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63.好みのタイプは?

誰もいない静かな廊下に、涼葉の息遣いだけが耳に入ってくる。背中を撫でる諒一に少しだけ体重を預け、何度も目元をぬぐうがなかなか止まってくれそうにない。


 「ぐ……ごめんなさい、りょういちくん」


しばらくして、ようやくいくらか落ち着いたのか、涼葉が口を開いたがいきなり謝ってくるところに諒一は苦笑する。


「また謝ってるし……。何に謝ってんの」


 静かに、やさしく語り掛ける諒一の低い声に、涼葉はしゃくりあげながら言葉を紡ぎだす。

 

「だって、り、りょういちく、んが……あんな、に怒って……」


「涼葉のせいじゃない」


 その言葉だけはピシャリと言う。そうは思ってほしくないから……


「でも……」


「いや、あいつ最近ずっと嫌がらせしつこかったから、少しいらついてたんだよなぁ。いやあ、俺も思っているより溜まってたのかもな?」


涼葉に自分のせいと思ってほしくない気持ちが、そんな言葉になって諒一の口から出てくる。


それでも……涼葉は何も言わず首を振った。頭に掛けたタオルがはらりと落ちる。だまってそのタオルを数回払ってから、涼葉の頭に掛けなおす。涼葉もそんな事が理由じゃない事くらいは分かっているんだろう。無理して出していた笑みも引っ込める。

諒一も取り繕っていた表面を取り払えば、抑えている怒りがほんのちょっと頭を出す。

 

「いや、誰だって怒るだろ。多分だけど、あいつ涼葉が嫌な事言ったんだろ?その……トラウマになっているような事とか……」


少し震えながら涼葉は小さく頷く。諒一は深くため息をついた。


「あいつは涼葉の事あまり知らないだろうけどさ……涼葉が嫌がるような事を言って、その上で何でも分かってるって顔してたからさ……腹が立って止まんなくなった」


怒ったわけを話すと、涼葉が顔を上げる。真っ赤な目をして、めいっぱい下がった眉尻。揺れる瞳でまっすぐに諒一を見る。


少しの間、黙って見つめ合い、やがてきゅっと口を結んだ涼葉が、目を逸らしながら声を出した。


「わ、わたし、は……かわいいで、すか」


「うん。かわいいよ」


間髪入れずに返ってきた答えに、涼葉の肩がピクリと動く。


「こ、こんな……情けない顔を、みせ……見せてるのに?」


「勘違いしないでほしいんだけど……なんていうか、俺は上っ面を見てかわいいって言ってるわけじゃなくて、その、涼葉のいろんな所をひっくるめてさ、かわいいと思ってる。もし、涼葉がすっげー顔してたとしても総合点でかわいいって思う。」


「う」


 肩を震わせながら、何かをこらえるようにきゅっと手を握りしめながら、涼葉は俯いた。

 

「うう……」


 それでもこらえきれなかったのか、顔を上げて諒一を見た涼葉は再び大粒の涙をぽろぽろと流していた。そしてためらいがちに諒一に向かって、震える手を伸ばした。

 

「うわああぁ……」


諒一の胸に顔をうずめた涼葉は声を上げて泣いた。ここまで感情を露にするのは初めてのことだった。諒一は驚いて声も舵出ずにいたが、黙って涼葉が泣き止むまで頭を撫で続けるのであった。


◆◆◆◆


 

それから十分ほど。ようやく泣き止んだ涼葉は諒一の顔を掴んで横に向けた。もちろん抵抗することなどできない諒一は、涼葉のなすがままになっている。

 

「えっと……?」

 

「……こっち見ないで、ください」


そう言った涼葉は深く俯いている。諒一は少し笑うと体ごと横を向いた。


「これでいいでしょうか?」


「私……今日はすごく疲れました」


背中越しにそう言ってくる。少し固いがいつもの涼葉だ。それに深く安堵する。


「まあ、あれだけ泣けばなぁ」


諒一がわざと軽口を言うと、背中を叩かれた。珍しく割と強めに……


「それは!……忘れて、ください!……それで、ですね……りょういちくんは、いつも……頼れっていいますよね?」


「うん」


 ためらいなくそう返すと、涼葉が言いよどむ気配を感じる。

 

「じ、じゃあ……お願い、というか、いいですか?」


 控えめな口調で涼葉はそう言うと、諒一の制服をちょこんとつまんだのを感じる。

 

