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66.諒一

「風邪薬……か」


 薬を見つめていると、涼葉が眉を下げて不安げに言う。


「お薬……もしかして飲めませんか?粉状の物しかなくて……お薬ゼリーとかあったらよかったんですけど」


 「え!?いや、そんなんじゃ……こ、子供じゃあるまいし」


 諒一がそう言うと、少し咎めるような顔になった涼葉が顔を寄せてくる。


「じゃあなんで飲まないんですか?そりゃあ薬なんて飲まないに越したことはないですが……熱をさげないと苦しいじゃないですか」


 咎めるようになった顔も、すぐに諒一をいたわる顔に戻ってしまう。どうも本気で心配をかけてしまっているようだ。


「多分風邪じゃないと思うんだよな……熱さましとかないよね?解熱鎮痛薬ってやつ」


「げねつ…………?ちょっと待ってください」


 そう言うと涼葉は薬を入れているらしき箱を持って戻ってきた。


「この中にありますか?」


 かわいらしい箱には、ばんそうこうや包帯、シップのほかに何種類か箱に入った市販の内服薬がある。でも常備薬でも置いてない限りないだろうな。と思いながら、一つ一つ見ていったがそこにはなかった。


「ないか、まあいいか。風邪薬にも少しその成分入ってるし」


 そう言って、最初に涼葉が持ってきた風邪薬をもらう。


「そうなんですか?」


 涼葉の言葉にうなずきながら風邪薬をのんだ。


「風邪薬って諸症状に効くようになってるからね。その中に痛みに効く成分がはいっている」


 そう言うと涼葉は目を丸くして、さっき諒一が飲んだ薬の箱を見る。


 諒一も飲んだ薬の袋の説明文に目を通す。


「ああ、これ。アセトアミノフェンってやつ。これが熱と痛みに効く……」


 そこまで言って、涼葉がジトッとした目で見ている事に気付いた。


「りょういちくん?なんでそんなに詳しいんですか?なんですか、水道の仕事してて電気工事もできて薬剤師もしてたんですか?」


「違う違う!あー……ちょっとね」


 そう言ってごまかした言い方をしたらよくないのが分かっているのに、ついしてしまうのはなぜだろう。ジト目で見つめられている最中に軽く逃避していた。


 涼葉はそんな諒一をしばらく見つめていたが、軽くため息をつくと表情を戻した。


「まあいいです。あんまり追及するものでもないですしね」


 と、どこか寂しそうな顔をして薬をしまいはじめた。


 ……ジト目よりその顔の方が効く!


「あー……俺持病があったって話したよね?」


 そう言った途端、顔が曇った。だから言いたくなかったのに……


「その……なんか痛みが全身のあちこちに出るっていうやつですよね。血液検査してもレントゲンとかとっても異常でないから誰にも理解してもらえなかったって……」


「もう、なんですでに泣きそうになってるの」


 そう言うと涼葉はプイっと横を向く。


「なってません」


「そっかなー。ちょっとこっち向いてみて?」


「なってませんってば……」


「わかった。じゃあこっち向いてみてよ」


「もうっ!ばか……」


 肩を叩かれた。最近ちょっと痛い……


 少し遠慮がなくなってきている事が、なんか嬉しくてついニヤニヤしてしまう。叩くのが痛くなってるのに喜ぶという、知らない人が見れば少々危ない構図になっている気もするが。


 「……ニヤニヤして、馬鹿にしてるでしょう?」


「そんな事!このニヤニヤはそんなんじゃないって」


「……どうだか。最近りょういちくんは少し私を甘く見てます。そんなだったら私もりょういちくんをぎゃふんと言わせるような事をしますからね!」


 人差し指を鼻の所に突きつけながらそんな事をいう涼葉がかわいくて、ついからかってしまう。熱のせいか、すこしぼーっとしているせいか、普段より抑えが効いていない自覚はある。楽しいからいいけど……


