第5話 平穏
物陰に二人の少女が隠れる。
少女たちの衣装が光を放ち、別れる。
離れた光が、一つの形を作る。
そこに現れたのは、羽の生えた猫。
そして、制服姿の二人の少女の姿があった。
「二人とも、今日も平和を守ったね!」
ミミが羽を畳み、後ろ足で頭を掻く。
はぁ、と、アサヒが脱力する。
「さっきまで戦場に居たのに、呑気な奴。」
指先でミミの額を軽く突付く。
気にする様子も無く、足を広げて毛繕いを始める。
「目覚めの明星は撃退したし、二人は良くやったよ。犠牲は、避けられなかった。」
二人が静かに俯く。
風が木々を揺らす。
木擦れの音が、一拍遅れて耳に届く。
「……本当に、そうなのかな。」
俯いたまま、先程までの惨状を思い返す。
毛繕いを終え、ミミが立ち上がる。
光の粒子がそっと舞い上がる。
「目覚めの明星が何処に現れるか分からない以上、後手に回らざるを得ない。」
伸びをして、少女達の顔を一望し、歩き出す。
「救えなかった命より、救う事のできた命を見よう。それは、君たちが救った命なんだからね。」
ミミはそのまま歩み去る。
その行方に目を向けたまま息を吐く。
「ホント、気ままな奴。」
「……私達も参りましょう。」
アカネに促され、二人は駅へと向かう。
駅前にはスーツや制服姿の人たちが集まっていた。
駅前での爆発事故により、運行休止。
再開時刻未定、の表示。
「よしっ!電車が動いてないなら遅刻じゃない!」
アサヒが拳を握り締め、叫ぶ。
アカネがその様子を見て笑う。
改めて、日常に戻って来た気がした。
その日は休校となった。
私はアカネと喫茶店に来ていた。
「アカネ、目覚めの明星の事、どう思う?」
ケーキセットを二人分頼み、落ち着いたところで切り出す。
「あいつらの言ってた事、覚えてる?ここが、牢獄だって。」
穏やかな表情のまま、アカネが視線を合わせる。
「ここが牢獄だとしたら、いつ迄でも居られます。それは最早、牢獄では無いのではないでしょうか。」
見つめ合ったまま、壁に掛けられた時計の針の音を聞いていた。
視線を解き、ソファに寄り掛かる。
「そうだよなぁ。罪を償う奴が、喫茶店でケーキなんて頼まないよなぁ。」
天を仰いでいた顔を下に落とす。
テーブルの向かいから、ふふっ、と、柔らかい声が空気を揺らした。
お待たせしました、と、二人の前にショートケーキと紅茶が置かれる。
銀盆を両手で押さえ、礼をして去って行く。
「ここが牢獄だとして、私達の背負う罪は何なのでしょう。」
目を閉じた少女が、静かに言葉を紡ぐ。
「一つだけ確実な事は、このケーキを残すのは罪深いって事!」
フォークで苺を口に運ぶ。
甘く、少しだけ酸っぱい果実が、口の中に広がる。
アカネが微笑みながらケーキと口へと運ぶ。
微笑みが笑顔へと、ステージを駆け上がる。
「ふふっ、美味しいね。」
「ええ。仰る通り、これを残すのは罪ですね。」
笑顔から声が溢れ出る。
ここが牢獄なら、それは、なんて幸せな夢なのだろう。
そう、思っていた。




