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64.好みのタイプは?

「むふーん。おかえり」


「いきなりその顔はやめてくれ篠部」


涼葉をおぶったまま教室に入ってきた諒一を見た友人たちの表情は様々だった。大志は単純に驚いていたし、壮太は心配そうに見ていた。ただ、篠部は入ってきた諒一を見るなり、にやっとした笑みを浮かべたのだ。


「いやー、心配してたけどだいじょーぶみたいだねぇ。うんうん」


そう言いながら涼葉の背中はを優しく撫でているようだ。そんな涼葉はさすがに恥ずかしいのか寝たふりを決め込んでいる。


「おい、大丈夫なのか?卯月さん。結構泣いてたし」


壮太は立ち上がって心配そうにしている。その横で大志はすでにいつもの顔に戻っていた。


「牛島には、俺からきつく言って帰らせた。さすがにあれはあんまりだしな」


牛島の名前が出た瞬間、涼葉の体がびくっとなったが、寝たふりをやめるつもりはないようだ。


「そうか……みんな今日は悪かったな。本当にありがとう」


改めて礼を言うと、みんながぽかんとしている。色々と迷惑をかけた上に、最後の始末までさせてしまったのだから、礼を言うのは当然だと思うのだが。


「お前、何言ってんだ。友達なんだ、当たり前だろう。むしろここで何もしなかったら友達を名乗る資格もないと思うぞ」


眼鏡の位置を合わせながら大志が言う。壮太も隣でうんうんと頷いている。


「いや、俺たちの代わりに説教までさせちゃって……気分悪かっただろうなって思うし……」


「確かに気分悪かったな」


ぴしゃッと大志が言うと、諒一はつらそうな顔になる。


「そりゃそうだろう。友達とその彼女をあそこまで悪し様に言われて気分を悪くしない奴なんかいないだろう?」


大志はそう言うとニヤッと笑った。


「もし同じようなことがあったら、俺たちはまた同じことをするぞ?もしそれが嫌だっていうんなら、友達をやめることだな」


友達をやめるなんて本気で言っていないのが丸わかりの表情で大志は言った。


「そうだよ。諒一はそんな事気にしないで卯月さんのフォローを考えとけ。弱ってる時ってよくも悪くも響くんじゃないか?よく知らんけど」


「また壮太は適当な事を……あんたが一番経験ない癖に」


篠部が呆れた顔をして言う。


「あああ!それは禁句だろ!傷ついた、今俺の心は深く傷ついた……大志!彼氏責任でお前に賠償を求める!」


「なんでだよ……」


そう言って騒ぎ出す友人たちを見て、諒一は少し笑って言った。


「……いい奴らだよな」


耳元で小さく笑ったような声が聞こえた。


「ふっ……ほんとにそのまま帰るのか?」


小さく笑いながら大志が言う。


「おう。涼葉起きないからな。」


諒一がそう言うと、大志は何も言わず苦笑した。壮太は……二人のバッグを取って、諒一の腕にかけてくれた。


壮太と話していると、その間に篠部が近寄って来て、涼葉を覗き込んでニコニコとしている。


「むふふー。涼葉ちゃんはかわいいなぁ。寝たふりする涼葉ちゃん。写真撮っちゃおうかなー?」


篠部がそう言った瞬間、涼葉の腕が動いてキュッと諒一の首を絞めてきた。もちろん軽くなので嫌なんだなと解釈して篠部の邪魔をしておく。


「寝顔を勝手に撮るのはどうかって思う。今度涼葉が起きてる時に本人に許可をもらってくれ」


「えー、諒ちゃんのけちー。……ねえねえお客さん、いまならお客さんにも一枚横流ししますよ?」


「う……」


諒一が思わず言葉に詰まると篠部の笑みが深くなる。スマホ片手に一歩近づいたところで、その首根っこを大志が掴んだ。


「悪乗りするんじゃない。まったく」


大志がそう言って、篠部の頭を軽く叩く。篠部はちぇー。とか言って悪びれてない様子だ。

……危なかった。パッと断る言葉が出なかった。そう思っていると、諒一の首に回されている涼葉の手の平だけが動いて、ぱしぱしと叩いてくる。


「ごめん、ごめんってば。ちょっと心が動いて、あ……」


ついそう言ってしまい、もう一度叩かれた。今度は少し強めに……。


「ふ……まあ気をつけて帰れよ」


「じゃね、諒ちゃん、涼葉ちゃん」


篠部は大志とどこか寄って帰るらしい。その後ろ姿を哀愁を背負った壮太が見送る。そして振り返って、俺たちを見た後さらに落ち込んだ。


「いーよなあ、お前ら。俺にもお相手をプリーズっ!」


そう言って廊下で両手を広げて大きな声を出している。廊下の向こうでは女子生徒らしき人がビクッとして教室に隠れるのが見えた。


「お前、まずそういうとこからだな」


そう言っておいた。


「あ、俺たちも帰るか。なんだかんだ遅くなったな」


もう窓から見える空は赤から藍色に変わっている。部活が終わる時間になり、人が増える前に早く帰ろう。そう考えたのが幸いしたのか、運良く誰にも会う事なく生徒用玄関まで来れた。外履きに履き替え、ちょっと苦労して涼葉の上履きを取って下駄箱に入れて替わりに靴を手に持つ。

