43. トラブル発生
幸い車で移動しているうちに機嫌はなおったようで、普通にしてくれるようになった。
みんなでお出かけするのが嬉しいのか、どこかそわそわしている様子が窺える。
ホッと安心したところで、亜矢子が操る車は少し郊外にある広い駐車場を持つホームセンターに入って行く。
割と専門的な道具も取り扱っている店舗だ。
中に入ると、真っ直ぐ水道用品のコーナーに行き、必要な物を選ぶ。
「結構な金額になりますけど大丈夫です?」
部品はそこまでないけど、工具から買わないといけないので、結構な価格になる。
「大丈夫よ。工具はこれっきりにはやらないし、諒一くんが持ってれば使えるでしょ?」
まぁ、出資者がそう言うならいいだろう。必要な物をカゴに入れて行く。
「りょういちくん、これなんに使うんですか?」
カゴに入れた工具を珍しそうに持ち上げて涼葉が聞いてくる。
「ああ、それはパイプを切るやつ」
「なるほど……こっちもパイプカッターって書いてありますよ?」
目の前にかかっている工具を指している。
「ああ、水道のパイプって何種類もあるんだよ。んでそれぞれ使う工具が違うんだ。塩ビ、鉄、銅、樹脂。ざっと上げただけでもこれだけあるし」
「へぇ……」
感心したように涼葉は工具を眺めている。そして、諒一に顔を寄せて小声で言う。
「前のりょういちくんは工具マニアだったんですよね?たくさん持ってたんですか?」
以前少し話した事を覚えていたのか、そんな事を聞いてきた。
「そうだな……水道ってとにかく使う工具が多いんだよ。軽の箱バンでは積みきれないくらいは持ってた」
そう言うと涼葉は目を丸くしている。ホームセンターで並んでいる工具も色んな種類があるが、さすがにそこまで持ってるとは思ってなかったんだろう。
「なあに、二人でこそこそ話なんてしちゃって。涼葉ちゃんたら諒一くんとすっかり仲良くなったわよね。私は悔しいわ」
亜矢子が両手を頬に当てて、大袈裟に嘆くふりをする。涼葉があじさいに来たばかりの頃はなかなか心を開けなかったと言っていたから、その事を言っているのだろう。もちろん冗談だろうけど、涼葉は慌てた様子で謝っている。
「ふふ……ごめんなさいね。二人を見てたらヤキモチ妬いちゃった」
「そんな……私達は、別に……」
からかうように言う亜矢子の言葉に涼葉は顔を赤くして言い淀む。
「あら、涼葉ちゃんは嫌いなのかしら?」
「え!いえ、そんな嫌いというわけじゃ……りょういちくんは優しいですし、いつも助けてくれますし……」
涼葉がそう言うと亜矢子がにっこり笑う。
「あら?私は諒一くんなんて一言も言ってないわよ?」
「っ!」
言葉をなくした涼葉がパシパシと亜矢子の背中を叩く。
そんな二人をあえて見ないようにして、諒一は必要な物をさっさとカゴに入れていくのだった。
◆◆ ◆◆
「よし、これでいい。じゃあバルブ開けてくるから一応見といてくれる?もし、水が漏れるようなら教えて?すぐにまた止めるから」
壁を切り開けて水道管を修理した後、壁を塞いでパッと見わからないくらいまで補修した。その後にキッチンの水栓と接続したところだ。
ちなみに亜矢子は仕事があるからと帰っている。帰り際の何か言いたげな笑い方を見たら、本当に仕事なのか疑ってしまうが……
「えっ!漏れる可能性があるんですか?」
慌てたように言う涼葉に「念の為だよ」と笑いかけ、諒一は玄関を出て横にあるパイプスペースを開ける。
そしてゆっくりとバルブを開ける。メーターが回ってやがてしっかり止まったのを確認してパイプスペースを閉める。
もしまだ漏れてたらメーターがゆっくり回るから大体わかる。
