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48. 夏休みの終わり

「うわあ!見てください、ほら!」


歓声を上げた涼葉がつないだ手をぐいぐい引っ張る。涼葉の視線の先にはガラス越しにのんびりとくつろいでいる子猫がいた。


「かわいい……見てくださいりょういちくん。この子こっちをじっと見て……こんにちは」


見て。と言われたが、諒一の視線は珍しくはしゃいだ様子で子猫を見ている涼葉の笑顔から離すことができないでいた。諒一も動物は好きなのだが、涼葉も好きだったのか普段は見ないくらいはしゃいでいる。


パシャッ


諒一の手が自然にスマホに伸び、写真を撮っていた。今の涼葉の笑顔を撮っておきたいと無意識のうちに思ってしまっていた。


「あっ、りょういちくん写真撮ったんですか?」


「あ、ああうん。かわいくてつい……」


「私も撮っちゃいます。ほらこっち見てる、かわいいです」


涼葉は子猫の写真を数枚撮ると満足したのか、子犬のほうに移動した。


涼葉は気付いていないが、諒一が撮ったのは、子猫を見て笑顔を浮かべる涼葉だ。涼葉の方を見る子猫も写っていて、とてもいい構図になっている。

大切に保存していたくなる写真なのだが、涼葉は子猫を撮ったと思っているだろう。つまり無許可で写真を撮ってしまった事になる。


勝手に写真に収めたと知ったら涼葉は怒るだろうか……もしかしたら嫌がるかもしれない。でもこの写真を消したくない。

しばしの間、葛藤していた諒一だったが最後は涼葉が嫌がる事はしたくないと言う気持ちが勝った。

 

「ちょ、ちょっといいか涼葉」


ガラス越しに子犬と戯れる涼葉に声をかけた。ご機嫌な涼葉が諒一を見る。


この機嫌を損ねるかもしれないと考えると、すごく気が引けるのだが……

少し離れた所に引っ張ってこられた涼葉はどうしたのかと、きょとんとしている。そんな涼葉に諒一はまず頭を下げた。


「ごめん涼葉」


「ち、ちょっとどうしたんですか、なんでいきなり謝ってるんですか?とりあえず頭を上げてください」


いきなり頭を下げられて慌てている涼葉に、諒一はスマホを見せた。それを見た涼葉が固まる。


「ごめん、さっき……つい。その、かわいくて撮ってしまったんだ」


「これ、さっきの猫ちゃん。あの時……私を撮ったんですか⁉」


驚いている涼葉に申し訳なく思いながら、もう一度謝る。


「ごめん勝手に撮って……。でもさ、消したくないっていうか……すごくかわいい、から」


言ってるうちに、だんだん恥ずかしくなってくる。本人を前にして俺は何を言ってるんだと自分で思ってしまう。きっと今諒一の顔は真っ赤になっているだろう。


涼葉はスマホをじっと見ている。怒ってしまっただろうか……と思って見ていると、恥ずかしそうに諒一を見る。


「……これ、猫ちゃんを、撮って私が写った、って事ですか?……」


恥ずかしくてこの場で穴を掘って埋まりたくなるが、ここまで言ったし写真を消す気にはなれない。


「……い、そ、いや、なんだ。猫、じゃなくて涼葉を、撮った……つい。あんまりかわいくて」


しどろもどろになりつつも、そう伝えた瞬間ぽふっと音が聞こえそうなくらい涼葉の顔が赤く染まった。


「ほんとごめん……」


「…………です、か?」


「え?」


消え入りそうというか、ほとんど消えている声に諒一は聞き返す。


「……残したい、んですか?」


「……うん。涼葉が許してくれるなら」


「もし、間違って……撮ってしまった、とかなら……消してほしいです。恥ずかしいです、し。でも、りょういちくんがほしいのなら、消さなくてもいいです」


視線をぐるぐると動かしながら真っ赤になった涼葉はそう言ってくれた。


「いいの?」


一応もう一度確認すると、涼葉は目を逸らしたまま頷いた。


「……ありがと」


恥ずかしいようなホッとしたような、なんとも言えない気持ちだが嬉しいのは間違いない。諒一が礼を言うと、涼葉はプイっとそっぽを向いてしまった。


そのまま少し無言で歩いていると、急に涼葉は振り返った。いくらか収まったが血色のいい顔で、諒一の胸に人差し指を突き付ける。


「私も……一つお願い、聞いてもらいます」


俯いてそう言われれば、「はい」か「YES」しか諒一に与えられた選択肢はない。


「さっきの照明……取り付けてください。私の寝室に。」


「それだけでいいの?」


「う…………。」


諒一にとって照明の取り換えなんて、鼻歌交じりにできる作業なのでわりに合わないと思ってしまったのだ。


「……余った分は貸しにします!」


やけ気味にそう言って涼葉は速足で歩きだした。


周りを見ずに早足で歩いて行こうとする涼葉を慌てて止める。


「まだいっぱい犬とか猫いたけど……」


 諒一がそう言うと、涼葉少しの間動きを止めて考えていたかと思うと、くるりと引き返した。


「まだ見足りないです!」


 諒一の方を見ようとしないで、そう言う涼葉を宥めながら犬や猫がいる所に戻る。

 

