46. 夏休みの終わり
「あら、ごめんなさい。私ったら……なんか押しちゃったみたい。さ、もういいでしょ?二人とも並んで?」
今度はもう抵抗せずに亜矢子のいうがままに動く。その結果、涼葉とぴったり寄り添うような感じで撮られた。
「ありがとう、ございます。亜矢子さん」
涼葉は望みがかなったようで、笑顔になって亜矢子に礼を言っている。諒一の方は心臓がヘビメタの伴奏みたいな音を出している気がする……。
「いいのよ。プリントできたら渡すから楽しみにしておいてね?」
「はい!」
にこやかに笑ってそう話している涼葉を見れば、写真くらいまあいいかと思えてしまうくらいには、涼葉に入れ込んでいる自分に気付いて少し驚いている。
前の諒一の時から合わせても恋愛というものにはあまり縁がなかった。30を超えて少し焦りが出てきた頃に出会った元妻と結婚した時も恋愛という感覚はなかった。
離婚の際、諒一は恋愛にも結婚にも向いていないよ。と元妻に言われた言葉をすんなり受け入れられるくらいだった……
「ふう……」
少し大きめに息を吐きだして心を落ち着ける。いくら青少年に若返ったからといって本質的なものは変わっていない。いまさら自分が恋愛なんてものに目覚めるなどありえないだろう。
少し冷静になって、涼葉という魅力的な少女が身近にいるものだから、変に勘違いしてしまっているのだろうと分析する。
(気を付けないと……)
自分なんかが、涼葉のような魅力的な少女に傷をつけるような真似は絶対にしてはいけない事だ。今は殻にこもっているが、ひとたび殻を破れば、涼葉は素敵な人と巡り合うことだってできるだろうし、相手のほうが放っておかないだろう。
それまで……涼葉がさなぎを経て蝶になるまでの間、それまでの間くらいは自分が近くにいても許されるだろうか?と少々浅ましい思いを秘めて、諒一は機嫌よさそうに笑っている涼葉に近寄っていった。
◆◆ ◆◆
「今日は三十一日ですよ……」
写真撮影から数日が経ち、明日からはもう九月になる。そんな日の朝に突然諒一の部屋にやってきた涼葉はそう言った。
「あ、ああ。そだね」
「りょういちくん、軽いですね。今まではいくらでも時間があったのに、九月からはそれが無くなるって考えたらなんだか時間が惜しく感じませんか?」
涼葉が言う事は分かる。これまではそこまで感じていなかったが、学校に行くことをリアルに考えるようになると急に時間が惜しく感じる。それは諒一も前の人生の時に経験している。
真面目に学校に通い始めて、少し馴染んだ頃になんでこんなに自由な時間がすくないんだ。と本気で思ったものだ。
諒一もかつてはそう感じたという事を涼葉に話すと、うんうんと頷いている。
「やっぱり時間は貴重だと再認識して、急に焦るというか……もったいないって感じてしまって」
涼葉も少し持て余した感情だったのだろう。諒一の経験などを聞いて腑に落ちたような、納得できたような顔をしている。
「だから、有意義に時間を使いたいと思うんです」
きりっとした顔でそう言いだした涼葉は諒一の部屋のリビング。いつものソファの位置に涼葉が座る、もはや定位置になりつつある場所に横向きに正座して座っている。
それに向き合う諒一も思わず姿勢を正し、ソファに正座して涼葉と向き合っていた。
(なんだこれ?)
今の状況を客観的に考えると少し面白くもあるが、涼葉は真面目な顔をしているので笑うとまた拗ねてしまう可能性がある。
その涼葉は先ほどから遠回りな話題の持ち出し方をしていて、何か本命の用事があるのだが言いにくくてきっかけを掴もうとしている。そんな様子だ。
「聞いているんですか?今日という日はりょういちくんにとっても、私にとっても一日しかないという話です」
いつの間にか随分と哲学的なお話になっていたようだ。
「聞いてる。そんな大事な一日と俺を涼葉はどうしたいの?」
「う……その、りょういちくんが、嫌……じゃなかったらでいいんですが、その……一緒に、お出かけしてもらえませんか……?」
色々と難しい話をしていたが、要約するとお出かけに誘われていたらしい。
「いいよ、暇だし。どこか行きたいとこあるの?」
そう言うと何故かじっとりした目で見られている。何も悪い事は言ってないと思うんだけど……。涼葉はしばらくそうしていたが、すぐに気を取り直したのか、機嫌をよくしていた。
「で?」
「はい?」
先ほどのどこか行きたいとこがあるのかの問いの答えを催促したら、満面の笑顔で聞き返されて、諒一は言葉を失った。どうも諒一はその笑顔に弱い。
……いつまでも勝てる気がしないなぁ。と思ったが、よく考えてみれば泣き顔にも怒った顔にも弱い気がする……
……深く考えない事にした。
「涼葉はどこか行きたいところがあって、言い出したんじゃないの?」
とりあえず改めて聞いてみると、「ああ!」と両手を叩いた涼葉はにっこりと笑って、行きたいところがあって諒一に付き合ってほしいということだった。
場所はついてからのお楽しみと嬉しそうに言う。
「分かった。じゃあお互い準備して……涼葉が終わったらまたウチに来てくれる?」
それに頷くと涼葉は自分の部屋に戻って行った。
どちらかというとおしゃれに無頓着な諒一は外出着にこだわりはない。変じゃなければいいというくらいだ。そもそも洋服をあまり持っていなかったし、ここに来てからもほとんど買っていないため、無難な物が数点あるだけだ。悩むこともない。
あっという間に準備を終えた諒一は、涼葉を待ちながら時間があったら涼葉に洋服を見立ててもらってもいいかなぁなどと考えていた。
あまり外出をするわけでもないが、涼葉はおしゃれな方だと思う。素材が良いのは否定できないが洋服の着こなしもセンスも良いように思う。
諒一のセンスが壊滅的なのでよくわからないのだが、亜矢子も褒めていたので間違いないだろう。
しばらくすると部屋のチャイムが鳴る。じゃあ行くかと玄関に向かい、靴を履くとドアを開ける。そこには思わず息を止めてしまうくらいの美少女が立っていた。
だいぶ慣れてきたとはいえ、装いを変えるとまた新たなダメージを与えてくるので注意が必要だと心のメモに記録しておく。
「……今日はなんだか、おとなしいというか、落ち着いた……大人っぽい服装だね。よく似合ってるよ」
涼葉はわりとどんなジャンルの洋服も着こなすのだが、本人は柔らかい雰囲気のかわいいのが好みのようで、そういう服装が多い。しかし、今日は雰囲気を変えて少し大人っぽい服装をしていた。
それでもちゃんと着こなして似合っている。
「……りょういちくんは、あまり代わり映えのしない服装ですね。なんというか、無難というか。……もったいない」
涼葉の言う事はもっともなので、笑ってごまかしていたら最後に小さく呟いた言葉がよく聞こえなかった。聞き返したがごまかすように話題を変えてきたので、それ以上触れないようにする。
「じゃあ、道案内はお願いするよ。俺は着いていくから」
「はい!きっとりょういちくんも楽しめる場所ですので……あと個人的にりょういちくんにしてあげたいことがあって……」
ぽつりとそんな事を付け加える涼葉は、聞いても着いてからのお楽しみといって教えてくれなかった……。
それでも、涼葉が自分から動いて誘ってくれる事が嬉しくて、諒一は涼葉の言うがままについていくのだった。




