39.初めてのお誕生会
恥ずかしそうにそのカードを涼葉に手渡しながら言った。急いで作ったので、手書きで「お願い事パスポート」と、決して上手ではない諒一の文字が踊っている。
「……子供騙しみたいだけどさ……涼葉は遠慮して、人に頼み事ってあまりしないから。さっきの話を聞くと余計に……それは期間無制限のパスポート。なんでも俺にお願い事をできる権利をもつって内容になってる。何でも聞くなんて言えないけど……少なくともお願い事を言う事はできるって後押しになれば……いいなって」
「りょういちくん……」
カードを受け取った涼葉はじっとそれを見た後、大切な物をもらったみたいに胸に抱いた。
「こんなの渡していいんですか?……もう、返しませんよ?」
ニコリと笑って、いたずら気に笑ってそう言った。
「涼葉にあげたんだから、返せなんて言わないよ。涼葉は変なお願いはしないって思ってるし。いつでも何度でも使用可能だから……」
「ふふふ……どんなお願いごとしましょうかね」
意味ありげに笑う涼葉に諒一は少し身構える。
「何でも叶えるってわけじゃないぞ。俺にできることは限られてるんだから。でも涼葉はもう少し人に頼っていいと思う。俺にってだけじゃなくて亜矢子さん達も諏訪崎さんだって涼葉の力になりたいって言ってくれると思う」
言い訳をしながらもしっかりと涼葉の目を見てそう言うと、涼葉はちらりとみんなの方を見る。
亜矢子はそれをしっかりと受け止めてにっこりと笑って頷いた。
「私達の事は親の代わりだと思って、わがままだって言っていいのよ?できるできないは別として話はしっかりと聞くから」
「はい……」
「今日は涼葉ちゃんがお祝いを受けてくれるって聞いて嬉しかったんだから……残念ながら総一郎さんは仕事で来れなかったけど、参加したくて仕事の方をずらそうとして、止めるのに大変だったんだから」
「ジブンも涼葉先輩の事は大好きっすから、出来る事はしてあげたいっす。涼葉先輩は困っても諒一先輩に相談して、大体二人で解決してしまうっすから、ジブンもたまには頼ってほしいっす。」
「そ、そんな。私なんかのために……」
涼葉は亜矢子と舞香の言葉を聞いて恐縮しているが、嫌そうではない。
それどころか、もう一度みんなの顔を順番に見て、みんなの気持ちを手のひらで集めるようにして、自分の胸に持っていく。まるで、大事な物を集めて胸に抱くような仕草で……
そのまましばらく目を閉じて、胸の奥で噛み締めるようにしていた涼葉はとても安心したような柔らかい眼差しになっている。
「なんか……胸がぽわぽわして不思議な感覚です……初めて……」
「よかったわね、諒一くん」
胸に手を当て、しみじみと今の気持ちを受け入れている涼葉を見ていると、亜矢子がなぜか諒一の方を向いてそんな事を言ってくる。
「何で俺なんですか。涼葉でしょ?」
亜矢子の顔が幾分からかいの要素を含んでいたので、口を尖らせてそう言うと、亜矢子は意味あり気に笑う。
「や、諒一先輩でしょう。諒一先輩、涼葉先輩に誕生日が嬉しいものだとが感じてもらいたいって、準備とかメチャクチャ頑張ってたじゃないっすか。うまくいったみたいでよかったっすね」
舞香にまでそう言われ、少し困った顔になった諒一は涼葉の方を向いた。
「……よかった、のかな?どうだろう、涼葉」
諒一が準備を頑張っていたと聞いて、涼葉は嬉しそうに諒一を見ていたが、いきなり話を振られて動揺しながら答える。
「え?……そ、そうですね。とても楽しくて、とても暖かくて……こんな誕生日初めてで……嬉しかったです。本当にありがとうございました」
動揺していたものの、最後はとても穏やかな表情になった全員に頭を下げて礼を言った。その様子を見ていた諒一は、お世辞や気を遣っての返事ではないように見えて、心の中でガッツポーズを決める。
「よかった。涼葉が少しでも誕生日が楽しみになってくれたのなら頑張った甲斐があったよ」
「楽しかったですよ?とっても……」
「そっか……じゃ来年ももっと楽しいものにしないとな?」
諒一がそう言うと、涼葉は意外そうな顔をして、「来年も?」と聞き返す。
「誕生日は毎年くるものだと思うけど?」
わざとニヤニヤしながら言うと、涼葉は少しだけ頬をふくらませる。
