79.縁を結ぶキツネ
「多分ここです」
涼葉のスマホに入っていた、エアタグやGPSなどで追跡できるアプリを頼りに、総一郎と亜矢子と共に車の中から一つの家を探し当てた。大志や篠部も一緒に来たがったが、帰りは涼葉も乗せる事を考えると定員上一緒にはいけない。
二人と楓華には連絡を待つように言って帰ってもらった。
割とよくある住宅街の中、特に目立つところもないその家には、人がいる事を示す明かりが一階と二階に点いている。
「ここからどうするんですか?」
諒一が聞くと、亜矢子は総一郎と顔を見合わせた後、諒一を向く。
「諒一くんはどうするつもりだったの?」
と、逆に聞かれた。
俺なら……とあらためてGPSの反応がある家を車の中なら眺める。
見た目は普通の二階建ての建物で、それほど新しくはない。一階の居間らしきところから漏れる明かりが外を照らしているが、男性ものの衣類が干されたままになっている。
家族で住んでいる雰囲気はない。
二階はそれほど広くなくて、二部屋程度の広さしかなく、ベランダが一つ、そこからはあかりが見えるが、反対側の窓は雨戸が締め切ってある。
「あそこのベランダに登って涼葉を連れ出します。こっそりやれたらベストなんですが……」
見つかると当然大騒ぎになるだろう。逆に警察沙汰になるかもしれない。
諒一がそう話すと、亜矢子は少し安心したように言った。
「割と冷静そうで良かったわ。鉄パイプ片手に玄関から殴り込むとか言い出したら、さすがに止めないといけないもの……」
「いや、俺を、なんだと……」
「そうだね、到着した途端に車を飛び出して窓ガラスぶち破って行くんじゃないかとヒヤヒヤしてたよ」
総一郎さんまでそんな事を言い出す。
「だから俺を何だと思ってるんですか」
これには諒一もふて腐れる。
二人はお互いに顔を見て笑っているが、さすがにそんな不良漫画の主人公みたいな事はしない。
「だって、諒一くんがすごく思い詰めた顔をしてたんですもの……」
「え?」
「うん。後先考えずに動いてしまいそうな……そんな危うさも感じていたからね」
「……そんなでしたか?」
さすがにそこまではなかったと信じたい。信じたいが……冷静ではない自覚はある。涼葉から義父にどんな扱いをうけたか……どれだけ義父の元にいるのが嫌か、それを聞いてる身としては内心穏やかではとてもいられない。
「よし!諒一くんが冷静だと分かったから、作戦会議といこうか。と、言ってもできる行動は限られてる。」
そう言って総一郎は諒一の前に指を立てながら言う。
「一つは僕か亜矢子さんが玄関から訪ねる。出てくれば話をして時間を稼いで、そのうちに諒一くんが二階に忍び込んで涼葉ちゃんを連れ出す。相手は正式な手順を踏んで涼葉ちゃんを連れてきたわけじゃないから、それほど大ごとにはしたくないはずだから、涼葉ちゃんさえこちらに戻れば、手はいくらでもある。ただ、あそこに涼葉ちゃんがいなかったり、本人が戻る事を躊躇したり、最悪拒否すれば一気に立場は悪くなる。」
諒一はそれを聞いて頷く。それは諒一が思っていたプランとも大筋で一致する。ただ涼葉が拒否するとは考えていなかったから、その部分が引っかかった。拒否はしないだろう。でも迷惑をかけると遠慮して……というのはあるかもしれない。
「一つはこの地域の役所に駆け込んで事情を話し、しかるべき手続きを踏んで正面から乗り込む。涼葉ちゃんの住所はあじさいにあるし、行政が支援もしている。それなのに親元にいるのはおかしいからね。支援を打ち切るか、あじさいに戻すか、親はきちんと選択をして手続きをしないといけない。状況は変わっていないどころか悪化しているんだから、時間はかかるけど、涼葉ちゃんを取り戻す事はできるだろう。僕はこちらをおすすめする」
