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89.それぞれを想う気持ち

「涼葉は俺の部屋使ったらいいよ。家まで戻るのもなんだし……俺は洗面所で着替えて来るから」


 諒一が貰った包みを持ってそう言いながら立ち上がる。


「あ、はい。じゃあ」


 涼葉もそう言って諒一の部屋に行く。


 洗面所で貰った服を全部出してみると、割としっかりした生地の洋服だ。あまり安物という感じはしないので、値段が気になってくる。

 今着ていた普段着を脱いで、着てみるとサイズもちょうどよく、肌に触れる質感も心地いい。


「面白がってネタっぽい服かとも思ったけど、意外にちゃんとした服だな。うん、部屋着にちょうどいいじゃないか」


 着ていた洋服を洗濯カゴに放り込んで洗面所を出ると、涼葉も着替えたのか、諒一の部屋とドアの音が聞こえた。


「おお!いーじゃん!似合ってる」


 篠部は諒一達の姿を見て、手を叩いて褒めてきた。

 見立ては篠部がしたらしいので、やっぱり嬉しいのだろう。


「なんか……照れますね」


 涼葉はそう言って少し頬を染めている。色違いのお揃いなので、並ぶとまるで一緒に暮らしている同棲カップルに見えない事もない。


「いいんじゃない?家でしか着ないわけだし。見られるのは私達ぐらいでしょ?」


 大野もバーガーセットのポテトをつまみながら、満足そうにしている。


「いいっすね……潤いが満ちてるっす。とりあえず拝んどくっす」


「ちょ!なんで拝むんですか、舞香さん!」


 そんなやり取りを見て、また笑い声があがる。


「ありがとう、気を使ってもらって……」


 あらためて諒一が言うと、篠部は黙って首を振る。そして、少し声を落として涼葉に聞こえないように話し出した。


「気にしないでいいから。ほら、あんまり二人は色々言わないけどさ?なんか大変なんでしょ?二人ともここで一人暮らししているし……その、なんか家族関係に問題があるっぽいのは見てわかるし……私たちは二人が幸せそうなのを見るのが嬉しいんですよ」


 軽く笑みを浮かべてそう言う篠部を見ると、やっぱり友人に恵まれていると思う。

 これだけ諒一達の事を考えてくれているのだ。


「うん……ありがとう。まぁ確かに問題はあるけど、涼葉と二人で助け合って何とかやれるかなって思ってる。こうして頼もしい友人達もいるわけだし。幸せだよ」


 諒一がそう言うと、篠部も満足そうに笑う。


「そかそか。諒ちゃんがそう言うならまぁ安心だ。なんかあったら言うんだよ?」


「ありがとう。その時は相談させてもらうよ。大志にも壮太にも」


「うんうん!」


「もちろん私に言ってくれてもいいからね!」


 篠部の肩を抱くようにして、大野が割り込んでくる。


「大野さんもありがとう!頼りにさせてもらうよ。涼葉はあまり交友関係が広くないから二人みたいな友人ができて、安心してるんだ。俺じゃ手が届かないところって絶対あるって思うし、涼葉の事を見てくれると嬉しい」