キッチンに戻ると、涼葉が真剣な表情で修理した所を見つめている。その様子に思わず笑ってしまった。
「なんですか、りょういちくんが見てろって言ったんじゃないですか」
憮然として言う涼葉の背中を宥めるようにポンポンと叩きながら謝る。
「ごめんごめん、真剣に見てる様子がなんか微笑ましくて」
そう言うと涼葉はさらにムッとした表情になる。
「馬鹿にしてます?」
「してないしてない。なんか可愛いなって思ってた」
「やっぱり馬鹿にしてます……」
涼葉は、ふいっと顔を逸らし、膨れだした。
「してないって、褒めてるじゃん」
「……知りません」
そう言うと立ち上がり、「もう大丈夫ですか?」とやや不機嫌さを滲ませて確認してくる。
もう水を出してもいいかという事だろう。諒一が頷くと涼葉はそうっとレバーを上げた。
しばらく水を止めていたために、最初に少しエアが吹き出し涼葉がビクッとしていたが、出しているうちにちゃんと元通りになっている。
「わぁ……」
蛇口から水が出る当たり前の光景が、照明と涼葉の感嘆を含んで輝いているようにも見える。
「すごいです。ちゃんと水がでましたよ?それに……」
涼葉がしゃがんで水道のつなぎ目を見る。もちろんどこからも水が漏れているという事はない。
「見て下さい、ちゃんとなおってます!あ……」
そう言うとパタパタと走っていき、風呂とトイレを水が出る事を確認して戻ってきたら涼葉はすっかり機嫌をなおしていた。
「すごい……ホントに直しちゃうんですね……」
「いや、俺一応プロなんだけど?」
頬をかきながら諒一が言うが、涼葉は尊敬の眼差しを隠そうともしない。
「それでもですよ。それにプロなのは前のりょういちくんであって、今のりょういちくんはただの引っ込み知りの中学生ですからね」
そう言って涼葉はニコッと微笑んだ。
◆◆ ◆◆
「こんな物しか出せなくて心苦しいんですけど……」
そう言いながら涼葉がせめてこれくらいと言い張って、作ってくれた昼食は気持ちがこもった物だった。
どれも簡単に作れそうもない手の込んだものに見える。
「いや、十分だよ。めちゃくちゃうまい!それに、今回の修理は亜矢子さんがバイト代を出してくれるらしいから、涼葉が気に病む必要はないと思うんだけど……」
逆に申し訳なくなるくらいだ。
「それは亜矢子さんのお礼です。私は個人的にりょういちくんにお礼したいだけです。それにご迷惑をかけてしまいましたし……」
そう言って頬を染める。きっと昨晩諒一の部屋に泊まった事を言っているんだろう。
「それも……よく考えたらビジネスホテルとか、他にも手はあったはずなのに……」
ニコニコしながら亜矢子がオホホと笑う姿を幻視する。どうも亜矢子は諒一と涼葉の仲を近付けようとしているフシがある。
「そ、それは……その。亜矢子さんも都合があったんじゃないでしょうか?私は……りょういちくんのおうちに泊まって楽しかったです……」
頭から湯気が出るんじゃないかと言うくらい赤くなりながら涼葉がそう言うものだから、諒一も恥ずかしくなってきて目を逸らす。
「あまり、そういうのもどうかと思う……男の一人暮らしの部屋だし……」
目を逸らしたまま諒一が言うと、涼葉は優しい笑顔を見せる。
「りょういちくんは優しいですから変な事しないでしょうし……少しくらいなら……い、いえ何でも!」
何か変な事を口走りそうだった涼葉を半目で見る。信用は嬉しいけど、過信は良くない。
「そりゃ、涼葉が嫌がる事はするつもはないし……ど、度胸もないかもしれないけど、一応男なんだからな……特に涼葉はかわいいんだから……」
口ごもりながら一応そう言っておくと、涼葉は頬を染めながら目を丸くしていたが、やがてふにゃりと微笑むと「ハイ」と頷いた。




