69.縁を結ぶキツネ
「うん、すっかり平熱ですね、合格です」
昼を過ぎる頃にはすっかり熱も下がって体の怠さも取れていた。昼には細かく切った具材たっぷりの雑炊を作ってくれた。
柔らかく煮込んだご飯とお出汁に食べやすいように小さく刻んでくれた具材と、手の込んだ物を作ってくれて、普通に雑炊を食べる以上に胸中が温かくなったからかもしれない。
「いや、今回は本当にごめん、色々迷惑かけちゃって……」
改めて諒一がそう言うと、なぜだか涼葉は少し悲しい顔をする。
「りょういちくん。もし、私が熱を出して寝込んだらりょういちくんも看病してくれますか?」
「それは、勿論。今回看病されていなかったとしてもするよ、当然」
そう返すと、小さく「当然」と呟いて、少し視線を泳がせていた涼葉は、一つ咳払いをして諒一をしっかりと見る。
「で、ではですね、そうやって当然看病された私から聞きたいのは謝罪ですか?それとも」
そこまで言われてようやく涼葉が言いたい事に気づいた。苦笑しながら頭をかいて言い直す。
「違ったか。ありがとう涼葉。助かったよ」
そう言い直すと、ようやく涼葉はにこやかに笑ってくれた。
「はい!どういたしまして」
諒一が食べた昼食の食器を下げて部屋を出て行った涼葉を見送って、置いてくれていたお茶を飲む。
「ああ、お茶うまい。どのお茶使ってるんだろ、涼葉んとこで飲むお茶めっちゃうまいんだけど」
そんな事を言いながらお茶を飲んで一息ついていると、聡明になった意識で、自分が涼葉の部屋の涼葉のベッドにいる現状を自覚しだす。
急に落ち着かなくなり、つい視線をあちこちに向けてしまうけど、それはそれでまずい。さすがに昨日からここにいるので見られたくないものは片付けていると思うが、万が一洗濯物でも干してあった日にはしばらく涼葉の顔を見れなくなってしまう。
そう考えて、はたと動きを止めた。
よく考えると、諒一が涼葉の部屋とベッドを占領してしまっていた。
涼葉はリビングで寝たのだろうか。洗濯物だって下着なんかは七階とはいえベランダには干さないだろう。
恐る恐る見ると部屋の隅に洗濯バサミがたくさんついているあれがかけてあるから、普段はここに部屋干ししているんだろう。
そう考えるとやはりかなり迷惑をかけてしまったに違いない。直接そう言っても涼葉は受け取ってくれないだろうから、何か別の形でお礼しないとな……
そう考えていると、リビングがやけに騒がしくなっていた。
聞き覚えのある声と特徴的な喋り方に誰が来たのか想像がついた。
そして勢いよくドアが開く。
「お久しぶりっすー。諒一先輩たいへんだったっすねー。でも……お楽しみだったっすね」
口に手を当て、グフフと擬音がつきそうな笑い方をしている舞香の顔を押して遠ざける。
うざいし、まだ風邪をうつす可能性もある。
「ふふ……まさか涼葉先輩の部屋に泊まってるとは思ってなかったっす。なかなかやりますね」
「何がだよ……熱でぼうっとしてるうちに総一郎さんが運んじゃったから仕方ないだろ?」
「ほうほう、仕方ない、と。では嫌々ここにいたと?」
「ぐっ……」
久しぶりに会ったからか、ぐいぐい攻められて諒一は思わず口をつぐんだ。
「ふふふ……じょーだんっす。涼葉先輩が心配してくれたんすね?よかったっすね、涼葉先輩が隣にいてくれて」
舞香が言った事は悔しいが確かだ。
涼葉がいなかったら、隣が涼葉じゃなかったら……諒一は自分の部屋で一人、何も飲まず食わすで熱が下がるのをじっと待っているしかなかっただろう。
涼葉にはもう頭が上がらない。
「もう、舞香さん!りょういちくん病み上がりなんですから騒がない!おうち出て行ってもらいますよ?」
舞香の分の飲み物を準備してきたのだろう。涼葉はぷんすかと舞香を嗜める。
ごめんなさいっすー、それだけはー。と正座してははぁーと頭を下げる舞香にしょうがないなという顔をしている。
「随分長く帰ってましたけど、そんなに用事に時間かかったんですか?」
