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45. 夏休みの終わり

 「それにしても……」


 改めて諒一を涼葉を見た亜矢子は、からかうような顔から真面目な顔に変わっている。

 真面目な顔でじっくりと眺められ、涼葉は幾分引いたがまだ頬が赤いし、諒一はなんだか居心地が悪くなってくる。


 亜矢子はそんな二人の制服姿をじっくりと見たあと、満足そうに頷いた。そして、思い出したように両手を合わせた。


「あらやだ、私ったら。せっかく二人が制服姿を見せに来てくれたのに……」


 そう言うと事務所の奥の方に向かって大きな声をだした。


「総一郎さん!ちょっと来て、大急ぎよ!」


 そう言いながらも総一郎がいるであろう部屋の所まで行って、わざわざ総一郎を呼び出そうとしている。


 そんな姿を見ると、二人は本当に諒一と涼葉の事を心配してくれているのだな、と分かって心が温かくなる。それとともに、制服姿を見せようと思いついた涼葉の心根の優しさにも感心した。諒一は準備まではしたが、わざわざ見せようなどとは思い付かなかったからだ。


「ありがとう涼葉。こんなに喜んでくれるなんて思ってなくて……涼葉が誘ってくれなかったら見せに来ようなんて思いもしなかったよ」


「あ……。その、心配してくれていたのはわかっていたので、やる気のある姿を見せる事ができたらなって……あと、目的はもう一つあって……」


 二人で話していると、奥から話し声がちかづいてくる。聞こえてくる内容から亜矢子は仕事中の総一郎を、半ば強引に引っ張ってきたみたいだ。


「おや、二人共よく似合ってる。実に感慨深いね、僕達がほんの少しでも君達の背中を押す事ができていたのなら、この仕事をやってきた甲斐があるというものだよ」


 亜矢子に呼ばれ、部屋から出てきた総一郎は軽く目を見張って、それから柔らかい笑みを浮かべた。

 諒一達の所まで歩いてくると、亜矢子と同じように全身を眺めて嬉しそうに言った。

 亜矢子も総一郎の後ろで同じように微笑みを浮かべている。


「ありがとうございます。その……私も一番に、二人に制服姿を見せる事ができて……嬉しい、です」


 二人に喜んでもらえたのが嬉しいのか、涼葉もいつもより積極的に話している。


「俺もです。やっぱり心配をかけていたんだなぁって実感するし、頑張らないとなとも改めて思いました」


 涼葉の後に続いて諒一もそう言うと、総一郎も亜矢子も笑みが深くなる。亜矢子はもう目の端を拭っている。総一郎は二人の言葉を聞いて、嬉しそうな顔ををして、首を振った。


「子供を助けるのは大人として当然の事だよ。二人は残念ながらその当然のことを充分に受ける事ができなかったけど、その分まで少しでも僕達がカバーできてると思うと嬉しいよ。学校に行き始めたら、色々な事に直面すると思う。嬉しい事や楽しい事はもちろん、辛い事や苦しい事もあるだろう。些細な事でもいいから何かあったら私達に話してくれるともっと嬉しくなるかもしれないね?」


 総一郎はそう言うと両手で諒一と涼葉の肩を叩いた。


 諒一と涼葉が頷くのを見て、総一郎も満足そうにしてその手を離した。


「ところで、今日はお披露目だけが目的かい?」


 何か含んだような言い方をした総一郎に、諒一は首を傾げた。

 それ以外に何があるというのだろう。そう思ったのだが、隣の涼葉は一歩踏み出して、亜矢子に向かって話しかけた。


「あ、あの……亜矢子さん」


「ふふ……はいはい。わかってるわよ」


 何か事前に話をしていたのか、亜矢子は一切承知と言った様子で、動き出した。

 そして、総一郎が仕事をしていた所とは違うドアを開けた。


「二人ともこっちにいらっしゃい。すぐにできるわよ」


 相変わらず楽しそうな様子で手招く。


「りょういちくん、こっち……」


 涼葉は何があるのかわかっているのか、諒一の手を引くようにして亜矢子の所に向かっていく。

 涼葉に手を引かれながら、「今日はずっとこんな感じだな」と笑いながらも、涼葉が積極的にそうしてくれるようになった事が嬉しくて、頬が緩むのを抑えきれないまま涼葉に身を委ねた。


