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6.部屋の鍵

 ただ、外だというのにこれだけ二人の世界を繰り広げる二人だ。これが自宅になれば……よほどじゃない限り、自宅に伺うのは避けよう。諒一はまずそれを心に刻んだ。


「それで、七階を支援者に貸し出していて四部屋あるうちの三部屋は空いてる。そのうちの一部屋を君にって、国分さんから相談されたってわけだ。一応、君のことについて、資料は貰っているし、君のおかれている状況についてもある程度は理解しているつもりだよ。だから君はここから学校に通って、いつかは自立できるように学んでいってほしい。このマンションは、そこいらの賃貸物件よりもきれいだし、セキュリティも一流と自負している。気後れする部分はあるかもしれないが、これまで人よりも恵まれなかったんだ、せめて少しでも取り返す手伝いをできたらと思ってるよ」


すごく整った笑顔で総一郎はそう言った。見た目も言う事もイケメンな人だ。


諒一が何も言えずにいると、ミルクティーを飲み干した亜矢子が立ち上がった。


「あとは現地で説明するわ。行きましょ」


そう言うと立ち上がる諒一の手をさっと掴み引っ張る。


「あ、ちょ……」


「ふふ……いくわよ」


離婚した両親の、父方に引き取られた諒一はこれまで母親と手をつないで歩くといった経験はほとんど無い。それだけに恥ずかしかったのだが、なぜか拒むことができず唸るような声を出すことしかできなかった。


隣では総一郎がそんな諒一の気持ちをお見通しとばかりに、二人を微笑ましそうな顔をして見ている。

 いくら五十歳まで生きた経験があったとしてもこの二人には勝てる気がしない。


諒一の手を握ったままエレベーターのボタンを押した亜矢子はニコニコと諒一を見て来るし、もう目を逸らすくらいしかできなかった。


そうしているうちに、エレベーターが来てあっという間に諒一たちを七階まで運んでくれる。

 エレベーターの扉が開くと、柔らかい風が吹き込んでくる。一歩出ると、通路からは遠くにある街の灯りがよく見える。郊外にあるあじさいの周りは、田んぼが多いので、明暗のコントラストで、まるで自分が違う世界にいるような錯覚を覚える。


 ただ、しっかりと繋がれた手が、お前はここにいるんだと教えてくれているようだった。


「さあ、ここよ。さっきのカギで開くから」


 エレベーターを降りて最初の部屋。その部屋の前で足を止めた亜矢子がそう言った。

 開けろという事だと判断した諒一は無くさないように握りしめていた鍵を702と表記されたプレートがあるドアの鍵穴に差し込もうとした。


 ちりん


「えっ?」


 諒一は何かの音が聞こえた気がして、周りを見たが、そこには急にキョロキョロしだした諒一を、首を傾げて見る総一郎と亜矢子しかいない。二人には聞こえていない?


「どうかしたの?諒一くん」


 亜矢子が少し心配そうに言うので、「いえ、大丈夫です」と返して、鍵穴に鍵を差し込む。


 そのまま回すと何の抵抗もなく回って、がちゃんという音がする。

諒一は開けてもいいのか、と振り返るとあいかわらずのニコニコに笑顔で促される。


「ふう……」


 諒一は一つ息を吐いてドアを開けた。

 人が住んでいない部屋なので、澱んだ空気があるかと思っていたが、むしろ涼やかで心地よい空気が流れてくる。

 

 時刻はすっかり夕方になっていて間もなく夜のとばりが下りてくる時間だ。玄関から短い廊下が伸びていてリビングが正面に見えるが、日が差し込まなくなっていてもう薄暗い。


「……お邪魔します」


「まあ、あなたの部屋なのに丁寧ね。」


うふふと笑われながら言われるのを聞きながらリビングに入る。


 カーテンが閉め切ってあるので、部屋の中は暗くてほとんど見えない。


 ちょうど目の前に、リビングとキッチンを仕切るカウンターがあり、そこにポツンとリモコンが置いてある。形からして照明のリモコンだろうと思った諒一が、とりあえずそのリモコンを取った。


「あら?」


うしろで亜矢子が何か言ったようだが、その時には諒一はリモコンのボタンを押していた。


 ちりん


 「ピ」という音と共に一気に部屋が明かりで満たされる。またあの音が聞こえた気がした諒一は、明るくなって初めて見えた光景に心を奪われ、それどころではなくなった。


「え?」


「あらあら」


「おや……」


三者三様の言葉をこぼしながらも全員の視線は一か所に集まっている。最初の説明で基本的な家具は揃っているということだったので、リビングにソファがある事はいい。ソファの前にガラス製のお高そうなテーブルがあったり、その先にはテレビボードに畳みたいなサイズのテレビがある事も、まあいい。いや、いいか?よくない気がするけど今は置いておく。


