72.縁を結ぶキツネ
二人並んで頭を下げられて、楓花は驚いて二人に手を伸ばした。
「そんな!そこまでお礼を言われる事じゃ。それは卯月さんは確かに怖かったよね?でも、クラスメイトだし……当然じゃない?私は、勝手に卯月さんの事をいい人だなって思って友達みたいに思ってたし……その、なんていうか。役に立てたならよかったよ。もし感謝してくれるんなら、友達になってくれると嬉しいかな。どう?二人とも」
慌てた様子だった楓花も少しずつ落ち着いてきたらしく、諒一や涼葉の態度に好感を覚えたようだ。友達になってほしいと言われ、涼葉は諒一の顔を見て、楓花の顔を見て「友達……」と呟いている。
そんな涼葉を見て諒一は、きっと友達になってほしいなんて言われ慣れていないから当惑している。そう思ったので、先に楓花に話しかけた。
「そう言う事ならぜひ!涼葉が気を許してるって事は大野さんはいい人だって事だと俺は信じるし、俺もそう思うから。な、涼葉?」
そう言って涼葉の背中をポンと叩くと、再起動した涼葉が少し照れながらも微笑みながら頷いた。
「はい、ぜひ。その、私でよければお友達になりたいです」
涼葉がそう言うのを聞いて、楓花はにっこりと笑った。
「やった!じゃよろしくね?二人とも」
そう言って早速涼葉の隣に座って、篠部も交えて楽しそうにおしゃべりを始めた。涼葉が作ってきたお弁当を見て歓声をあげていたり、携帯の番号を交換したりしているのを微笑ましそうに見ていると、大志が諒一の弁当箱から卵焼きを取って食べながら言った。
「これうまいな……ずいぶん嬉しそうじゃないか」
「そうだろ、それ一個の貸しは高いからな?……うれしいさ当然だろ?ああして気の置けない友人ができるって、いい事じゃないか」
当たり前だろ?と言わんばかりに言うと、大志は優しい目つきで諒一を見る。
「お前は……ほんとに卯月さんのことが大事なんだな。」
そう言われて、言葉に詰まる。大事かそうじゃないかで言えば、間違いなく大事だ。ただ、それがどういう大事なのか考えると少し難しくなる。
諒一的には、当たり前だろ?と返しそうになったのだが、果たして当たり前なのか、よくわからなくなるのだ。
少しの間考えて、結局言った言葉は「そうかな?」とぼかしたものだった。
卵焼きに味をしめたのか、いくつかのおかずにトレードを申し込まれながら弁当を食べていると、楓花が少し大きい声を出した。
「ああ!涼葉ちゃんそれ、ネットで人気なんだよ?いま人気のミイチューバーがおすすめして話題になってるんだよ?どこかの神社のお守りだって事はわかってるんだけど……どうしたのこれ?」
そう言って、楓花は涼葉のスマホについているストラップと言うか根付を眺めている。楓花が動かすたびに、チリンという涼しい音色が鳴っている。諒一の物とよく似ているそれを、なぜだか涼葉はパッと奪い取るように楓花から取り返すと、諒一から見えない所に置いてしまう。それと同時に大志の箸が諒一の弁当箱から最後の卵焼きを取ろうとしているのが見えて、慌てて遮る。
「ちっ、ばれたか」
「ばれたか、じゃねー。取っといたんだこれは。」
「いいじゃないか、水篠はお願いしたら作ってもらえるだろ?うまかったからついな。」
そう言われると涼葉の作った卵焼きが褒められているという事で、諒一もなんとなく嬉しくなってしまう。その隙を突かれた。
「ああっ!大志、お前」
一瞬の隙を突かれ、最後の卵焼きを大志に奪われた。
「はっはっは。甘いぞ水篠。」
奪った卵焼きはさっさと大志の口の中に消えて行き、諒一はがっくりと肩を落とした。
「何やってんだか」
諒一と大志の卵焼き争奪戦を呆れた顔で見ている篠部がぽつりと言った。楓花と涼葉は諒一からは見えない所に置かれたらしいスマホを見て、根付の事を話している。
「なんか、その神社のキツネさんが仲を取り持ってくれるんでしょ?なんかいいよねそういうのって」
たしか諏訪崎さんもそんな言い伝えがあるっぽいことを言ってたな。それにしてもそんな人気のある物だったのか……もう少しちゃんとお礼を言っとかないといけないかな。と諒一は考えていた。
