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67.諒一

涼葉の優しい心に包まれている安心感からか、考えるよりも先に口が動いていた。

 

「多分学校に行ってなかった事もあるんだろうな……」


「え?どうしてですか?」


 ああ、それと熱のせいか……少し自制心が緩くなってるな。と自覚しているのについ話してしまうあたり、だいぶ涼葉に心を許してしまっているらしい。


「その頃には父親の家を飛び出してたんだ。同じころに母親の所に遊びに行ってたりしてたから……じゃあこっちに住めよってなってさ」


 いつの間にか、涼葉は諒一の隣、ベッドの上に座って話を聞いていた。このベッドは涼葉のだからむしろ当たり前なんだけど……


「まあ、普通親ならそう言うかと。自分の子供がまともな生活ができていないわけですから……」


「でもさ、いくら本当の親でも二十年離れてたら、なんかよそよそしくって……こんなところでも俺の引っ込み知りが邪魔してたのかも」


 俯いて話していると、涼葉がおずおずと諒一の手に自分の手を重ねてきた。きっとつらいと思って慰めてくれているんだろう。


 「そんな感じでちょこちょこ熱出すし、痛みはあるしで、仕事を休んでいた時期もあって、しょうがねえ奴って思われてたんじゃないかな……何度も熱出してると、あまり心配もしてくれなくなる。夜中に四十度近い熱だして、寝てられないんだよ、痛くて……意識は朦朧とするしで。朝になって起きてきた親が言うんだ。「また熱出してるの?病院行きなよ?」って」


涼葉はじっと諒一を見つめたまま身じろぎもしない。


「んで、ふらふらしながら病院行くと、今度は先生から怒られるんだ。こんな状態で一人で車運転してきたのか!って。」


「そんなの……当たり前じゃ、ないですか……私でも、言いますよ」


「俺もだんだん諦め入ってきて、自分の病気について調べもしなくなっていって……熱出たら病院行って痛み止めと抗生剤貰ってきて二~三日仕事休んでを繰り返して……十年以上経ってから、ある時会社の同僚に言われたんだ。「ちゃんと気分転換してる?」って。その時は何言ってるんだろって思ったんだけど、知らないうちに鬱っぽくなってたみたいで……周りが見てて心配するくらい。そこでようやく俺もハッとしてさ……大きな原因はやっぱ痛みだから、そこで改めて症状とかで調べたら一発で出てきた。その専門の病院行ったらすぐ病名ついて……貰った薬飲んだらびっくりするくらい緩和されて……いやーあの時は感動したよ……」


「…………」


「ま、その当時で結構新しい病気だったらしくて、治療薬はなかったんだけどね。痛みを緩和するだけで……最後までずっと痛み止めは使ってた。ああ、そうか。だから痛み止めに詳しいん……」


「りょういちくん!」


少し強めに呼ばれ、ハッとする。知らないうちに夢中で話していたらしい。思っていたよりも心の中に溜まっていたのかな?と苦笑していると、横に引っ張られた。


「……涼葉?」


「……黙ってください。おとなしく、言う事を聞いてくだ、さい」


引っ張られた諒一は涼葉の腕の中に納まっていた。さっきぎゃふんと言わされたことを思い出し、体がこわばる。

 

「あの、涼葉この」


「黙って!」


そう言う涼葉の声は完全に涙声になっている。胸に抱かれる諒一の頭の上にもしずくが落ちてきている。



「なんで……」


「え?」


「なんで、りょういちくんがそんな目に合わないといけないんですか?なんで引き取っておいて……」


 ぎゅうっと諒一の頭を強く抱いて、涼葉は自分の事の様に憤っている。自分の事の様に悲しんでいる。

 

「涼葉」


 そう言って身じろぎすると、涼葉は腕の力を緩めてくれる。諒一は抱かれていた頭を上げて、その代わりに涼葉の肩に手を回して引き寄せた。


「あ……」


 小さく声を出したが、涼葉がそれに抵抗する事はなく、諒一に寄り添う。その上で涼葉の頭を引き寄せて自分の頭と隣り合わせにした。


「涼葉が甘えさせるもんだから、なんか奥底に溜め込んでたもんまで吐き出してしまったみたいだ……、でもさ、違うんだよ、今の話はもう一人の俺がたどった人生だ。今の俺はもう分岐した違う人生を進んでるって思ってる。……前と違ってだいぶ幸せなんだ。助けてくれる人がいる。あじさいもだけど、前と違って涼葉がいるからな。それに、涼葉だって色んなもの抱えてここにいるわけだ。一方的に甘えさせるんじゃなくて、お互い支え合っていけたらいいなって思うんだ」


 諒一が静かな口調でそう言うと、涼葉はハッとした様に諒一を見た後、また頭を寄せて……頷いた。



 しばらくの間、そうして何も言わず寄り添ってくれた。顔を中心にすごく火照っているが、これはきっと熱のせいだ。


 どれくらいそうしていただろうか……ふいに涼葉が口を開いた。

 

「……本当ですか?」


「え?」


 「その……前と違って幸せって」


「ああ……うん。それは間違いないよ。前の時は誰もここまで心配してくれる人はいなかったしな。それに環境もだいぶ良くなってる。」


「…………私が、いるからって」


 ああ、さっきの話か。


「涼葉が一番俺を見てくれてるんじゃないか。一番こうして俺を甘やかして……支えてくれてるんじゃないか」


「で、できてますか?私、ちゃんと、できてます、か?」


「もちろんだよ。じゃないとこんなに甘えない……」


「そ……ですか。よかったです」




それっきり沈黙がおとずれる。それでも近くで聞こえる吐息や衣ずれの音。なにより諒一に安心を伝えてくれるぬくもりが全部教えてくれる。「一人じゃない」と。


 涼葉はずっと諒一の頭をなでている。最初は力が入ってぎこちなかったが、今は本当に慈しむように撫でてくる。それがあまりにも心地よくて、諒一の意識は夢と現実の境界を行ったり来たりしていた。


 いつの間にか、聞こえていた雨の音は消えていて、小鳥の鳴く声がベランダの方から聞こえている。それを聞きながらゆっくりと心地よい夢の中に意識を沈めて行った。


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