77.縁を結ぶキツネ
思わず声を荒げてしまうくらい諒一の感情はささくれ立っていた。
借金があって、家も取られて……そんな状態ならむしろお願いしてあじさいに預けておけばいいのに、穏やかに暮らせていたのに涼葉を連れて行く……
何を考えているのかわからない。わからないが諒一の中で自分の父親である諒と同じ程度の信用度しかない涼葉の父親、信二はどうせ勝手な理由で連れて行ったんだろうとしか思っていない。
これで、涼葉が連れて行かれて少なくとも人並みの幸せが約束されているんなら、諒一もそこまで口出しをできないかもしれないが……
亜矢子と諒一の雰囲気を察して、篠部と楓華も顔色を青ざめさせて寄り添っている。二人にしたら父親が迎えに来ただけと思っていたら何かおおごとな雰囲気になっている。
「ちくしょう……」
ギリっと音がするほど諒一は奥歯を噛み締めた。
すると、すぐ近くに車が停まった音がする。ドアの開閉音と足音が二つ、それも足早に聞こえる。
「亜矢子さん。」
「るみ!……水篠!」
総一郎と、何故か総一郎の車で大志も一緒にやって来た。
「大ちゃん!」
篠部が大志の胸に飛び込んで顔を埋める。それを横目に亜矢子が総一郎の顔を窺う。
しかし、総一郎は、沈痛な表情で視線を落として首を振った。
「ダメだった。やはり警察は動けない。仮にも父親だからというのが大きい……一応児相の方からも手を回してはくれるらしいが……難しいだろうね」
「そう」
総一郎の言葉に亜矢子も俯く。
「……水篠」
篠部を抱きつかせたまま、大志が諒一の肩を軽く叩く。
「話は大まかにしか聞いていないんだが……卯月さんは望まない形で親に連れ戻されたって……」
大志が言うと、その胸のなかから、悲鳴に近い声があがる。
「望んでないよ!好きで行くならあんな顔しない……私達には楽しかったって言って……でも、諒ちゃんには心配するから……自分から行ったって伝えてって……そんな事、言わないよ…………」
篠部が、大志の服の胸の部分を強く握りしめて、嗚咽を堪えて叫ぶように言った。
「……そうか。水篠!俺、多分卯月さん見たんだ。高級な乗用車の後部座席に……俯いて乗っていた。多分泣いていたんだと思う」
「本当か?それって……」
今は少しの手がかりでも欲しい。縋り付くように諒一は大志を見る。その諒一の表情を見て、大志も言葉を飲み込み、悔しそうな顔になる。
「待ってろ……」
そう言って、ポケットから出したスマホを出して、操作すると諒一に見せてきた。
それは諒一達が住んでいる市の主要道路の交差点で信号待ちをしている高級車を後ろから撮ったものだ。
「一応撮っておいたんだ。」
そう言って諒一に見せた後、総一郎達に渡して見せる。
「その車は写真の交差点を直進したから……」
「隣県に向かった?」
大志の後を総一郎が受け取って言った。写真に写る道路を進めばバイパスに乗って隣の県へと続く。
「っ!間違いないな……この車、隣の県の浦野市のナンバーだ。卯月信二の物ではないな。と言う事は協力者がいるのか?」
総一郎さんは腕を組んで考え込み、亜矢子は持っていたファイルを確認しだす。
少しだけ明かりが見えたが、まだ展望は暗い。
それでもこうしてみんなが涼葉をどうにかしようと、力を持ち寄ってくれるのが、諒一にはとても頼もしく感じていた。
諒一は何もできない自分を悔しく思う。こうしている間にも、きっと涼葉は寂しさと不安で押しつぶされているに違いないのに……
ちりん
「え……」
「どうした水篠」
声を出した諒一を心配そうに大志が見る。
「今、何か聞こえなかったか?こう……鈴みたいな音」
諒一がポケットから、スマホを取り出しながら聞いてみたが、大志はそう言って首を振った。
……もしかして、自分だけしか聞こえていないのか?
