82.縁を結ぶキツネ
「涼葉、座ってて。俺やるから」
「ううん、やらせて下さい。りょういちくん、私が淹れるお茶、おいしいって言ってくれるので。……その、もうこういう事もできなくなるかなって思ったので。……やらせてください」
そう言って微笑まれると何も言えなくなる。
「じゃお願いしよっかな」
そう言ってリビングのテーブルを拭いて買ってくれた牛丼を置いて準備だけしておくと、やがてお盆にお茶を乗せて涼葉もやってきた。
そして諒一の前にお茶を置いてくれるので「ありがと」と言うと、何とも嬉しそうにしている。
「…………」
「どうしたの?」
涼葉は自分のお茶を持って何か悩んでいたが、やがて決めたと言う顔をして座った。いつも座る諒一の向かい側ではなく、諒一の隣にお茶を置くと、諒一が置いておいた牛丼もそこに移動させて座った。
そして、まだ立っている諒一を見上げて、自分の隣の床をポンポンと叩いている。
…… まぁいいか。
諒一も座ると、涼葉はニコッと笑う。
「うっ!」
少し精神的な距離が近くなったからか、遠慮がなくなり表情も少し砕けている。
これまでは本当に油断した時にしか見せなかったふにゃっとした笑顔を普通にしてくるので、その度にどきっとしてしまうのだ。
……ま、まぁそのうち慣れるだろう。多分。
対応を未来の自分に丸投げして、牛丼を出して二人で食べ始めた。
「頂きます」
同時に言ってしまって、思わず笑ってしまう。こんな何でもない事が嬉しくなってくる。
涼葉も同じように感じたのか、少し目線を下げて考えている。
すると涼葉は箸を置いて、体ごと少し諒一の方を向けてきたので、諒一は何事かと身構えた。
「あの、少しだけいいですか?」
そう言うので頷くと涼葉はゆっくり話し出した。
「その……りょういちくんはきっと気にしないように言うと思いますけど、まず言わせてください。助けてくれてありがとうございます。ホントに嬉しかったです」
「……うん」
「実はですね……本当はちょっとだけ期待していたのです。りょういちくんが来てくれるのを……」
その言葉に少しだけ驚く。今回うまく救い出せたのは、幾重にも積み重なった偶然によるものが大きい。涼葉もそれはわかっていると思うのだが……
「ふふ……もちろん驚きましたけどね。」
そう言って涼葉ははにかむように笑う。
「その……涼葉はどうしてそう思ったの?うまくいったけど、多分普通ならどこにいるかもわからなかったと思う」
思わずそう聞いていた。
「それはそうです。そこは私も不思議なんですけど……あの時スマートウォッチをいじっていたのも、あれがスマホと連携してGPSで位置がわかる事を知っていたからなんです」
「ああ、アプリとってちゃんと連携してたもんね。……でもさ、スマホのロック解除できないとアプリも起動できないけど……」
そう言うと、ピタと止まって諒一を見る。そして苦笑いに変わった。
「そういえば……そうでしたね。え、じゃあどうして……」
不思議そうに見ているす涼葉に、今度は諒一が苦笑いになった。
「うん、何でかわかんないんだけど、解除できたんだ。俺の顔を認証して……涼葉何もしてないよね?」
何もと言っても諒一自身が登録した記憶がないのだ、そもそもできるわけがないのだが。
「え?いえ……特には。ホントにロック解除したんですか?」
そう言うと涼葉はポケットからスマホを出した。やってみせろという事だろう。
真っ暗な画面をタップするとロック画面が表示される。諒一がスマホを覗きこむようにすると……
「ほんとだ……」
涼葉がスマホを見て驚いている。諒一からは見えないが待ち受け画面になっているはずだ。
「ほら!解除できてるでしょ?どうしてかわからないけど……涼葉?」
涼葉はスマホの画面を見て、動きが止まっている。どうしたのかと思って顔を覗き込むと、みるみる頬が赤くなっていく。
「そ、その……は、はい。確かにロック解除してますね。……あの、ですね?見ました?」
何を?と聞こうとして、涼葉のスマホの待ち受け画面を思い出し、諒一も赤面する。
「あ、ああ……うん。少しびっくりした……」
嘘である。かなり驚いてめちゃくちゃ照れ臭かった。
「……その、ごめんなさい!」
