涼葉side3.それぞれを想う気持ち
「ありがとうございました!」
本当に嬉しそうなお姉さんの笑顔に送られて、雑貨屋を出た三人は、それぞれがホクホクした顔になっている。
篠部と楓花も良い物を見つけたようでご機嫌だし、涼葉もペアカップはもちろん、このお店自体が好きになっていたので、また来ようと思ってるくらいだ。
「じゃあ、すぅちゃんちょっと待っててくれる?私達でパッと買ってくるから」
「悪いけど荷物番よろしくね?」
そう言って二人は別々のお店に向かって足早に歩いて行った。
自分も食べるのだから一緒に行って買うと言ったのだが、篠部も楓花も頑なに譲らなかった。
しまいには途中にあったベンチで待つように言われ、座らせられた。
二人は買った物と、学校の鞄を涼葉の座るベンチに置いて、涼葉が来れないようにして行った。
「もう……でも、ありがとうございます」
口を尖らせていた涼葉だったが、二人の背中を見ているうちに笑顔になり、口の中でお礼を言った。
二人が張り切って買いに行ったのには、もう一つ理由があった。
少し前の事だ。
「じゃあ、買う物かったし、ご飯買って帰ろう!」
そう言って拳を振り上げる篠部に、楓花が「帰るっていうか、私たちはお邪魔するんだけどね」と冷静なツッコミを入れていた。
すっかりそういうやり取りに慣れた涼葉が微笑んでいると、何を食べるかの話になる。
「ハンバーガーにする?パーティーセット買えば量もあるし」
「ピザもいいよねぇ。あ、チキンという手もありますよ?涼葉ちゃんは何がいい?」
盛り上がる二人が、おとなしくしていた涼葉を見て意見を求める。
「あー……その、私はあまり知らなくて」
苦笑いになった涼葉が言うと、篠部は立ち止まって両手で涼葉の肩を掴んだ。
「え?すぅちゃんハンバーガー食べた事ないの?ピザも?」
「ほらほら、るみちゃん。涼葉ちゃんが目を丸くしてるから。どうどう」
勢いよく聞いてくる篠部に、すぐに返さないでいる涼葉を見かねて、楓花が篠部をやんわりと止めてくれた。
「……どうどうって。私は暴れ馬か」
「瞬間的な圧力は暴れ馬並かも……それはともかく。あんまり食べないからよくわからないって事だよね?涼葉ちゃん」
口を尖らせてる篠部に、楓花は笑いながら言って、涼葉にもフォローをしようとしている。
「いえ、食べた事がなくて……その、機会がなかったと言いますか」
困ったように笑う涼葉の肩を今度は楓花が掴んだ。
「え!食べた事ないの?まったく?何してんの水篠くんは!」
よくわからないが、諒一が悪い事になりそうなので、慌てて涼葉は弁解する。
「あ!りょういちくんは関係なくて……これまでの環境がそうだったと言いますか、あまりそういうとこに行く事がなかったので」
涼葉がそう言うと、家庭的な環境に起因するものと、思い至ったようで、二人とも眉を落として涼葉を見る。
「……じゃあ、今日!今日食べよ!どうせ諒ちゃんも似たようなもんでしょ?」
「そうだよ!たくさん買って少しずつ食べようか!いくよ、るみちゃん」
「すぅちゃんはここで待ってて!」
……と言う流れだった。
要するに涼葉が食べた事がないと言ったばかりに、二人とも張り切ってしまったのだ。
少し悪い事をしたなあと思いつつ、楽しみにしている自分もいて、自分でも驚いていた。
「ふふ……また新しい経験ができそうですよ?」
そう独り言を言いながらスマホの画面をタップする。すぐに表示された待ち受け画面には、笑顔の自分と照れくさそうな諒一がいた。
この写真を撮った時、学校に行くという不安と同時に、言葉にできない気持ちがあった。
