78.縁を結ぶキツネ
涼葉のスマホの淡い光は、それを見る人の顔を優しく照らしている。
「こんな笑顔……私も見た事ないよ。諒ちゃんの横じゃないと、見る事はできないよ、きっと」
優しい目つきでスマホを見る篠部がそう言う。それに大志も「そうだな……」と呟く。
篠部が一通りスマホの中をチェックしたが、行き先につながるようなものはない。
義父の連絡先すら入っていない事に、涼葉の義父に対する思いがわかる。
「だめ……役に立ちそうなものはないよ」
篠部がそう言って首を振る。
「浦野市までは分かったんだ、せめて何とかもう少し範囲を絞りたいが……」
「そこに弟がいるわ!」
涼葉の関係者の情報を探していた亜矢子が大きな声を出した。
それに篠部や楓華もそう言えばさっきも二人いたよ!と言い出す。
しかし、総一郎とそれからまだファイルを調べている亜矢子の表情は優れない。
「ごめんなさい、見つけて思わず言っちゃったから……確かに浦野市に信二の弟が住んでいるわ。でも、それも浦野市という事だけ……さすがに関係の薄い人の細かい住所までは把握していないわね。一応これまでの記録とかも全部調べてみたんだけど……」
亜矢子はもう一度最初から書類を調べているが、難しいと言った。
総一郎も「個人情報が厳しくなってから関係のないデータは残さないようにしているからね」と、亜矢子を労りながら言う。
「つまり……行き詰まりっていう事?」
愕然としながら篠部が震える声で言った。一度期待しただけに落胆も大きい。
「諒ちゃん、これ……諒ちゃんが持ってた方がいいと思う」
篠部が涼葉のスマホを諒一に渡そうとする。ちりんという、根付の鈴が鳴る。
「俺よりも……篠部の方が詳しいんじゃないか?」
篠部は少し考えて、それでも諒一の方に差し出した。
「うーん、そうかもしれないけど、色々教えてくれたんでしょ?それってきっと諒ちゃんが持ってないといけない気がするの」
篠部たちには、根付の不思議な音の事は話してある。
「やっぱ、二つ揃ってないと」
そう言って、諒一のスマホを指した。確かに合わさって一つみたいな感じもする。
受け取って自分のと並べてみた。そう言われると、根付についているキツネたちがプラプラと揺れてなんだか嬉しそうにしているように見えた。
ちりん
「ん……?」
根付のキツネ達が諒一を見ている、そんな気がする。もっとよく観察しようと、スマホを目の高さまで持ち上げると、何か聞き慣れない音がしたので、画面を見ると、見慣れない画面になっている。
画面を見ると、確かに何かのアプリが立ち上がっていて、それは諒一には見覚えのないものだった。
「やべ、涼葉のスマホで、なんかアプリ立ち上ちゃった」
パッと見た感じ、見られてまずいものではなさそうだけど、知らないうちに変な事をしてもまずい。とりあえず画面をスライドさせて、ホーム画面に戻そうとしたのだが、その手を篠部が止めた。
思っていたよりも強い力で諒一の手を押さえてくるので、少し驚いて篠部の顔を見ると、篠部はスマホのアプリ画面を凝視している。
「あ…………エアタグ……。」
篠部がよくわからない言葉を呟いているが、とりあえずそのまま様子を見ていると、篠部は震える手でアプリ画面の三角をタップした。
「っ!」
篠部は何かびっくりしたようで、タップした手を口に当てて目を大きく見開いている。
「ち、ちょっと篠部!これ何なんだ?これがどうかしたのか?」
そう聞くと、目を見開いたまま諒一の顔を見て、たっぷり数秒、間を置いて話しだした。
「えっと……少し前に、涼葉ちゃんが最近大切な物がたくさんできて、なくしそうで怖いって話をした事があって、紛失とか盗難の対策に役にたつアプリと製品があるって話した事があって……」
「へぇ、そんなのあるんだ、それで?」
「その時は話しただけだったんだけど……これ」
そう言って篠部はスマホのアプリ画面を指す。その指につられて見ると、画面に番号とセットで、おそらく涼葉が入力した名前が並んでいる。
おうちのかぎ。
スマホ。
スマートウォッチ。
おうちのかぎは番号とセットで、スマホとスマートウォッチはGPSとなっていた。
「え……これって……まさか。」
