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83.縁を結ぶキツネ

亜矢子さん達が買ってくれた牛丼を食べ終わって、ほっこりしながらお茶を飲んでいる。


「何だかここにこうしていると夢みたいです。やっぱりどうしても、もう帰れないのかな?って考えてしまいましたから……」


「そっか……でもここがもう涼葉の帰る場所になってるんだな……」


「え?」


「いや、自然に「帰る」って言ってるからさ。涼葉にとってはここが帰る場所で元の家じゃないって思ってさ」


 そう言うとポカンとしていた顔がゆっくりと優しい笑みに変わる。


「そうですね。そう言われてみればずっと思ってました。「帰りたい。」って……この場所に」


 その顔を見て諒一も何だか嬉しくなってくる。


「そっか……ここは別に自分達の本当の家ってわけじゃないけどさ、何だか嬉しいよ。」


 そう言った諒一を涼葉が少しいたずらっぽい顔で見る。


「あら。私が「帰りたい」って本当に思ったのは「ここ」ですよ?あじさいの私の部屋もそうですけど……、「ここ」です。りょういちくんのとなり……」


 今度は諒一がポカンとする番だった。


「それ、は……また、嬉しいことを……」


「フフ……正直な気持ち、ですからね?」


「そっか……ありがとう、嬉しいな。そう、か……初めてだなこんな気持ちは」


「あら、初めてなんですか?私よりずっと長生きしてきたりょういちくんが」


「うん、五十足す十三か……全部足しても初めてだ」


 前の人生の今頃はほとんど学校にも行ってなかったし、引きこもりに近かったから、若い頃に味わう青春なんてものは経験がない。学校を出てからは普通を装っていたけど、女性とお付き合いする機会がなく、30過ぎに結婚した嫁が初めての女性だったくらいだ。

 

「やった!りょういちくんの初めてを私が獲得しました。だめですよ?簡単に他の人にあげちゃ」


 よくやるように人差し指を立てて諒一の鼻先に持ってくる。その姿を見る事も今は嬉しい。


「そうだね、涼葉の指定席だ。」

 

 物理的な俺の隣も、心の中の隣も涼葉の位置だ。


 指定席の言葉が嬉しかったのか、涼葉は今日一番の笑顔を向けてくれた。



それから、少しだけのんびりして、涼葉は帰って行った。諒一も風呂に入って明日の準備も終えて、あとは寝るだけだ。


 ふと、スマホを持って根付を見る。


「ありがとう、今度ちゃんとお礼を言いに行きますので」


  根付のキツネに向かってそう言って、ツンと触れると、また「ちりん」と聞こえた気がする。


 返事をしてくれたのかな?とか考えながら疲れていたのか、あっさりと意識は眠りの世界に旅立って行った。



 ◆◆◆◆



ちりん


「う……ん?」


 鈴の音が聞こえた気がして目が覚めた。カーテンの隙間から入ってくる陽の光が、今日はいい天気だぞ!と主張している。


 スマホを見ると涼葉からメッセージが届いている。時間はすぐさっきだ。

 もしかして、メッセージの着信音を鈴の音と聞き間違えたか?寝ぼけてるしな……


 まだぼーっとしている頭でスマホをいじって涼葉からのメッセージを開く。


「うっ!」


 メッセージには、「おはようございます!昨日送るの忘れてました。おまけ付きで送っておきます。りょういちくんの目覚めがよくなるように」とあり、画像が添付されていた。


 諒一は本文より、添付された画像を先に開いてしまって予告なしに見てしまった画像を見て目が一気に覚めてしまったのだ。


「朝っぱらからやめてほしい……」


 スローペースから一気にトップスピードになった心臓を深呼吸して落ち着けようとしながら、もう一度画像を見た。


 一枚は涼葉の待ち受け画像になっていた、制服を着た二人の写真。もう一枚はどこか衣料品店だろうか、試着室っぽい所に涼葉が恥ずかしそうに立っている。

 ……水着姿で。


 水着の種類は詳しくないが、タンキニというやつだろうか……セパレートタイプでタンクトップみたいな上衣とショートパンツに、ヒラヒラした短いスカートみたいなのがついている。全体的に淡い色合いで可愛らしい水着で涼葉によく似合っている。

 似合ってるけど!