飲み物を提供して、落ち着いた涼葉と舞香はクッションを持って床に座り、諒一はベッドの上だ。とても居心地が悪いのだが、涼葉がそれ以外を許容してくれない。
仕方なく、そのままベッドに座りお茶に口をつけていると、涼葉と舞香は帰省の話をしていた。
舞香は少し前……ちょうど涼葉の部屋のキッチンで水漏れが起きたくらいに実家に帰省した。
あじさいに入るための手続きで実家のある市の市役所まで行く必要があったらしく、ついでに祖父母に挨拶をしに行ったとの事だった。
「いろいろと書類を取らないといけなかったんすよ。それに、固っ苦しいっすけど、おじいちゃんやおばあちゃんは優しいっすから。まあ、うちの家は当主の意見が一番強くて、いくら親でも代替わりしたら何も言えないんすけど」
今の環境を招いた原因の父親には祖父母といえど意見は出来ないと、舞香は言った。
「あじさいの事をよく知らないから、支援施設に入るって聞いて難色を示してたっすから、総一郎さんや亜矢子さんも気にしてたみたいで……まぁ少し話したらすぐに理解してくれて、孫をよろしくー、なんて頭下げてましたけどね」
手続きや祖父母との交流はうまくいったのだろう。機嫌良く舞香は語った。
「あ、そうだ!」
ポンと手を打つと舞香が自分の荷物をゴソゴソし出したと思えば、小さい紙袋に入った何かを諒一に差し出してきた。
「これ、おみやっす。つまんないもんっすけど、よく使う物につけて大事にしてくださいっす」
つまらない物と言いながら大事にしろとは。舞香の言い草に思わず笑いながら諒一はそれを受け取った。
「どうぞ、開けてくださいっす」
そう言う舞香に押されて中身を出すと、ディフォルメされたキツネらしきマスコットが出てきた。ストラップ……というより根付か?珠のような鈴がついていて、ぶら下げられるように紐もついている。
青い蝶ネクタイをつけたキツネは可愛いらしい感じで、下げるための紐もカラフルな組紐になっている。
「おお、サンキュ。かわいいじゃん」
そう言いながら早速スマホにつけてみる。持ち上げて見せると舞香は満足そうに頷いた。
「うんうん、いい感じっす。それ、私の気持ちっすから。外したら怒りはしませんけど、めっちゃ悲しむっす」
「なんだよそれ……まぁかわいいし、あまり見た事ないキャラだから誰かと被ることもないだろうからつけとくよ。」
そう言いながらキツネを眺めていたら、ぱしんと音がした。音の方を見ると、頭を押さえながら笑う舞香と、頬を染めて憮然とした顔をしている涼葉の姿があった。
なんだかんだ仲いいよなー。などと思いながら可愛らしいキツネを眺めていると、背中に相川神社と文字が入っている。
「神社で買ったのか?」
諒一が聞くとニコニコしながら舞香は頷いた。
「うちの実家の近くにある神社っす。霊験あらたからしいっすよ」
「へぇ……ちなみになんのご利益のある神社なんだ?」
「色々っすけど、良縁に恵まれるとか……あと健康とか学業とかもあるっすねー。神社の言い伝えに、神様のお使いのオスのキツネとメスのキツネが神様のご縁で結ばれて、それに感謝したキツネ達が世の男女の仲を取り持つお話があるっすー」
やけにご機嫌な様子でそう話す舞香を涼葉がまた叩いていた。
涼葉だから痛いことはないんだろうし、舞香が楽しそうに笑っているので、あまり気にしてない。
「あ!言い忘れてたっすけど、お二人とも。そのストラップ、組み紐が特殊な編み方してあってですね、一度外したらもうつけれないしご利益もなくなると言われてるっす。本来は願いが叶った時に感謝しながら外すのが正しい使い方っすねー」
やけに楽しそうな舞香を少し怪しく感じながらストラップを見ると、確かに変わった編み方になっている。
「それつける前に言ってくれよ。気になるじゃ……」
「いたたた、痛いっす。涼葉先輩つねっちゃダメっす」
思わず口を止めて見ると、涼葉にしては珍しく、割と痛い攻撃をしていた。脇腹をつねられて舞香は痛いやらくすぐったいやらで悶えている。
「……仲良いなー。」
無意識に少し不機嫌な声を出していた諒一だった。