 涼葉は諒一がそうしているあいだ、時々くすっと笑いながらも寝たふりをやめる事はなかった。


 陽が落ちて薄暗くなりつつあるマンションまでの道を、涼葉を背負ったままゆっくりと歩く。通行人の視線は集めてしまうけど、それはもう諦めた。


「涼葉、寝てるんだろ?」


 諒一がわざとそう言うと、ピクっと動いたがそれだけで涼葉は何も言わない。


「寝てるならいっか……今日はごめんな。俺は涼葉を守りたいって思ってたのに、頭に来て感情のまま突っ走ってしまった。完全に我を忘れてたよ……涼葉が止めてくれなかったら殴ってた……暴力はよくないよな。」


 涼葉の呼吸の音だけが耳をくすぐる。


「守るのと、攻撃するのは違うよな。俺はあの時あいつに向かって行くんじゃなくて、涼葉を庇わないといけなかったんだ。それなのに逆に涼葉に庇われて……」


 寝ているはずの涼葉が、スンと鼻を鳴らした。


「涼葉がつらい思いしてたのに、俺を庇わせて……ごめんな。…………これだけは言っておきたかったんだけど、涼葉が寝てるから仕方ないなー。独り言で我慢するか……」


 諒一の首に回されている涼葉の手に、一瞬だけグッと力がこもった。


「ふふっ」

 

 頑なに寝たふりを続ける涼葉に、何だか面白くなって諒一が笑いをこぼした。

 その笑いに対する反応は、また手のひらだけ動いてぱしぱしと叩いてくる。


 痛くも何ともない涼葉の攻撃を甘んじて受けながら、のんびりと歩く。


「もう……ばか」


 耳元でそんな声が聞こえた気がした。

 

そして、結局そのまま涼葉を背負って……マンションまで帰ってきた。


エレベーターで7階まで上がって涼葉の部屋の前まで行く。


「さて、どうなさいますかお嬢様。このまま涼葉の部屋まで入ってベッドに放り込みましょうか?」


顔を横にずらすと、涼葉が目を開けてじっと諒一を見ていた。


「いえ……そこまでは。っていうか、りょういちくんすごいです。ほんとにおうちまでおんぶしてくれました。正直、もっと早くダウンして降ろされると思ってました」


諒一の目の前でぱちぱちと擬音付きで拍手をくれる。


「馬鹿にしてんのか?涼葉くらいいくらでも背負うっての!」


わざと大げさに言うと、涼葉は少し笑ってきゅっと首に回した手に力を込めた。諒一の首を抱きしめる形だ。


「ありがと、りょういちくん。」


「おお。これくらいならいつでも……」やるよ、と言おうとして涼葉が首を振った。牛島の時の事かと思い、苦笑いになってしまう。


涼葉は諒一の首に顔をうずめたまま少しこもった声で話し出した。


「ねえ、りょういちくん。私ってかわいいですか?」


 控えめに涼葉が再度そう聞いてきた。

 

「何回言わせるんだよ。というか、涼葉はあんまりかわいいとか言われたくないんだろ?」


そう言ったが涼葉は質問を重ねてきた。


「私かわいいですか?」


「……かわいいよ。かわいくて今この瞬間もちょっと困ってるよ……」


そう言うと、しばし動きを止めた涼葉が急に力を抜いて諒一から降りた。


「おい、いきなりはあぶないって!」


焦る諒一を尻目に、さっさと自分の部屋の鍵を開けると、さっと玄関に入りドアから顔だけ出した。


「ふふ……りょういちくん、ちょっとドキドキしてました。嬉しかったです。」


黙っていたあの時、諒一の心音を聞いていたらしい。諒一の顔が熱くなる。


「すず……「ありがとうございます。諒一君から見て、私はかわいいんですね?」


諒一の言葉にかぶせて、あらためて聞かれ、照れくさい諒一は「お、おう」くらいしか返せない。


涼葉はそんな諒一を見て、ふにゃあとゆるんだ笑顔を見せると一言。


「うれしいです」


そう言ってドアを閉じた。


涼葉の笑顔に心臓に多大な負担がかかっていた諒一は、落ち着かせるのに必死で、涼葉の言ったうれしいをどう解釈したらいいか自室で考える羽目になった。


 ただ、そのおかげで重く圧し掛かっていた物が取り払われて、心がすっかり軽くなっていた。


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