62. 好みのタイプは?
「俺が涼葉と付き合うのがそんなにうらやましいかよ!ああ、うらやましいだろうなぁ。こんなにかわいい女、そうはいないもんなぁ!」
唾を飛ばしながら叫ぶ牛島に、涼葉は恐怖で身をすくめる事しかできない。
「お前……仮にも好きな女に言う言葉か?」
大志の物言いは静かだが、牛島の言葉にはイラついてるようで、言葉にとげが混じる。
「俺ぐらいじゃないと釣り合わないだろ?わかんだろ?邪魔すんなよ!」
牛島は吐き捨てるように言った。
そんな張り詰めた空気の中、声こそ小さいが張り裂けるような感情の乗った言葉がその空気を裂いた。
「そんなことない!私はかわいくない、あなたなんか大嫌いです。わたしはりょういちくんと釣り合ってればいい!」
涼葉は涙を流しながらも、思わず叫んでいた。それくらい牛島の一言一言や表情、仕草。それらの物が涼葉のトラウマを刺激していた。ほとんど聞くことがない涼葉のちゃんとした言葉を、自分を否定する言葉を聞いた牛島はぽかんとして手を離した。
ようやく手が離れて、涼葉はその場に崩れ落ちて顔を両手で覆って泣いている。
「うそだろ……そんな、だ、誰に言えっていわれたんだ?そんな奴俺が……」
この期に及んで牛島はそんな事を言いながら、泣いている涼葉に手を伸ばそうとする。それを大志が止めようとした。
パン!
「!!」
大志が止めるまでもなく、牛島が手を伸ばそうとしたのが分かったのか、顔を覆ったまま涼葉が打ち払った。牛島は呆然としている。物理的に拒否されて、さすがに都合のいい解釈はできないようだ。
その隙間に篠部が走りこんできて、涼葉を抱き寄せた。そして牛島を見上げると涙をいっぱいに貯めた目で一言だけ言った。
「サイテー……」
牛島は一歩、一歩と後ずさる。
「なんでだよ……なんで、こうなるんだよ……」
その隙に涼葉たちに前に立った大志が、冷たい目で見て言った。
「お前、もう少し自分も相手もよく見るんだな。色々曲がってるぞ」
そして一瞥すると篠部と一緒に涼葉を立たせる。しかし、力が入らないのか涼葉はうまく立てない。
その時だった。
「涼葉!」
廊下の向こうから聞こえた声に、涼葉と牛島の肩が跳ねる。全速力で走ってくる諒一の後ろから壮太が走って来る。その後ろにはさっきまで涼葉と一緒にいたクラスメイトの姿もある。
「悪い止めらんなかった!」
走りながら壮太が謝った。
◆◆◆◆
時間は少し遡る。
無事にメールを送信し終えたクラスメイト、大野楓花は、教室へと戻ろうとしていた。
――あなた、から見た私はど、どんな人です、か――
そんな時、廊下の角の向こうから涼葉の声が聞こえた。明らかに普通ではない涼葉の口調にそっと角から覗いた楓花が見たのは、嫌がる涼葉の手をしっかり掴んで迫る牛島の姿だった。
(止めないと!)