そして、午後の授業も終わり、あっという間に下校の時間になった。
「ごめんなさい、りょういちくん」
そして諒一の目の前には申し訳なさそうにしている涼葉が立っていた。
「あの、じゃあお詫びに今日夕食を作りますから!」
そんな事を言う涼葉に諒一は苦笑いを返す。
「お詫びって……なんのお詫びなの。俺の事はいいから楽しんできたら?せっかく誘ってくれたんだし」
今日は楓花が仲良くなった記念にとスイーツのおいしいカラオケがあるから、寄り道をして帰ろうと涼葉を誘ってくれたらしいのだ。もちろん篠部も一緒だし、二人とも信用できるので、行ってくるように言うのだが、涼葉の方が変な遠慮をしてしまっている。
「でも……」
シュンとしている涼葉を見て、これはもしかしたら行かないと言い出すかもしれないし、行っても気にして楽しめないだろうと思った諒一は、一計を案じた。
「ハンバーグが食べたい」
「えっ?」
「夕食、作ってくれるんでしょ?なら涼葉の作ったハンバーグが食べたいな。」
そう言うと、涼葉の顔がパッと明るくなる。
「ハンバーグですか?私、意外と得意です。材料を買って来ないといけませんね。帰りにてんてんに寄って……」
てんてんというのはあじさいのマンションに帰る途中にある個人経営のスーパーで諒一たちがよく利用している。ちなみに正式な名前は蒼天商店である。微妙に言いにくいのでいつの間にかそう呼ぶようになっていた。
「てんてんじゃなくて、カラオケ行くんでしょ?大野さん達と。街に出れば大きいスーパーもあるじゃん。俺は晩御飯少し遅くなってもいいから。スイーツもどんなのがあって、おいしいかどうか偵察をおねがいします。……もしよさそうなら、そのうち俺を連れてってくれると嬉しい」
その言葉が決め手だったようだ。きゅっと拳を握って、しっかり調べてきます。と気合を入れていた。「気合の入れどころが違うんだけどなぁ」と思ったが、後は篠部と大野さんに任せるとしよう。きっと楽しませてくれるだろう。
篠部達は昇降口で待っているらしいので、すっかり笑顔になった涼葉は、諒一に手を振ると急ぎ足で教室を出て行った。
それを見送って一息ついていると、肩を叩かれる。
「まだ残ってたのか」
「おう、ちょっと図書館にな。大変だな彼氏さんは。」
様子を見ていたのか、くすくすと笑いながら大志がそう言った。
「いや、そんなんじゃ……そんなのだけど。まあな」
そう答えた諒一を見て、今度は声を上げて笑った。今日は篠部も一緒にカラオケに行っているのでとっとと帰るらしく、カバンを取ると諒一に声をかけてくる。
「お前たちを見ているとこっちもなんか楽しくなってくるな」
「それ、からかって楽しいだけじゃないだろうな?」
憮然とする諒一をなだめるようにポンポンと肩を叩いた大志は、なんか幸せな気持ちになるんだよ。そう言って爽やかに微笑んで、歩き出した。
「照れてんのか?」
恥ずかしくなって横を向く諒一にそう言ってもう一度笑った。
「うるせ……さっさと帰れ」
「はっはっは……おう、じゃあまた明日な」
「……ああ、また明日」
諒一がそう返すと、後ろ向きに手を挙げて大志は教室を出て行った。
……まったく、無駄にイケメンな奴め。
頬が熱くなっているのをごまかすように独り言ちる。
「はあ、俺も帰るか。」
そう呟いて、荷物をまとめる。因みに、諒一たちはほとんど帰宅部なのだが、壮太だけはもう少し身長がほしいという理由でバスケ部に入っている。
なので、帰りはほとんど一緒になる事がない。
準備を終えて、さあ帰ろうとしたところで諒一の耳にチリンという涼やかな音が聞こえた気がした。まだそこそこに生徒が残っていて、ざわめきの絶えない中、不思議と諒一の耳に届いた小さな音。
それは例のキツネの根付についている鈴の音に似ている。思わず周りを見て、諒一は動きを止めて、ある一点を見つめている。
今までここにいて、涼葉や大志とやり取りをしていたのに……
今、初めて気づいた……。涼葉の机の上に、見慣れたものがぽつんと置いてあったのだ……




