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71.縁を結ぶキツネ

いつもの通学路といつもぐらいの時間に、いつものにぎやかな声が聞こえる。それに意味もなく笑顔になる。


 「おっはよー、涼葉ちゃん、諒ちゃん」


 いつもの所で篠部が合流して、一緒に歩き出す。最近涼葉も篠部相手にはだいぶ打ち解けてきたみたいで、自然に笑顔を浮かべる回数も多くなってきたように思う。


 今も口数は決して多くはないものの、楽しそうに話しているのを見るとこっちまで嬉しくなってくるものだ。


「えー、諒ちゃん熱出してたの?一人暮らしなんでしょ、もう大丈夫なの?」


 この休み期間、諒一が熱を出して寝込んでいた事に話題が及んだのだろう、篠部が少し心配してそう聞いてくる。


「ああ、す……うん。もう……平気」

 

 危うく涼葉の家で看病してもらったら良くなった。と普通に話す所だった。


 チラリと見ると涼葉が何か言いたそうな顔で見ている。諒一は声を出さずに「ごめん」と伝えて、言いそうになった事を詫びておいた。


 幸い篠部はそれ以上突っ込んだ話はせずに、学校についていつもの一日が始まった。熱を出して寝込んだのは事実だが、別に学校を休んだわけではないので、こっちから言わなければ話題になることでもない。


 あえて言う事もないし、聞かれない限り黙っておこう。諒一としてはそう考えていたのだ。


「水篠、高熱を出して寝込んでいたんだって?もう大丈夫なのか?まだ暑いが、夏風邪のほうがたちが悪いって聞くからな、無理するなよ?」


 二限目の休み時間に、スポーツドリンクを渡されながら大志にそう言われた。


「あ、ああ……ありがとう。うん、気を付けるよ」


 とりあえず礼を言って、飲み物はもらってそう言っておいた。


「なあなあ、諒一。お前休みの間熱出して寝てたんだって?ついてない奴め、休みの日に熱出してどうすんだよ。どうせなら、平日に熱出してゆっくり休んで、休みの日は健康じゃないと勿体ないだろ!」


 昼休み、パンと背中を叩かれて、壮太がそう言って話しかけてきた。諒一や涼葉が不登校だった事は話していないから、この学校では誰も知らない。だからそんな言い方をしたんだろうが、壮太らしいと思ってしまった。壮太は言いたいことだけ言うと、購買部から買って来たらしい袋から、牛乳とブロック状の有名なバランス栄養食を諒一に押し付けると、他の友人と一緒に教室を出て行った。


「……え、これは?」


 貰った、でいいのかな?と言う顔をしていると、昼食を一緒にとるために机を寄せてきた大志と篠部が口々に言った。


「壮太的に栄養をつけろという意味じゃないか?別に病気の時にそれを食べればいいってわけじゃないんだがな」


「壮太らしいよね」


 もし二日前の諒一がこれをもらっていたら、牛乳はともかく、ぱさぱさしているバランス栄養食のほうは食べきれなかっただろう。


 諒一も大志達と机を合わせながらこぼす。


「って言うか、なんで俺が熱を出してた事知ってんだ?俺誰にも言ってなかったのに。」


 誰かが言うとすれば……自然と篠部に視線が向いた。


「え、何?あ!もしかして私が言いふらしたと思ってる?ひどい!いくらなんでも本人の承諾なしにそんな事言いふらさないからね!」


 篠部は心外という言葉を顔に貼り付け、諒一に苦情を申し立てた。


「疑って悪かったけどさぁ……そんなら誰が言うんだよ…………」


 そう言う諒一の隣に涼葉も机を並べている。最近は毎日諒一の分の弁当も作ってくれているから、当然なのだが……どこか視線がよそよそしいというか、諒一と意図的に合わないようにしている気がする。