「さ、入ってちょうだい」


 入り口の所までくると、亜矢子は部屋の中に入るよう二人の背中ををぐいぐい押してくる。


「おー……」


 部屋の中を見て、ここが何をする所かはすぐにわかった。

 あまり広くはない部屋の奥には紺色のスクリーンがある。それに向かい合うような位置には三脚に乗った高そうなカメラがあった。


「撮影室?」


「そうよ。仕事柄、申請書や証明書なんかを出す事があるのだけれど、写真が必要な書類もけっこうあるのよ。いちいち撮りに行くのも大変だし、ここで撮影できるようにしてあるの」


 諒一が口にした言葉を亜矢子は詳しく説明してくれる。ということは何かの証明写真を撮る必要があるということなのか。


 そう思った諒一は、写真撮るなら整えてきててよかったな。などと考えている。


「あ、じゃあどっちから撮ります?」


 その間もう一人は邪魔にならない所に控えておく必要があるだろう。そう考えて言ったのだが、亜矢子はニコニコとしているばかりで何も言わない。


「ん?」


 隣を見ると、まださっきの事が続いているのか、顔が赤い涼葉が諒一を見つめていた。


「あの……りょういちくん。お願い、と言いますか何と言うか……」


 涼葉は何やらしどろもどろになっている。見かねたのか、亜矢子が手をパンパンと叩いて言った。


「はい、二人の写真を撮ります。ほらせっかくだから記念にね?いいでしょ?」


 ウインクしながらそんな事を言い出した亜矢子に怪訝な顔を返す。

このタイミングで写真?と言った様子だ。


「ほら、いいからいいから!そこ並んで!」


 半ば強引にカメラの前に立たされる。諒一としては別に構わないのだが、涼葉はいいのだろうか?と思って見てみると、涼葉は手鏡をだして髪を整えている。

 撮る気まんまんである。


「あー……フレームからはみ出るからもう少し寄って?」


 ファインダーをのぞいた亜矢子が手振りで近寄るように指示を出す。

 言われるがままに少し寄ると、涼葉は手鏡をしまって諒一の手を取って満面の笑みを見せた。


「っ!」


 その顔で不意打ちは効く……


 密かにダメージを受けていると、亜矢子がもっと寄れと急かしてくる。

 もう手を握っている腕は触れ合っているし、ふんわりといい匂いも漂ってくる。さっきの笑顔効果もあって、思わず少し距離をあけると、亜矢子が不満げに言ってくる。


「ほらぁ、フレームに入らないからもうちょっと寄ってって言ってるでしょ?」


 いや、いくらなんでもそんな事はないだろう。そう思った諒一が咄嗟に文句を口にする。


「いや、こんな距離でフレームに入らないなんて事あるんですか?っていうか、これ、何の撮影なんです?」


 訳がわからないまま始まった撮影で、やたら涼葉に寄せようとする亜矢子に少し苛立ちを感じていたのか、思っていたより口調がキツくなってしまっていた。


 それに対し、返事を返してきたのは正面の亜矢子ではなく、隣の涼葉だった。


「ごめんなさい、りょういちくん。ここで撮影できるって聞いて……私が亜矢子さんにお願いしたんです。」


 眉の両端を下げてとてもすまなそうに言う涼葉を見て、諒一の頬がひきつるのがわかった。直接見ているわけでもないが、亜矢子のほうからも責めるような空気を感じる。


動揺していると、シュンとして話している涼葉は諒一の表情にも気づかずに言葉を続ける。


「その……りょういちくんがそんなに嫌だったって思わなくって、あの……ごめん、なさい」


ものすごく反省して、さっきまでの上機嫌はどこかに置いてきてしまったような涼葉の落ち込みように、諒一は慌ててなだめるように言う。


「い、嫌とかじゃ……その、急だったから驚いたっていうか……」


涼葉の両肩に手を置いてそう言う諒一の顔をうかがうように視線を上げた涼葉は遠慮がちに聞いてきた。


「いや、じゃなかったですか?」


「嫌じゃないから。写真くらいいつでも撮るし……言ってさえくれれば」


こんなだまし討ちはできればやめてほしい。


「それは……私と一緒でも?」


「涼葉と一緒が嫌って奴がいるなら見てみたいよ。ツーショット撮るなら、誰だってかわいい女の子と撮りたいもんだろ、普通……」


「……よかったぁ」


そう言って微笑んだ涼葉の顔に思わず見とれてしまった。時折みせるふにゃりとした笑顔の、さらに上をいくものだった。余計な防壁を一切取り除いて、安心と安堵で構成された笑顔。

言葉も出せずに見とれていると、パシャッとシャッターの下りる音がして、反射的にそっちを見ると亜矢子も涼葉に見とれている。どうやら撮ろうとしてシャッターを押したわけではないようで、亜矢子も焦っていた。

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