81.縁を結ぶキツネ
結局、涼葉が強気に出た事に動揺したのか、信二は不貞腐れたように、「もういい!」と叫んで家の中に入ってしまった。
「子供かよ……」
と、思わず口にしてしまい、涼葉が軽く吹き出し、総一郎は安心したように、それを見ていた。
◆◆ ◆◆
「本当に良かったわぁ。涼葉ちゃん、ひどい事されなかった?」
帰りの車の中、亜矢子が助手席から仕切りに涼葉を気にかけてくる。
「はい……ありがとうございます。でも……私、皆さんに迷惑を……」
目を伏せてそう言う涼葉に亜矢子はとぼけた声を出した。
「あらぁ、誰かに迷惑かけちゃったの?諒一くんかしら?」
そう言って諒一を見る。
「俺は……俺がやりたい事をしただけなんで。むしろ俺のわがままに付き合わせちゃって悪いなって思ってますね」
「まぁ!諒一くんたら。じゃあ総一郎さんかしら?」
「ぼくかい?僕は念願の一つだった、夜遊びして帰りが遅くなった娘を迎えに行くっていう事が叶って嬉しいよ。今回はその後のお説教は必要ないみたいで惜しいけどね」
「そうね、次は諒一くんかしら?」
そう言って笑い合う二人に涼葉は何を言っているのか理解できていない顔をしている。
「あー……総一郎さんは、俺が学校で何か親が呼び出されるレベルの事をやらかして、親の代わりに学校に謝りに行くのも夢らしい」
涼葉はそれを聞いてもポカンもしていたが、やがて意味がわかったのか、笑い出した。
「フフ……じゃあどうします?りょういちくん、またしばらく不登校になります?」
笑いながら涼葉が冗談を言い返すと、総一郎はルームミラー越しにも困った顔で「いや、そっちは勘弁してほしいなぁ」とぼやく。
それにみんなの笑いが起こった。
「諒一くんにも言ったんだけどね?僕たちは君たちの親代わりを自認している。そして、子供は親に迷惑をかけながら育っていくものだよ。これくらいの事は迷惑でもなんでもないから、後の事は僕と亜矢子さんに任せて忘れてしまっていいさ。僕たちは僕たちで、ああ親やってるなぁって満足するから」
もちろんそんな簡単な事じゃないだろう。いくら相手がろくでもなかったとしても、一応親から子を連れ出すことの大変さは常日頃から二人がこぼしている。
今回はそれを無理やりやってしまっているだけに、後始末はかなりたいへんだろう。
でも、それも冗談に紛れさせて、感じさせないようにしている二人からは本物の愛情を感じる。
本物の親からはほとんど感じる事がなかったもの。
それを他人が与えてやれる事がこの人達をすごいと思わせる。
諒一にとって数少ない尊敬できる大人だ。
「それにしても……何だか、二人の雰囲気が違うんだだけと……お付き合いでもするようになったかい?」
信号で停まった時に、総一郎が振り返り、ふいに言ってきた言葉に、涼葉と二人、同時にドキッとしてしまった。
「な、何なんですか急に……」
「いや、二人の間にある空気がいつもと違って感じるから、ほら、お姫様を助けに行くナイトはお姫様を思い焦がれるもんだし、助けられるお姫様はピンチに駆けつけてくれたナイトにきキュンとするもんだろ?」
そう言って笑っている総一郎に戦慄する。前から時々感じてたけど、この人の察する力は半端じゃない。普段と違うような事は何もしてないのに。
「そ、そんな事……」
「そんな、お付き合いなんて……それはりょういちくんからは大切だって言ってもらえましたし、私もそう思ってますけど、お付き合いなんてまだ早いです。私達まだ中学生なので……そんな……」
言い訳をしようとした諒一の言葉を押し除けて、涼葉は顔を真っ赤にしながら口早に勢いよく語った。ってこれ恥ずかしい事言ってないか?
