第13話 覚醒
人気の無い場所として、いつも話し合いに使っている役所の図書室を選んだ。
電気は復旧していたが、水道がまだ止まっており、外では相変わらず水を求める人々が列を成していた。
時計は午後二時五十分を示していた。
私達の間に言葉は無かった。
壁に掛けられた時計の、時を刻む音を聞いていた。
アカネの手がそっと重ねられる。
顔を上げると、彼女は微笑んでいた。
「きっと、大丈夫です。」
彼女が柔和な表情のまま目を閉じる。
「……不安が無い訳ではありません。」
私の手に、重ねられた彼女の不安が伝わっていた。
「……そうだね。ふふ、アカネがどんどん先に行っちゃう様な気がして、私だけ、目覚めるのを怖がっているのかなって。」
ずっと、心の中に渦巻いていた重りが、すっと軽くなった様な気がした。
重ねられた手を、もう一方の手で包む。
「……自分の力が、怖かった。……こんな力、どう振るえば良いんだろう、って。」
握った手に額を当てる。
アカネの手が私の髪に触れる。
「……もっと、私を頼ってください。私達は、パートナーなんですから。……それに、私も、アサヒさんに救われているのですよ。」
ふふっと笑う。
「……あ……」
その瞳が何も映さなくなる。
名を呼ぼうとする私から、アカネが、世界が遠ざかっていく。
皮膚の下を何かが這い回る様な違和感に、鳥肌が立つ。
私が、世界に溶け、掻き混ぜられる。
そして、私は、私の身体から引き摺り出され、折り畳まれていった。
「ひぁっ!」
がばっと、身体を起こす。
ぷつっと、うなじから何かが外れる音が聞こえた。
心音がバクバクと音を立てていた。
喉を込み上がる吐き気を抑え込み、周囲を見る。
椅子の様に、上半身が斜めになった、身体にフィットする温かいベッド。
眼前にあるのは透明な面。
それ越しに、淡い光を中から放つ、黒い卵が見えていた。
そっと前面のガラスの様な面に触れる。
プシュー、と、ガスが抜ける様な音が鳴り、ガラス面が上に開く。
「……気分はどうだ?」
ノクティアから布を渡される。
私は、服を着ていなかった。
「……最悪な気分。」
「ふふ、そうか。」
ノクティアが上機嫌に笑っていた。
綺麗な笑顔だな、と、思った。
「さて、次はアカネの方だな。場所は分かっている。行くぞ。」
「ちょ、ちょっと待って!これ、どうすれば……」
渡された一枚の布をどうして良いか分からず、尋ねる。
露骨に溜息を吐かれる。
「……適当に身体に巻いておけ。目覚めた者には、まずそれを支給する事になっている。」
バスタオルを巻く様に押さえ、ノクティアの後ろに続く。
ノクティアの服は、白いワイシャツにデニムパンツ。
足元には黒いヒールが、薄暗がりの、僅かな光を反射していた。
「なあ、あんたの恰好は?」
「一応、告醒会の中では上の方でな。見窄らしい恰好はできないだろう。」
こちらを見ないまま、コツコツと歩く音が響く。
「……悪かったな、見窄らしくて。」
「何か言ったか?」
「いいえ!隠す物があるだけありがたいなぁ!と!」
軽口のつもりが、ノクティアの顔が曇る。
「……すまないな。今は物資も、土地も、何もかも、不足しているんだ。」
「……。」
言葉を返せず、ただ彼女の後を進む。
三つ程扉を通り抜けた次の扉を開ける。
「っ?!」
息を呑む声が聞こえた。
「アカネ!」
「……アサヒさん?」
卵の後ろに隠れるアカネにノクティアが布を渡す。
「これ、初期装備だってさ。ゲームの勇者だって、布の服くらい着てるのにな。」
笑いながらアカネに言う。
アカネはきょとんとした後、ふふ、と笑う。
「アサヒさんは変わらないですね。……本当の事を言うと、とても、寂しくて、少し、後悔していました。」
アカネが目を伏せる。
「さて、外に出るぞ。大勢いるから、恥ずかしくない様に、しっかり押さえておけよ。」
ノクティアが歩き出す。
その後ろを二人でついて行く。
意外と普通だった、と、私は明るく話し続けた。
何だ大したことはないじゃないか。
……ちょっと、気分は悪かったけど。
歌を口遊みながら歩く私の隣で、アカネはずっと、不安そうな顔をしていた。