スマホを胸に抱いて突然涼葉が謝り出したので、諒一は困惑する。謝る要素があっただろうか?と思うが……
その諒一の顔を見て、察したのか涼葉は上目遣いになり遠慮がちに聞いてきた。
「その……嫌じゃなかったですか?」
「何が?」
「だ、だって勝手に自分の写真を待ち受けにされてたわけですし……しかも私なんかと二人で撮った写真を……」
ああ!とようやく理解した。
「あ、それはないよ。他の人がしたなら嫌だけど涼葉なら……」
自分で言いながら照れ臭くなってくる。
「嫌じゃないけど……その写真、俺にもちょうだい?それでいいから……」
少し視線を逸らしながら諒一が言うと、涼葉はパッと顔を明るくさせた。
「いいんですか!このままで?」
視線を逸らしたまま頷くと、涼葉はスマホを宝物のように大事に胸に抱くと小さく「よかったぁ」と呟いた。
「……そんなんでよかったら、これからも……その、なんかあった時とか……撮ればいいよ。その……俺にもくれれば」
頬が赤くなっているのを承知でそう言うと、涼葉は嬉しそうに笑顔を浮かべる。
そして、ご機嫌で「後で送りますね!」と言った。
「でもさ、スマホのロックを解除した時もそうだったけど、その根付がなんか助けてくれたような気がするんだよなぁ。鈴ついてるじゃない?その音が事あるごとに聞こえてたから」
後から思い返してみても、あれは偶然と言うにはあまりにも的確なタイミングで聞こえすぎた。あの音がしたら必ず何かが起きていたのだから。
「ああ、これですね」
と、涼葉は愛おしそうに根付のキツネをちょんちょんと触っている。
「実を言えば、これ私が舞香さんにお願いしたんです。この根付を売ってる神社が舞香さんの実家の近くだって知って……り、りょういちくんの分まで買ってくるのは予想外でしたけど」
そう言いながらスマホのカード入れの所に入っていた相川神社と朱色の判が押してある和紙を取り出す。
諒一の顔色を窺いながら、折り畳まれたそれを開くと、「縁を結ぶキツネ」とあり、下には縁を結びたい人を書く欄がある。そこには「水篠諒一」と「卯月涼葉」と書いてあった。
「そ、その、これはですね?恋人とか、そういうものに限らず、友人とか家族とか……そ、その縁がある人同士の結びつきを強くしてくれるというか……も、もっとりょういちくんと仲よくなりたいなぁって思って……舞香さんにお願いしてたんです」
俯いて顔を真っ赤にしながら涼葉はそう説明した。
そういえば根付を渡す時に言ってたわ、たしかに。縁結びって……他にも色々言ってたから誤魔化されてたけど。
もらった時を思い出しながら乾いた笑いを浮かべていると、涼葉の視線に気づいた。何を聞きたいのかも……
「嫌じゃないよ。結果的にすごく助けられたし、えーと……その、涼葉と仲良くなりたいって言われて、嫌がるわけがないといいますか、すごく……嬉しいから。」
それを聞いて涼葉は安心したようにしていた。というか、そんな事考えてくれてたんだな……と考えると胸が熱くなってくる。
「ね、涼葉」
そう言って顔を上げた涼葉に笑いかける。
「いつか……さ。二人でその神社に行かないか?ほら、お礼参り、しないとだしさ」
「お礼参り……ですか?なんか怖そうな人が木刀担いでるイメージしかないですが……」
そう言いだした涼葉に思わず吹き出した。そういえばそういうイメージになってるよな、と思いながら。
「違う違う。本当のお礼参りっていうのは、神様にお願い事したら、それが叶っても叶わなくてもお礼を言いに行かないといけないんだよ、本来は。確かに漫画とかでヤンキーが仕返ししに行く時にお礼参りに行くっていうもんな。そのイメージが強すぎるんだろうけど。縁結び……お願いして、叶ったっていうか……だいぶ助けてもらったから、さ?」
そう言うと涼葉は穏やかな笑みを浮かべる。
「そうですね。しっかりお礼を言いに行かないといけませんね。差し当たり次の冬休みとかどうですか?舞香さんに案内頼んで」
早速、次の長期休みを指定してくる所に涼葉がノリノリだという事がわかった。
ちりん
諒一と涼葉は真剣な表情で顔を合わせた。やがてどちらからとなく笑顔にほどけていく。お礼に行くまで、この鈴の音は二人を導いてくれるんだろう。
なんとなくそんな予感がしていた。




