61. 好みのタイプは?
それからも、しばらく牛島と一部の男子はは諒一に対してキツく当たった。
涼葉の一言を意識しているのか、涼葉の目の届くところではないが、それ以外では逆に頻繁になっている。
諒一があまり気にしないようにしているので、余計に癇に障っているのかもしれない。
そして、それに比例するように……涼葉の機嫌も悪くなっていった。
「……涼葉さん?」
学校から帰ってきて、一旦自宅に戻った涼葉は諒一の部屋にきてソファに並んで座っている。
無言で……
「……あの、涼葉さん?怒ってらっしゃるので?」
「……怒ってません。気にしないで下さい」
顔を見ようともせず、平坦な口調でそう返されて、ああ怒ってないんだ。と安心できる奴がいたら見てみたいよ。
半ば現実逃避気味に諒一は心の中でぼやいた。
「……ごめんなさい、りょういちくんに当たるつもりはないんです」
黙って見ていると、しばらくして眉を下げた涼葉は諒一を見てそう言った。
「いやまあ……誰だって機嫌が悪い時くらいあるだろうし……いいんだけど」
諒一がそう言うと涼葉は悲しそうな顔になって俯いてしまう。
「……そう言ってくれるから……甘えちゃうんです」
「そうしろって言ったの俺だしな。」
そう言うとキッと顔を上げて見つめてくる。多分睨んでるつもりなんだろうが、迫力がないので見つめているという感じだ。
「それで、りょういちくんが嫌な目にあって……だから嫌いって言ってるのに!」
そう言うだけでは腹の虫がおさまらないのか、ソファをポスポスと叩いている。ソファは悪くないので、その手をそっと押し留める。
「でも、逆にあの執念が涼葉に向かなくて良かったって思ってる。あいつ面と向かって嫌いっていってもくじけずに言い寄ってきそうじゃね?」
諒一がそう言うと、涼葉はあからさまに嫌そうな顔をした。
「でもそれももう少しだと思うよ?ちょっかい掛けてくる奴もだんだん少なくなってきてるし」
「そうだといいんですけど……」
心配そうに涼葉は呟いた。
それから一か月ほど過ぎると、さすがにほとんど嫌がらせはなくなっていった。牛島の態度だけはあいかわらずだったが……
一人になり、孤立気味になってしまった牛島は鬱屈している様子をみせている。
そしてついにそれが噴出する出来事が起きた。
涼葉が日直の時、クラスメイトの女子と教材を運ぶ手伝いをすることになり、教室に帰る途中だった。一緒に戻っていたクラスメイトのスマホが鳴った。メッセージを受信したらしく、スマホを見たその女子はあちゃあという顔をしている。
「どうか、した、んですか?」
いまだに慣れた相手出ないとうまく会話もできない涼葉だったが、相手の方が先に慣れてしまい普通に受け止められている。
「親から……お昼までに連絡しないといけなかった事を忘れてた」
アハハと苦笑いするクラスメイトに、時計を見た涼葉が二時を指している事に慌てる。
「あ、早く……返したほうが」
「うん、そだね。先生に見つかるとまずいから、トイレで返信する!」
そう言って涼葉に手を振ったクラスメイトは、トイレの方に走って行った。怒られないといいけど……と心配しながら教室の方に歩を進めた時だった。何者かに手首を掴まれて引っ張られた。
「きゃ!」
軽く悲鳴をあげて見ると、涼葉の手を掴んでいるのは牛島だった。
「っ!」
「待ってくれ!話、話をしたいだけなんだ!」
大きい声を出そうと息を吸った涼葉を見て、牛島は慌ててそう言った。みれば牛島は一人でいるようだし、一応申し訳なさそうにしている。なにより、ここで涼葉が冷たい態度をとったらまた諒一に何か嫌がらせをするかもしれない。そう考えた涼葉は一旦声を飲み込んだ。
「なん、ですか……」
強気に言ったつもりが、震えたような声しか出なくて情けなくなくなってくる。牛島はそんな涼葉の様子などお構いなしに手は離さず、斜に構えたような態度をとっている。
