57. 付き合ってる
学校について、二階の二組の教室に入る。ちなみにその間にもかなりの視線を浴びせられていた。篠部が若干引いていたくらいだ。
「おはよう」
「…はよう……ざいます」
自分の席につくと壮太が後ろを向いて挨拶をしてくる。それに返事していると席が近いまわりの人たちも声をかけてくれた。
それぞれに返事をして席につくと、昨日の再現が起きていた。
涼葉の席の周りに男子が集まっている。昨日と違うところは涼葉の前に篠部が立っているところだ。
「なんだよ篠部。お前には用はないんだって。どけよ!」
少し強めの口調に目を向ければ、牛島が篠部に食って掛かっていた。昨日涼葉に無視されたのに、堪えていないらしい。
「涼葉ちゃんが嫌がるから。あんた強引なのよ」
「うるさいな、お前」
そう言い合っていると、今来たのか大志が牛島の肩を掴んだ。
「なんだ?なにかるみに文句があんのか?」
「っ!」
こうして並んでみると、大志は平均より結構身長が高い。牛島は平均くらいだが、見下ろされている事と彼女らしい篠部に暴言を吐いていたことで、わずかに剣呑なものが表情にまじっている。
「し、篠部には何も……俺は卯月さんと話したいのに邪魔するから」
言い訳がましく牛島が言うと、大志は篠部と涼葉、それからなぜか諒一の顔を見て理解したように頷いた。
「そうか。まあ、るみは卯月さんと友達になったらしいし、るみと水篠が良いって言って卯月さんが承知してくれるんならいいんじゃないか?」
大志はそう言うと自分の机に座った。
納得いかなそうにしているのは牛島だ。
「はあ?なんで……篠部だけじゃなくて、そいつにまで……そいつは彼氏でもなんでもないって……」
そこまで言ったところで、黙って様子を見ていた壮太が呆れたように言った。
「牛島、お前昨日のあれ見て何も思わなかったの?」
……昨日のあれとは何だろうか。表には出さないようにしていたが、心の中で諒一は首を傾げた。
「いや、でも……」
牛島も何か思うところはあったのか、言葉に詰まっている。壮太は呆れたように見ていたが、視線を諒一に移してきた。気づけば他の連中も諒一を見ていた。……涼葉まで。
「あ、あー……その。なんというか……」
パッと話せない自分にもどかしくなる。でもここで言わないと同じ事が起きるし、涼葉と計画した事の意味がなくなる。そう考えてなんとか自分を奮い立たせる。この時ばかりは引っ込み知りだなんて言ってられない。
ぐっと息を飲むと諒一は自然を装って言った。
「悪い。恥ずかしくて言えなかった。実は涼葉とは付き合ってるんだ。」
きゃあ!と少し離れた所から黄色い声があがる。壮太や大志、篠部はやっぱりかという顔をしているし、涼葉の周りにいる男子のほとんどはマジか……と残念そうな顔を隠していない。
ただ……その中でも納得がいかない連中はいた。特に牛島を始めとして。
「はあ?なんだよそれ……ってかお前が?似合わねえ。なあ卯月さん、俺とは言わないけどさあ、こんな奴よりいい男いくらでもいるじゃん?卯月さんくらいの女の子だと、それなりの奴のほうが……」
そこまで行って牛島は急に言葉をなくした。唖然としている。視線を追うと涼葉にたどり着き、その涼葉は泣いていた。
昨日と同じような無表情で、声も出さずに涙が二筋流れている。そしてそれをぬぐおうともしないで牛島を見ていた。
「あ……そ、の。卯月さん?」
泣くとは想定外だったのか、牛島は明らかに動揺を見せる。その視線が泳ぎだした時、小さな声が聞こえてきた。
「…………ですか」
「え?」
「私ほどのって、あなたは私をどれほど知ってるんですか……」
「は?い、いやその……卯月さんくらいかわいい人だとさ、相手も……」
「それがあなたに何の関係があるんですか?りょういちくんだと何がいけないんですか?」
「あ、いや……なんていうか、つり合いっていうか……」
しどろもどろに答える牛島を涼葉はもう見ていない。机につっぷしてしまったからだ。小さく肩を震わせて……
牛島を含め、涼葉を囲んでいた男子に非難の視線が集まる。
牛島たちはうろたえていて、これ以上涼葉に何か言う事はないと思うが、諒一はこのままにしてはいけないんだろうと思った。それはフリでも彼氏として黙っていてはおかしいだろうと言う考えが半分、もう半分は本心から放っておきたくなかったからだ。
諒一が黙って立ち上がると、びくっとしたように諒一を見る牛島たち。涼葉に近寄るとそっと道を開けた。
目の前には机に顔を伏せた涼葉が小さい肩を震わせている。それが妙に小さく、弱弱しいものに見えて諒一は涼葉の背中に手を回して優しくなでた。
そして牛島を見る。
「う……」
別ににらんだわけではない、ただ見ただけだ。それでも牛島は目を逸らし、小さな声で何か言い訳を言うと自分の席に戻って行った。
その間も黙って涼葉の背中をなでる。隣では篠部が心配そうな顔で見ていたし、いつの間にか大志と壮太が俺たちをかばうように立ってくれている。
「涼葉……もう大丈夫。ごめんな」
そう言うと、涼葉がぱっと顔を上げた。涙を流したままだったが、泣き顔もかわいいなとつい思ってしまった。
「な、で……りょういちくんが、謝る……ですか……」
言葉に詰まりながらそう言う涼葉を見ていると庇護欲がわいてくる。気づいたらいつの間にか頭をなでていた。涼葉はそれを咎めることもなく、かるくにらむように諒一を見る。
「いや、俺がもう少し強く言ったらこんな事にはならなかったのかなあって……」
そう言うと涼葉は首を振った。
「りょう、いちくんは……ちゃんと言って、くれました……もん。それなのに、あの人が……」
気づいたらクラスはシンと静まり返っている。けして大きい声ではなかったが、涼葉の声は牛島にも届いていたようで、牛島は自分の机で身を縮こまらせていた。
「それでも、さ。結局涼葉を泣かせちゃったし……もう少し頑張るから……」
諒一がそう言うと、涼葉は少し目を見張るように開いてしばらく諒一を見ると、小さく頷いてまた机に顔を伏せた。
諒一は撫でる場所を背中に戻して、周りを見て言った。
「というわけなんだ。悪いんだけど……別れたって事にならない限り、涼葉に手をださないでほしい」
静まり返ったクラスに諒一の声が響き……誰も異論を口にしなかった。
……恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい……今俺はどんな顔してるんだろ。鏡があっても絶対に見たくない。なるべく平静を装って宣言したが心の中では羞恥にもだえていた。
ただ、涼葉が泣くのは許容できなかった。自分でも驚くくらい涼葉の涙を見た瞬間、譲れない気持ちが沸いてきたのだ。我を忘れたといってもいい。
静まり返るクラスの中、諒一は黙って涼葉の背中を撫で続けていた。