真っ赤になった頬に手を当て、恥ずかしくなったのか俯く涼葉を二人は優しく見ている。
それに気づいてますます恥ずかしがる涼葉は、まだ中学生を何度も言って余計な言葉をつけた。
「その、りょういちくんは少し違うかもしれませんけど」
と。
「ちょ、涼葉さん?」
自分が言った事に気づいたのか、あっ!という顔をしたのは一時で、もういいんじゃないですか?という目で諒一を見る。
確かに二人は信頼できる人物だけど……こればかりはなぁ。ただ二人は涼葉の失言をしっかり聞いていたのか、チラチラ見てくるのをさっきから感じている……
「…………あの、二人は俺が五十歳くらいのおっさんだったとしたらどう思いますか?」
正直聞くのが怖かったし、逆にどう言う反応をしてくれるのか興味もあった。
相反する感情に戸惑いながらも口に出してみた。
「……あらあら。総一郎さん、どうしましょう。諒一くん、どこかぶつけちゃったのかしら……ええと、この時間どこも病院はやってないでしょうし……普段から少しおかしな事言う子だったけど、ここまでは……」
さりげにひどい事言ってる気がする……
でもそれが普通の反応だよな。そう思ったが、総一郎は少し違った。
「そうかい?むしろ僕は納得するけどね。諒一くんは年齢相応じゃない言動を取る事がままあるし。それにそれならあじさいに来る前に聞いていた諒一くんと、実際の諒一との剥離も説明がつくからね」
信号が変わり、再び車を走らせながら、チラリとこちらを包み込むような視線を変わらず向けて、総一郎はそう言った。
これには諒一も押し黙るしかない。亜矢子は心配そうにおとがいに手を当てて「それはそうだけど……」と呟いている。
総一郎はそれ以上突っ込んだ事は言わなかったが、一言だけ付け加える。
「ただ……もしそうだとしても、涼葉ちゃんへの対応は年相応のものでお願いしたいけどね」
と、しっかり釘を刺してくるあたり、何が底知れないものを感じさせる。
「それは……精神的に年齢に引っ張られている自覚はありますし、何より涼葉が嫌がったり泣いたりするような事はしたくないし、するつもりもありませんから」
少し真面目になった顔で諒一が言うと、総一郎は「そうかい」とだけ言った。満足そうな顔をしているように見えたのは気のせいではないだろう。
今も赤くなった頬を押さえながら目をくるくると回している涼葉を見て、この子が泣くような真似をするわけがない。と、強く思った。
あじさいに向けて走る車の中で、また「ちりん」と鈴の音が聞こえた気がした。
そして、四人が乗る車はあじさいがあるマンションの駐車場に滑るように入って行った。
「二人とも、今日は疲れちゃったでしょう?晩御飯はそれで簡単に済ませて、ゆっくり休むといいわ」
しっかりと気をきかせてくれて、途中でテイクアウトの丼物のセットを二人に渡しながら亜矢子はそう言うと、二人に手を振りながらエレベーターを降りた。
総一郎も手を挙げて見送ると、止めていた扉を離す。
再び浮上するエレベーターはすぐに七階で止まった。
「りょういちくん……その、晩御飯だけ一緒に食べてもいいですか?」
エレベーターを降りた涼葉は、遠慮がちにそう聞いてくる。時間は21時を少し過ぎたくらい。遅くはあるが晩御飯を食べる間くらいはいいかと思って諒一も頷いた。
「わかった。でも疲れてない?家でゆっくりしてもいいんだよ?」
一応そう言ったが涼葉は首を振る。
「一緒に……食べたいです」
そう言ってニッコリと笑って、小走りに諒一の部屋の前まで行って、ポケットから鍵を出すと、ドアに差し込む。
相変わらず普通に開く鍵に苦笑する。色々と不思議な事が多過ぎて……
特に今回は。
「ほらほら、行きましょ?りょういちくん。私おなかすいちゃいました」
そう言って笑う涼葉を見ると、どうでもよくなるあたり、自分も重症だな。と思ってしまい、笑いながら頷いた。
中に入ると、キッチンで涼葉がお湯を沸かそうとしていた。お茶っ葉も出しているので、食事用にお茶を淹れようとしているようだ。
そんな日常の光景が戻って来たことを実感して、諒一の胸はいっぱいになるのだった。