「そ、それならりょういちくんの誕生日もちゃんとお祝いします!拒否権はありません。……りょういちくんの誕生日はいつですか?」
仕返しみたいに言ってみたものの、そもそも誕生日自体に興味をもってなかったので、諒一の誕生日を知らない事に気付いた涼葉は、下から見上げるように諒一を見て聞いてきた。
「う……お、俺の誕生日は二月だよ。二十四日」
なんとか普通に答えたが、美少女による上目遣いの破壊力を知って諒一の心臓は激しく踊っている。
密かに戦慄している諒一の隣で、何度か日付を繰り返して覚えた涼葉は満足そうにうなづいている。そして、諒一の方に向くとニコッと笑って言った。
「じゃありょういちくんの誕生日は私が頑張ってお祝いしますから」
「あ、ジブンも手伝うっす。頑張って諒一先輩をアッと言わせましょ、涼葉先輩」
そう言って二人で笑い合う姿に諒一は抵抗する術はない。
「覚悟してくださいね?りょういちくん」
にへらっと気を許した人にだけ見せる、涼葉の本当の笑顔を向けて、涼葉は諒一の胸を人差し指でつんと押しながら言った。
追い討ちをくらって、思わず息を呑んで顔を真っ赤に染めた諒一はソファに倒れ込んで、顔を隠す事しかできなかった。
隣で見ていただけの舞香も被弾して顔を染めているくらいだ。
「り、りょういちくん?」
「ふふふ……あらあら」
諒一がいきなり倒れ込んで、慌てる涼葉の声と楽しそうな亜矢子の声を背中に浴びながら、しばらくの間、顔を上げる事ができなかった諒一だった。
「ごめんなさいね、最後までできなくて……」
玄関で履き物を履いた亜矢子が申し訳なさそうに言った。あれから誕生会はお開きになったが、大量の食器やテーブルなどの片付けが残っている。今回の誕生会は自重を捨てて考えつく限りの事をしたので、汚れ物も多い。
しかし亜矢子は仕事を残しているらしく、時間になったら帰る事になっていたのだ。
「いえ……忙しいのに、色々してくれて。ほんとにありがとうございました。片付けくらいは私もやりますので、亜矢子さんはちゃんとやるべき事をやって下さい」
主役の涼葉にそう言われれば亜矢子も頑張らないわけにはいかない。名残惜しそうにしていたが、何度も謝りながら亜矢子は諒一宅を後にした。
それから三人で一緒に後片付けをして、あじさいから借りた備品はもう遅いので明日返しに行く事にした。片付けが終わった途端、「お邪魔したら悪いんで帰るっすー!」と言って舞香は帰ってしまった。
「ふう……楽しかったけど、少し疲れました」
ソファに座った涼葉が、一息ついて思わずと言った感じで、言葉がもれた。
「なんか……ごめんな。俺の自己満足だったかなって少し反省してる。その……本当に嫌じゃなかった?」
「もう……何回言わせるんですか。……本当に楽しかったですよ?」
「……来年が楽しみになってくれましたか?」
「ふふ……そうですね。来年が楽しみです。その半年前にもっと楽しみができましたけど」
そう言って涼葉は茶目っ気たっぷりに微笑んだ。
「そ、そっちの方はお手柔らかにお願いします。俺は誕生日に思う事はないので」
少し慌ててそう言ったものの、涼葉は聞き入れた様子はない。
「ダメですー。りょういちくんも、たっぷりどきどきしてもらいますので、そのつもりで」
「いや、俺は……」
大丈夫。そう言おうとした諒一の唇に人差し指を押し付けるようにして、涼葉はそれ以上言わせないようにした。
「私も亜矢子さんから聞いてるんですからね!りょういちくんも、あまりお祝いされてきてないって。忘れられがちでたまにケーキを買ってきてもらえるくらいだったって……。りょういちくんはが私の事をとても心配してくれているのはわかってますし、うれしいです。でも、自分の事をおざなりにするのは違うと思うのです。」
少し悲しそうな目で、そして少し叱るような口調で涼葉は静かに語った。穏やかではあるものの、諒一に口を挟ませる事も、言い訳をさせる事もできないだけの気持ちを込めて。
「だから、黙ってりょういちくんも私にお祝いされてください。忘れられない誕生日にして差し上げますので」
そう言って、にっこりと笑う涼葉には勝てそうにないなぁと諒一は思った。
「わかった、降参。涼葉にお任せします」
両手を上げて言うと、涼葉は嬉しそうに笑って言った。
「はい!任されました」




