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68.諒一

「熱は大分下がりましたね」


 涼葉は安心したように微笑んで体温計をしまう。結局昨日はあのまま爆睡してしまい、気づいたら朝だった。普通ならとっくに学校に行っていないとおかしい時間に、涼葉が飲み物と体温計を持ってきてにっこり笑いながら「熱測りましょうね」

なんて言うから、照れるやら涼葉に学校を休ませてしまった事の罪悪感やらでパニックになりかけたが、クスクスと笑う涼葉に「今日は祭日ですよ?」と言われてしまい、がっくりと脱力してしまったのである。


 だから涼葉に上着をはぐられて、熱を測られても仕方ないのである。顔が赤いのも熱のせいなのだ。


「熱は七度三分ですけどね?」


 と言ってクスクス笑う涼葉を軽く睨む。


 薬が効いたのか、別の何かが効いたのか朝になったら諒一の熱は大分引いていた。朝一に総一郎から涼葉に連絡があって様子を聞かれたそうで、状況を伝えたら病院に行くよりそこでのんびりしていた方が直りが早いかもね。とよく分からない言葉をもらったらしい。


 ちなみに諒一が起きたときは、きちんとベッドに一人で寝ていた。きっとあの後寝てしまった諒一を寝かせて毛布まで掛けてくれたようだ。


「すっかり世話になっちゃったなぁ……っていうか、女の子の部屋に寝かせていく総一郎さんもどうかと思うけど……」


 涼葉から話を聞けば、部屋で諒一がソファで寝ていた時、触ってすぐわかるくらいに熱があったらしい。涼葉一人ではベッドまで運ぶのも難しいので、総一郎さんに相談にいったと。その時に自分が看病をするので自分の部屋に運んでほしいと涼葉が総一郎さんに頼み、運んでもらったという事らしい。


「なので、私が頼んだんです。総一郎さんは悪くありませんので……」


 少しうつむきながら涼葉は自分が原因なのだとすべて話してくれた。まぁ、だったとしても本気で運んで二人っきりにするのはどうかと思うが、これ以上言うと涼葉が落ち込みそうなのでこの件は水に流してしまおうと思う。