一応頷く。それが最適である事は諒一も理解できる。ただその間義父が何か対策をしないか心配だし、何よりその間涼葉が我慢しないといけない。それが諒一的に許容できない。
総一郎からあらためて言われて、気づいた事がある。これまでは 涼葉を救い出す。と、涼葉のためにしているかのように思っていたし、そう言ってもいたけど……それは違った。
これは諒一が涼葉に義父の元にいて欲しくないという思いを持って、自分のためにやりたいからやっている。諒一のわがままと言っても良い。
そして、涼葉が諒一を拒否する可能性も考えていなかった……
思慮深い涼葉が、義父の所に忍び込んで涼葉を連れ出すと言う行為がトラブルを生む事に気付かない訳がない。
遠慮して……諒一達にトラブルが起きる事を厭って、拒否する可能性は十分にあった。
ここまで来て……すぐそこに涼葉がいるかもしれないのに、その考えに至って悩む自分の迂闊さに腹が立つ。総一郎や亜矢子まで巻き込んでこれだ。
顔を歪めて悩み出した諒一に、変わらず優しい笑顔を向けて、総一郎は静かに言った。
「諒一くん。諒一くんのきちんと物事の前後まで考えようとする姿勢はとても好ましいものだと思う。でも、時々考え過ぎて後にも先にも進めないようになっていないかい?」
総一郎に言われ、何も言えず俯くように頷いた。
ポンと総一郎が諒一の肩を叩く。
「最初にも言った事だけどね?僕は、僕達は君や涼葉ちゃんの親の代わりをしてあげたいと思ってる。もちろん本当の親の様にはいかないだろうけど……それでもその気持ちだけは本当の親にも負けないつもりだ。」
そう言った総一郎に続いて亜矢子も話し出す。
「そうよ。子供は親に迷惑かけるものよ。君はポーン!と何も考えずに突っ走っちゃっていいのよ?走った先が君にとって良くない所だったり、危険な所だったら私達が引っ叩いて止めてあげるから……」
「総一郎さん、亜矢子さん……」
「僕はね?密かな野望があるんだ。君が学校で何か問題を起こして、親が呼び出される事態になったとする。当然君の親はいかないだろう。そこで僕が行くんだ、ウチの息子がすみませんってね?すごく親って感じがしないかい?」
それはどうかと思う。学校で親を呼び出す様な事って……何をしたらそうなるんですか……
そう突っ込む言葉は浮かんでくるんだけど、口から出てこない。
どうも胸がいっぱいで、堰き止められてしまったらしい。ただ黙って、目の端に浮かんだしずくをぬぐう。
「だから今回に限って僕が許す。後の事とか周りの事は気にしなくていい。君が何をどうしたいか……それだけ考えればいい」
こんな人が本当にいるのか。そう思うくらい総一郎も亜矢子も諒一をやさしいベールで包み込んでくれる。そんな感じがする。
「…………ありがとうございます。俺は涼葉を連れて帰りたいです。もしかしたら今も泣いているかもしれない。そう考えたら待ってなんかいられません!」
諒一がそう言うと、二人は嬉しそうに笑いながら頷いてくれた。
ちりん
それに呼応するかの様に根付の鈴も鳴る。今度は二人にも聞こえたみたいで、根付の方を見ている。
「フフ……キツネさんも応援してるわね」
「……そうかもです。なんか色々応援してくれるんですよね」
そう言いながら根付のキツネをつんと人差し指で触った時、それは起こった。
諒一だけではない。総一郎も亜矢子も見てる前で、涼葉のスマホが動き出す。勝手にバックライトが点灯したかと思うと、発信画面になっている。その相手は……諒一。
「は?何で、俺のスマホに……」
思わずそう言ったとき、涼葉のスマホから微かに呼び出し音が聞こえる。一瞬遅れて諒一のスマホに着信が……
そこには涼葉の名前が表示されていた。
室内灯の頼りない明りの下で、二つのスマホは共鳴するかのように三人の顔を照らしながら呼び出し音を出し続け、三人は息をすることも忘れたかのようにそれを見つめていた……