車の音や人々が行きかう雑踏の音……その中でも諒一の耳にははっきりと届いた。
取り出した二つのスマホ……それについているお揃いのキツネを眺める。
もう、諒一はこのキツネの根付の事を信じている。これが鳴ると言う事は、諒一に何かを伝えたがっているのだ。
そして微妙に音が違う。今鳴ったのは涼葉のスマホだ。きっとこれに何かあるんだ。
「亜矢子さん!総一郎さんでも……篠部も楓華ちゃんも聞いてくれ、涼葉のスマホのロック番号知らないか?ここに涼葉のスマホがあるんだ。涼葉……学校に忘れて帰ったんだよ。人のスマホを承諾もなしに、勝手に覗こうなんて最低な事言ってるのは分かってる。いくらでも罵ってくれていいから、心当たりを教えてくれ。少しでも情報が欲しいんだ……」
「諒ちゃん……」
震える声で篠部が言葉を落とす。
「諒一くん。それを考える前に聞きたい。涼葉ちゃんの行方がわかるような情報がそこにあったとして、君はそれをどうするつもりなんだい?」
総一郎が何か言おうとした亜矢子を遮り、諒一をまっすぐ見てそう言った。その目は嘘や誤魔化しは許さないと語っている。
「……そんなの決まってます。連れ戻します」
篠部と楓華が目を見開いた。
「それは、涼葉ちゃんの親御さんが承諾をしないだろうと理解して言ってるのかな?」
見ようによっては冷たいと思うような顔で総一郎が諒一に問いかける。
「はい……別に後で咎められるならそれでも構いません。今は、一旦涼葉をあの親父から引き離して本音を……本当に涼葉がどうしたいのか聞きます。その上で涼葉が行くというならちゃんと送り出してあげたいです。こんな無理やり……成り行きみたいな形で決めちゃいけない。そんなの絶対に間違ってる……涼葉はきっと周りに迷惑をかけると思ってるんです。いつもそうなんですよ……甘えて、頼ってくれていいのに。」
俯いて、拳に力を込めながらそう言う諒一を、総一郎はいつの間にかとても優しい眼差しになって見ていた。
「そうかい。君がそこまで覚悟してるんならいいだろう、僕もやれるだけやろう。ただ、申し訳ないんだけどロックナンバーの類いは、僕は知らない。でも、ここにこれだけ涼葉ちゃんを思う人がいるんだ。みんなで考えてみよう。えっと……諒一くんナンバーは何桁なんだい?」
「あ、ちょっと待ってください」
そう聞かれて、諒一は涼葉のスマホを取り出し画面を開く。
パスコードを打ち込む画面で何桁かはわかるはずだ。
暗い画面をタップすると、スマホが点灯する。
ちりん
「えっ!」
「どうしたんだい?」
スマホの画面を見て、何故だかびっくりしている様子の諒一を見て総一郎が怪訝そうに声をかけた。
諒一はそれに答えを返す事もできずに、画面を見ていた。スマホのバックライトの淡い光が諒一の顔を照らし、そしてその両目から二筋の涙が流れ落ちる。
「ぐっ!」
あっけに取られて見つめるみんなの前で、我に帰った諒一は袖で涙を拭う。
「その……なんでか、わからないんですけど……」
顔を上げみんなをしっかりと見た諒一が言う。
「…………ロックが解除されました……。俺の顔を認証して」
「えっ!」
驚きの声が重なる。
「それは水篠が登録していたとかじゃないのか?」
眉をひそめて大志が言うので、諒一は憮然とした顔で返した。
「何で……涼葉のスマホに、俺の顔を登録するんだよ……」
何故か今も涙を流す諒一が何度も涙を拭いながらそう答える。
ほら……と証拠を示すように、涼葉のスマホを一応同じ女性で友人である篠部に渡した。
「あっ!」
篠部は消えていたスマホのバックライトが再び点灯して、諒一の涙の訳を知った。
「……ああ。涼葉ちゃんたら。」
覗き込んだ亜矢子も目に涙を溜めて優しい表情になっていた。
女の子のスマホを見るのが抵抗のある残りの男性陣、総一郎と大志はどうしたのかと思って見ている。
何故か諒一の顔を認証して、ロックが解除された涼葉のスマホは待ち受け画面になっている。
何個かのアプリアイコンと共にに諒一の涙の理由はあった。
スマホの待ち受けに表示された画像。そこには真新しい制服を着て、照れ臭そうにしている諒一と心から嬉しそうな笑顔の涼葉が腕を組んで写っている。
初めて今の学校に登校する前日に、あじさいの事務所で撮ったものだった……