きっとそれは今日のような日を期待する気持ちだったに違いない。
その時、待ち受け画面を見て、柔らかく微笑んでいた涼葉の後ろに二つの影が立った。
「ねぇねぇ、君かわいいね!一人でいるの?」
「スマホ眺めてどうしたの?連絡こなくて寂しいなら俺らと遊びに行かない?楽しいよ?」
涼葉が座るベンチを挟むように、少し年上くらいのチャラそうな男が話しかけてきた。
だいぶ改善されて、同級生や同性であれば初めて店員さんくらいならそれなりに話すようになった涼葉だったが、急に異性に話しかけられて、うまく返すなんて事はむずかしかった。
急に声が出せなくなり、焦る涼葉を男たちは迷ってると見たのか、さらに近づいてきた。
「荷物たくさんじゃん。持つの手伝うよー。」
「お前、似合わない事言うなよ。俺が持つから」
涼葉を挟んで、二人でそんな事を言って笑い出している。
その間にも涼葉は、泣きそうになっていた。
手に持っているスマホで篠部か楓花に電話をかけてすぐに戻って来てもらうか、と考えたが自分に初めての物を食べさせようと意気込んで行った二人を呼び戻すのは気が引けた。
――どうしよう。りょういちくん……
思わず目を閉じて、諒一の名前を頭に浮かべる。
ちりん
その時、不思議な音と共に、諒一が教えてくれた事が、頭に浮かんだ。
すぐに発信画面にして、パッと番号を打ち込む。横目で見たが、男達は何が二人で笑い合っている。
「じゃあ行こうか?俺ら奢るからとりあえず飯いかねー?」
「そうだな。彼女、名前なんて……」
男がそこまで言った時に、涼葉のスマホから音楽が流れ出す。
着信を示している音楽が鳴りだした事で、男達の会話が止まった。
「はい、……そうです。あ、もうすぐ着きますか?……はい。約束のとこです。もう、遅いですよ?……か、彼女を待たせるなんてひどいです」
多少怪しい口調ではあったが、男達には効果があったようだ。
「なに、彼氏待ってたの?早く言ってよ」
「バカみてー。行こうぜ」
不機嫌になった口調でそう言い残すと、男たちは冗談を言い合いながら、涼葉から離れていく。
「……はい。よかった……。りょういちくん、ありがと」
目を閉じで、ここにはいない諒一の名を呼んで礼を言う。
「すぅちゃん!」
涼葉がスマホを膝の上に置くと同時に、凄い勢いで走ってくる篠部が見えた。
「はあはあ……大丈夫?すぅちゃん。ごめん、こんな人通りの多いとこに一人で残して……。なんだったのさっきの男達」
そう言いながら、篠部は男達が消えた方向に剣呑な視線を飛ばしている。
「涼葉ちゃん!よかった、大丈夫?」
両手に袋を下げた楓花も、走って来たのか息を切らせている。
呼吸が落ち着くと、平謝りしだす二人をなんとか落ち着かせると、どうやって追い払ったのか聞かれた。
「ふふふ……。実はですねぇ」
涼葉は嬉しそうに111と発信したらどうなるかを話した。いつぞやに諒一が義父を追い払うために使った手だ。
「えー、そんなの聞いた事……ほんとだ、かかって来た!」
実際に試してみて、本当に電話がかかってきて、慌てる篠部。
「ほえー。なんでそんな事知ってるの?水篠くん」
不思議そうに楓花に言われ、答えに窮しながらも、何事もなかった事を三人で喜んだ。
「すぅちゃんはかわいいからなぁ。でもよかった。諒ちゃんもやるね。いい方法を教えてくれてたもんだよ」
あじさいのマンションに向かいながら、篠部が感心したように言うので、なんとなく自分が褒められてるような気持ちになり、嬉しくなった涼葉は、篠部と楓花だけではなく、マンションのエレベーターの所で偶然あった舞香まで一緒に来ると言うのを拒む事ができなかった。




