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91.せいで…ために…

 寒さが増してきたある日の朝、亜矢子から連絡があった。連絡自体は珍しいことではない。

 あじさいでは、保護者から事情があって離れて生活をしている児童を預かっているのだから、むしろ連絡は密に取られている。


 その内容は、事務的な報告や案内だったりが多く、基本連絡事項はそこで伝えられる事が多い。


 ただ、今日は少し違った。


 亜矢子からのメッセージは「今日、お昼過ぎに諒一くんの家に行ってもいいかしら?」だった。


 本日は土曜。学校は休みで特に予定はない。ただ、珍しいので、とりあえず用向きは聞いておこうと諒一は思った。


「予定はないから大丈夫です。何か問題でも?」


 そうメッセージで送ったらすぐに返信が来た。


「問題とかじゃないわよ。少し報告というか……そんな感じね。じゃあ一時すぎにお伺いさせてもらうわね」


 というメッセージが、有名なキャラがお願いしているスタンプと共に送られてた。


「一体なんだろ?涼葉も今日は用事があるって言ってたし……。ま、のんびりするか」


 簡単に朝食を済ませ、コーヒーを飲んでくつろいでいた諒一は午前中のうちに、宿題や予習などをしておこうと、部屋から勉強道具一式をリビングに持ってきた。


 諒一の部屋に学習机なんてものはない。大きくてかさばるし、無駄に高い。借り物の部屋なのにそんな物を買うはずがないのだ。

 そのため、勉強などはリビングのテーブルを使う事が多いのだ。


 そして、一度真面目に勉強していなかったことを後悔しているので、勉強が苦にならない。むしろ覚えて応用までできるようになると、楽しくすらなっている。


 また、涼葉も真面目なので、宿題はもちろん予習や復習をきっちりやるタイプである。二人でいる時などは苦手科目などを教え合いながら一緒に勉強するので、余計にそういう習慣が身につくのだ。

 ちなみに諒一は国語や理解が得意で、涼葉は英語や数学を得意としている。うまい具合に得意教科が分かれているのも相乗効果となっている。


 宿題として出ている範囲や、プリントなどを解いているとあっという間に昼前になった。


 新しく買った大きめのカップに淹れたコーヒーをちびちび飲んで、取り組んでいたのだが、コーヒーがすっかり冷めていて時間の経過に気づいたくらいだ。


「もう、こんな時間か……集中してるとあっという間だよな……」


 独り言を言いながら、肩や背中を伸ばす。


「そう言えば涼葉の用事は一日かかるのかな?」


 気になったのでメッセージを飛ばして、昼食を何にするか冷蔵庫の中身と相談していると涼葉から返信があった。


「午前中で終わるので、一時過ぎくらいに来てもいいですか?」


 というものだった。


「涼葉もか」


 亜矢子と訪問時間が同じくらいなのは、何か連絡を取り合っていたのかもしれない。

 亜矢子が何の報告をするのか心当たりもないが、涼葉が一緒なら一度で済むからな。


 そう考えながら、昼食にはオムライスを作る事にした諒一は材料を準備した。

 あまり凝った物は作れない諒一は、涼葉から習ってはいるものの、あまりレパートリーはない。だいたい、包丁を持つ諒一の手つきを不安そうに見る涼葉の視線に耐え切れなくなって、ギブアップすることが多い。


