女性が身体を支える様に腕を回し、その背を優しく撫でる。
「うっ……おぇ……」
その場で嘔吐する。
狂った三半規管が、世界を回していた。
「はぁ……はぁ……うっ……」
再度液体を吐き出す。
緑色の生臭い吐瀉物が、びしゃびしゃと、音を立てる。
その臭いに、海へと流されて行った人々の姿が呼び起こされる。
「っ!」
その場から動けず、その不快さを、吐き出し続けた。
その目から溢れる涙は、枯れない泉の様であった。
虚ろな目をした人々が、与えられた布を纏い、列を成していた。
その先頭では、人々の名を帳簿に記録していた。
「次の方、お名前は。」
「……俺は……」
名前を尋ねられた男性が、答えず、視線を泳がせる。
「何と呼ばれていましたか?その名前で良いのです。」
「……コウヘイ、と。そう、呼ばれていた気がする……」
俯き、視線を逸らす。
帳簿にその名を記録し、男性に微笑みかける。
「コウヘイさんですね。ようこそ、夢の外へ。あなたは解放されたのです。」
「……」
家族で臨海公園に遊びに来ていた筈だった。
あれが夢?
ここが、現実?
この、砂ばかりの荒野が?
「……あの、私には家族が。……いや、その、何と言うか……」
記録をしていた女性が優しく伝える。
「一緒に目覚めていれば、ここで会えるかも知れません。我々告醒会は、目覚めた人々を保護しているのです。」
「……」
何も、分からなかった。
ただ、従うしか無かった。
告醒会の女性は、向こうに食事を用意していると言っていた。
ただ、その誘導に従って、歩いていった。
背後からは声が続いていた。
次の方、お名前は、と。
自分は、一体、誰なのだろう。
本当は、まだあの公園にいて、居眠りをしているのではないのだろうか。
こここそが、悪い夢なのでは無いのだろうか。
そう思わずには居られなかった。
「教祖様。」
何かを書いていたルミナスに、信徒の一人が声を掛ける。
筆を止め、声の主へと顔を向ける。
「……何か、あったかな。」
「今回保護した人数ですが、一万を超えます。場所も、食事も、何もかもが不足しています。」
「……分かっている。食事は何とかしよう。場所は――周辺を拓くしか無い、か。」
目を閉じ、地図を思い浮かべる。
「川に沿って、上流の方へ土地を広げよう。……今は、理想よりも生きる事の方が大事だ。私達は、目覚めた者を、見捨てない。」
信徒が頷き、その場を離れていく。
ルミナスが筆を動かす。
寄附を求める、と言う名目の、実質的には請求書を、ルミナスは静かに書いていた。