「ふふっ……もちろん。俺にできる事なら?」


「あの、笑いませんか?」


 躊躇しながらそう言うということは、涼葉にとって恥ずかしいお願いなんだろう。それでも今の涼葉のお願いを断る事なんてできない。


「笑わないよ」


 できるだけやさしくそう返す。


「……その、ですね。ものすごく疲れたので連れて帰ってほしいです。……おんぶしてください」


 少し予想を超えてきた涼葉のお願いに、さすがに諒一は躊躇した。

 

「おん……いや、ここまだ学校だし……なぁ」


また涼葉は諒一の背中を叩いた。撫でるのと変わらないくらいの力で。


「彼女が大泣きしてるんですよ?彼氏ならそれくらいして、いいはずです……たぶん」


すごい事言い出したなぁ、と諒一は少し困っていた。さすがに校内で女子をおぶって歩けば目立つし……そりゃ彼氏のフリはしてるけど……。


ただ……躊躇はするものの、断る気にはまったくならない。そんな自分に驚いていた。まあ……こんな状況だしな。と自分に言い訳をしてごまかす。


「わかったよ。ほい」


諒一は一度立ち上がると、膝立ちになって涼葉に背中を向ける。


「う……」


背中越しにためらうような気配。

 

「やれって言っておいて……」


振り返ろうとした諒一の顔を涼葉の手が止めた。


「こっち見ちゃ……だめです」


「う、分かったから。はい乗って?」


もう一度言うと、涼葉は遠慮がちに諒一の背中に体重をかけてくる。後ろから抱き着くように諒一の首に両腕をまわした涼葉の息遣いとふわりとした甘い香りを感じて、諒一の鼓動も跳ね上がっていく。


完全に乗ったところで、変なところを触らないように意識しながら涼葉を支える。


多分太ももくらいを支えて、立ち上がった。涼葉がびくっと体を震わすのを感じたが、あえて気にしないようにする。立ち上がると同時に、涼葉もぐっと腕に力をいれてくるので、背中に淡く柔らかい感触を意識させられ、今度は諒一がびくっとしてしまう。


「ふふ……おかえしです」


鼻声でそんな事を言う涼葉に、諒一は動揺する。涼葉はそんなことできないと思っていたからだ。いたずらっぽく笑う涼葉に動揺を必死に隠す。ただでさえ耳のすぐ近くで聞こえる涼葉の声に、諒一の心臓は高鳴りっぱなしなのに……


「……わざとか?それはよくないです。やめてください」


 そう言いながらゆっくりと人気のない廊下を歩き出した。

 

「ふふふ……五十歳にもなって何を言ってるんですか?」


おかしそうに涼葉は言う。確かにその通りなのだが、前の人生でもそういう経験はあまり多くないのだ。そんな事を涼葉に言うのも恥ずかしいので、「今は中学生だ」と憮然とした顔で言い返してごまかした。


「あ……」


ふと思いだした諒一が立ち止まる。


「どうしたんですか?」


「大志たち、待ってるって言ってた。あと、荷物教室にあるから一度教室にいかないといけない」


さすがにこの状態では行けないだろうと諒一が言ってみれば涼葉は他人事のように言った。


「大変ですねぇ。こんな彼女を持つと彼氏さんは……」


クスクスと笑いながら、続けた。


「もう止めます?」


何を、とは言わない。まあどっちにしても聞く必要もない。


「止めない」


そう言って教室に向かって歩き出す。涼葉はクスクスと笑いながらも、安心したようにこつんと額を当ててきた。


「あ、でも階段はさすがに……その、重くないですか?」


二階に行こうとしたら涼葉が心配そうに言い出した。


「いや、軽いよ。涼葉はまだあまり発展もしてないみたいだし」


さっきの仕返しにそう言ってみると、後頭部を叩かれた。ぱしっとかする程度に。それにくすくすと諒一が笑うともう一度叩いた涼葉がぎゅうと抱き着いてくる。


「もう何年かすれば、りょういちくんが唖然とするくらいなります!その時は見ていてください。」


「ほう、大きく出ましたねぇ。」


「むう……キライです。りょういちくんなんか。」


「ありゃ、嫌われちゃった。もう降りる?」


「……降りません。バツとしておうちまでおんぶしてください!」


 ぱしぱしと背中を叩きながらそう言う涼葉を背負ったまま、諒一は軽やかに階段をのぼっていった。


 あまり陽の差してなかった廊下から、明るい日差しが包んでいる廊下を……

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