85. 諒一の食生活
下校時間、マンションへの道を諒一は一人で歩いていた。
薄曇りの天気でいくらか肌寒い。
今日は涼葉は篠部と寄り道して帰ってくるらしい。
「もう十月も終わりか、早いなぁ」
前の人生の時は、年齢を重ねるたびに時間が経つのを早く感じていた。学生時代はもっとゆっくりだったのに……なんて感想を抱いていたものだったが、再び学生時代を体験すると、そうでもなかった。
マンションに着くと、着替えてまた出かける準備をする。食料品の買い出しに最寄りのスーパーに行くためだ。
最近は何かと涼葉が作ってくれる事が多いため、ある程度置いておかないと、自分の家から持ち出してくる。
ただでさえ作ってもらってるのに、材料まで負担させたら申し訳なさすぎるのだ。ただでさえ、生活費は支給されているのでお互いのお財布事情はわかっている。
「もう、食費として共同でお金を出し合って、そこから買うようにしたほうがいいのかな……でもそれだと毎食作ってしまいそうだし……」
今の涼葉ならやりかねない。諒一の食べ物に興味がない性分を変えようと、涼葉は新しい料理を覚えたり技術の向上にと密かに頑張っている。
もともと問題がないレベルでこなしていたのに、めっきりと腕を上げてきているのがわかるくらいなのだ。
一度冷蔵庫を見て足りないものをメモしてきているので、それを見ながら材料を買い足していく。
「あら……」
そんな声が聞こえて思わずそちらを見ると、買い物かごを下げた亜矢子がこっちを見ていた。
「ああ、こんにちは。亜矢子さんも買い物ですか?」
「ええ、諒一くんも?」
そう、言いながら亜矢子は諒一が下げている買い物かごを覗く。
「あら、感心ね。ちゃんとお料理しているのね」
そう言ってニコニコと諒一の顔を見てくるが、料理をしているのは涼葉であって、諒一ではない。諒一が生活していくのに、明らかに買わないだろうというものも買い物かごの中には入っている。
その考えが表情に出たのか、亜矢子は口を押さえて笑い出した。
「うふふ……ごめんなさい。諒一くんじゃないわね?」
「うっ……はい。涼葉がよく作ってくれるので、材料だけでも揃えとかないとって……感じです。」
「まあ、そうして準備するだけましじゃないの。……やっぱりご飯には興味はないの?」
少しだけ表情を曇らせて、亜矢子が見てくる。
ちゃんと学校に行くようになっても、定期的に面談などの相談の場をきちんと設ける総一郎や亜矢子は、保護者として、諒一や涼葉の内面的な事もフォローしようとしてくれる。それで自身の問題点などを浮き彫りにして、今後の目標などを決めていくのだ。
その過程で、大体の事は話してあると言ってもいいだろう。
「そうですね……こればかりはなかなか治らないですね。だいぶおいしいって感覚はわかるようになりましたけど……」
「普通は美味しいものを食べたい!って欲求が沸いてくるものなんだけどねぇ。あなた食べ盛りの男の子なのよ?」
だからそんなに細いのよ。と亜矢子は嘆息している。
美味しい物を食べたい。とは全く思わなくもない。そりゃ、まずいものよりは、美味しい物を食べたい。
ただ、わざわざ食べたくはないだけだ。諒一の体が燃費が良すぎるのか、それほどお腹がすく事もないので、どうしてもおざなりになってしまう。
その結果、平均的な男子よりもだいぶ諒一は細い。それなりに動きはするし、最近は筋トレなんかもしてるのでガリガリというわけではないのだが……
「まあ、今は涼葉ちゃんが気をつけているから、それほど心配はしていないけど……残したりはしていないんでしょう?」
頬に手を当てて心配そうに聞いてくる。
「涼葉が作ってくれたものは、美味しいと思いますし、残しませんよ?悪いですし」
「それなら毎回お願いしたらいいじゃないの。どうせほとんど諒一くんの部屋に行ってるんでしょ?」
「それはさすがに……俺だって悪いなとは思いますよ」
そう言うとニコニコと笑顔になった亜矢子はポンポンと、諒一の肩を叩いてくる。
「諒一くん?お料理なんてね、一人分作るのも二人分作るのも手間はそう変わらないのよ。むしろ一人分作る方がもったいないまであるわ。甘えちゃいなさい、涼葉ちゃん諒一くんに食べさせるんだーって色々お料理覚えて頑張ってるんだから。無理強いしたらよくないけど、涼葉ちゃんがいいって思える程度なら……その分諒一くんも何かして返さないとダメよ?」
「それは……わかってますよ。今でも悪いなって思ってるんですから……」
「フフ……それならいいじゃない?うちにもよく料理教えてってくるけど、涼葉ちゃんもうかなりの腕前だし、頑張る理由が諒一くんなんだから、喜ぶわよ」
「…………むう、そうでしょうか」
「そうよ!ところで他に何を買うの?」
急に話を変えてそう聞いてきた亜矢子に、メモを見せる。亜矢子はメモと買い物かごを見て、「これとこれも買っときなさい、絶対使うから」といくつか増やした。
「それじゃあね、諒一くん。涼葉ちゃんの諒一くん改造計画がうまくいく事を祈ってるわ」
そう言って亜矢子は会計に向かった。
「これ以上負担をかけていいのかな……」
亜矢子が書き足したメモを見ながら諒一は立ち止まってた考え込むのだった。
「あれ?りょういちくん、こんなのありましたっけ?」
寄り道して、帰ってきた涼葉は着替えだけすると諒一の部屋にやって来た。涼葉も買い物をしてきたようで、ガサガサと買い物袋の音と一緒にそんな声が聞こえてきた。涼葉は冷蔵庫に買ってきた物をしまっていたようで、亜矢子に言われて買った物をすぐに見つけたみたいだ。
「ああ、それ。今日食材の買い出しに行ったんだけど、そこで亜矢子さんに会ってさ。それ買っといた方がいいって言われたんだけど……使う?」
「そうですね……使います。これがあるなら……でも、ダブって買ってきてる物もあるので、ちゃんと決めないといけませんね」
諒一は諒一で足りない物を調べて買ってきていたのだが、普段それを使う涼葉が把握していないわけはなく……寄り道ついでに買ってきてしまった物がいくつかあったのだ。
それを目の前にして、亜矢子が言った事をまた思い出して、諒一は悩んでいる最中である。
「なぁ、涼葉。その、作ってくれるのはありがたいし嬉しいんだけどさ」
そう話を切り出すと、なぜだか涼葉はとても悲しそうな目をしだした。
「その……なにか不満がありましたか?も、もう作らないでいいなんて言わないでください!私頑張りますから!何がいけなかったですか?言ってください!」
そう言ってくる涼葉を見て、亜矢子が言う事を納得した。同時に涼葉に対してとてもありがたいと思う気持ちも……今までもあったが、増してくる。
「いやいや、ごめん誤解させるような事を言って……今更作らないでなんて言えない、無理。もう俺が作った食事じゃ満足できない体になってるから。涼葉さえいいならお願いしたい……そうじゃなくてさ、ちょっときちんと決めないか?」
作らなくていいと言うわけじゃないとわかって、ホッとしている様子の涼葉がきょとんとして諒一を見てくる。




