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54.久しぶりの登校

 「あら、二人とも。どうかしたの?」


 時間になり、あじさいに行くと亜矢子に開口一番そう言われた。もうさすがに手は離していたし、普段通りにしていたつもりだったので驚いてすぐに反応できなかった。


「どうしたって……何がですか?」


 顔がひきつってないか気にしながらそう訊ねると、亜矢子は口に手を当てて上品に笑う。


「ふふ……私の気のせいならごめんなさいね?なんか二人の距離感っていうか、間の空気っていうか……それが変わってたように感じたから」


 ニコニコしながらそう言われれば、諒一はそっぽを向くくらいしかできなかった。

 それを見て、亜矢子はなお楽しそうに笑う。


「仲がいいならいいことよ。気にしないで?じゃ、行きましょうか?」


 亜矢子もすでに準備は終えているらしく、車の鍵を手に二人を促した。


「……お願いします」


 そう言って、隣の涼葉には「行こうか」と声に出さずに言うと、嬉しそうに笑って頷いた。


 ……正面からまともに見たら駄目なやつだ。大きく跳ねた心臓の部分をさすりながら亜矢子の後をついていった。

 初めてここに来た時にも乗った車で、学校に送ってもらう。


「もうすぐつくけど、二人とも大丈夫?」


 ルームミラー越しに後ろを見た亜矢子が、わずかに不安そうな色を混ぜて見てくる。


「大丈夫ですよ」

「はい」

 

 心配してくれるのを感じ、嬉しくなりながらそう答えた。涼葉もいつもより緊張はしているようだけど、大丈夫のようだ。


「よかったわ。まずは職員室に行くわよ」


 そう言った亜矢子は、車を学校の来客者駐車場に停めた。

 車を降りて亜矢子ついて歩いていく。やはり久しぶりの学校は緊張するのか、涼葉がモジモジと落ち着かない様子を見せている。


 諒一の方はというと、やはり五十歳までの記憶があるためか、頑張れば何とかなる程度にはなっていた。


 慣れた様子で校内を歩く亜矢子は、真っ直ぐに職員室に行くとノックをして、近くにいた教師に取り次ぎをお願いしているようだ。


 やがてやってきたのは、また若い女性の教師だった。その教師は諒一と涼葉を見ると微笑んで話しかけてきた。


「こんにちは。私はあなた達の担任になる梶 真純(かじ ますみ)と言います。よろしくね?他のクラスのみんなは今、体育館で始業式があってるから、その後のホームルームで紹介しましょうね」


 校内が静かだと思っていたら、始業式があってるのか。

 廊下などでジロジロ見られるのはなんか嫌だと思っていたので、よかった。


「水篠諒一です、よろしくお願いします」


 先生に向かって自己紹介しておく。隣では涼葉も同じようにしていた。


 それを見て、梶先生は少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐに笑顔になって、「はい、よろしくお願いします」と返してきた。


 それから少し話をした後、亜矢子は「がんばって!」と言い残し帰っていった。

 諒一達は梶先生に連れられ、教室に向かっている。


 始業式も終わったのか、歩いていると生徒からの視線を浴びる。この学校では編入生という立場だからそうでもないが、元の学校だともっとたくさんの視線が寄れられた事だろう。


 やがて梶先生は教室の前で足を止めた。そこには2-2とプレートがある。


「ちょっとここで待っててね?」


 そう言い残し、教室の中に入っていった。中から「起立」と号令の声が聞こえてくる。


 チラッと振り返ると、涼葉は緊張で顔色も青ざめさせている。前の人生を通して、長い間不登校だった諒一は久しぶりに学校に来た時の教室への入りづらさは何度も経験している。どんなに周りに元気付けられていたり、自分でも大丈夫と言い聞かせていても、最初に教室に入る時はすごく緊張したものだ。

 