「いや、ちゃんと話した事なかったじゃん、俺ら。いっつもあいつがじゃまするからさぁ」
あいつというのは間違いなく諒一のことだろう。言葉の端にも嫌っている感じが出ている。
「卯月もあいつがいたら本音で話せないだろ?たまたま見かけたからいい機会だと思ってさ」
涼葉は警戒心Maxの顔で見ているのだが、片方の手をポケットに突っ込み、照れているのか知らないがあさっての方を向いて話す牛島に涼葉の表情を見る様子はない。
……こんな時りょういちくんなら、しっかり私の顔を見て隠そうとしている事まで見てくれるのに……
無意識のうちに目の前の牛島と諒一を比較してしまい、さらに嫌悪感が増すのを感じつつ手を離すように引くのだが牛島は離さない。
「卯月さぁ……ここには誰もいないからさ、本当の事を言ってくれよ。ほんとはあいつと付き合ってなんかいないんだろ?」
いきなりそう言われ、どきっとする。この男は何か知っているのか……
「俺さ、卯月の事本気だからさ。わかんだよ。卯月、あいつと話す時いっつも目を逸らしてるじゃん。」
そんな事を言い出して、涼葉の心がさっと冷める。それは諒一をまともに見ると照れる場合が多いからだ。
「ほら、この前言ってただろ?自分の事をちゃんと見てくれる人がタイプだって。よく考えたら俺の事じゃないかっておもっちゃったわけ」
気持ち悪く照れる仕草をしている牛島は頭をかきながらそんな事を言い放った。
「俺、いつも卯月の事見てるしな」
「あなた、から見た私はど、どんな人です、か」
つい聞いてしまった。こいつが自分の何を知っているのだろう。そう思ってしまったから……
「ええ、それ聞く?卯月は、そうだなあ。まずちょっと大人しいな」
そんなの誰でも分かる事だ。
「おとなしいけど芯がしっかりしてるタイプだと思うんだよな。物腰とか姿勢とかめっちゃきれいだし」
芯がしっかりしてる?もしそうならとっくにあなたを張り倒して立ち去ってる。
「優しいけど天邪鬼っぽくて好きなのに嫌いって態度とってしまいがちな?」
それ絶対に分かって言ってないでしょう。
「まあさ、俺くらい卯月を……す、涼葉を見てる奴はいないっつーか。だからさあ……」
もう最後まで言わせる事はなかった。涼葉。そう呼ばれた瞬間総毛だった。
「手を……離してください。あなたとは、お話したく、ありません」
「え?いや大丈夫だって。ここめったに人来ないし。恥ずかしがることないってぇ」
そう言いながら片方の手で涼葉の肩を触ろうとするのを必死で払いのけた。
「やめ!て……離して」
そう言いながら掴まれた手を振りほどこうとするが、男子の力にかなうはずもない。
「す、涼葉は恥ずかしがりだもんな。俺知ってるから。女の嫌はいいって意味だろ?」
酷い曲解である。何を言っても自分の都合のいい風にしか捉えないこの男に、涼葉はだんだん恐怖を覚えてきた。
「嫌、お願い、放して」
「…………滅多にないチャンスだろ。誰もいないし。な?」
牛島の目つきが変わった。恐怖で足がすくんで動かなくなる。それを承諾と思ったのか満足そうな笑みを浮かべた。その笑みが義父の笑みと重なり、恐怖のあまり涼葉は倒れそうになる。
「おい!何してんだ、その手を離せ!」
駆けてくる足音が聞こえたかと思ったら、聞き覚えのある声で涼葉は泣きそうになった。やってきたのは大志だった。見るとその後ろには篠部の姿もあり、心配そうにこっちを見ている。
「ああ?んだよ邪魔すんなよ。お前らいっつもいっつもさあ!俺がモテるのが悔しいからっていちいち絡んでくんじゃねえよ!」
苛立たし気に足を踏み鳴らし牛島は叫ぶ。滅茶苦茶な事を。
口の端から泡を飛ばしながら叫ぶ牛島を、眼鏡の位置を直しながら大志が冷静に話す。その目はいまだに掴まれている涼葉の手を見ている。
その場の空気が苦しいくらいに張り詰めている。




