50.お友達
涼葉に誘われて、諒一も見てみようと一歩動いて固まった。
同じように見ようと思ったら涼葉のベッドに寝転ぶことになる。さすがにそれは難しい。
ただ、本人はピンときていないのか、ここに来いと自分の隣をポンポンと叩いている。
「涼葉……さすがにちょっと俺にはレベルが高いかな?」
そう言うとキョトンとしていたが、しばらくすると自分が何をさせようとしていたのか理解した涼葉は、すぐに赤くなってブランケットを頭からかぶってしまった。
まったくもう……無自覚な誘惑はやめてほしい。
「じ、じゃそろそろ帰るから」
気まずくなり、そう声をかけるとバッと顔を出した涼葉が、どこか慌てたように言う。
「え、もうですか?」
もう、ということはまだ居て欲しいと思ってるのかもしれない。咄嗟にそう考えてしまい、そのまま帰るともう少し居るという感情がせめぎ合う。
と、思われたが諒一自身がここに居たいと思っているので、帰るという言葉はあっけなく負けてしまう。
頭の中でそんな事を考えてしまって、意味不明な単語を羅列したあと、結局その場に座り込んだ。
「りょういち、くん?」
「い、いや、そんな急ぐ必要もないかなーって……」
自分の感情をごまかすように言って、涼葉の視線から逃げるように、部屋を眺めた。
全体的に過度な飾り気はなく、シンプルにまとまっているが、涼葉の部屋という先入観があるためか、優しい雰囲気がある。
壁際には勉強用だろう、簡素な机が置いてあり隣には本棚が据え付けてあった。
「りょういちくん、あまりジロジロ見られると……」
恥ずかしそうに涼葉が言うので、不躾だったかと慌てて謝ると、今度は「いえ、別に見られて困るものはないんですけど……」と涼葉が言う。
お互いに動揺してしまっているようだ。
そうしているとふと目についたものがある。小学校の卒業アルバムが教科書などにまじって置いてあった。
(そういや、俺の卒業アルバム、どこにやったかな?)
などと考える。一応は小学校を卒業しているわけだから、あったはずだが……まぁ、ほとんど写っていないし別にいいか。と、思っていると、涼葉は諒一がじっと卒業アルバムを見ている事に気づき、視線をあちこち彷徨わせながらようやく口に出す。
「見ます、か?アルバム……」
恥ずかしそうに言う涼葉に諒一は意外そうな顔をして
「え、嫌じゃないの?」
と、聞くと「どうせあんまり写っていませんし……」と苦笑して涼葉は答えた。やはりというか、諒一と同じのようだ。
見ていいものかと戸惑っている諒一に、涼葉は肩からブランケットを纏ったまま、もぞもぞと動いて本棚からアルバムを取って諒一に渡した。
表紙には、学校の名前と〇〇年度卒業生と大きく書いてある。
卒業アルバムだから、小学校時代の涼葉が写っている写真もあるだろうし、多分、卒業文集みたいなのもあるだろう。
見てもいいんだろうか、といまだに躊躇していると涼葉はベッドからクッションを持って諒一の隣に座った。
そして肩をくっつけるようにしてアルバムを間に置く。ふわりといい匂いが漂って、心地よい重みが肩にかかってくる。
「う……」
無警戒に近寄ってくる涼葉にドキンと心臓が跳ねるのがわかる。
(落ち着け、俺。……意識しない、意識しない)
心の中で念仏のように唱えつつ、平静を装う。
「大した思い出もないから、しっかり見てもいないんですよね」
涼葉はそう言いながら、それでもどこか懐かしそうな目でアルバムを眺めて、表紙にそっと触れている。
一緒に見る気のようなので、表紙をめくると白黒の見開きには、おそらく卒業生一同が大きく写っていて、上の方に人と被らないように校歌が載っている。
少し高い位置から範囲を広く写した写真は、きちんと整列したりせずに、仲の良い者同士で固まって撮られたもののようで、ピースをしていたり、友人と何かのポーズをとってみたり、わりと自由な感じになっていた。
「涼葉は写ってる?」
「写ってますよ」
「ええ、どこどこ?」
「さぁ、どこでしょう……」
どこか楽しそうに諒一を見て言った。
ずっと視線をなぞらせて見ていると、しばらくして最近見慣れてきた少女を見つけた。
遠慮するように、端の方にいる少し幼い涼葉は友達らしき女の子と手を繋いで写っていた。あまり楽しそうな表情はしていないが、数人の女子と固まっている。
一人ぼっちではなかった事に安心して、当時の涼葉をよく見る。あらためてこうして見ると、やはり周りの女子達と比べても飛び抜けている。個人的な好みもあるだろうが、今よりもあどけない表情の涼葉は、どこか影を感じる。