ありえない想像が浮かんできて、諒一は言葉が出てこなくなった。
「うん……うん!諒ちゃん、涼葉ちゃん自分で紛失防止アプリとって登録してたんだよ!スマホはここにあるけど、家の鍵もスマートウォッチも持ってる可能性高いよね!」
篠部がそう言うと、隣にいた楓華もスマホを見て、嬉しそうな声を上げる。
「や!つけてた!涼葉ちゃんスマートウォッチつけてたよ?日本製の割といいやつ。純正ほどじゃないけど、少し高くて……その分機能とかがちゃんとしたやつ。って言ったら涼葉ちゃん少し驚いていたけど、すぐに嬉しそうになって……見てて可愛かったもん!ふーん、そっかぁ……あれ水篠くんがプレゼントしたんだねぇ」
「あ、う、うん……」
勢いよく二人が話し出すので、諒一の頭の中で整理がついていない。カラオケで諒一が涼葉の誕生日にプレゼントしたスマートウォッチを篠部と楓華に見せた事はなんとかわかった。
「よかったねぇ、外国製の安物じゃなくて、ちゃんとした物選んで。ほら、ちゃんと……一番最初に登録してあるじゃん!」
楓華はそう言って、バシィと諒一の肩を叩く。
「え、って言う事はつまり?」
「もしかしたらGPSで位置がわかるって事だよ!」
篠部が言ったことの意味がだんだんと諒一の脳みそに浸透してきて、無意識に笑みが浮かぶ。
「まじか!……篠部、これどうやって使うんだ?使い方わかるんだろ?」
スマホをグイグイと篠部に押し付け、操作をするよう要求する。
「ちょ、ちょ……待ってそんな押し付けないで!……ちょっと待ってね」
そう言って篠部がアプリを操作すると、画面が変わり地図アプリが開かれた。諒一たちが今いる場所が中心になっているようだ。
そして、スマホ。を選択ふると、一度画面が切り替わったが、同じく現在地に点滅する点が表示された。確認するように篠部が見てるくる。
諒一が頷くと、篠部がおうちのかぎ。や、スマートウォッチ。を続けて選択した。
すると……
点滅する光点は隣の県の道路を指した……。そしてそれは今も移動を続けているようだ。
思わず三人で顔を見合わせた。
ここに……涼葉はいる!
光点は隣の県、と言っても今いる所と隣接する浦野市の道路を走っているようだ。
「ち、ちょっと俺行ってくる!」
場所が分かった以上、こうしてはいられないとばかりに諒一がそう言うと、少し前からこちらの様子を見ていた亜矢子が話しかけてくる。
「行くって……どうやってそこまで行く気かしら?」
「とりあえず……近くまでバスかなんかで……最悪タクシーで……」
そう言うと、亜矢子はため息をついた。
「あなた、涼葉ちゃんはもっと人を頼っていいのにって言いながら、自分は頼らないつもりなの?」
亜矢子が言った言葉の意味するところはわかる。わかるけど自分がしようとしている事は周りから見ると良い事ではない。親が連れて帰った娘を……連れ出せるかはまだわからないが、そうするつもりで行くのだ。
諒一だけでやれば、最悪のパターンでも子供がやった事にできる。
だが、そこに総一郎や亜矢子の手を借りてしまえば、話が変わる。
しかし、亜矢子はしっかりと諒一を見て言った。
「あのね?今回信二がした事は親がした事とはいえ、身勝手すぎる事なの。いくら戸籍上の娘と言っても、養育が難しいと判断されて保護された子供を、何の手続きも踏まずに連れて帰ると言う事は、保護前の事を繰り返すつもりと見られても仕方ない。それに……」
「それに……?」
「そういう表向きの理由がなくても、私たちも涼葉ちゃんをこのままにするつもりはないって事。諒一くんは難しい事を考えなくていいの、今回のこの事に関しては……あなたの思うようにやっちゃいなさい!後の事は……総一郎さんがうまくやってくれるわ!」
そこは総一郎さん任せなんだ……と思っていると、亜矢子が言うか言ってしまわぬうちに、勢いよく乗用車が近くに停まった。
いつの間に取りにいったのか、運転席には総一郎が座って諒一を見て、ニコニコと笑っている。
諒一の背中を亜矢子が優しく、それでも力強く押してくる。
「さ、いくわよ!」
そう言った亜矢子の横顔をこれほど頼もしいと感じたことはなかった。