 悶えていると、さらにメッセージが届く。


「以前、プールのチラシ見て行きたいと思って亜矢子さんに相談して買いに行ったんですけど、今年は行く機会がなかったので、お披露目だけしちゃいます」


 そういえばチラシを見てて、急に出かけてくるなんて言い出した事があったな。

 

 とりあえず、「よく似合ってる、かわいいよ。涼葉の狙い通り、一発で目が覚めた」と送信して、謎のキャラが目を大きく見開いているスタンプも送っておく。


 少し早いけど、あんなもの見せられてまた眠れるほどの眠気は残っていない。大人しく寝室を出てコーヒーでも飲もうとロフトを降りたのだが……


「涼葉さん?」


「はい!」


 んー、いいお返事だ。


「どうしてここにいるのかな?」


「えへへ……なんかうきうきして、早く目が覚めてしまって。準備もできてるし、りょういちくんを起こしに行こうかなって」


「ああ、なるほど……えっと、コーヒー飲む?」


「はい!」


 ニコニコして再びいい返事を返してくる涼葉であった。


「ところでりょういちくん。朝ごはんはどうするつもりですか?」


 お湯をかけたところでなぜかキッチンまで着いてきた涼葉が言った。


「あ、ああ……何も考えてなかった。そういやパンも……あ、やっぱり切らしてる」


 振り返ると、ジトっとした目で見られていた。涼葉がいなかったら、まあいっかと朝食を抜いていただろう。


「もう……りょういちくんはご飯に興味がなさすぎです。前も言いましたけど、それってだいぶ損してますからね?」


「そう言われてもなぁ。もはや性分みたいなもんだし……」


 そう言って頬をかく諒一を涼葉はじっと見ている。


「あ、なんか嫌な予感が……」


「ちょっと待っててください」


 そう言うと涼葉はさっさとキッチンどころか諒一の部屋を出て行った。


 ……嫌な気分にさせちゃったかな?気をつけないといけないかなぁ……


 どうしても、よほど空腹にならない限り、ご飯を食べたい欲求が湧いてこない諒一にとって、三食きちんと食べると言うことはなかなかに負担なのだ。

 食べた方がいいと言うのは理屈ではわかるが、いざそれをやるとなると準備から片付けまで大変になる。


「でも、涼葉を心配させたくはないしなぁ」


 呟きながらコーヒーを淹れていると、玄関が開く音がして、スリッパの音が近づいてくる。

 そして、再びリビングに姿を見せた涼葉は満面の笑みでお盆を持っていた。


「さ、りょういちくん。朝ごはん一緒に食べましょうね」


「え、ちょっと……それ、今作ったってわけじゃないよね?」


 お盆には数種類のパンとサラダ。目玉焼きのハムエッグが乗っている。


「うふふ……」


「それ、絶対先に作ってたでしょ?」


「無駄にならなくてよかったです。明日からりょういちくんは朝ごはん気にしなくていいですよ?私が作って持ってきますから」


「いや、明日からって……さすがにそれは悪いなぁ……」


「りょういちくん?私は、私がやりたいからやってるのです。」


 諒一が言った事を言われてしまい、言葉をなくす。


「ふふふ……私の勝ちですね。それはそれとして、食べ物に興味のないりょういちくんを餌付けして、興味を持ってもらう作戦の一環なので、りょういちくんは気にしなくてよしです。」


「なんか壮大な計画を立ち上げてらっしゃる……でも、俺の食べ物の興味のなさは前の俺の子供の頃からだからなぁ。やるのはいいけど……」


「いいんですよ?うまく行かなくても。私がやってみたいだけですから。それに……」


「それに、まだあるの?」


「その、何と言いますか……彼女さん予定の私としては、それくらいしてあげたいといいますか、えへへ」


 そんな事言ってはにかんで笑う、かわいい生き物の願いを断れるだろうか。少なくとも諒一には無理そうだった。


「……ぎゃふん」


「ふふっ!またりょういちくんをぎゃふんと言わせてしまいました!この頃私の連勝ですね!」


 いやもう……戦う前から負けが決まってるので、お手柔らかにお願いしたいです。

 

 こうして笑い合う朝の光景。一つ間違えば永遠に失われていたかもしれない。それを取り戻せた事を諒一はここから嬉しく思い、こんな引っ込み知りな自分をそうさせた卯月涼葉という少女のへの想いが溢れてくるのを実感していた。

 それを噛みしめている諒一を涼葉はじっと見つめている。


「どうかした?」


 優しく微笑んでそう聞いた諒一に涼葉は言う。


「なんだかりょういちくん、幸せだなぁって顔してました。」


 なぜか軽く頬を膨らませて涼葉はそう言った。


「うん?確かに。それがどうかした?」


「私の方が!幸せですからね!」


 そう言って人差し指を立てて諒一の鼻先に持ってくる。その仕草に言葉が出なくなった。


「ふふ……やっぱり私の勝ちですね?」


 ほーら……やっぱり負けた。微笑みながら頷いて、()()()()()を諒一は噛みしめていた……

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