 見ているうちに、次第に機嫌がよくなる涼葉を見て、諒一は「これがアニマルセラピーか……」と、考えていた。


 ◆◆ ◆◆


 

「ちょっと休憩しようか?」


ここのホームセンターは広い。それだけ見る物も多いが見て廻るのも大変なのだ。写真の一件もあるし、一旦落ち着きたい。そう思った諒一はそう提案し、涼葉も頷いてくれた。


今は自動販売機コーナーで休憩中だ。買い物に付き合ってきている彼氏やお父さんのためなのか、ソファが並べられていて少しゆっくりできるスペースになっている。

涼葉はトイレに行っていて、諒一はソファでさっきの写真をニマニマしながら眺めていた。


(かわいいよなぁ)


改めてこうしてみるとつくづく思う。しかもこの時は子猫を前にして全く取り繕わない自然な笑顔を見せている。本人の許可も得ているので、諒一はこの写真をお気に入りフォルダに移動させた。

諒一のお気に入りフォルダには、猫の写真がたくさんあった。外で見たかわいい猫を撮って保存していたのだが、たくさんの猫の中に一つだけ美少女の写真が混じっていることに、なんだかおかしくなって一人笑っていた。


写真を見ながら、脇に置いた缶コーヒーに手を伸ばす。いつの間にかもうほとんど入ってなかったので飲み干して、気づいた。


涼葉、遅くないか?

 

立ち上がって周りを見てもそれらしき姿は見当たらない。ちょうど近くにいた買い物客が、急に動き出した諒一を訝しげに見るが、そんな事は全く気にならない。

 

トイレに行ったのは、用を足すというよりも気持ちを落ち着ける事がメインの用事なので、すこし時間がかかるかもとは言われていた。

スマホを取り出すと、もう十分以上経っている。


心配になり、そのままメッセージを飛ばしたが既読も着かない。何かおかしい。持病があるなんて事は聞いたことがないが、もしも倒れでもしてたら……不安はどんどん広がっていく。


焦った諒一は電話をかけながら女子トイレの方に行ってみた。その時……聞いたことのある音楽が通路の横の方から聞こえてきた。

そっちを見ると、荷物の搬入路だろうか。奥まったところに目立たなく通路があり、音楽はその先から聞こえてくる。


近づいて耳を澄ますと、男女の声が聞こえる。


「おい、それ消せって!」

「いいから、ちょっと貸しなよ」


「い、嫌、です」


男の方は知らない。女の方は確かに聞き覚えのある声がして、音楽は途絶えた。そこからは何も考えられなかった。走って奥に行くと、壁を背中にした女の子を男二人が逃がさないように囲っている。


一瞬でカッと血が上ったが涼葉の「りょういちくん!」と確かに言った言葉が正気を保たせた。こうなる可能性はあると想定していなければいけなかった。これは諒一が目を離したせいでもある。


近寄って男の脇から手を入れて涼葉を掴んで引き寄せる。


「りょういちくん……」


「ごめん涼葉。待たせた。」


震える手で諒一の服を掴む涼葉の手をそっと握る。


「何、お前。邪魔すんなよ」


「俺らが話してるんだろ。彼女、こっちに来なよ」


年は諒一たちとそう変わらないだろう。ちらりと諒一の後ろを見て、一人だとみると少し強気になっている。一人は短髪で耳にピアスをしている。もう一人はやや長めの髪を金色に染めている。


「この子は俺の連れだ。変な事しないでくれるか」


涼葉を背中にかばってそう言うと、二人の男はおかしそうに笑った。


「はあ?お前が連れだ?似合わねえ!」


「お前みたいな地味な奴がそんな可愛い子と釣り合うとでも思ってんのか?いいから消えろよ。俺らが話してんだよ!」


好きなこと言いながら諒一の胸を押してくる。その間も後ろを気にしているから、仲間がいないか確認しているんだろう。誰もいないと知ったらもう少し強硬な態度をとってくるかもしれない。


 前の人生の諒一だったらこう言う時は何も言えずうつむくだけだっただろう。涼葉の手を取ることもできたかわからない。

もしかしたら、自分一人逃げ出していたかもしれない……


でも今は、涼葉に嫌な思いをさせたくない。そればかりが頭を占めている。


「あんたらには関係ないだろう。ほっといてくれ。行こうか?」


さっさと離れようとしたが、金髪の男が諒一の手を掴んだ。


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