三人が見つめる先にはリビングにあるソファに寄りかかってすやすやと眠る少女がいた。

 照明の灯りに照らされた艶やかな黒髪は、まるで輝いているようで、すやすやと眠る姿は油断しきっているように見える。


慌てて空閑夫妻を見ると、二人も想定外ではあったのだろう。いくらか焦りが見えるがそれを上回るように、何故か微笑ましい表情をしている。


「あの……亜矢子さん?この子は……?」


 とりあえず聞いてみると、亜矢子が我に帰ったように答えた。

 

「え?ああ。この子は卯月涼葉(うつき すずは)ちゃんね。701号に住んでるから諒一君のお隣さんになるわ。仲良くね?」


「いやそうじゃなくてなんでここで寝て……」


 いるのか……。そう聞きたかった諒一の問いかけは、亜矢子の歓声にかき消された。

 

「見て総一郎さん。涼葉ちゃんこんなに無防備な顔しちゃって、かわいい!」


 総一郎も亜矢子を止めるどころか、微笑ましい表情を少女に向けている。

 

「そうだね。女の子の寝顔はあまりじろじろ見るものじゃないけど、彼女が気持ちよさそうに眠っているのを見れたのは僥倖だね」


聞いちゃいねえ!


恐らく二人は知ってる子なんだろうが、こっちは全くの初対面だ。そんな知りもしない奴に初手で寝顔を見られたとか間違いなく口もきいてくれなくなるパターンだろう。

そう考えた諒一はそっと後ろを向いて、気を紛らわせるために、備え付けだろう食器棚を眺める。


「はは、高そう……。俺ここで暮らすの?」


あまりの環境の激変ぶりに戸惑いしかない。


「ん……んん?」


「あら涼葉ちゃんおはよう。かわいい寝顔だったわよ?」


「ひゃあ!」


かわいらしい悲鳴をあげて明らかに狼狽しているであろうことが背中越しにもわかる。よかった見てなくて……


そう一安心した瞬間だった。今日何度目だろうか……強引に手を取られ引っ張られて、さっきまで眠っていた少女の目に前に座らされた。


「うぁ……」


「あ、ああ……」


「ほらほら二人ともご挨拶しないと。基本よ?」


「いや、基本の前にまずはデリカシーというものを……」


さすがにこれは言ってもいいだろうと立ち上がろうとした諒一の耳に心地よい音が聞こえた。


「あ……あの、卯月……す、涼葉です……」


少女はそう言うとぺこりと擬音が聞こえてきそうな感じで頭を下げた。


「っ……!」


挨拶をされたからと真正面から見つめた諒一は思わず絶句した。まだ眠そうにしている少女は腰のあたりまでありそうな長い綺麗な黒髪をまとい、Tシャツにショートパンツ+レギンスというラフな格好ながらまばゆく感じるかわいらしさを見せていた。

 寝起きなので化粧も何もしていないはずなのに、肌は透き通っているように白く、整った目鼻立ちは「かわいい」と「きれい」のいいところを合わせた感じだ。

 諒一が人見知りじゃなかったとしても、初めて目にすれば、言葉を失うに違いない。


「ほら、いくら涼葉ちゃんがかわいいからって見とれて挨拶も返さないのは減点よ」


こっちの気持ちも知らず、そう言いながら背中をパンと軽く叩かれる。ただその軽い衝撃で我に返ることができた。


「んん!ええと……今日からここで暮らすことになった水篠諒一です」


何とか直視しないことでそれだけ言う事が出来た。年を経てだいぶ改善したとはいえ、諒一のベースは引っ込み思案の人見知りなのだ。かわいい女の子相手に気の利いた事どころかスムーズに会話をする事も危ぶまれる。


「あ、え、っと……その」


目を逸らしながらなんとか自己紹介をした諒一だったが、その正面で涼葉はあからさまに狼狽している。顔は紅潮して瞳をぐるぐるとさせていて、今にも倒れそうで心配になる。と、思っていると「きゅう……」と、どこから出たのか分からないかわいらしい声を漏らしながら、さっきまで寄りかかっていたソファに倒れこんでしまった。


「ええっ?ちょ、亜矢子さん!」


慌てて助けを呼ぶが、亜矢子はあらあらと呑気な声を出しながらのんびりと涼葉を抱えるとソファの上に寝かせて上からブランケットを掛けてやっている。


「し、心臓に悪い……いろいろと」


「そうねぇ。涼葉ちゃんはちょっとその辺では見ないくらいの美少女ですもんね」


「いや、そうじゃなくて!それもあるけど、そうじゃなくてですね!」


慌ててよく分からない事を言っていると、亜矢子は戸惑う諒一を微笑ましそうに見て笑って、爆弾を落としてきた。


「うふふ、落ち着きなさいな。まあ無理もないわね。ここ……鍵かかってたのに。涼葉ちゃんどうやって入ったのかしら?」


「は?」


 ちりん


 亜矢子の言葉にポカンとした諒一の耳に、またあの音が聞こえた……。

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