第1話 戯曲
劇場には今日も多くの人が集まって来る。
会話に花を咲かせる人々。
その表情は笑顔に満ちていた。
席が埋まった後も、思い思いに話を続ける。
劇場の灯りが静かに落ちる。
ざわざわとした場内から、すっと話し声が消える。
「レディースアーンドジェントルメーン!」
暗く、静寂に沈んだ劇場に、スポットライトを浴びた声が響く。
応じる様に観客席から歓声が上がる。
「さあさあ、本日のメインイベント、魔法少女の物語!」
一拍の間を置き、観客を見渡しながら口上を続ける。
「皆様の正面に備え付けられたスクリーンで観るも、席に備え付けられた端末で、自らその一員として参加するも、貴方の自由です!」
歓声と共に、姿勢を整える者、座席から伸びたコードをうなじのジャックに挿し込む者。
それぞれのスタイルで上映に備える。
「さあ、彼女達は、今日は、どの様に舞い踊るのでしょうか!」
仰々しく身体を振り、その手を幕に覆われた舞台に向ける。
観客席の声が一層大きくなる。
「それでは本日も、ささやかな夢を、どうぞ、心行くまで、お楽しみくださいませ。」
座長が恭しく頭を下げる。
劇場を万雷の拍手が包む。
音が消え、静寂が戻ると座長は顔を上げ、観客席を見渡す。
期待に満ちる観客の顔を一望し、頷き、袖へと去って行く。
座長を追うスポットライトが、姿を消すのに合わせて光を失う。
コードを挿した者は目を瞑り、座席にその身を預けていた。
上映前のアナウンスが流れる。
「皆様に、安全にお楽しみ頂くための告知です。ジャックに挿したコードが、しっかりと奥まで挿さっていることを、再度ご確認ください。」
形式的なアナウンスに、繋いだ者達が一斉にその手をうなじへ伸ばす。
奥まで挿し込まれている事を確認し、皆、楽な姿勢へと戻る。
一瞬ざわついた劇場が、その波を落ち着かせる。
そして、開演を告げるブザーが響く。
スクリーンを覆う幕が静かに上がる。
暗く、静かな劇場に、スクリーンから青空の光が注がれる。
その青空を、白い鳥の様な羽の生えた、黒い猫の様な生き物が横切って行く。
その生き物が立ち止まり、こちらに顔を向ける。
その顔を見せつけ、片目を閉じる仕草をする。
そして、再び塀の上を歩み出す。
空は青く澄み渡り、街の中心を走る広い道路が映し出される。
駅には職場や学校へと向かう人々が集まり、気怠げな様子で電車を待つ。
何気ない会話を交わしながら駅へと向かう学生達。
そこに映された虚構の日常が、今、幕を開けた。