「見た目は不格好かもしれないけど、味は普通にできてると思うんだけどなぁ……」


 そう言いながらも、オムライスを仕上げるのに、卵でうまく包む事が出来ないため、チキンライスの上から被せる形だ。


 どっちにしても、いまだ食に興味の薄い諒一にとって大した問題ではない。

 適当にケチャップをかけると、勉強道具を片付けて昼食にする。


「うん、普通だ……」


 一応味見はしながら作るので、予想と違う味になったりはしない。良くも悪くも……

むしろ涼葉が作る料理に慣らされて、自分が作る物がひどく味気ない物に感じてしまう。


「どうせなら涼葉が作ったやつみたいにうまいといいんだけど……同じ材料、同じレシピで作ってるのに、なぜか涼葉のがうまいんだよなー……」


 涼葉の料理に慣らされて、それだけでも涼葉から離れがたく感じてしまうのは、純粋にすごいと思う。

 食べ終えて、食器を洗い終えた頃にチャイムが鳴った。


 インターホンを見ると、ニコニコしながら亜矢子が立っている。

「開いてますよー」と言いつつ玄関に向かうと、ガチャリとドアが開く。


「こんにちは諒一くん!ごめんなさいね、休日に」


 そう言いながら、ためらいなく履き物を脱ぐ亜矢子を見て、諒一は苦笑しながら客用のスリッパを出す。


「ありがと!」


 そう言ってスタスタとリビングに向かう亜矢子は、なんだか、機嫌が良く見える。気のせいか足取りも軽いようだ。


 リビングに入った亜矢子は諒一が何を言うでもなく、テーブルの所に座り、部屋を見回している。

 諒一はそのままキッチンに行って、淹れていたコーヒーをカップについで、亜矢子の前に置く。


「あ、ありがとうね、諒一くん」


 そう言うと早速一口飲んでから話し出した。


「意外とちゃんとしてるのね?男の子の部屋だからもう少し乱雑になってるかと思ってたわ」


 周りを見ていて思ったのか、少し感心したように亜矢子が言う。


「あ、まぁ、それなりに……」


 顔がひきつりそうになるのを堪えて諒一がそう返す。部屋がきれいなのは、散らかしていたら涼葉が掃除しだすし、怒られるからだ。

 たぶん自分一人だったら、亜矢子が想像しているとおりになっていた可能性が高いだろう。


「まぁ、散らかしてたら涼葉ちゃんが片付けちゃうわね?ダメよ諒一くん、涼葉ちゃんにあんまり負担をかけちゃ」


 しっかりばれていた事に、今度こそ諒一の顔が引きつる。ただ、言い訳もできないので「わかりました……」と言うしかなかった。


「もうそろそろいいかしら、本題に入りたいんだけど……」


 亜矢子がそう言って時計を気にしだしていると、玄関の開く音が聞こえ、亜矢子は「ああ、来たわね」と笑顔になった。


 どうやら涼葉も呼んでいたのか、来るのを待っていたようだ。


 スタスタとスリッパの音が近づいてきて、リビングの扉が開く。


 そして、開いた扉から見えたものを、諒一は思わず二度見して……絶句した。


「ああ、涼葉ちゃんも来たわね。それじゃ始めるから座ってちょうだい?」


 亜矢子は知っているのか、涼葉を見て特に反応はない。

チラチラと諒一の方を気にするようにして、リビングに入ってきた涼葉が亜矢子の隣に座るまで、ずっと諒一の視線が追っていた。


 腰くらいまであった、涼葉の綺麗な黒髪がなくなっていた。

 あごのラインくらいで、切り揃えられた黒髪を手で押さえ、少し恥ずかしいように諒一を見る。


 一瞬時間が止まった……そんな錯覚を覚える。

 

「そ、そんなに見られるとは……は、恥ずかしいです。そんなに変ですか?」


 軽く頬を染めながら、責めるような目で涼葉が言うと、ようやく自分がガン見していた事に気付いて、諒一は慌てる。


「ご、ごめん!無遠慮に見ちゃって……へ、変じゃないから!短いのも似合ってるから」


 慌ててた諒一がそう言うと、涼葉は安心したように笑う。


 そんなやり取りを微笑ましそうに見ていた亜矢子は、軽くパンと手を合わせて、雰囲気を入れ替えた。


「それじゃ、お話を始めるわね?」


 そう言って亜矢子はもう一度コーヒーを飲んでから話し出した。

 

 

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