 諒一は周りを見て誰も廊下にいない事を確かめると、涼葉の右手を両手で掴んだ。

 寒い時に手を暖めるような感じで涼葉の手を包んで、ギュッと握る。

 声は出さないが、目線と表情で頑張れと伝える。

 涼葉は驚いていたが、諒一が元気づけようとしているのが分かり、頬を薄く朱に染めて嬉しそうに笑うと頷いて、口の動きだけで「りょういちくんも」と伝えてくる。


 それに笑って返していると、教室の中では諒一達の話になったようで、今日から編入生がいますと梶先生が言っている。

 涼葉が小さい声で「ありがとうございます」と言って手を離すと、その後すぐに中から扉が開けられて梶先生が顔を出して言った。


「入って」


 教室に入ると、やはり注目される。これから級友になるのだから当然だし、どんな人だろうと興味があるのもわかるが、やはり落ち着かないものだ。

 あまり見ないようにして、梶先生の後歩くと教卓の横に並ぶように言われる。


 クラスの生徒と向かい合うように立てば、恒例の自己紹介タイムだろう。

 梶先生がまず簡単に紹介する。


「はい、今日から皆さんと一緒に学ぶクラスメイトが二人も増えます!彼らは事情があって、親元を離れて生活をしていますが、誠意を持って接してあげてください。じゃ、水篠くんから自己紹介をしましょうか」


 そう言われ、諒一は一歩前に出る。


「今日から皆さんと一緒にこのクラスで学ぶ事になりました水篠諒一と言います。その、割と人見知りなところがあるので慣れるまではぎこちないと思いますが、よろしくお願いします!」


 そう言って一礼すると、形式的な拍手が返ってきたので頭を上げて元の位置に戻る。

 次に涼葉が同じように自己紹介した。


「あ、卯月……涼葉、といいます。その……私も人見知りなので、よろしくおねがい、します」


 そして頭を下げると、諒一よりもたくさんの拍手が返ってきた。特に一部の男子は少しびっくりしたような視線を向けている者もいる。

 そりゃどちらかと言えば可愛い女の子のほうがいいもんな。と心の中で苦笑いする。


「はい!皆さん仲良くするように。二人は後ろの……あそこの席に座って」


 そう言われて見ると、教卓と同じ列の一番後ろに誰もいない机が二つ並べて準備されている。さらに驚いた事に諒一達が座る席の前に見覚えのある顔があった。


「同じクラスだな!よろしく」


 諒一の前に座っていたのは、この前買い物に行った時に絡まれていたのを助けてくれた渡壮太だった。その隣には勝俣大志がいるし、大志の後ろで涼葉の隣に篠部るみがいる。


「この前はありがとう。助かったけど、見事にこの前のメンバーがここに揃ってるんだな」


 諒一がそう言うと、涼葉に話しかけていた篠部がそれに答えた。


「そうだね、まぁアタシ達は仲がいいから大体一緒にいるけどね。大ちゃんの親友が壮太だし」


「親友とか言われると照れるなぁ」


 そう言ってくねくねしている壮太に、大志はメガネ越しに極寒の視線を送っている。

 

「……まぁ、仲がいいのは否定しない。たまたまだけど、顔見知りが近くだったわけだし、わからない事があったら何でも言ってくれ」


 少し微笑みながらそう言う大志は、同性から見てもイケメンだと思った。その隣でケタケタ笑っている壮太もジャンルは違うが整った顔立ちをしているが……


「よろしくね、卯月さん。んー涼葉ちゃんって呼んでもいい?」


「えっ?……その、はい」


「やった!涼葉ちゃんて、めちゃめちゃかわいいよねー。どうしたらこんな生き物ができるんだろ?」


「え……?」


「おい、卯月さんが引いてる。るみ、お前はぐいぐい行きすぎなんだ」


「あ、いえ、その」


 篠部が体ごと近寄って涼葉を観察してくる。涼葉はそれに驚いて身を引いてるが、大志の言い方から考えて、きっといつもの事なんだろうとは思う。

 でも、涼葉が嫌がるならやめて欲しい。


 そう考えていると、涼葉以外の三人が全員諒一を見ていた事に気づく。


「はぁ、るみ。いつも言ってるだろう、誰にでもパーソナルスペースってものがあるんだ、そんでそれは人によって広さが違うんだよ。お前、そのラインを無遠慮に踏み越えてくるヤツと仲良くできるのか?」


 どうした事か、大志が割とガチ目に篠部を叱り始めた。さっきまで明るく話していた篠部も、肩を落として項垂れている。


 急な事で涼葉もキョトンとしていた。

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