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40.トラブル発生

涼葉の誕生日会を無事に終えた諒一は、やや気の抜けた雰囲気でリビングでぼうっとしていた。


 亜矢子による授業は実際に行く学校のカリキュラムより先を行っていたらしく、それまでに覚えておくべき内容は二人ともマスターできていたので今では、毎日やる必要はないとされている。

 いまは週に何度か復習のためにやっているくらいだ。


「二人とも世間は夏休みなんだから、夏を楽しみなさい」


 亜矢子はそう言ってくれたものの、いまだ引っ込み知りが改善されているわけではないので、出かける。というのも億劫なので、どうしても部屋でゴロゴロ……となってしまう。


 あまり身の回りの事が得意でない諒一だったが、涼葉が頻繁に来るようになってからは掃除や洗濯などは定期的にできている。

 と、いうかやらないと涼葉に終わるまでつきっきりでさせられるのでやらざるを得ない。


 今日の分の洗濯は終わってるし、掃除も頻繁にしているとすぐに終わる。

 つまるところやる事がないのだ。


 今の所、お金にそう不自由はないが、未だ自分のお金という感覚がないためか必要性のない物を買う事ができない諒一の部屋には無駄な物はない。

 同年代の少年が持っていそうなマンガやゲームなどといったものはない。


「ふわあぁ……」


 リビングのソファに座り、おもいっきり気の抜けたあくびをしていると、スマホが着信を知らせる。


 諒一もスマホは持っているが、ほとんど通話をする事がない。たまに総一郎や亜矢子が連絡をしてくるぐらいで、他はほとんどない。

 父親には知らせていないし、涼葉はメッセージを送るか、用事があれば直接来る。


 珍しいな……と思ってスマホを取ると、画面には涼葉の文字。ますます珍しいと思いながら通話をタップして耳につけた。


「もしもし、涼葉?どうし……」

「りょういちくん!今いいですか!?」

「あ、うん……」

「私のおうちの台所が水浸しなんです!どうしたらいいかわからなくて……ち、ちょっと見てくれませんか?」

「水浸しってどういう……いいや、今から行くよ」

「すいません!」


 そう言うと涼葉は切ってしまった。


  諒一は前の人生で建築会社で水道関係の技術者として働いていたし、色んな業種の職人さんと触れる機会があった。

 さらに諒一は趣味でDIYをやっていて、色んな事に興味があったし、人より器用ではあった。


 その結果、電気も佐官もある程度までの事はできる様になっていて、その知識や染みついた技術はしっかり覚えていた。

 住宅のちょっとしたトラブルや改造はお手のものになるくらいには。


 実際にあじさいの事務所でコンセントを増やしたりだとか外部に水道を増設したりくらいの事はやっているし、以前公園の漏水の処置もして見せた。涼葉もそれを知っているから電話をかけてきたのだろう。

 一応言っておくと、コンセントを増やすのも水道の蛇口を増やすのも資格者しかしてはいけない決まりがある。


 とりあえず諒一は隣の701に向かった。チャイムを押すとパタパタと走る足音が聞こえてくる。


「りょういちくん!」


 勢いよくドアが開いたと思うと、諒一の手を掴んだ涼葉に部屋の中にひきずりこまれてしまった。


「ここなんです。ずっと水が溢れてきて……」


 もはや泣きそうになりながら涼葉がキッチンの所に諒一を連れてきた。


 キッチンの引き出しの下からじわじわと水が出ている。バケツや雑巾がたくさん散乱している事から、必死に拭いて止めようとしていた跡がある。

 涼葉はオロオロとしているが、諒一にとっては慣れっこである。

 

 慌てず騒がす、諒一はキッチンの引き出しを外した。そして中を覗き込むと、カウンターの上から水栓のホースが下りてきていて、壁から出ている止水栓につながっているのだが、その止水栓が斜めになっている。

