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74.縁を結ぶキツネ

和カラとミント。検索して、大志にも電話して場所は分かった。諒一は途中でタクシーを拾ってその場所に向かっていた。「和カラ」は和風カラシというカラオケで、「ミント」は帰る途中にあるスーパーだった。

 

「涼葉ちゃんがさら」


 この後に続く言葉はわからない。でも大志に助けを求めている事、慌てているような文面、諒一の胸をかき乱して居ても立ってもいられなくさせるには十分だった。

 大志には何度も落ち着くように言われた。自分も篠部の所に向かう、とりあえずそこで待ってろ。そう言われたが無理な話だった。

 

 嫌な予感しかしない。それに落ち着こうと、座ろうとするたびに根付の鈴の音が聞こえる気がするのだ。それがさらに焦燥感を掻き立てる。タクシーの中で亜矢子さんにも連絡を入れておいた。何の確証もないし自分の勘違いかもしれない。そう伝えた上で……それでも亜矢子さんは心当たりを当たると言ってくれた。

 亜矢子さんにも家で待てと言われたが、短く無理です。そう答えたらもう言われなかった。


 じりじりと焼き付くような焦りが腹の底を焦がしてくる。知らない間に思い切り噛みしめていて、鉄の味が口の中に広がっている。


「おにいちゃん、あそこがミントだよ。和カラはもう少し先だけど……」


 タクシーの運転手のおじさんが言う言葉を遮って諒一は叫ぶように言った。


「止めてください!」


 もとより、諒一のただ事じゃない雰囲気は察していたのだろう、タクシーはタイヤを泣かせながら止まってくれた。後ろからクラクションが追い抜いて遠ざかっていく。


「すいません!いるだけ取ってください!」


 諒一はそう言って財布を運転手のおじさんに押し付けてタクシーから転げるように降りた。


「お、おい兄ちゃん!」


 その声を背中に、見えた背中に向かって全力で走る。地面にべったりと力なく座る女の子。その子の背中をなでる別の女の子。そこに諒一の見慣れた姿がない事に、頭の中が真っ赤になりそうになる。


「篠部!」


 そう叫んだ声を聞いて、可哀そうになるほど肩を跳ねさせた女の子がゆっくり振り返り、諒一の姿を見た途端、様々な感情をごちゃまぜにした顔をして、……大粒の涙を流しだした。


「諒、ちゃん!すっすず、はちゃ、がっ!」


 言葉にならないほど泣きじゃくる篠部をなだめて、なんとか話を聞く。それは諒一がここに着くほんの十数分前の事だった。



 カラオケを歌って、おいしいスイーツを食べて女子三人はご満悦だった。


「おいしかったねぇ……和風カラシって名前のカラオケで出てくるスイーツとは思えなかったよー」


 頬を押さえ、味を思い出そうと篠部は目も閉じていた。


「でしょ?二人とも今度は彼氏さん連れてくるといいよ。男性向けのビターなスイーツもあるし、なんならカップル向けのスイーツもあるらしいよ?」


 むふふと笑いながら楓花は笑いかけた。照れながら何かを思い描いているらしき涼葉を愛でながら……


「それにしても涼葉ちゃん歌もうまいんだね?ほんとに初めてだったの?カラオケ」


 ますます恥ずかしがる涼葉はそれでも頷いて返した。これまでひきこもりだったし、友人という友人がいなかった涼葉がカラオケなど行ったことがあるわけがない。

 もちろん目の前の二人はそんな事は知らないので、普通に驚いていたが。


 涼葉は二人と一緒に来れてよかったと思っていた。それだけ楽しかったし、諒一と来たくもあったが、戸惑って時間を無駄にするのも嫌だったので、今回のお誘いは本当に有意義なものになっていた。二回目は少し余裕を持てるだろう。りょういちくんはカラオケ行ったことがあるのだろうか。などと楽しい想像が浮かんでくるほどに。

 

 キャイキャイと騒ぎながら帰路についた三人は、通行人の目をこれでもかと惹き付けていた。ご機嫌の涼葉は普段よりずっと柔らかい笑顔を浮かべていて、すれ違う男性、女性関わらず視線を集めていたし、篠部も楓花も普通に可愛い女子だったので、それは仕方ないのかもしれない。


