第2話 日常
顔を洗い、寝癖を直す。
鏡には、明るい色合いのブレザーを着た、ショートカットの少女が映っていた。
その手が跳ねる髪を抑える。
しかし、手を離すと、跳ねた部分は何か問題でも?と、言いた気に、その存在を主張していた。
「アサヒー、アカネちゃんが来たわよー。」
「直ぐ行くー!」
母親が、友人の到来を告げる。
寝癖に水を含ませ、手で抑えたまま玄関へと向かう。
「おはよう、アカネ。」
同じ制服を着た、アカネと呼ばれた長い髪の少女が答える。
「おはようございます、アサヒさん。ふふ、寝癖ですか?」
クスリと微笑む。
「笑わないでよ。こいつ、全然直らなくてさー。もう、恥ずかしいなぁ。」
手を頭に当てたまま靴を履き、外へと出る。
澄んだ青空が広がり、陽射しに一瞬目が眩む。
「今日も良い天気だね。」
「そうですね、予報では一週間は晴れが続くそうですよ。」
青空に視線を移す。
雲一つ無い青空に微笑む。
鞄を持ち、駅へと向かう二人の前に、羽の生えた猫が、光の粒子を纏いながら飛んで来る。
「二人とも!駅前に敵性反応!目覚めの明星だよ!」
長い髪の少女が口許を抑え、まぁ、と呟く。
快活な少女が大袈裟に落胆しながら溜息を吐く。
「遅刻、確定じゃーん。」
爆発音が轟き、黒煙が立ち上る。
地面に向いた顔を上げ、隣の少女に視線を向ける。
二人の目が合う。
「アカネ、ミミ、行くよ!」
「ええ、急ぎましょう。」
隣に並んだ少女と、ミミと呼ばれた生き物が共に頷く。
二人と一匹の目が、立ち上る黒煙へと向けられる。
その目には、使命を果たさんとする意志が灯っていた。
駅前のビルの上階、その一部がぐにゃりと歪む。
そこにめり込む様に出現した白銀の球体が、その重さに従いビルを抉りながら地面へと落ちていく。
窓ガラスが割れ、光を反射し、輝きながら地面へと降り注ぐ。
降り注ぐ恐怖に、悲鳴と混乱がその場を支配する。
配管や機器を巻き込こまれたビルもまた、悲鳴を上げるように爆発を起こす。
ビルの全面を覆う窓ガラスが爆風で割れ、同様に光の雨となる。
爆発で吹き飛ばされた人々が地面に落下し、どしゃっ、と嫌な音を立てる。
彼等の周囲に赤い液体が広がっていく。
逃げ惑う人々の頬をガラス片が掠める。
すっと痛みが走り、赤い線を引く。
「ひっ……」
乾いた空気を、生臭い風が包んでいく。
恐怖に震えながら、必死で離れようとする。
ガラス片が目に刺さり、膝をつき、血の涙を流しながら声にならない声を上げている人が見えた。
日常が瞬時に非日常へと転落する。
地面に落ちた球体が変形し、四本の脚が本体から現れる。
その脚で本体を支える。
アスファルトに刻まれた亀裂が、その重量を物語っていた。
同様に、周辺の建造物を破壊しながら出現した十一の黒く輝く球体が、アスファルトに足跡を残しながら集合する。
「目覚めの明星、全員入りました。」
集まった四足歩行の黒い球体が、白銀の球体に伝える。
白銀の球体の中で、戦闘服を着た女性がぼやく。
「毎度の事ながら、被害を出さずに入れないものなのか……?」
落下の衝撃にふらつく頭に手を当てる。
「すまないな、ノクティア。集団での介入は、どうしても座標のブレが起きてしまうのだ。そのためのアーマーでもある。」
「ルミナス?!」
思わず、ぼやきに反応した声の主の名を発した。
「……。我々の目的は破壊や殺戮では無い。介入座標の精度改善は、優先的に対応している。」
「……はい。」
視界の端に、血溜まりに浮かぶ人の姿が見えた。
目を瞑り、指導者の言葉を受け止める。
その冷静な顔と、震える手は、別の想いを表していた。
「……では、人々に目覚めを。」
「はっ!人々に、目覚めを!」
目を開き、自身を鼓舞する様に、教義を繰り返す。
胸に当てられた右の拳は、もう震えてはいなかった。