 止水栓以降で水が漏れているのなら、ここの止水栓を止めるだけで良かったのだが、手前になるとちょっと厄介だ。


「ちょっと待ってね。」


 涼葉にそう言うと、諒一は玄関を出ですぐ横にあるパイプスペースを開けた。そこに水道メーターなんかもある。


 水道メーターに並んでついているバルブを閉めて、諒一はキッチンに戻った。


「ああ、水が止まりました……」


 そこにはホッとしたようにしている涼葉がそれまで水が流れ出していた所を覗き込んでいた。


 だが、問題は解決していない。


 諒一が斜めになっている止水栓を引っ張ると、配管の一部ごと取れた。


「ああ、ここで折れてるのか……修理コースだね、こりゃ」


「え……何かまずいので?」


 ホッとしていた涼葉がまた表情を曇らせる。


「ううーん、壁の奥で配管が折れてるみたいでさ、今はこの部屋全体の水を止めてるんだけど、ここを直さない限り使えないっていうか……」


 諒一が言いにくそうに言うと、内容を理解してきた涼葉が顔を青くさせてくる。


「え……お風呂とかも?」


「うん、出ない」


「そんなぁ……」


とりあえず勝手に触れないし、本格的にいじるには道具がない。このマンションには決まった業者がいるだろうから、総一郎か亜矢子に報告する必要があるのだ。


「はい、そうなんです。…………はい、…………え?でも…………ええ!そうですね、できれば私としては…………はい、わかりました……。りょういちくん」


 電話で亜矢子に状況を説明していた涼葉がスマホを諒一に渡してくる。代わってと言われたのか。


「はい、諒一です。」


「ごめんなさいね、諒一くん。大変な事になっちゃってるみたいで……」


「いえ、まぁとりあえず水は止まってますので。使う事もできませんけど……」


「そこなのよねぇ……。すぐに帰りたいんだけど、今舞香ちゃんの実家がある県にいるし先方との約束もあるから帰れないのよねぇ。明日早くには戻れるから申し訳ないんだけど、そっちの事、涼葉ちゃんの事お願いしてもいいかしら?」


「え、それは構わないんですけど……その、業者さんとかに連絡してもらえると……」


「あら、諒一くん直せるでしょ?」


「や、直せますけど……材料とか、工具とかないですし……」


 いくら知識や経験があっても必要な工具がないとプロであってもできない事はできない。そう言ったのだが、ホームセンターで揃うと言ってしまった事で、明日みんなで買い出しに行く事になってしまった。


「じゃあ、お願いね諒一くん。ちょっと涼葉ちゃんに代わってもらえるかしら」


 すっかり亜矢子はその気のようで、心配している様子もなくなっている。別にできない事はないし、工具と材料さえあれば問題はないのだが、それは諒一が前の記憶と経験があるからであって、少し安心して任せすぎではないかと思う。


 ふと電話を代わって話している涼葉がなにか慌てている。顔も赤いし、何か変な事言われたんだろうか。


「大丈夫、涼葉?随分慌ててたみたいだけど……」


 心配になった諒一が、電話を終えた涼葉にそう聞いてみた。


「うえっ!?いや、大丈夫、です。その、なんでもない、ですから……」


 どう見てもなんでもないようには見えないのだが……涼葉が言わないというなら無理に聞き出す事もないかと流した。

それはそれとして、この後に大きな問題が待っている。


「あー、その。亜矢子さんから聞いてる?」


 諒一がそう聞くと、涼葉はさらに顔を赤くさせて頷いた。


「ちょ、そんなに意識されるとこっちも緊張するから……いつもみたいに気楽に使ってくれていいから。なんなら自分の部屋だと思ってくつろいでくれ」


「そ、そう言われましても……」


 そう、涼葉の部屋の水道はすぐに復旧できない。明日買い出しに行って修理をするまで、部屋中の水がでない。それは風呂、トイレに至るまで。

 そんな部屋で生活はできないので、亜矢子が出した代案は……「諒一くんの部屋にお世話になりなさい!しょっちゅう行ってるんでしょ?」との事だった。総一郎や亜矢子は舞香の住所の手続きで必要だったらしく、実家がある県に行っている。舞香も一緒だから他に頼れる所がないとはいえ……

 一応あの人は俺たちの保護者代理のはずなのだが……無警戒にすぎる。

 何か間違いがあったらどうするつもりなのか……


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