「涼葉さん?」


 声をかけると、小さい肩がピクリと跳ねた。


「なんですかりょういちくん。あ、おべんとうですね?今日はおいしくできた自信作なんです。」


「うん、いつもありがと。それはそれとして、今までの会話に心当たりは?」


 諒一が弁当を受け取りながら、涼葉の目をのぞくようにして聞くと、スーッと涼葉の視線が諒一から逃げるように動く。


「俺は卯月から聞いたぞ。卯月も心配してのことだから、あんまり責めるな?それとなく気を使ってくれってお願いをされただけだから」


 涼葉が何かを言う前に、真面目な大志が先にそう言ってしまったので、観念した涼葉が捨てられた子犬のような目で諒一を見てきた。


「その……ごめんなさい、りょういちくん。まさかりょういちくんがそんなに皆さんに知られるのが嫌だったとは思わず……その、りょういちくんが無理をしないように見ていてもらおうと思いまして……」


「う……」


 噂とか陰口とか、そういうものではなく、純粋に諒一の事を心配しての事だったと言われては諒一も何も言えない。もともと自己管理のできていない諒一が原因なのだ。


 しゅんとしている涼葉の肩に篠部が慰めるように手を置いて、視線は諒一を非難するように向けてくる。


「涼葉、ごめん。嫌とかそんなんじゃなくてさ、体調を崩したのがちょうど休みの日だったから、こっちから言って心配させることもないかなって思ってたからさ……みんな知っててびっくりしただけなんだ。涼葉は心配してくれていただけなんだろ?なんか責めるようなこと言ってごめん」


 そう言って謝ると、今度は涼葉が慌ててそこまで言わなくても……と言ってくる。


「ふふっ……お前たちほんとに仲いいな。」


 大志が箸で諒一たちを指してそう言った。


 「お互いがお互いの事を思いやって、そう言える関係ってなかなかないぞ?俺とるみも思い合ってる自信はあるが、お前たちには勝てないかもしれん」


 半分感心したような、半分呆れたようなそんな表情で大志が言う。そんな大志の肩を篠部が照れながら叩いている。


「もう!大ちゃん、こんな人前で思い合ってるとか……恥ずかしいじゃん」


 「なんでだ?事実だろ?」


 そう言い合っている二人はとりあえず置いておく。それよりも大志がそんな事を言うもんだから変に意識して顔を見れなくなっているこっちをどうにかしてほしい。多分だが、涼葉も同じような事になっていると思う。


「……仲がいい…………思い合っている……」


 涼葉が口の中で反芻している。やめて、俺また熱出るかもしんない。


 直立不動になった俺と涼葉に意外なところから助けの声がかかった。


「ね、私も一緒にいいかな?」


 そう言って声をかけてきたのは、この前の牛島の一件で話すようになった楓花だ。


「お、楓花も一緒に入る?どーぞどーぞ!」


 フレンドリーな篠部はそう言ってすぐに受け入れる。そして、隣の席を勝手に借りて動かすと楓花の食べる場所を作った。篠部はだいたいの連中とそれなりに親しいので、勝手にこういう事をしても特に文句も言われない。だけどこの時はすぐ横から文句が出た。文句と言うよりもお叱りだが……


「こら、るみ。勝手に決めるな。お前はともかく、水篠や卯月は慣れない人は少し苦手だろ。せめて聞いてからにしろ」


 呆れたように大志に言われた篠部はしまった!というような顔になって諒一たちを見てくる。


「い、いえ私は……大野さんとは日直で一緒になる事が多いので。」


 そう言うと諒一の方をちらりと見てくる。


「や、俺も特に嫌とかないよ。大野さんにはこの前迷惑をかけちゃったし、ちょうどよかったからお礼を言わせてもらおうかな?」


「え?お礼?」


 楓花がきょとんとしていると、諒一は楓花を真っ直ぐに見て、少し声を抑えて言った。


「ほら、この前牛島と揉めた時、色々あったから何も言ってなかったからさ。あの時、大野さんが走って知らせに来てくれたからあれで済んだというか……もし、あのまま誰も気づかないでいたらって思うと……さ。だから大野さんには感謝してる。知らせてくれてありがとう。」


 そう言うと諒一は軽く頭を下げた。すると涼葉も諒一の隣に並んでくる。


「そういう事なら私もです。あの時、わたしすごく怖かったんです。みんなを、りょういちくんを呼んでくれて本当にありがとうございました」


 いきなり並んでお礼を言われて楓花は焦りだすが、篠部も大志もそれが微笑ましい事のように黙って見つめていた。

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