41.トラブル発生
ざっと部屋を整理して、涼葉を招く。困っている涼葉を放っておく事もできない諒一に選択肢はなかった。
「ま、気にせずくつろいでよ」
亜矢子が言う様に、涼葉はちょくちょく諒一の部屋に来ている。諒一の様子を確認するためでもあるし、たまに手料理も振る舞ってくれる。
一緒に勉強をしたりもする。そういった事はいつも諒一の部屋だった。
なんとなくそういう流れになっていたが、涼葉の持っている鍵で諒一の部屋も開くというのも大きい。
「本当にごめんなさい。りょういちくんにご迷惑をかけたくはなかったのですけど……」
涼葉はまだ立ったまま非常に申し訳なさそうな顔をしていた。
「涼葉が悪いわけじゃないし、俺だって困ってるのを放っておけないし。まぁ、人んちだしくつろげっても無理かもしれないけど、いつもみたいにゆっくりしてくれないと、俺も落ち着かなからさ」
そう言うとようやく涼葉はソファのいつもの位置に腰掛けた。
「りょういちくんの部屋は不思議と落ち着くんですよね……私、他人の家では気を抜けない性分なんですけどね」
「だったらいいじゃん。のんびりして?」
「いや、落ち着くから困るんです。その……だらしない姿とか、みっともない姿を晒しそうで……」
涼葉はそう言いながら恥ずかしそうに俯いてしまう。
「だらしないってもなぁ。涼葉だって人間なんだから気くらい抜かないと疲れるだろうし……どこでもはできなくても俺の部屋くらいは気を抜いてほしいって思うな」
「むうう……」
そういったのだが、何か譲れないものがあるのか涼葉は恥ずかしそうにうなっている。
想定外のトラブルだったし、いきなりは落ち着けないのだろう。諒一はそう考えて、とりあえずコーヒーでも淹れようと立ち上がった。
「あ、りょういちくん?どこに行くんですか?」
「あ、コーヒーでも淹れようと思って……飲むだろ?」
諒一がそう言うと涼葉は頷いたのだが、しばらくもじもじしていたと思うと立ち上がって諒一についてきた。
「……座ってていいんだぞ?」
「なんか、落ち着かなくて」
ふにゃっと困った様な笑みを浮かべる涼葉を見ると、ダメとは言えない。
「まぁ、好きにしていいけど……」
そう言って諒一はキッチンに行き、ヤカンをIHに乗せてスイッチを入れる。
サッと豆を挽くと涼葉がカップを用意してくれていたので、ドリッパーをセットする。
そして牛乳を冷蔵庫から出して、レンジで温める。
「ありがとうございます。りょういちくんはすっかり私の好みを把握してしまいましたね」
「お互い様だろ?俺なんかその上胃袋も掴まれてるんだから」
少しおちゃらけてそう返すと、涼葉は柔らかく微笑んだ。
「不思議です。私小さい頃からずっと一人で……時々手を差し伸べてくれる人もいましたけど、壁を作って気を許した事なんてなかったんですけど……亜矢子さんは亡くなった母の親友で、その縁でここに入った事はこの前言いましたけど……」
そこまで言うと、困った顔になり俯いた。
「亜矢子さんは最初から今みたいによくしてくれてました。でも、私が全然馴染めなくて……今みたいに話せる様になったのはりょういちくんが来てからなんです」
ポツリポツリと涼葉はそんな事を言った。そう言えばと総一郎と話した事を思い出す。
諒一が初めてここに来た時。なぜか部屋の鍵が開く事で涼葉は部屋を間違えて、諒一の部屋になるここで眠っていた。
その時の亜矢子と総一郎の言動を思い返すと、安らかに眠っている姿を見れた事が嬉しそうだった。逆に言うとそんな姿も見る事がなかった事になる。
「そうだったのか……」
「はい。言ったでしょ、私りょういちくんからいっぱい助けてもらったって……」
ちょうど涼葉がそう言った時にヤカンが沸騰しだした。諒一は涼葉の言葉には返さずにヤカンから、それぞれのコーヒーカップにお湯を注ぐ。スプーンでかき混ぜると、さっさとお盆に乗せて運び出した。
涼葉は黙って後をついてくる。
ソファの前のテーブルにカップを置いて座ると、涼葉もソファに座る。
「じゃあwin-winだな」