「へえ……」


「なんですか、そのへえ、は。私にはできないと思ってるでしょ」


「いえいえそんな滅相もない」


「っ!もう、そんな言い方と顔が馬鹿にしてます!」


「まさかー」


「めっちゃ棒読みですね。わかりました、そこまでりょういちくんが馬鹿にしてくるならいいです。ちょっと目を閉じてください」


 むっとした顔でそう要求してくるのが、またかわいいなぁと思ってしまうが、あえて挑発に乗って目を閉じる。涼葉の事だから、まさかキスしてくるわけでもあるまい。

 ニヤニヤというよりも、微笑みながら目を閉じる。


「いいと言うまで開けたらだめですよ。途中で開けたら怒ります」


「分かった、開けない」


 その余裕のある態度に、またむっとしているのが目を閉じていてもわかる。だからつい頬がゆるむんだよなー。などと考えていたら……


 ふわっと甘い香りに包まれた。頭を抱くように包まれて……顔に柔らかいものを感じる。柔らかいものが、少し固い布に包まれているような感触……


 想像した瞬間、全身の血液が頭部に集まって来たような錯覚を覚える。もちろん目は固く閉じている。もし目を開けて、想像通りの物が目の前にあったら熱が上がってぶっ倒れるかもしれない。


 優しい、甘い香りに包まれていたのは数秒だった。とんでもない余韻を残してそれが離れて行く。


「もう、目をあけても、いいですよ?」


 そう言われ、ゆっくりと目をあけると頬を染めながらどこか勝ち誇った顔をした涼葉がいた。


「なんちゅう事を……」


「あら、何をしたかわかってるので?」


 挑発するような顔で聞かれたけど、そんな事口に出して言えるはずもなく……多分さらに赤みを増した顔で目を逸らすしかできない。


 それを見た涼葉がご満悦の表情で言った。


「ふふ……私の勝ちですね。りょういちくんはこれに弱いんです。これに懲りたら馬鹿にするもんじゃありませんよ?」


 子供を諭すように言われたが、諒一にはもう返す言葉もない。


「……ぎゃふん」


 そう言って、枕に顔をうめるようにベッドに横になった。


 頭の上から涼葉の楽しそうな声が降ってきて、しばらく顔を上げることができなかった。



 涼葉から逃げたのに、逃げた先も涼葉のにおいがしている事に気付くのに数秒かかった。


「で?」


「で?」


 涼葉から聞かれたす意味がすぐに分からず、同じ言葉を返してしまった。


「もう、お話の続きです。りょういちくんの持病がどうかしたんですか?」


 あんまりにインパクトがすごくて少し前の会話が全部飛んじゃってた。持病の話、何のためにしてたんだっけ……少し考えて思い出した。


「ああ痛み止めね。……結局熱出して痛くて、病院行っても病名がつかないから、風邪でしょみたいに言われて無難な風邪の諸症状の薬出されるくらいだったの。でも痛みは訴えてるから病院によっては痛み止めもでる。それが二三か月に一回くらいに頻度であったから、覚えるんだよ。痛み止めの薬の名前。ずっと痛いから仕事が忙しい時とかに、それ飲んでごまかし続けて仕事してたから……


「うう……覚えるほどですか?」


「そうそう。さっきのアセトアミノフェンとか、ロキソプロフェンとかそんなやつ」


「ええ……そんなの聞いたこともありませんけど……でもロキソなんとかは聞いたことあるような気も……」


 それはそうだろう。諒一が挙げたのは成分の名前だから。薬としての商品名は違う。もちろん、諒一は薬剤師でもなければ看護師でもない。当然医師でもないから、それがどんな効能があったとか詳しいことは知らない。貰ってた薬の名前を憶えているだけにすぎない。うろ覚えだったりもする。


「薬によってよく効くやつとかもあったから、病院に行った時に言うんだよ。前これ飲んだ時に効いたから、出来ればそれ下さいって……医者によっては不機嫌になる人もいたけどね」


「お医者さんにそんなこと言うからですよ……」


「あはは……」


「ならりょういちくんのご家族はそういうお薬に詳しかったんですね?」

 

「ん?ああ、いや俺だけ。二三か月に一度くらいの頻度で熱出してると、慣れちゃうのか……それに検査では何も出ないわけだし」


「え?」


 涼葉が信じられない物を見たような顔をしている。


「でも、熱は出ているんでしょ?今みたいに」


 どこか、縋り付くような目でそう言ってくる。


「うん、そうだね」


「ええ……」


 こんな話をすれば、涼葉の事だから悲しむか憤るかするのが分かっているだろうに気づいたら話していた。こういうところは涼葉に甘えているんだろうなぁ……と自覚してしまう。 熱でぼんやりした思考で諒一はその心地よさに身を委ね始めていた。

 

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