 そう言う諒一を大野がじっと見つめる。


「水篠くんってさ、涼葉ちゃんファーストだよねぇ」


「あ、わかる!私たちは二人を助けるって言ってるのに、すぅちゃんをお願いしますだもんねー。」


 二人がかりで言われた諒一が照れていると、少し前から見ていた涼葉が諒一のそばに椅子を寄せてきた。


「三人で何の話してるんですか?」


「べっつに?すぅちゃんかわいいなとか?」


 涼葉が聞いて来ると、少しイタズラ気を含んだ笑みを浮かべて篠部が言う。

 絶対そうじゃない言い方と雰囲気なので、涼葉は少し不満気な表情をしている。


「む、あやしいです。あの……るみちゃんは別として、楓花さんは彼氏さんとかいるんですか?」


 さぐるような目つきで、そう言いながらさり気なく諒一の腕を取っている。


「ん?私?いやあ、あいにくとご縁がなくてねぇ……水篠くん、私とかどう?二人、まだ付き合ってはいないんだよねぇ?」


 篠部に乗っかったのか、大野までそんな事を言い出した。

 それを篠部も舞香もにやにやして見ている。


「おい……」「ダメです。」


 止めようとした諒一の声にかぶせるように涼葉が言う。


「……ダメです。お付き合いとかは……その、まだ早いと思いますけど……りょういちくんは……だめですよ?」


 付き合ってはいないと自分で言っているので、だんだんと勢いがしりつぼみになり、最後はお願いみたいな口調になっている。


「すぅちゃんさぁ、二人が付き合っていないとか説得力ないんだけど……」


 手にあごを乗せて、呆れたように篠部は涼葉を見て、そう言うが、涼葉は頬を染めて首を振る。


「そ、そんな!私は……とにかくまだお付き合いはしてませんけど、ダメなんです!……そりゃ、りょういちくんが選ぶ事なので、りょういちくん次第なんですけど……」


「はいはい、そこまで!涼葉がシュンとしちゃったじゃんか!……涼葉?大丈夫だから。多分引っ込みしり同士だから涼葉とこうしていれるんだと思うし、俺は今が幸せだから。」


 諒一が涼葉の頭を撫でながら言うと、涼葉はホッとしたようなとろけるような顔になりそうになったのを、なんとか止める。


「その……強制とかじゃないですよ?りょういちくんが私の事なんか嫌いってなったら、その時は他の素敵な人の所に行ってください。私もちゃんと応援します。もちろんそうならないように私は努力しますので」


「いまのとこ、そういう予定は1mmもないので、涼葉が嫌って言わない限りこのままだな。俺は涼葉に嫌って言われないように頑張るけど」


 その間もずっと撫で続けていたせいか、耐えきれなくなった涼葉は、とうとうふにゃりとした笑みを浮かべる。


「信じられる?これで付き合ってないっていうんだぜ?」


 篠部がそう言い、大野は呆れたように手を左右に広げた。


「いやー、諒一先輩達のこの空気が、ジブンの大好物なんですよねぇ……」


 そんなやり取りをしているなか、舞香だけはマイペースに諒一達を見てニコニコしていた。


 ◆◆ ◆◆


 

「それじゃあ、お邪魔しました!また来ていい?」


「いいけど、連絡と相談必須な」


「りょーかい!」


「大丈夫かな?」


 篠部の両隣で、涼葉も大野も苦笑いしてるんだが?


「ジブンも楽しかったっす。よかったらまた呼んでくださいっす!」


「もちろん!その時は舞香ちゃんも誘うよ」


「ありがとっすー!」


 なぜかすっかり意気投合している大野と舞香がハイタッチしている。


「じゃ、ちょっと行ってくる」


 ワイワイと楽しくおしゃべりしていると、時間が経つのは早いもので、もう八時近い。

 それぞれの家には連絡済みらしいが、さすがに女の子だけで帰らせるわけにもいかず、諒一が近くまで送って行く事になった。


「ごめんねー。私らを襲う奇特な人がいるとは思えないけど、その気遣いはありがたく受け取っとくよ!」


 最初は固辞していた篠部と大野だったが、先日のカラオケの帰りを思い出せ。と強めに言ったら受け入れた。

 篠部はしぶとく、「あれはすぅちゃんだったからだと思うんだけどなー」などと言っていたが……


 結局、大志に電話して大志が途中まで迎えに来るから、そこまでは諒一が送って行く事で話がついた。


「りょういちくんも気をつけて帰ってきてくださいね……あ、そうだこれ」


 そう言って涼葉が自分の通学カバンから手のひらサイズのペンライトを出して、諒一に渡してきた。


「ああ、ありがと。ちょっと借りるね」


「はい、行ってらっしゃい……私ここで待っていていいですか?」


 おずおずと小首を傾げながら涼葉は言う。


「もちろん!……ああ、ちょっと用もあるから。待ってて」


 諒一がそう言うとにっこりと笑った涼葉が玄関先で手を振っている。


 篠部や大野がそれに手を振りかえしながらエレベーターに乗った。


「ほんとごめんね!水篠くん」


 大野が目の前で手を合わせて謝る。


「いいって。このまま帰して、万が一の事を考えて心配するよかよほどいい。主に俺たちの精神の安定のために黙って送られてくれ」


「もう……水篠くんは。そう言うのは涼葉ちゃんにだけしてればいいのに」


 そう言って大野が軽く頬を膨らませる。


「ふふ……そうしてると楓花もなかなかかわいいねぇ」


 篠部がその頬をつついてにやにやして言った。


「もう、なかなかって何よ、なかなかって!」


 帰りまで賑やかに大志が待つコンビニまで行くのだった。

 

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