「おお、めっちゃ、かわいい……」
二年もたっていないのだが、大人の入り口に立っている今の涼葉よりも幼く、まだ子供っぽい雰囲気を残しているためか、非常に愛らしいとも言える。
(でも、この頃から美人の片鱗はあったんだな……)
と、妙な感慨を覚えていると、隣で涼葉は持って来たクッションに顔をうずめていた。
「と、どうかした?」と、聞いてみれば、くぐもった声で、「どうもしてないです。大丈夫だからこっち見ないでください」と、言われた。
「でも……どこか寂しそう、かな」
そう言うと、涼葉は少し顔を上げた。
「そう見えますか?」
と聞いてくるので、
「俺は今の涼葉しか知らないからな」
と、言うと涼葉は小学校の頃の自分をじっと見つめた。
その後クラス毎の写真や、運動会や調理実習などのイベントの写真が続き、クラブ活動や登下校、昼休みといった普段の光景を写した写真が続いた。
「この子……」
「はい?」
「この子と仲良かったんだな」
そう言って指差したのは、他と比べて明らかに少ない涼葉が写っている写真に、必ずと言っていいほど近くにいる女の子だ。
おとなしそうで控えめな涼葉とは違い、活発そうな見た目とやや気が強そうな雰囲気がある。
「そう、ですね。彼女は北田麻美さんといって、学校にいる時や放課後も。よく一緒にいましたね」
そう答えた涼葉からは何の感情も窺い知れなかった。何かあったのだろうか、と涼葉を見ていると、それに気づいた涼葉は困ったような顔になっている。
いつも一緒にいる事から、普通なら一番仲良かった子、親友。といった関係が想像できるが、写真に写る涼葉からも今の涼葉の表情からもそういうものが感じられない。
「まぁ……当時の同級生や先生方に聞いても、私と一番仲が良かったのは北田さんだと言うでしょうね。」
何とも含みのある言い方をする。それに、それだけ共に過ごした友人にしては、呼び方がだいぶよそよそしい……
彼女との間に何かがあったのだろう。
気になって涼葉を見ていると、困ったような顔のまま涼葉は少し笑った。
「もう、りょういちくんは私の感情の機微に敏感すぎます。それとも私がわかりやすいんですかね?」
困った顔のまま涼葉そう言った。別に諒一がそういった事を敏感に察知できるということは決してないが、普段外で見せるよそ行きの顔をしている時はともかく、今こうして諒一の前で見せるようになった油断した警戒心のほとんどない涼葉の表情なら察するくらいはできる。
「別に大した事はなかったんですよ?ただこの頃の私は今より少しだけ他人を信じていて、少しだけ油断していたというだけ、です。」
諒一は何も言わず、俯いている涼葉の頭を少し乱暴に撫でた。
「ち、ちょっと何を……、…………もう、髪型が乱れます」
涼葉はそう言うだけで、諒一の手を拒もうとはしない。やがて肩の力も抜けたのがわかった。
されるがままの涼葉は、下を向いたまま話し出した。
「この頃はまだお母さんも生きていて、まぁお金を稼ぐために昼も夜も働いてましたが……私も今ほど学校を拒否してませんでした。」
いつしか、乱暴だった手つきはゆっくりとしたものに変わっていて、涼葉は心地良さそうに身を委ねている。
「……北田さんは学校を休みがちで、距離を置かれがちだった私に唯一近寄ってくる人でした。」
「優しい子?だったのかな」
「…………どうでしょうね。彼女は周りと関わろうとしない私を引っ張ってみんなの輪に入れるようにする。きっと周りから見た北田さんの評価はそんな感じだったと思います。間違ってはいませんしね。男子どころか女子から遊びに誘われても反射で断ってしまっていた私を、よく連れ出してくれてました。私がギリギリ今くらいの社交性を維持しているのは、ある意味彼女のおかげかもしれません。」
「写真で見るのとイメージが違うな。見かけによらないと言うことか?」
アルバムの涼葉の隣で笑う少女は、あまり人を気遣ったり、手助けなんかをしそうにない。どちらかといえば二、三人取り巻きを連れてイジメる側の人間っぽい。はっきり言ってしまえば、涼葉とは合わなそうな雰囲気をしている。
「見かけ……いえ。たぶんりょういちくんのイメージの通りだったかも……」
ポツリと落とされた涼葉の呟きは、不穏な音をはらんでいる。
新しい照明の明るさは、二人に降り注ぎ……床に影を落とし込んでいた。