 それでも篠部と楓花は、それとなく涼葉を男性の視線から遮るように意識していた。ここで勘違いしたナンパ野郎に絡まれるなんて論外だし、涼葉の、ある人物を見つめる視線の途中に他の異性を挟めたくなかったからだ。


 それでも……悪意というものは常に隙を狙ってくる。


「あー!」


 突然声を上げた篠部に、涼葉も楓花も驚いて目を丸くした。


「ど、どうしたの、るみ」


 びっくりしながら楓花がそう聞くと、篠部はテヘヘという顔で振り向いた。


「大ちゃんにメッセージ送ってたんだけど……間違えて涼葉ちゃんに送っちゃってた。結局何も送ってなかったから、鬼電きてるし……はーん、かけづらいなぁ」


 そう言って情けない表情をする篠部に、呆れた顔の楓花は「かけてあげなさいよ、心配してるんでしょうし」という。それを見て苦笑していた涼葉もはたと足を止めた。

 

 間違って涼葉ちゃんに送ってた。篠部はそう言ったが、自分にはかかってない。そう思ってポケットに手を入れたがいつものポケットにスマホがない。


「あれ……違うとこに入れましたっけ……」


 おかしいなと思いつつ他のポケット、はてはカバンの中まで探すが……ない。

 さあっと涼葉の顔色が青くなる。その様子に気付いた二人も慌てて一緒に探して、和カラにも確認の電話をかけてくれたが、どこにもなかった。


 もし、篠部が間違いに気づいてすぐに大志に連絡をとっていれば、この後の流れは大きく変わっていただろう。大志と話せば涼葉のスマホは諒一が持っているという事が、ちゃんと涼葉に伝わったであろうし、この場に長くとどまる事もなかったはずだ。もう少しミントの近くまで行けば、タクシーに乗って向かっている諒一と接触できた未来もあった。


 しかし、そうはならなかった。道端で荷物を広げ、明らかに困っている美少女が三人。誰かが声をかけるのは時間の問題だった。あとはそれが善人か悪人かの違いだけで……


「うっ、うつ……涼葉!こんなとこでどうしたんだ、困ってるのか?」


 その声に涼葉の動きは止まる。篠部と楓花は分かりやすく表情をゆがめた。振り返るまでもない。何も言わず二人は涼葉の手を取って急ぎ足でこの場を離れようとした。まだカバンから取り出した涼葉の小物がいくつか地面に転がっていたが、そんなものは二人がいくらでも弁償するつもりだ。しかしその前に二人の男が立ち塞がった。


「おいおい、お姉ちゃん。俺らの弟分が用事あるみたいなんだよ。ちょっと話聞いてくんねーか?」


 下卑た笑みを浮かべながら人相の悪い高校生くらいの男がそう言って篠部の手を荒々しく掴んだ。


「痛いっ!離して……だれか!」


 篠部はすぐに周りに助けを求めた。しかしそれまで絶える事もなく向けられていた視線は、すっと避けられてしまう。少しだけとどまっても、目の前の男たちの視線が向くと離れて行ってしまう。


「いや、離してってば!」


 男の手を振りほどこうとするが、力ではかなうはずもない。掴んだ手を高く持ち上げられてしまって、力も入らなくなる。

 その間にも牛島は涼葉の方に近づいていた。

 

「な、なあ。涼葉こっちを向いてくれよ。まさかこんなところで会えるなんて……これってさあ、う、運命ってやつじゃね?」


 体が震えるのを必死に抑え、振り返ると、もう顔も見たくないと思っていた男。先日のトラブルが原因で謹慎処分を受けていはずの牛島がガラの悪そうな私服姿でだらしない顔をして涼葉を見ていた。

 

 頑張ってこらえているが、涼葉はすでに泣きそうになっている。何が運命なものか……この男との間に運命があるのなら、こうして嫌がらせを受ける運命なんだろう。


 震えて立ちすくむ涼葉のすぐ近くまでやってきた牛島は、走ってきたのか荒い息を吐いている。にやけた顔、荒い呼気、それが近づいてくるのが、嫌なのに、体がすくんで言う事をきかなかった。


 さっきまでの楽しい空気は一瞬にして霧散し、周りの環境音も遠くで聞こえているような錯覚を覚える。

 ……りょういちくん。涼葉は心の中でその名を強く念じて、固く瞳を閉じた。

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