「世話になったのは俺の方だから、何も言う資格はないしな」


「世話と言うか……りょういちくんはなんだか放っておけませんし、他人とも思えないんですよねえ。因みにほんとは五十歳だって知ってるの他には誰がいるんです?」


 ちなみにから、口に手を当てて声を潜めて聞いてきた。


「そう聞くとなんか年ごまかしてるみたいだな。それに、他って……涼葉しか知らないけど?ペラペラ話すような事でもないし」


「そ、そうなんですか、ふ、ふーん私だけ……」


 自分だけ。そう聞いた涼葉はどことなく落ち着かない様子でそわそわしだした。


「どした?」


「え?な、なんでも……そうだ、りょういちくんお腹減ってるでしょ?いい加減。おかゆ作ったんです。」


ごまかされたような気がしたが、せっかく涼葉が作ってくれたのならありがたく頂くべきだろう。


「そうだな、ありがとう。おとといの夜から何も食べてないから……さすがに少しおなかすいたかな?」


 諒一が食べると言った事にパッと顔を明るくさせて、涼葉は立ち上がった。


「じゃ、持ってきますね」


 にっこり微笑んで部屋を出ようとして、ぴたっと止まった。そして油の切れた機械みたいな動きで振り返る。


「おとといの夜って言いました?」


「実はそうなんだ。おととい割といろいろあったじゃないか、そんで家帰ったらご飯作る気分にもなれなくてさあ……そのまま寝ちゃったんだよな」


 ハハハと笑う諒一の声に、「は?」という涼葉の低い声が合わさる。笑っていた諒一の動きがぴたっと止まった。


「昨日丸一日食べてないのに、おとといまで?」


「あ、いや……疲れてたんだろうな?寝落ちしちゃったっていうか……」


「ああ、なるほど。わたしのせいですね。家までおんぶさせちゃいましたもんね」


 平坦な声で涼葉がそういうと、諒一が慌てて否定する。


「ちが、違うから!涼葉くらいなんともないから。疲れてたのは別件だから!」


「でも、その別件とやらで疲れていたのに、私はおうちまでおんぶを……」


 平坦な声のうえ、さらにすとんと表情まで消えた。これは諒一にとって最大に堪える。


「違う、違うから!俺が悪かった、つい面倒で……俺が手を抜きました」


「手を抜いた?」


「はい、ごめんなさい」


 諒一が頭を下げると、涼葉は大きくため息をついた。


「……今度からめんどくさいとか、食べたくないなとか思ったら私に連絡してください。食欲なくても食べれそうなものを頑張って作りますから……」


「いや、そんな頑張ってまでつく……「連絡ください」


 スッと近づいてきた涼葉の顔が諒一の顔のすぐ近くまで迫ってくる。


「いいですね?」


「ハイ、ワカリマシタ」


「よろしい」


 満足そうに頷いた涼葉は胸を押さえる諒一の腰回りに触りながら言った。


「もう、そんなんだからこんな細いんですからね?大体私の持ってる一番大きいサイズだったとはいえ、なんでスムーズに着れるんですか?私、密かにショックだったんですからね!」


 熱が高かった時に何度か体を拭いたのだが、その時に寝巻きとして涼葉の洋服を借りている。

 もしかして着れるんじゃないか?と半信半疑で持ってきた涼葉は確かに驚いた顔をしていた。

 

 「そこは男女の脂肪の差というかなんというか……」


「……試しに今度諒一君の服を貸してください。もし私にぴったりだったら、ちょっと考えないといけませんね」


 そう言いながら涼葉は部屋を出て行った。何をどう考えるのか怖くて聞けなかった。


「……俺の服で一番多きいサイズ探しとこ……」


 と、密かに決心する諒一だった。

 

 

 ◆◆◆◆


 

「あの、涼葉さん?」


「はい」


 と、涼葉はにっこり笑って返事をする。とてもいい笑顔だ。諒一におかゆを食べさせようとさえしていなければ……


「や、自分で食べれるっていうか……」


「そうですか。それはそれとしてどうぞ」


「聞く耳ないね?」


「……おとといから食べてないんですよね?」


「それ関係なくない?」


「ない事もないです。いいから黙って食べる」


 そう言って、グイッとレンゲを口に押し付ける。仕方なく口を開けると、そこからはそっと口に運んでくれる辺り涼葉の優しさが表れている。


「どうですか?」


 咀嚼し、飲み込んだのを見て涼葉が聞く。


「うん、おかゆ」


「まあそうですよね」


 おかゆにあまり個性を求めてはいけない。


「いや、ほんとありがたいけど、さすがに自分で食べれるから」


 次を掬おうとした涼葉の手を止めて、諒一が必死めの口調で言う。


「そうですか」


 と、意外にあっさりと持っていたおかゆとレンゲを諒一に渡してくる。ほっとしながら諒一はそれを受け取った。


「あり「おんぶしたから……」


 お礼を言おうとした諒一の声に消されそうなほど小さく、涼葉が呟く。ぷるぷると震えだした諒一はスッとおかゆを涼葉に差し出した。


「お願いします」


「はい!」


 もう、にっこにこの笑顔で涼葉はそれを受け取って、嬉々として諒一に食べさせるのであった。


「ご、ごちそうさまでした。」


「はい、どういたしまして!」


 終始ご機嫌な様子でおかゆを食べさせた涼葉は、温かいお茶をいれるとベッドの脇にあるローチェストに置いた。


「少し熱いですからゆっくり飲んでくださいね?」


「あ、うんありがと」


 やや疲れたように礼を言う諒一に涼葉は少し噴き出してしまう。


「お疲れですね」


「まあ……」


「ふふ……ごめんなさい、私が原因ですね。でもりょういちくんは自分の事は軽視しがちですからこれくらいした方がいいと思ったんです。今度また風邪でも引いたら同じことしますからね?むしろ回数を重ねるごとにアップグレードするかも……」


 そんな事を言う涼葉に、諒一は頬をひきつらせながら「き、気を付けます」と、絞り出すように答えた。



「ふふふ……それじゃあ、あとしばらくはゆっくり寝てください。もう邪魔はしに来ませんから」


 そう言ってにっこりと笑って涼葉は部屋を出て行った。


「ふう」


 息をつきながらベッドに横になる。嵐みたいな時間だった。ただ、こうして一人になり、静かになった部屋にいると、何となく寂しさを感じるのも確かだ。


(すっかり涼葉がいるのが当たり前になってる。さっきも恥ずかしかっただけで嫌ではなかったあたり、もうだいぶ重症のようだ。今度の人生は涼葉依存症ってか?それはだめだろ。)


 毛布をあたまからかぶり、余計な事を頭から追い出す。

 眠りにつくまでしばらくずっと脳裏に涼葉の笑顔がちらついていた。


 

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