「え?」
コーヒーカップを持って息を吹きかけて冷ましていた涼葉が突然そう言った諒一を見る。しばらくして、さっきの話の続きだと思い至る。
「俺も涼葉に支えてもらってる。涼葉は俺に助けてもらってるって言ってくれてるだろ?お互いに支え合ってるんならwin-winかなって」
涼葉はそう聞くと、意味もわからず嬉しさが込み上げてきた。この不思議な感覚がなんなのかよくわからないが、嫌なものではない。
心地良くなった涼葉は、またふにゃりと気を抜いた笑みを浮かべる。
「っ!」
まともに見てしまった諒一の心臓が跳ねる。なんど見ても涼葉のこの笑みを見るとこうなるのだ。気を抜いた微笑みは涼葉が本当に安心できる相手にしか見せない貴重な姿だ。
それを独り占めしているところに余計に動揺してしまう。
コーヒーを飲んでいくらか落ち着いたのか、涼葉はのんびりと座っているように見える。それに安心して、諒一は風呂の準備をしとうとした。
「りょういちくん?」
クイっと裾を引っ張られていた。そこにはほっそりとした手が諒一の服を掴んでおり、その手は涼葉から伸びている。
「あ、風呂。準備してくるよ、涼葉もまだなんだろ?ああ、着替え。俺準備しとくから着替えもってきなよ」
諒一の言葉に涼葉はあっ、と言う顔をした。
「そ、そうですね。ちょっと行ってきます」
少し焦った顔になって涼葉は自分の部屋に戻るために立ち上がった。
そして、諒一を見る。
「その……お風呂の準備をさせてすいません」
「そんな事気にしてんのか?いつもの事なんだし、俺の部屋の風呂なんだから俺がします。お客様はどうぞ気になさらずにご自分の事をなさって下さい」
途中からおどけて、胸に手を当てて綺麗な礼をしながら丁寧な口調で言ってみる。
涼葉はそれを見てポカンとしていたが、我に帰ると慌てて顔を背けた。
「き、着替え取ってきますっ」
そう言い残し、パタパタとリビングを出て行った。
「なんか変な事したかな?」
と、諒一は首を傾げながら風呂に向かった。
その後、風呂の準備をしてお湯を張っていると、ちょうど貯まった頃に着替えを持った涼葉が戻ってきたので、そのまま風呂に行ってもらった。先に入るのに抵抗があるようだったが、今日は客だからと言って洗面所に押し込んできたのだ。
それからテレビをつけて、見るとはなしに見ていたが何も頭に入ってこない。
冷静を装っていたが、やはり女の子が自分の部屋のお風呂に入っていて何も感じない男などいない。
無駄に想像しては頭から振り払い、コーヒーをがぶ飲みしてしまった。
終始遠慮がちな涼葉に「ゆっくり入ってくるんだぞ?」と言い含めていたので、涼葉はゆっくりと入浴しているようだが、やはりひどく落ち着かないのだ。
それからしばらくして、洗面所からドライヤーの音がしだしてしばらくすると、涼葉が出てきた。
「……お風呂頂きました」
そう言って出てきた涼葉は、いつもよりもう少しラフな服装になっており、湯上がりでほてった顔からはなんとも言えない雰囲気が漂っている。
「……っ!!」
諒一は余計な事を考えないように、頭を振って追い出した。
「りょういちくん?」
そんな諒一を、涼葉は不思議そうに見ているが、そんな仕草さえも今は悩ましい。
「お、俺も入ってくるかな!」
「ああ、はい。ごゆっくり」
勢いよく言う諒一に訳がわからないといった涼葉は気圧されたようにそれだけ返した。
「ふう……」
浴槽に浸かり、大きく息をつく。体や頭を洗っている間にもいつもと違う匂いがして、全然落ち着けなかった。涼葉が自宅からシャンプーやボディソープなどを持ち込んでいたので、その匂いだろう。まるで、自分の部屋の風呂じゃないようだ。
浴槽に浸かっている間も、さっきまでこのお湯に涼葉が浸かっていたと思うとなんとも言えない気持ちになってしまう。
「……このままじゃ、茹だりそうだ」
お湯で温まっただけではない理由でやたらと血色が良くなっている顔をさすりながら体を拭くと、髪が乾くのもそこそこに、諒一は脱衣所を出るのだった。