そう思ったが、牛島は男子の中でも体格がいいほうで気が強く、人の話を聞かない。交流もない。涼葉とのトラブルもうっすら感じていた楓花は廊下を反対側に走った。反対側から教室に行って助けを呼ぶために。
二階への階段を駆け上がってもうすぐ2-2の教室というところで、ちょうど教室から出てきた大志とぶつかった。
すぐに事情を説明しようとしたが、大志によって少し教室から離れた所で話した。「涼葉ちゃんが……」楓花がそう口にした瞬間、諒一に聞かせたらまずい。そう直感したらしい。
楓花の話を聞いて、壮太を呼び出した大志は事情を話し、諒一をここに足止めするように言うと雰囲気を察して一緒に来ていた篠部と一緒にここに来た。
さすがに涼葉は戻ってこない、大志と篠部は何も言わず何処かに行ってしまう、残ったのは挙動不審の壮太。これで怪しまないはずがない。おかしいと思っていると、泣きそうになりながら諒一の方を見ていた楓花と目が合ってしまった。そして追及され、ばれた後はもう止められなかった。
あっという間に教室を飛び出した諒一を慌てて壮太と、心配になった楓花まで追いかけてきたらしい。
走ってくる諒一の顔を見て、大志はまずいと思った。ぶん殴りかねない、そう思った。さすがに暴力はまずい。何のためにこれまで諒一が我慢してきたのか……それすら無駄になってしまう。
「おい、諒一!止まれ。落ち着いて……」
そう言いながら、止めようとした大志の脇をするりと抜けた諒一は、止める間もなく涼葉の前に立ちはだかった。そして涼葉の様子をチラリと見た瞬間、拳を握りしめるのが大志がいる所からもはっきり分かった。
「お前!涼葉に何した!」
それでもいくらかの理性が残っていた諒一は、いきなり殴りかかったりはしなかったが、それでも力を込めて牛島の肩を押した。
体格では牛島が一回りくらい大きいのだが、ふらふらと牛島は後ずさった。だが、牛島も諒一の姿を見て苛立っていた。
「ああ?お前には関係ねえんだよ。俺と涼葉の問題に口出すなよ、お前の事なんか涼葉はなんとも思ってないんだからな!お前なんかに……あんなかわいい涼葉が振り向くわけないだろうが!」
その言葉を聞いて諒一の頭がスッと冷えた。冷静になったわけではなく、我を忘れる方で……間違いなく涼葉のトラウマに触れたのだろうこの男をこのまま喋らせておきたくもなかった。
ぐっと拳に力が入る。それほど多くはないが、五十歳まで生きていればそれなりの荒事も経験する。高校時代、周りが荒れていて、引っ込み思案のおとなしい生徒だった諒一は絡まれたりすることもそれなりにあった。黙ってやられっぱなしになる事はなかったが……
早く言えば、そこらの中学生よりはケンカ慣れしている。
その雰囲気を察知したのは近くにいた大志だったが、諒一を止めようと伸ばした手をすっと躱された。今は止められたくなかった諒一が避けたのだ。
そして殴ろうとした時、後ろから何かがぶつかってきて腕にしがみつかれた。
「…………涼葉」
今度は本当の意味で頭が冷える。守りたい対象に泣きながら腕にしがみつかれれば、それを振り払う事は諒一にはできない。
かわりに走ってきた壮太が牛島の襟首を掴んでその場から離した。
「お前……どっかいけよ。しばらくツラ見せんな!」
そう言って強く押すと、牛島は泣きながら諒一にしがみつく涼葉をしばらく見た後、クシャっと顔をゆがませて走って行った……。
「……だ、めで、す。りょ、いち……くんが……あ」
嗚咽交じりに必死で言葉を紡ごうとする涼葉に、諒一は眉を下げる。
「ごめん涼葉。もうあいついないし。俺も何もしないから……」
そう言って背中をなでると、力が抜けたように座り込み、涼葉は大泣きしだした。諒一も座って泣き止むまで背中を撫で続けた。
「はい……涼葉ちゃんに。」
涙をぬぐいながら篠部が自分のタオルを諒一に渡してきた。
「俺たちは先戻ってるから……落ち着いたら戻ってきなよ。ゆっくりでいいからさ……」
ポンと諒一の背中を叩いた大志がそう言うのに、諒一は微笑んで返そうとしてうまくできない事に気付いた。初めて自分も涙を流している事に気付いた諒一に、大志はポケットからハンカチを出して諒一の顔に押し付ける。
「後で洗って返せ。……教室で待ってる」
そう言い残すと、しゃくりあげている篠部の肩を押して歩いて行った。壮太と一緒に……
涼葉は声にならない声で泣いている。いったいあいつに何を言われたんだ、何をされたんだ……そう考えると腹の中が熱くなって今からでも行って文句ぐらい言ってやりたいが、当の涼葉が止めた以上できない。なにより涼葉をここに残していくなんて事ができるはずがない。
諒一は篠部が渡してくれたタオルを広げてそっと涼葉の頭からかけた。この場所はあまり人が来ないらしいが……もしも、誰かが来て涼葉の泣き顔を見られるのは何か嫌だった。




